連載
posted:2015.6.23 from:東京都港区赤坂 genre:ものづくり
sponsored by 貝印
〈 この連載・企画は… 〉
歴史と伝統のあるものづくり企業こそ、革新=イノベーションが必要な時代。
日本各地で行われている「ものづくり」もそうした変革期を迎えています。
そこで、今シーズンのテーマは、さまざまなイノベーションと出合い、コラボを追求する「つくる」Journal!
editor profile
Tetra Tanizaki
谷崎テトラ
たにざき・てとら●アースラジオ構成作家。音楽プロデューサー。ワールドシフトネットワークジャパン代表理事。環境・平和・社会貢献・フェアトレードなどをテーマにしたTV、ラジオ番組、出版を企画・構成するかたわら、新しい価値観(パラダイムシフト)や、持続可能な社会の転換(ワールドシフト)の 発信者&コーディネーターとして活動中。リオ+20など国際会議のNGO参加・運営・社会提言に関わるなど、持続可能な社会システムに関して深い知見を持つ。
http://www.kanatamusic.com/tetra/
photographer
Suzu(Fresco)
スズ●フォトグラファー/プロデューサー。2007年、サンフランシスコから東京に拠点を移す。写真、サウンド、グラフィック、と表現の場を選ばず、また国内外でプロジェクトごとにさまざまなチームを組むスタイルで、幅広く活動中。音楽アルバムの総合プロデュースや、Sony BRAVIAの新製品のビジュアルなどを手がけメディアも多岐に渡る。
http://fresco-style.com/blog/
HAKUHODO DESIGNは博報堂グループの、
デザインによるブランディングの専門会社。
企業・商品ブランドの戦略立案から、スタイル規定、シンボルデザイン、
パッケージ・空間デザイン、コミュニケーション展開までの
一連のブランドソリューションを提供している。
HAKUHODO DESIGNのホームページにはただひとこと、
「デザインの力であらゆる課題を解決する」
とある。ほかになにも書かれていないシンプルなページだ。
この会社を立ち上げたのは日本を代表する
アートディレクターのひとり永井一史さん。
今回「未来をつくる」というテーマでデザインやブランディングについて
永井一史さんにお話を伺った。
「もともと美術大学を卒業して博報堂に入ったんです。
いろんなクライアントの仕事をしてきました。
最初にいたチームは“表現で突破する”というチーム。
ロジックではなく、面白いことを考えたひとが一番というチームで。
それは刺激的な毎日でした。
具体的には日清カップヌードルの『hungry?』とかをつくったチームです。
会社のなかでも元気あるチームだったので、いろんな経験ができました」
しかし永井さんのなかで少しずつ変化が起きる。
「自分の思考性のなかに、もう少し瞬間的な表現の面白さ以外の
コミュニケーションのかたちがあるのではないか、という気持ちが芽生えたんです。
瞬発力はなくても、確固たる関係性を築くとか、継続性とか。
そんなとき、1997~98年ころブランディングという考え方が欧米から入ってきた。
いわゆる第一次ブランドブームです。
当時はブランドという概念が入ってきたんですが、
企業はどうやってブランドを扱っていいかわからなかったんですね。
企業価値が大切ということがわかってきていたのですが、
具体的なやり方がわからなかったので、
自分たちがブランドづくりのお手伝いをしたんです」
博報堂のなかでもブランドのコンサルティングの専門家や
マーケターのひとが社内で集められた。
博報堂としてブランディングの提案に対応できるようにするためである。
「博報堂としてもそれまでの知見・仕事を束ねていって、
ブランディングのノウハウをまとめあげていく時期でもありました。
そのなかでマーケだけでブランディングをやるんじゃなくて、
デザイナーをひとり入れなさい、という社長の命があり、
僕はデザイナーとしてアサインされることなったんです」
現在使っているブランディングのメソッドや方法論はこの時期につくられ、
博報堂デザインはデザインによるブランディングの専門会社として
2003年に設立された。
Page 2
「ブランディングというのは、なにか面白い表現を考えるとかではなく、
地道な仕事です。その会社の歴史や環境や、そもそもどんな強みがあるのか、
どんな顧客がいるのか、顧客に対してどんな価値を提供するのかを見つけていきます。
そして最終的にはそれを見えるかたちにするということで、
デザインや表現があります。ブランドは対社会的にも重要だし、
違う方向を向いていた社内のひとたちの
気持ちを束ねたりするために使うこともあります」
具体的にブランディングはどのようなかたちで行われるのだろうか?
