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posted:2020.4.21 from:長野県松本市 genre:ものづくり
〈 コロカルニュース&この企画は… 〉
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writer profile
Yu Miyakoshi
宮越裕生
みやこし・ゆう●神奈川県出身。大学で絵を学んだ後、ギャラリーや事務の仕事をへて2011年よりライターに。アートや旅、食などについて書いています。音楽好きだけど音痴。リリカルに生きるべく精進するまいにちです。
「おおきな紙、差し上げます」
日本各地に新型コロナウイルスの感染拡大防止策が広がり始めた2020年3月、
長野県松本市にある印刷会社〈藤原印刷〉が
およそ1メートル大の紙を配り始めました。
主な対象は、学校が休校になり、退屈している子どもたち。
同社と県内にある本屋やギャラリーにて、
3月16日〜4月3日(金)まで配布されました。
文字も絵も書かれていない、大きな紙。
もしかすると、子どもたちが学校や習い事、テレビ、ゲームに
忙しかったら、気にもとめなかったかもしれません。
ところが、暇を持て余した子どもたちは、その大きな紙に夢中になったようです。
『宝の地図とオバケ』というタイトルの絵。
大きな紙飛行機をつくった男の子。この後、チョロQのコースやすごろくなども制作。
思いっきり絵を描いたり、紙飛行機をつくったり。
藤原印刷には、「大人も子どもも一緒になって楽しめました」
「おうち遊びもネタ切れになっていたけど、夢中になって遊んでいました」など、
多数の反響が寄せられたといいます。
アイデアの発起人は、取締役の藤原隆充さん。
大きな紙に添えられたプリントには、次のような言葉が書かれていました。
ニュートンの万有引力の法則はペストが大流行して大学が閉鎖になり、
故郷に帰って庭でリンゴを見ている時に生まれたと言われています。
自分の自由な時間、すなわち研究・思索に没頭する
時間ができたことが世界を動かす大発見に繋がりました。
今こそ、子どもたちが好きなことに没頭するチャンスだと思います。
型にはまらず、スケール大きく使ってもらえると嬉しいです。
この紙が子ども達の創造性の一助となりますように。
藤原隆充/藤原印刷株式会社
藤原さんは東京都江東区にある製本会社〈篠原紙工〉が
子どもたちに折り紙サイズの紙を配っていたことから、
自分たちにも何かできないかと考え、工場で眠っていた紙を
プレゼントすることを思いついたといいます。
〈藤原印刷〉取締役の藤原隆充さん。本社工場にて。
「休校が決まった当初、家にいるということは
ネガティブな印象を与えていたと思うんです。
でも子どもたちにとっては、好きなことに思いっきり没頭できる時間にもなりうる。
そのためには窮屈ではない、いつもとは違う環境が必要なんじゃないかなと考えて。
大きな紙を何枚も広げれば、リビング全体が画用紙になります。
子どもたちに才能を爆発させてほしいと思ったんです」(藤原さん)
配布場所として藤原さんが声をかけたのは、
松本市のブックカフェ〈栞日〉とカフェギャラリー〈月とビスケット.〉。
長野県松本市にある本屋/喫茶店〈栞日〉。湖畔のキャンプ場で本を愉しむマーケット&ライブイベント〈ALPS BOOK CAMP〉も主催しています。
藤原さんと栞日店主の菊地徹さんは
世代も近く、日頃から意見を交わすつき合い。
新型コロナウイルスの影響が営業に及び始め、
「想像力と創造力だけは決して手放してはならない」と、
さまざまな思いを巡らせていた菊地さんは、
藤原さんから相談を受け、ふたつ返事で引き受けたといいます。
紙を配りはじめると、ひっそりとしていた店に
新聞やSNSの記事、口コミで紙のことを知った
子ども連れのお母さんやお爺さん、お婆さんが訪れ、
喜んで紙を受け取っていきました。
藤原印刷本社工場
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藤原印刷の創業は、1955年。
女性の起業がめずらしかった当時、女性タイピストの藤原輝さんが
1台のタイプライターをもとに立ち上げたが始まり。
当初は〈藤原タイプ社〉という名前でした。
創業者の藤原輝さんが退職金にて購入したタイプライター。この一台をもとに自宅一室にて「藤原タイプ社」を設立。
会社の理念として掲げている「心刷」は、
一文字一文字、心を込めて文字を打ち込み、
一冊一冊本を作ることを表現した、輝さんの言葉だといいます。
これまでに手がけた作品は20万点以上。
印刷のみならず、企画段階から関わり、
造本における仕様の提案までしてくれるとあって、
一度本をつくった方たちから厚い信頼を集めています。
現在の代表は、創業者の娘にあたる藤原愛子さん。
そこへ息子の隆充さん(兄)と章次さん(弟)が参画し、
紙・本業界を盛り上げようと新たな試みを続けています。
ふたりは“藤原兄弟”と呼ばれ、印刷業界ではちょっと知られた存在なのだとか。
最近では、青山ブックセンターによる出版プロジェクト〈Aoyama Book Cultivation〉の
記念すべき第1弾『発酵する日本』がここで印刷されました。
著者の小倉ヒラクさんや青山ブックセンター山下店長をはじめとする
プロジェクトメンバーが印刷の立ち合いに訪れ、
どんな難題にも全力で応えてくれたと note に綴っています。
そんな藤原さんたちが日々目にしている、大きな紙。
それを子どもたちに、とプレゼントしてくれたのは、
想像を形にする喜びを毎日のように体験しているからだったのではないでしょうか。
今の状況において、新しい状況を生み出すこと。
そこから新しいものが生まれること。そんな1日の記憶が
子どもたちのなかに刻まれ、いつか芽吹く時がくるかもしれません。
新型コロナウイルスの影響が広がりさまざまな価値観が淘汰されていくなか、
紙や紙の本の良さにあらためて気づかされる瞬間がありました。
本をつくる人たち、本を届ける人たち、
街の本屋さんの営みが続いていくことを願ってやみません。
information
〈藤原印刷〉のおおきな紙
配布期間:2020年3月16日〜4月3日(金)
配布場所:藤原印刷本社、ブックカフェ〈栞日〉、カフェギャラリー〈月とビスケット.〉
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