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フィリックス・コンランさん、
奈良県東吉野村で、
なにをしているんですか?

ふたりのコンランが愛したジャパン・ローカル
vol.001

posted:2024.10.15   from:奈良県吉野郡東吉野村  genre:暮らしと移住 / アート・デザイン・建築

〈 この連載・企画は… 〉  〈ザ・コンランショップ〉の創業者テレンス・コンランさんの孫で、
デザイナーのフィリックス・コンランさんが、奈良県東吉野村に移住。
村の人々にも支えられ、充実したジャパン・ライフを楽しみつつ、古民家をリノベーションしたり、
家具をつくったり、ホテルを手がけたり。そんな彼が見つめる日本のローカルの未来は。

writer profile

Yu Ebihara

海老原 悠

えびはら・ゆう●コロカルエディター/ライター。生まれも育ちも埼玉県。地域でユニークな活動をしている人や、暮らしを楽しんでいる人に会いに行ってきます。人との出会いと美味しいものにいざなわれ、西へ東へ全国行脚。

photographer profile

Kazuki Nakamori

中森一輝

なかもり・かずき●三重県名張市出身。大阪で10年のサラリーマン経験後、地元名張市にUターン。フォトグラファーの傍ら、地方行政のまちづくり事業や企業ブランディングなど、多岐にわたるプロジェクトに携わり、広報PR・進行管理などの業務も担っている。

photographer profile

Kiyoshi Nishioka

西岡潔

にしおか・きよし●大阪生まれ、東京を経て奈良県東吉野村に移住しはや10年目、合同会社〈オフィスキャンプ〉に所属。フォトグラファーにとどまらず、アーティスト、キュレーター、スタジオギャラリー作り、地域課題などに挑戦を続けています。

モダンデザイン&ファニチャー界の巨匠の回顧展が開催中

2024年10月12日から2025年1月5日まで、東京ステーションギャラリーにて
『Terence Conran: Making Modern Britain
(テレンス・コンラン モダン・ブリテンをデザインする)』が開催されている。

本展は、〈ザ・コンランショップ〉の創業者で実業家・デザイナーの、
テレンス・コンラン氏(1931〜2020年)がデザインした食器やテキスタイル、
家具などの初期プロダクトから、発想の源でもあった愛用品、著書、写真、映像まで
300点以上集めた回顧展。

彼のモットーである「Plain, Simple, Useful(無駄なくシンプルで機能的)」
という思考に触れながら「デザインとはなにか」を考える機会となりそうだ。

バートン・コート自邸内の仕事部屋、2004年撮影 Photo: David Garcia / Courtesy of the Conran family

バートン・コート自邸内の仕事部屋、2004年撮影 Photo: David Garcia / Courtesy of the Conran family

ザ・コンランショップの紙袋、1980年代、デザイン・ミュージアム/テレンス・コンラン・アーカイヴ蔵 Courtesy of the Design Museum / Courtesy of the Conran family

ザ・コンランショップの紙袋、1980年代、デザイン・ミュージアム/テレンス・コンラン・アーカイヴ蔵 Courtesy of the Design Museum / Courtesy of the Conran family

「祖父は生前、日本に生まれたかったと言っていました。
日本が大好きで、人々の技術に対する情熱と献身に深い感銘を受けたそうです」

そう話すのは、テレンス・コンラン卿の孫で、
自身も家具やプロダクトのデザイナーとして活躍するフィリックス・コンランさんだ。
実はフィリックスさんが現在暮らすのは、住民1500名ほどの小さな村、奈良県東吉野村。
パートナーのエミリー・スミスさんと2匹の犬とともに2024年4月に移住した。
そんな稀代のデザイナーを祖父に持つ青年の新天地での挑戦を追った。

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大都市から東吉野村へ。若手デザイナーの転居

奈良市内から車で1時間半。列車も高速道路もコンビニもない吉野郡東吉野村は、
美しい清流と深い山々に囲まれ、日本の原風景をいまに残す村だ。
その豊かな森林資源を生かした林業が古くから盛んで、
吉野杉、吉野桧といったブランド材は全国的に名が知られている。

