news
posted:2024.6.21 from:福岡県福岡市 genre:旅行
〈 コロカルニュース&この企画は… 〉
全国各地の時事ネタから面白情報まで。
コロカルならではの切り口でお届けする速報ニュースです。
writer profile
Aya Kinoshita
木下 綾
きのした・あや●福岡生まれ・福岡在住。フリーライター/ウェブデザイナー。2015年より大牟田市動物園を勝手に応援するフリーペーパー「KEMONOTE(ケモノート)」を制作。趣味はアウトドア、日記。カレーとコーヒーが好き。
福岡市の都心部を走る明治通りに面し、
近くには球場や大型商業施設があり、周囲に住宅とマンションが建ち並ぶ。
〈鳥飼八幡宮〉は、そんなにぎやかなエリアにあります。
鳥飼八幡宮の歴史は古く、『古事記』や『日本書記』にも登場する
神功皇后のゆかりの地として、社殿を建てられたのが発祥と
伝えられています。
まちがめまぐるしい変化をとげてゆくなか、神社は変わることなく、
人々を出迎えてきました。
そんな鳥飼八幡宮が、「遷宮」(神社の改築や修理)によって
大きく姿を変えたのは、一昨年のこと。
もっとも驚かされるのは、壁全体を茅(かや)で葺かれた拝殿の圧倒的な存在感。
「神社」という建物のイメージを覆すその姿は、いったい、
どのようにして生まれたのでしょうか。
鳥飼八幡宮ではもともと、25年おきに遷宮を行ってきました。
ただしこれまでは、歴史ある本殿・拝殿を改修したり増築したりする、
小規模なものだったそうです。
しかし、今回の遷宮にあたり調査を行ったところ、建物の老朽化が著しく、
建て替えなければならないことが判明。
老朽化とはいえ、古くからある建物を壊し、つくりかえることに
抵抗はなかったのでしょうか。
鳥飼八幡宮で神職をつとめる高野さんに尋ねると、
「常若(とこわか)」という言葉を教えてくださいました。
「常若」とは、神様をお祀りする場所を、常にみずみずしく
きれいに保つ、という考え方。
たとえば伊勢神宮では、1300年も前から、20年ごとに
まったく同じ建物をつくり替える「式年遷宮」を行なっています。
それは、こういった考えに基づくものなのだそうです。
「わたしたちは、以前と同じ建物をつくるのではなく、
『あたらしい神社』をつくろうと考えました」と高野さん。
「『あたらしい』というとすこし語弊があるかもしれません。
神道の歴史は縄文時代からありますが、実ははっきりとした教義はないんです。
ですから、これを機に、古くからつづいてきた信仰のかたちを、
固定観念にとらわれずに一から考えてみよう、そして、
それがきちんと伝わる建物をつくろう、と考えたのです」
「あたらしい神社」の設計を依頼されたのは、
福岡市内に事務所を構える〈二宮設計〉の二宮隆史さん・二宮清佳さん
夫妻でした。
二宮夫妻は、鳥飼八幡宮の山内宮司から、
「誰も見たことがない本殿・拝殿を」
というオーダーを受けたのだそう。
二宮隆史さんに、その頃のお話をうかがいました。
「誰も見たことがないもの……とはいえ神社であるからには、
地域の方々に納得してもらえるものにしなくては……」と、
アイデアを模索していた二宮さん。
幾度となくスケッチを描き、山内宮司と何度もイメージをすりあわせ、
検証を重ねて、巨石と茅葺で拝殿をつくる構想がまとまりました。
高野さんはいいます。
「巨石信仰は、世界共通の信仰のかたちなんです。いつの時代の人が見ても、
たとえば、ここがいつか埋まってしまったとしても、発掘された時に
『神聖な場所だったんだ』ということがすぐわかる」
天然の素材と、伝統的な技術で、あたらしい神社をつくる。
そうすればきっと、訪れた人に愛着を持ってもらえるはず。
こうして、あたらしい拝殿は、十本の巨石を柱とし、
外壁全体を茅葺にすることが決まったのでした。
