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連載

生産者が主体の食のイベント
〈せたな海フィール 2015〉

Local Action
vol.056

posted:2015.11.1  from:北海道久遠郡せたな町  genre:食・グルメ

〈 この連載・企画は… 〉  ひとつのまちの、ささやかな動きかもしれないけれど、創造性や楽しさに富んだ、
注目したい試みがあります。コロカルが見つけた、新しいローカルアクションのかたち。

writer profile

Michiko Kurushima

來嶋路子

くるしま・みちこ●東京都出身。1994年に美術出版社で働き始め、2001年『みづゑ』の新装刊立ち上げに携わり、編集長となる。2008年『美術手帖』副編集長。2011年に暮らしの拠点を北海道に移す。以後、書籍の編集長として美術出版社に籍をおきつつ在宅勤務というかたちで仕事を続ける。2015年にフリーランスとなり、アートやデザインの本づくりを行う〈ミチクル編集工房〉をつくる。現在、東京と北海道を行き来しながら編集の仕事をしつつ、エコビレッジをつくるという目標に向かって奔走中。ときどき畑仕事も。
http://michikuru.com/

credit

取材協力:すずきもも(スローフード・フレンズ北海道)、アリス・カニングハム(秀明インターナショナル)

おいしい食材がつくる、幸せのかたちとは?

「私たちがすばらしい食材をつくれば、私たち自身も幸せになれる。
せたな町で、ハッピーな農家と酪農家のみなさんに会い、
おいしい料理をつくるシェフと、それを享受する人々がいることを知って、
私もとてもハッピーな気持ちになりました」
インドの環境活動家であり、哲学者でもあるヴァンダナ・シヴァさんは
そう語り笑顔を見せた。

この夏、北海道の南西部にあるせたな町で行われた
〈海フィール2015〉に集まったゲストは、
まさに夢の共演というべき豪華な顔ぶれだった。
インドからはるばるやってきたシヴァさん、
山形のレストラン〈アル・ケッチァーノ〉のオーナシェフ奥田政行さん、
スローフードという言葉を日本に広めた
ノンフィクション作家の島村菜津さんらがトークを行い、
野外コンサートでは八神純子さんをはじめとするミュージシャンたちが参加した。
このほか有機農業に関するドキュメンタリー映画の上映や、
こだわりの生産者をめぐるツアー、マルシェや屋台なども並び、
イベントは3日間にわたり開催された。
さらに、奥田シェフをはじめとする料理人たちが、
朝昼晩とせたなの食材を使った料理に腕をふるった。

メイン会場は瀬棚ふれあいセンター。コンサートやマルシェも開催された。

日本海に面し、南北を山々に囲まれたせたなは、眺めのいい場所が多い。車を走らせ丘の上に登ると大パノラマが!

朝昼晩とシェフたちが腕をふるった。写真は、朝食で、奥田シェフがプロデュースする〈地パンgood〉のパンや、新鮮なせたなの野菜がバイキング形式で並んだ。

せたな町は、人口約8000人という小規模なまちではあるが、
町の調査によると、食料自給率はなんと940パーセント。
森と里と海の生態系がコンパクトにまとまった食材の豊富な場所で、
ここでほぼ毎年開催される海フィールは、
漁師、農家、酪農家など生産者が中心となり企画されている。
スタートから8回目の開催となる今年は、
2005年に3町が合併してできたせたな町の10周年にあたることから、
記念事業としても注目されることとなった。

なかでもここでご紹介したいのは、2日目に行われた講演会の模様だ。
「せたなの豊かな自然から未来と大地をつなぐ“種”」と題し、
最初に登壇したのは奥田シェフと島村さん、続いてシヴァさんによるトークが行われた。
何より印象的だったのは、この記事の冒頭で挙げたシヴァさんの言葉に象徴される
“幸せ”について、3人に共通する眼差しが感じられたことだ。

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奥田シェフが考えるおいしい幸せ

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喜びを分ち合うことがおいしさにつながる

奥田政行シェフは、自身が生まれた山形の庄内で
〈アル・ケッチァーノ〉〈イル・ケッチァーノ〉を、
東京の銀座で〈ヤマガタ サンダンデロ〉を営み、
地元食材をふんだんに使った料理で知られている。
また、庄内地方は、現在、在来作物が豊富な“食の都”として
世界的にも知られるエリアとなっているが、その礎を築いた人物でもある。

