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連載

〈木工房ようび〉
地域の風土と職人の技術によって
生まれた、白くて軽くて
香り高いヒノキの家具

木のある暮らし
ーLife with Woodー
vol.055|Page 1

posted:2015.2.20  from:岡山県英田郡西粟倉村  genre:ものづくり

〈 この連載・企画は… 〉  日本の面積のうち、約7割が森林。そのうちの4割は、林業家が育てたスギやヒノキなどの森です。
とはいえ、木材輸入の増加にともない、林業や木工業、日本の伝統工芸がサスティナブルでなくなっているのも事実。
いま日本の「木を使う」時かもしれません。日本の森から、実はさまざまなグッドデザインが生まれています。
Life with Wood。コロカルが考える、日本の森と、木のある暮らし。

writer profile

Masatsugu Kayahara

萱原正嗣

かやはら・まさつぐ●フリーライター。主に本づくりやインタビュー記事を手掛ける。1976年大阪に生まれ神奈川に育つも、東京的なるものに馴染めず京都で大学生活を送る。新卒で入社した通信企業を1年3か月で辞め、アメリカもコンピュータも好きではないのに、なぜかアメリカのコンピュータメーカーに転職。「会社員」たろうと7年近く頑張るも限界を感じ、 直後にリーマン・ショックが訪れるとも知らず2008年春に退社。路頭に迷いかけた末にライターとして歩み始め、幸運な出会いに恵まれ、今日までどうにか生き抜く。

credit

撮影:片岡杏子

木工房ようびからつながる岡山の森のはなし

岡山県は、瀬戸内海に面した南の平野部の背後に中国山地の山々を抱く。
北部の山地では、年間降水量1,400ミリを超える豊かな雨が降り、
東から吉井川・旭川・高梁川の大きな川をなし、やがては瀬戸内海へと流れ込む。
岡山の森林は、山に囲まれた県北部を中心に県土の68%を占める。
なかでも、木材生産を目的としたスギやヒノキの人工林は県北部に集中し、
人々が雨を恵みに木々を植え育て、豊かな森の土壌は岡山の水源を育んできた。

こうした岡山県の森林事情を象徴するような村がある。
県の北東端、東は兵庫県、北は鳥取県と接する県境に位置する西粟倉村だ。
人口わずか1,600人にも満たない小さな村は、
面積のおよそ95%を森林が占め、そのうち84%を人工林が占める。

県の北東部には、美作(みまさか)檜と呼ばれる特色あるヒノキが育つ。
冬の厳しい寒さのため、木は毎年少しずつしか成長せず、幹の部分が引き締まる。
さらに、降り積もる雪の重さに耐えるため、木は強さを増す。
香りの強さにも特徴があり、それは良質な水と関係があるとされる。
西粟倉には吉井川の支流と吉野川の源流があり、
天然記念物のオオサンショウウオが自生する良質な水をたたえている。

西粟倉のヒノキの森。間伐と枝打ちが行き届き、日の光が木々のあいだから差し込む。

西粟倉で知った、日本の森の厳しい現実

岡山県西粟倉村で、香り高い西粟倉のヒノキを使い、家具をつくる人たちがいる。
家具職人の大島正幸さん率いる〈木工房ようび〉だ。
岐阜県高山の家具メーカーに勤めていた大島さんは、
2009年にこの地に移り住み、地域の材を使った家具づくりを始める。
そのきっかけは、いまは人生をともに歩むパートナーとなった奈緒子さんに誘われ、
西粟倉をふと訪ねたことにある。
そのころの大島さんは、家具職人として8年の修業を積み、腕に磨きをかけていた。
“いい家具”をつくる思いも、人一倍強いという自負があった。
だが、その自信と自負は、西粟倉の森を見て粉々に打ち砕かれることになる。

「それまでの僕は、森のことなんて何も知らずに、
工房にこもって“いい家具”をつくることに没頭していました。
しかし西粟倉の森を見て、自分の浅はかさを思い知らされたんです」

大島さんが西粟倉で見たのは、ふたつの森だ。
まず案内されたのは、間伐や枝打ちが行き届かず、荒れてしまった“悪い森”。
ところ狭しと生えた木は、どれもモヤシのようにヒョロヒョロで、
光が差し込まない薄暗さに不気味ささえ感じた。
「こんな森では、木を売ってもお金にならない」という言葉が鋭く胸に突き刺さる。
日本の森に手入れが行き届かなくなったのは、
安価で大量に供給される輸入材に押され、国産材が敬遠されるようになったからだ。
林業経営が苦しくなると森が荒れる。その結果、木材の質も低下する。
この悪循環からいかに抜け出すか、それが日本の森が直面する課題だ。

「家具自体は、森のことを何も知らなくてもつくれちゃうんです。
材料は、つくりたいもののイメージに合わせて仕入れることができますから。
でも、そうやって仕入れる木材って、魚でいえば“切り身”みたいなもの。
それまでの僕は、海そのものも、泳いでいる魚の姿も知らず、
魚の“切り身”を捌いて、いい寿司を握ろうと思っていたようなものなんです」

大島さんは、当時のことを悔しそうに振り返る。

あいにくの雪のなか、ヒノキの森を案内しながら、昔の思いを語ってくれた。森は、工房からクルマで数分のところにある。

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