村内にはこども園、小学校、中学校が1校ずつあるが、高校はない。
2000年から2020年の20年で人口はおよそ半分に減少、高齢化率は59%を超え、
急速な高齢化が進む村でもある。

こうした課題はいまや東吉野村に限った話ではない。
だが、この村に以前と違う兆しがあるとすれば、
国内外のクリエイターたちが次々と東吉野村に居を移し、活動の幅を広げたことで、
全国に、あるいは世界にこの地が注目されているというところだろう。
そのクリエイターのひとりがフィリックスさんだ。

「不思議なことに、私は10歳頃から『いつか日本に住むんだ』と言っていました。
初めて日本に来たのは13歳か14歳の頃です」

ジャパン・ライフへの憧れを胸に、
2023年に3か月間日本各地を旅してきたフィリックスさんは、
美しい自然に導かれるように東吉野村に滞在。
Airbnbでフィリックスさんにアトリエ部屋を貸していた画家の坂本和之さんと出会い、
交流を深め、移住を決めた。

フィリックスさんが「東吉野に移住をしたい」と頼ってきたときのことをよく覚えていると、
東吉野村でコワーキングスペース運営や移住者支援を行っている〈オフィスキャンプ〉の
坂本武士さん(坂本和之さんの息子)は話す。

「(フィリックスさんが)『コンラン』と名乗ったのを聞いて、
もしかしてあの“デザインのコンランさん”と関係があるのでは? と思ったんですよね」

実際には、フィリックスさん自身は〈ザ・コンランショップ〉の経営には関与しておらず、
〈Maker&Son〉という家具の会社を父と創業し、
イギリス、オーストラリア、ニュージーランド、アメリカに店舗を持ち、
250名の従業員がいるグローバル企業に成長させた。
また、イギリスを拠点に、アメリカ、オーストラリア、ニュージーランドで
フィリックスさんがデザイナーを務めるオリジナル家具の会社
〈HA HOUSE〉を立ち上げていた。

そんな世界を舞台に飛び回る都市生活者であるフィリックスさんの突然の決断に、
地元住民は目を白黒させた――という訳でもなさそうだ。

というのも、フィリックスさんが移住をする前から、
東吉野村は海外からの移住者受け入れ事例が多数あったのだ。
過去にも坂本さんは、ビザの取得や役所の手続き、
家探しなどのフォローをしていたことがあったため、
フィリックスさんとエミリーさんの移住でもひと肌脱ぎ、
ふたりの移住計画の実現に奔走した。

気になる言葉の壁だが、Googleの翻訳機能と、Chat GPT(AI)を駆使して、
スケッチブックで絵を書き、撮った写真を説明に使えば
コミュニケーションは問題がないとフィリックスさんもいう。
「驚くほど地元の人々に受け入れてもらえました」
と彼がこの村で経験した幸せなことのひとつとして教えてくれた。

コミュニケーションツールとしても、アイデアツールとしても欠かせないスケッチブック。

コミュニケーションツールとしても、アイデアツールとしても欠かせないスケッチブック。

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「いまは古民家に新しい命を吹き込むことに興味がある」

東吉野の移住者には共通項がある。陶芸家やフォトグラファー、画家、デザイナーなど
手に職のあるクリエイターが多いということ、
そして、東吉野の美しい自然環境がクリエイティブにいい作用をもたらしている点だ。
移住者クリエイター同士のつながりもあり、展示会、販売会も行っている。
スポット的な制度や支援策ではなく、住環境や制作環境が関心を呼び、
移住者を惹きつけるようになった東吉野のケースは良き例といえる。

フィリックスさんが移住をしたのとほぼ同時期、
2024年4月に東吉野村は〈サテライトオフィス小川〉を新規オープン。
フィリックスさんはそこを拠点に、
〈HA HOUSE〉のエッセンスを引き継ぐ〈HA PARTNERS〉を立ち上げ、
ものづくりと古民家改修を主とする建築デザイン事業を始めた。