トークでは、奥田シェフが在来作物に目を向けたきっかけや、
レストランが地域に果たす役割などが語られたが、
そうしたなかで彼が考えている“幸せのかたち”がどんなものなのかが
次第に浮かび上がってきた。

例えばそれは、奥田シェフが
「初めて食べたときに、そのおいしさに鳥肌が立った」という、
羊を飼育していた丸山光平さんとの出会いの話。
この羊を食べてすぐにその秘密を知りたいと、
奥田シェフは丸山さんのもとを訪ねたという。
しかし、丸山さんは、羊肉の需要が減っていたことから
「今年限りで廃業」を決めていた。
それを聞いた奥田さんは、「やめないでほしい」という一心から、
東京のレストランへ売り込みを始め、やがてその噂は広がり、
雑誌のグラビアなどでも紹介され、ついには『BRUTUS』の牧場めぐりの特集で、
「この羊だけは別格」と扱われ、日本一おいしい羊といわれるまでになった。
「ほら丸山さん、また雑誌に載っていますよって見せに行っていたら、
ある日暗かった顔が突然パーッと明るくなって、
まるで仏様みたいな表情になったんですね。
その顔を見たときに、自分も心の底から幸せだなあと感じました。
自分の幸福感というのはそこにあるんだなと」

奥田シェフのメニューには、「丸山さんの羊のローストとアスパラ」など、
生産者の名前がつけられたものが多い。
また、生産者が減ってしまった在来作物をレストランで積極的に使い、
需要を生み出そうとしている。
「一緒においしいと言って笑ってくれる人がひとりでもいると、人は強くなれる」
と言う奥田シェフ。
日々、生産者と語り合い、定期的に食材を購入して生産者の暮らしを安定させる。
そんな信頼関係のなかで、野菜やお肉がますますおいしくなっていくという。

トークのお相手となった作家の島村さんは、奥田シェフの料理をこう例える。
「毎朝、奥田さんが食材を探して山や海を訪ねる姿と
在来作物を育てている生産者の姿が見える。そんな景色がお皿に広がっている」

左が島村菜津さん、右が奥田政行シェフ。トークセッションは、島村さんが奥田さんにインタビューをするかたちで行われた。

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せたなのトマトがおいしい理由

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インドと日本の“種の守り人”

奥田シェフは、庄内地域独自の在来作物を保全するために、
種の自家採取にも取り組んでいるという。
また、山形大学の江頭宏昌准教授とともに、在来作物の魅力を再認識させるために、
なぜこれらの作物がおいしいのかを地形や風土からひもとき、
人々に伝える活動も行ってきた。

こうした活動は、ヴァンダナ・シヴァさんが1991年に設立したNPO団体
〈ナヴダーニャ(9つの種)〉での取り組みとも重なる部分が大きい。
インド北部のデラドゥンにあるナヴダーニャ農場を
訪ねたことがあるという島村さんによると、現在、そこでは
穀類だけで750種、全部で1500種の在来作物の種を保存し、
それらを農民に提供する活動を続けている。

有機農業や種子の保存を訴え、環境保全に取り組むヴァンダナ・シヴァさん。その活動は、世界的に注目を集め、1993年には“もうひとつのノーベル賞”とも称される「ライト・ライブリフッド賞」を受賞。『生物多様性の危機』『アース・デモクラシー』など、数多くの著書も出版してきた。

奥田シェフと島村さんのトークに続いて登壇したシヴァさんは、
せたなの生産者の取り組みに触れ、聴衆にこう語りかけた。
「昨日は、せたなの農家で本当においしいトマトを食べました。
よいトマトができるのは、種がすばらしいからです。
F1種や遺伝子組み換えの種からは、このおいしさは生まれません」
F1種とは、一世代に限り収量が安定し、形が揃う作物ができるように
改良された種のことをいう。
また、遺伝子組み換え作物とは、除草剤に対する耐性を持った大豆や
殺虫性のトウモロコシなどがあり、
こうした「不自然な」操作をされた種を使う、
グローバル企業が推し進める画一化された農業について、
シヴァさんは警鐘を鳴らし続けてきた。
そして、種の保全を通じて生態系を維持し、生物多様性を守る大切さを訴えている。