Page 2
日本では伝統的な家屋に用いられる「茅葺」が、
環境に優しくデザイン性にも優れていると、海外、特にヨーロッパで
評価されていることをご存知でしょうか。
茅葺はまず、ススキなどの植物を素材としており、
古くなって葺き替えた後は土に還る。
また自然素材でありながら、通気性や断熱性、保温性に優れている。
茅葺は、サステナブルでエコな工法なのです。
しかし、日本では建築基準法により、1950年に茅が「燃えやすい素材」
とされ、茅葺屋根の建物を新たに建てることが難しくなりました。
そのため、現在の茅葺職人の仕事は、
現存する茅葺建築の葺き替えがほとんどなのだそうです。
茅葺職人の仕事は減り、職人だけでなく茅を採取する「茅場」も減少。
茅葺の建物をつくることはますます難しくなり、
技術の継承が危ぶまれています。
高野さんはこういいます。
「『難しいから』で諦めてしまったら、その技術は本当になくなってしまいます。
わたしたちは、難しくても、職人さんたちが技術を継承していけるような
環境を、なんとかつくっていきたいのです」
拝殿に使用した茅葺は、20~30年で傷み、葺き替えることになります。
鳥飼八幡宮は、今後、遷宮のタイミングに合わせ、
茅の葺き替えを行う計画になっているとのこと。
そのサイクルがうまくまわれば、茅葺の技術継承だけでなく、
茅場の保全にも繋がってゆくはずです。
工事期間中、印象的だったできごとを二宮さんに尋ねると、
こんな答えが返ってきました。
「完成前の拝殿の中で、職人さんたちに作業をしてもらっていたんです。
それがすごく静かで、まるで神事のようだったのが心に残っています。
職人さんたちが、茅を受け渡したり、束ねて切ったりする時に、
『フサッ』とか『シャクッ』とか、そんな音だけがここに流れていて。
これは神様に納める仕事なんだ、ということを体感できた風景でした」
これほど大きな壁を茅で葺く建築物は、日本には滅多にありません。
「職人さんは日々、頭を悩ませながら作業されていたと思います」と
二宮さんはふりかえります。
「この現場にかかわるすべての職人さんが、自分の持てるベストを
尽くそう、という意識で仕事をされているのが伝わってきました。
職人さんたちのそういった思いが重なって、いいものができたのだと思います」
拝殿の完成後、参拝された方が茅葺壁に触れたりしている様子を見て、
二宮さんはあらためて、「茅にしてよかった」と感じているそうです。
年内で、鳥飼八幡宮の遷宮はほぼ完了の予定だそう。
これから神苑が整えられ、スロープが整備され、新しい神楽殿が建ち、
参拝する方が歩きやすく、より過ごしやすい環境が整えられてゆきます。
「もっと人々がくつろげるように、イベントやお祭りで
気軽に集まってもらえる場所にできたら」と高野さん。
「地域の人々の、心のよりどころであり続けたいですね。
このあたりは転勤族が多い地域ですけれど、そういった方たちにも、
いつかまた帰ってきたい、と思ってもらえるようなまちづくりに関わりたいなと」
この日の境内には、ベビーカーを押したお母さんや、お年を召したご夫婦、
いつもの散歩ルートという風情の男性、どこかへ行く途中なのか、
大きなリュックを背負った女性の姿もありました。
神社は、時に1000年以上もの歴史を持ち、
神様を祀る神聖な場でありながら、いつも誰にでも開かれていて、
行くとなぜかほっとする、不思議なところです。
大きく姿を変えた鳥飼八幡宮ですが、
これからも、人々の祈りの場であることに変わりはありません。
鳥飼八幡宮は、歴史や伝統と、未来とを「むすぶ」場所。
今日も鳥飼八幡宮の周りには、たくさんの人々が、にぎやかに行き交っています。
information
むすびの神 鳥飼八幡宮
Feature 特集記事&おすすめ記事
Tags この記事のタグ