news
posted:2022.2.8 from:佐賀県佐賀市 genre:ものづくり
〈 コロカルニュース&この企画は… 〉
全国各地の時事ネタから面白情報まで。
コロカルならではの切り口でお届けする速報ニュースです。
writer profile
Mayo Hayashi
林 真世
はやし・まよ●福岡県出身。木工デザインや保育職、飲食関係などさまざまな職種を経験し、現在はフリーランスのライターとして活動中。東京から福岡へ帰郷し九州の魅力を発信したいとおもしろい人やモノを探しては、気づくとコーヒーブレイクばかりしている好奇心旺盛な1984年生まれ。実家で暮らす祖母との会話がなによりの栄養源。
佐賀県佐賀市、脊振山の麓に工房を構える〈名尾手すき和紙〉。
佐賀市内から嘉瀬川の上流へと進んだ山間に、
その和紙工房はひっそりと佇みます。
名尾手すき和紙は江戸時代からこの地で和紙をつくり続け、
現在も伝統の製法が代々受け継がれています。
名尾地区での和紙づくりの歴史は300年以上。
製紙に欠かすことのできない清流、
そして原料となる梶の木(かじのき)が自生していた好条件もあり、
和紙づくりが盛んに。
品質のよい「名尾和紙」の評判は次第に広まったと伝えられています。
和紙の原料はおもに楮(こうぞ)やみつまた、
雁皮(がんぴ)の靭皮繊維が使われるのが一般的ですが、
名尾和紙で使われるのは梶の木なのだそう。
梶の木は近隣の畑で自家栽培され、
春から秋にかけて成長した枝木を冬の寒い時期に刈り取ります。
今年は1月下旬、刈り取り作業が行われました。
寒さが厳しいこの時期に刈り取るのは、
梶の木がいわば冬眠に入っている状態だからなのだそう。
枝木を刈り取っても根が残っている限り、
春には切った株から新しい芽が出て、夏から秋にかけてぐんと成長するといいます。
来年の冬には同じように収穫ができるというから驚きです。
山に囲まれているため耕地面積が少ないこの地では、
その昔、大勢の農家が貧しく困窮していたといいます。
江戸時代に手すき和紙の技術が取り入れられ、
製紙業が生業になったことで多くの農家が救われたのだそう。
しかし、明治以降は機械化で
大量生産された紙により製紙業が衰退。
昭和の初めごろまでは名尾地区で
100軒ほどの家が和紙づくりを営んでいたとされますが、
今では名尾和紙を手掛けるのは谷口さん一家の
名尾手すき和紙1軒のみなのです。
Page 2
そして2月、収穫した梶の木の皮剥き作業が行われました。
6代目の祐次郎さんは、
「『かご』は梶の木や楮のことです。
この地域では梶の木を蒸して皮を剥く一連の作業を
『かご蒸し』と呼んでいます」と話します。
これから1年間の和紙をつくるための大切な原料づくり。
さあ、今年最初のかご蒸しが始まります!
朝の8時ごろから始まって午前中に3釜、
お昼を挟んで午後に3釜、1日で計6釜分の作業が行われます。
まずは蒸す作業から。
同じ長さに切り揃えられた梶の木は束ねられ、
均一に蒸し上がるように上下を交互に釜に入れます。
湯の張られた釜は地面に半分埋まった状態で、
しばらくすると白い湯気が勢いよく吹き出してきます。
見るからに熱そうですが、
外が寒いので近くにいるとほっとします……。
蒸し上がると蓋を引き揚げ、中から梶の木の束を取り出します。
放置すると皮が剥きにくくなるため、
急いで持っていかなくてはいけません。
釜から出したばかりの熱々の梶の木を抱き抱えると、
じんわりあったかく、そして独特の甘い香りが立ち込めます。
定位置に付くと座布団に座って麻袋を膝にかけ、
束ねてある紐を解きます。
細い枝はそのまま先端を摘み皮を剥ぎ、
太い枝は小刀で切れ目を入れてあげると剥ぎやすくなります。
この梶の木は、楮などに比べて繊維が長く繊維同士が絡みやすいので、
薄手で丈夫な和紙ができあがるのだそう。
しっかりした質の良い和紙は原料から違うのですね。
5代目の妻である絹江さんは、
谷口家に嫁いで60年以上、和紙づくりに携わってきたベテラン中のベテラン。
もちろん、かご蒸し作業は手慣れたもので
スルスルと難なく皮を剥いていきます。
現役バリバリ、みんなの中心で場を和ませてくれる
欠かせない存在です。
祐次郎さんは釜の準備や全体の進行を見つつ、
早技で難なく皮を剥いでいきます。
ちなみに剥き終わって芯のみになった梶の木は、
別の農家さんで活用されるということで、後日引き取られていきます。
無駄のない好循環ですね。
楽ではありませんが、
初心者でも数をこなせば徐々にコツを掴んできます。
淡々と皮を剥ぎつつ、
「この皮があの白くて艶々の和紙になっていくのか……」と
疲労より楽しみや喜びが湧いてくるのが、やっていておもしろいところ。
普段知ることのできない伝統工芸の裏側を
覗かせてもらえたことは、貴重な体験となりました。
Page 3
途中、お昼休憩やお茶の時間を挟みながら作業は進みます。
谷口さんファミリーのほかにも、
長年和紙づくりに従事されているスタッフさんや
干し柿をつくる生産者さん、飛び入りでの参加者など、
年に数日だけのかご蒸しは和気あいあいと取り行われました。
夕方5時、一日分の皮を全て剥ぎ終わったところで
軽トラに皮を積んで近隣の干し場へ向かいます。
無事にかご蒸し初日が終了!
あと数日、同じ作業を繰り返します。
そしてかご蒸しが終わって乾燥させた梶の木の皮は、倉庫で保管されます。
一年分の原料がストックされることで、紙を漉く際にはそこから使用する分を
取り出して紙を漉くのだそう。
ただし紙を漉く前には、皮を水で戻し、
煮熟(しゃじゅく)、地下水に晒し、
打解、攪拌、ネリ(粘材)をつくるなどさらに工程が続きます。
手すき和紙の世界に少しだけ足を踏み入れてみて、
ものづくりの本質を考えさせられました。
時代を経ても変わらない製法を守りながら、
チームワークでつくられる和紙を、ぜひたくさんの方に手にとってほしいものです。
名尾手すき和紙では、色や模様の入った和紙から、
和紙を使った雑貨、壁掛けの和紙作品などを
併設するショップで販売しています。
梶の木の上質な繊維が使われた名尾ならではの和紙は、
素朴で艶のある自然な美しさです。
タイミングが合えば和紙を漉いている
工房見学もできるので、この機会にぜひ一度、
名尾手すき和紙を訪れてみてはいかがでしょう?
information
名尾手すき和紙
Feature 特集記事&おすすめ記事