JA跡地に建てられた〈サテライトオフィス小川〉。小川は、水の神様を祀る〈丹生川上神社〉がある東吉野の観光の要所。

JA跡地に建てられた〈サテライトオフィス小川〉。小川は、水の神様を祀る〈丹生川上神社〉がある東吉野の観光の要所。

〈HA〉は、母の「ハ」、韓国にルーツのあるエミリーさんの母の姓「ハ」、笑い声の「ハハハ」の「ハ」から。

〈HA〉は、母の「ハ」、韓国にルーツのあるエミリーさんの母の姓「ハ」、笑い声の「ハハハ」の「ハ」から。

吉野桧の一枚板のテーブルや作業台から、遊び心あふれるオブジェ、ウォーキングマシンと一体化した作業スペースも。右手奥にある山吹色のソファはフィリックスさんの新作。

吉野桧の一枚板のテーブルや作業台から、遊び心あふれるオブジェ、ウォーキングマシンと一体化した作業スペースも。右手奥にある山吹色のソファはフィリックスさんの新作。

「私がこの東吉野でやりたいことのひとつが、
すぐれたデザインで農村のコミュニティを活性化させ、古民家を残すことです。
日本の古民家は美しく、内部のスケールは、
コンピュータで設計された現代建築にはない“人間らしさ”を感じます。
いま私が住む古民家は、(シンボルツリーのような)木々が見える位置に窓があり、
コンピュータ上で製図するだけではできない設計です。
古民家は村の風景の一部になっているというのも現代建築にはない良さです」

「いまは古民家に新しい命を吹き込むことにとても興味がある」と話すフィリックスさん。

「いまは古民家に新しい命を吹き込むことにとても興味がある」と話すフィリックスさん。

こうした古民家再生の動きは、全国の小さな村の存続につながるか。
だが、フィリックスさんは複雑な問題なのだと話す。

「観光誘致、地域文化の保存、停滞を避けるためのまちの成長の許容。
これらのバランスは非常に大きな問題で、私も理解し始めたばかりです。
あまりにも多くの観光誘致を行うとまちの“ソウル”を失うことを知っています。
また、成長せずに既存のコミュニティに固執しすぎると、コミュニティは停滞し、
人々から忘れられてしまいます。
ひとつ言えることは、コミュニティは存続されるべきということです。
この問題には数年かけて取り組みたいと考えています」

実際にフィリックスさんは古民家をどう使っているのか。
次回は、フィリックスさんとエミリーさんの東吉野村での暮らしに密着。
「フィリックス・コンランさん、日本のローカルライフはいかがですか?」

information

Terence Conran: Making Modern Britain 
テレンス・コンラン モダン・ブリテンをデザインする

会期:2024年10月12日(土)〜2025年1月5日(日)

会場:東京ステーションギャラリー(JR東京駅 丸の内北口 改札前)

住所:東京都千代田区丸の内1-9-1

休館日:月曜(10/14、11/4、12/23は開館)、10/15(火)、11/5(火)、12/29(日)〜1/1(水)

開館時間:10:00〜18:00(金曜 10:00〜20:00)※入館は閉館30分前まで

profile

Felix Conran 
フィリックス・コンラン

建築・プロダクトデザイナー。1994年生まれ。祖父テレンス・コンラン卿の影響を受け、幼少期からものづくり、そして日本への興味を持つ。2018年に父とともに家具とインテリアのブランド〈Maker&Son〉をイギリスにて創業。さらには、イギリスを拠点とし、アメリカ、オーストラリア、ニュージーランドなどにオリジナルデザインの家具の会社〈HA HOUSE〉を設立した。2023年に日本各地を3か月ほど旅した際に東吉野村を訪れたことをきっかけに、パートナーと2匹の犬とともに2024年4月東吉野村に移住。

Instagram:@felixconran

ふたりのコンランが愛したジャパン・ローカル

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