Page 4
北海道の根室で会った知人に、
春国岱(しゅんくにたい)という湿地帯で、クジラの骨を見つけられると聞いた。海で死んだクジラが、流れ着いて浜に上がる。鳥たちや動物たちに肉を食べられ、骨だけがそこに残るのだという。
私は浜に佇むクジラの骨を思った。
春国岱に立ち寄る予定はなかったのに、
クジラの骨のことを考えるといてもたってもいられなくなった。
どうしてもこの眼で見て、写真に収めたかった。
無理を承知で、同行していた編集者に翌日の予定の大幅変更を懇願し、
クジラの骨を目指し湿原を歩くことにした。
右手は灰色波立った海、左手には数千年かけてつくり上げられた湿原と林、
そんななかを歩いていると、
いつの時代のどこの場所にいるのかわからない感じ。
遠近感が狂い、時空がよじれるような不思議な感覚が、
脳みその内側から溢れ出てくる。
ごま粒のような小さな虫にあちこち刺されながら、
ひたすら続く海岸に沿って砂浜を進んだ。
クジラの骨のだいたいの在処は聞いてきていたので、
そろそろあるはず、と期待を膨らませながら、
行く手に白っぽいものを見つけては歩み寄る。
しかし、それは打ち上げられた流木や貝殻だった。
それを何度も繰り返しながら1時間近く歩いて、とうとう砂浜が途切れた。
もう時間切れだから引き返そう、そう促され、悔しい気持ちが残る。
見落としたはずはないと思いつつ、
歩いてきた浜をもう一度見直しながら引き返すことになった。
私は納得がいかなかった。
巨大なクジラの骨は、高波にさらわれ根こそぎ浜から消えたのか、
急速に風化したのか。かけらにも出合えない自分の不運を嘆いて、
一杯やるしかないのか……。
私は来た道をもう一度丁寧に、点検しながら歩く。
骨には見切りをつけて、湿原の野鳥や草花を見て帰ろうと、
編集者は奥まった林に近い草原の道を歩いた。
半分も過ぎたあたりで、呼び声が聞こえた。
「骨、あったー!」
彼女は海沿いの浜から50メートルも内側にはいった、
小い道からこっちに向かって手を振っている。
一瞬冗談かと思ったが、確信を持って手招きをしている。
駆けてゆくと、確かにクジラの骨が、草っ原にどっかりと並んでいた。
公園の遊具のようで拍子抜けした。
この世界に生まれ落ちたところと、消えるところが違っても問題はない。
大きな命が死んだ後、その身を遍く生き物たちに振り撒いて、
すっかりなくなり骨になる。そしていつか
その美しい彫刻のような白い骨さえも風化されていく。
そんな終わり方、この上なく綺麗ではないか。
巨体からほんの一部残された、それでもかなり大きな骨の連なりを、
しばらく私はじっくりと眺め、そして3枚シャッターを切った。
「どこを探していたんだよ」
クジラの骨は、ちっぽけな私を嗤っていた。