例えばインドでは、綿花の95パーセントが
遺伝子組み換えの種に変わってしまったという。
これによって収穫量が拡大し経済的に豊かになると思われたが、
遺伝子組み換えの種は、企業から毎年購入しなければならず、
それにともない農薬や肥料などの出費もかさむようになり、
結局はたくさんの農家が負債を抱えることになり、
自殺に追い込まれるようなケースも招いたという。

そんななかで、ナヴダーニャでは、
農家がオーガニックコットンを育てる取り組みも推進しており、
シヴァさんによるとそれまでより収入が10倍に増えたという。
「遺伝子組み換えの種でコットンをつくる農家は、
それがどこに行って、どんな風に使われるのか、そういうことがまったくわかりません。
しかし、オーガニックコットンをつくる農家は、
自分たちで直接マーケットを生み出し、
そのなかでちゃんとフェアなトレードをすることができる。
安全なものを求める消費者も増えてきているので、収入も安定していきます」

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奥田シェフとシヴァさんが訪ねたせたなの生産者

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せたなの未来をつくる人々

海フィールのイベントでは、この講演会が始まる前に、
イカ釣り漁船、牛・豚を育てる牧場、自然栽培を行う農場をめぐるツアーも行われた。
奥田シェフ、島村さん、シヴァさんも生産者を訪ね、
トークのなかでは、その様子も語られた。

酪農家の村上健吾さんは、自然放牧を行い、できる限り輸入飼料に頼らず、
草を与えることで健康な牛を育てる環境をつくり出そうとしている。
海が見渡せる眺めのよい牧場にいる牛の姿をシヴァさんは、
「まさにハッピーな牛」と語った。
「みなさんも牧場を訪れて、牛が臭いと感じた方はいなかったと思います。
これは健康で清らかな食べ物を食べているからです。
しかし、一般的な酪農では、遺伝子組み換えの穀類など
本来草食動物が食べないものを混ぜたり、
また牛舎の中にぎゅうぎゅう詰めに押し込まれたりしています。
そういう牛は決してハッピーではありません」

牧場の牛たちの様子を説明してくれた村上健吾さん(左から2番目)とシヴァさん(左から3番目)。

広々とした草原で、のんびりと草を食べる牛たち。はるか遠くには海も見える。

トークでもうひとり話題に上ったのは、
秀明ナチュラルファーム北海道の富樫一仁さんについてだ。
ここは、農薬や肥料に頼らず、生態系を守りながら作物をつくる
自然農法を実践する農場だ。
奥田シェフは、何年も前からせたなを訪れており、
富樫さんが次第に変わっていく様子をこんな風に語った。
「富樫さんの畑を最初に訪れたときは、実はこの畑はダメだなと思ったんです(笑)。
けれど、その3年後に来たら、畑の生態系が急によくなっていました。
それまで富樫さんは青白い顔をしていたのが、
先ほど話した羊を飼育している丸山さんのような表情になっていたんです」
富樫さんはアレルギー体質で、農薬や化成肥料によってつくられた作物を
受けつけない体だったことから、この自然農法を始めたという。
最初は試行錯誤の連続だったが、現在では収穫量も増え、
自然農法で野菜が育つメカニズムを大学と連携して研究も行っている。

富樫一仁さん。この畑は雑草が多く生えている場所だが、除草をせずに共生をしながら大豆が育つ様子を紹介してくれた。

化成肥料を与えず、除草剤を使わなくても、大豆はよくのびる。

さらに、生産者をめぐるツアーで訪ねた、
イカ釣り漁師の西田たかお船長についても話題は及んだ。
「船長は、キャラクターがおもしろい(笑)。
こういうスパイス的な人も必要なんです。
たとえば三国志など、歴史上の人物なんかを見ていくと、
必ず“暴れ馬”のような存在がいる」と奥田シェフ。
水産加工品も手がけ、イカのおいしさを百貨店などに売り込みつつ、
このイベントの実行委員長をつとめるのが西田船長。
この土地には魅力的な生産者がいること、
そして生産者と食卓はつながっていることを、
全国へ発信しようとするアイデアマンで、
せたなの人々に、船長と呼ばれ親しまれている。

「イカの値段はその日によって違います。でも、安いから高いからではなく、“今日食べたい”という気持ちを大事に、漁師の顔を思い浮かべながら買ってださい!」と、生産者の熱い想いをツアーで語る西田たかお船長。

