あの、熊の木彫りを集めた資料館
大木を割っただけのような熊、スキーに乗った小さく愛らしい熊、
丸みがあってお地蔵さんのようなたたずまいの熊。
昔はよく親戚の家に置かれていた、北海道土産の代表的な〈木彫り熊〉のイメージは
鮭をくわえた熊の姿。でも、実はその形や表現は幅広く、
ここ数年は北海道オリジナルの工芸品として再評価され、注目を集めています。
道南の八雲町にある〈八雲町木彫り熊資料館〉は、
お土産品から芸術作品までさまざまな木彫り熊をまとめて見られる、
道内でも唯一の施設。その誕生にまつわるエピソードとともに、
八雲独自の木彫り熊文化にもふれることができます。

茂木多喜治の親子熊。(写真提供:八雲町木彫り熊資料館)
渡島半島の北にある八雲町の市街地には、函館から車で1時間半ほど。
2014年にオープンした木彫り熊資料館の入り口では、
立派な木彫り熊が出迎えてくれます。
2階の展示室には八雲でつくり続けられてきたさまざまな作家の木彫り熊を中心に、
旭川など道内から集められた個性豊かな作品が、
時代を追って解説とともに並べられています。
特に見ておきたいのが、八雲で初めてつくられた木彫り熊と、
そのモデルとなったスイスの木彫り熊の2体。
八雲の熊がスイスの熊をよく真似てつくられていることがわかるはず。

1924年、八雲で初めてつくられた木彫り熊(左)と、スイスから持ち込まれた木彫り熊(右)。現在の木彫り熊から見ると長さ10センチ程度と意外な小ささ。道具のなかった時代、八雲の熊は目がクギで、毛並みはコウモリ傘の骨を研いだもので彫られたそう。(管理:八雲産業株式会社)
八雲に込められた歴史
スイスの木彫り熊をお手本につくられた第1号の木彫り熊の作者は、
芸術家ではなく、八雲に暮らす酪農家の伊藤政雄さんでした。
そもそも、木彫り熊をスイスから導入したのは、
尾張徳川家十九代、徳川義親(よしちか)公。
尾張徳川家は、十七代慶勝公が主導し、
明治維新を機に職を失った旧尾張藩士族の新天地として、1878年から
八雲町の遊楽部(ユーラップ)へ入植させ、八雲地域の開拓にあたります。

尾張徳川家19代目 徳川義親公は文化や芸術に明るくより良くするための注文をつけることもあったそう。農民たちに制作を奨めるため、自らもお盆に彫刻をしていたと伝えられています。
人々の貧しさを憂いた義親公は1922年、
ヨーロッパ旅行中に立ち寄ったスイスで
ペザントアート(農村美術、いわゆる民芸品)に触れ、
持ち帰って八雲の農民たちに見せ、
冬季間の副業として家庭での民芸品づくりを奨励しました。
スイスの木彫り熊はその中のひとつです。
続く1924年、八雲を中心とし、全国からも参考品として各地の民芸品が出品された
〈八雲農村美術工芸品評会〉が開催され、木彫り熊が出品されます。