釣ったばかりのスルメイカ。歯ごたえがよく、ほんのり甘い。

海から、畑から、牧場から——。
自然の恵みを受けつつ、安全でおいしいものをつくり出そうとする
個性的な生産者がいるせたな。
トークのなかで、島村さんも「ポテンシャルの高い地域」と期待を寄せていた。
その力をこれからどう結集し未来へと歩みを進めるのか。
シヴァさんからは、こんな提案があった。

「みなさんが、いまここで健康で清らかな野菜や家畜を育てているということは、
決して自己満足のレベルでやっているわけではありません。
これは、私たちの生存にかかわる問題です。
遺伝子組み換え作物のように、人の細胞を中から壊していくようなものを
強制的に食べさせられるような、そんな世界に向かっていっています。
だからこそ、私たちがいま立ち上がる必要があります。
安全で健康なものを育ててくれる農家であり酪農家であり、
そういう方たちを支援していかなければならない」

長年にわたり環境保全運動に関わってきたシヴァさんは、さらなる展開として、
いまインドで〈フードスマートシティズン〉という運動を始めたという。
これは、賢く食べ物を選んでいく、意識の高い市民を集めたまちを
つくっていこうという運動で、せたなも町ぐるみで、参加してほしいと呼びかけた。

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シヴァさんが語る「生きるアート」とは?

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「生きる歓びとは、生きるアート」

海フィールのイベントは、せたなの生産者との出会いの場をつくり出すとともに、
〈スローフードジャパン〉が開催する〈テッラ・マードレ〉の
プレ大会としても位置づけられていた。
テッラ・マードレとは、イタリア語で「母なる大地」の意味。
イタリアに本部のあるスローフード協会が、
世界中で大地とのつながりを取り戻すために開催しているミーティングのことをいい、
シヴァさんも一時は副代表を務めるなど深く関わっている。
このスローフード協会の日本国内にある支部を統括しているのが、
スローフードジャパンで、2年おきに日本大会を開催しており、
今回は北海道が舞台となっている。
せたなで発信されたメッセージが、2015年11月1日から、
十勝、占冠、札幌へと波紋のように広がり、
食文化に関するイベントやトークなどが多角的に開催されるのだ。

海フィールに集まった面々が語ったように、
大地から生まれる健康的でおいしい食事を食べること、
それこそが幸せにつながるということを、
私たちはいまあらためて見直す必要に迫られている。
そして、せたなで行われたような取り組みが、さらなる大きなうねりとなるとき、
失われつつある在来作物や食文化の未来を照らす、希望の光となるに違いない。

最後に、海フィールで上映されたドキュメンタリー映画のひとつ、
『ヴァンダナ・シヴァのいのちの種を抱きしめて』で語られた言葉をここに紹介したい。

「生きる歓びとは、生きるアートです。
そもそも生命の本質は歓びなのです。
生命の欠如が不幸を、病苦を、そして貧困を生むのです」

イベントの期間中、「生きるアート」、その意味について
さらに詳しくシヴァさんに尋ねる機会があった。
「生きる歓びが生きるアートであるといったのは、私たちの生活のなかで、
“美”というものがすべての基本になっているからです。
例えば破壊行為や安全でない食べ物というものは、決して美しくないでしょう? 
農家の方が大地に根ざしてつくった野菜や心を込めてつくった料理は美しい。
それによって人間の心も豊かになるのです。
食べ物で、私たちは形成されています。
大地を汚染するような醜いものの中にいては、美は生まれません。
私たちがいる地球は、すばらしい調和を持っていて、それそのものが美しいのです」

せたなの小高い丘の上に登ると、草原や森、そして海が見渡せる。
真っ青な空とのコントラストに、しばし目を奪われる。
こうした美しい地球が育む、おいしい食べ物。
それをいただく幸せが、何ものにも代えがたいことを、
ここに集った人々は、五感のすべてで感じたに違いない。

information

テッラ・マードレ・ジャパン in 北海道 2015 
「大地をつなぐ人」

十勝大会 2015年11月1日〜3日 会場:十勝プラザ、帯広畜産大学ほか
占冠大会 2015年11月3日〜5日 会場:星野リゾートトマム
札幌大会 2015年11月6日〜8日 会場:北海道大学FMI国際拠点ほか
http://www.tm-hokkaido.com/

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