「ぜんぜん違う価値を押し付けると拒否反応を起こします。
自分たちが言語化できないこと、
改めて言われてハッとすることが価値だと思うんです。
それを丁寧に丁寧に、それぞれの企業のことを勉強しながら進めていきます。
社内にヒアリングするアプローチもあれば、
あるテーマ性について、ワークショップをして、
クロスファンクショナルにその課題について話して、
どういう方向性にいけばいいかを見つけていくこともある。
ほかにもトップの意志を聞いたり、当然、マーケティング的な視点でも調べます」
クライアントのブランドに対し、
実は社会からはどのように見えているかという気づきのポイントや
ギャップを提示する。
そのプロセスを繰り返しながら、すりあわせていくのだという。
そして「最終的には決めた価値をこちらがブラッシュアップして、
シャープに磨きあげる」という。
「それまでデザイナーとして、CMやポスターなどに表現することが好きだと
思っていたのだけど、ゆっくり時間をかけて地道にブランドをつくることも
好きだということがわかりました」と永井さん。
以前の広告デザインの仕事は
オリエンからプレゼンまで2週間ということもあったそうだ。
しかしブランディングの作業は、これを7〜8か月かけてじっくりやっていく。
企業の文化に貢献することができるのも喜びだ、という。
東京都は、昨年12月、「世界一の都市・東京」の実現を目指し、
今後10年間の具体的な工程表として「東京都長期ビジョン」を策定した。
それに基づく「東京ブランド」の確立に向けて、
「東京のブランディング戦略」を進めている。
ブランドコンセプトは
「伝統と革新が交差しながら、常に新しいスタイルを生み出すことで、
多様な楽しさを約束する街」
2020年オリンピックの開催と、世界の旅行者に選ばれる東京を見据えたものである。
この春、永井さんが、東京ブランドのデザインを監修していく
クリエイティブディレクターに選ばれた。
永井さんは個人的には東京をどのように見ているのだろうか。
「リーマンショックがあって、そのあと東北の震災があった。
現在の東京はオリンピック・パラリンピックが決まって、
その後、ようやく未来に目を向けていけるようになったと思うんです。
東京は常に変化があるまちで、変わることを受け入れています」
「2020年は海外からたくさんひとがやってきて、世界から注目されるタイミング。
そこで日本のローカリティをどう発信して、世界の文化に貢献できるか。
日本のオリジンや伝統的な文化と現代の社会の価値をかけあわせて、
未来に向けての価値をどうつくるかということが大切です」
永井さんは以前に東京都の「ヘルプマーク」のデザインを手がけた実績がある。
このヘルプマークは援助の必要なひとの支援としてつくられたもの。
オリンピック・パラリンピックを契機に、
支援が必要な方への理解や互いに思いやる社会の実現を目指す。
Page 3
今、永井さんは「日本ならではの発想力」に着目している、という。
「幸せの価値観(ものさし)が変わっているんです。
基本ゼロベースで考えなくてはいけない。
今までの社会の価値観が変わったときに、
どう自分たちを立て直すかということを考える時期だと思うんです。
日本という場だったら、もともと日本が培ってきたものはなんだろう。
例えば江戸には高度な都市生活と文化があった。
そこには“清潔さ”“やわらかさ”“思いやり”があったんです。
階層社会でありつつ、それを逸脱するような仕組みがあったり、
きわめて合理的にできています」
そういう良き日本の伝統的な価値を、
現代の文化で捉え直すことが必要だと考えているという。
江戸の発想力で、未来をつくる。
そんなトライアルのひとつが墨田の「IKIJI」というブランドだ。
永井さんが立ち上げから関わっているブランドである。
墨田はものづくりのまち。
江戸時代からつづく、職人の文化が息づく。
しかしいまものづくりは厳しい状況になった。
ピークには数千あった中小のメーカーが今は半数以下になっているという。
墨田の精巧株式会社というOEMメーカーの社長から、
自分たちが直接売ることのできる
ファクトリーブランドを立ち上げたいという相談があった。
「世の中に沢山のブランドがある中で、ここにしかない価値をつくりたかった」と言う。
「江戸時代の日本は裕福ではなく、お金はないのだけど、
なんてみな幸せな顔をしてるのだと、
海外から来たイザベラ・バードが驚愕したわけです。
その源泉となる価値観はなんだろう、ということですね。
お金の多寡ではなく、着ているものひとつで元気になれる。
江戸っ子の社長の思いを聞きながら、そんな価値観を込められればと思いました」
上方の「粋」(すい)とは磨いて、磨いて洗練させていくこと。
それが江戸では町人文化の遊び心が加わって「粋」(いき)となる。
意気を受け継いだ粋な男たちによるオリジナルブランドというコンセプトだ。
「IKIJI」は、ポロシャツやニットなどを皮切りに、
ファッションから雑貨・財布や名刺入れなどの小物までさまざまな商品を展開している。
「墨田から連綿と続く、江戸の粋と職人の意気を伝えたい」
そんな思いで集まった墨田のメーカー、カットソーの精巧株式会社、
ニットのテルタ株式会社、皮小物の株式会社二宮五郎商店、
シャツのウィンスロップ株式会社の現在4社で「IKIJI」ブランドの商品をつくっている。
百貨店などでポップアップショップのかたちで出店を展開しており、
昨年には、地元墨田の古い倉庫をリノベーションしたショップもできた。
また今年はイタリアで開催される世界最大のメンズの見本市
「pitti immagine uomo」にも出展。現地でも話題となった。
「IKIJI」は江戸の「粋」をテーマにしている。
モチーフとしては「いわれ柄」という、江戸の意匠を取り入れている。
「これは縁起担ぎ、おめでたいものを着物に織り込んでいく吉祥文様なんです」と永井さん。
例えば『大根とおろし金』の図柄は、芝居の大根役者は「役を降ろす」ことから転じて
「厄落とし」への願いを込めたものだ。
ほかにも豊作と商売繁盛の『狐とあられ』、切っても切れない仲を『はさみと糸』、
あるいは『光琳梅』に目鼻をつけて、
お多福面とする江戸の遊び心をデザインに取り入れている。
「幸せに暮らしていくことへの願い、厄よけ。衣服はそういう役割も持っている。
遊びや、げんかつぎ、おめでたさといったものをモチーフに織り込むことで、
今ある日本のブランドと違うものにしたいというのが大きな考え方です」
ほかにも展示会をしたときに、お祓いしたお守りを一緒に配るなど、
江戸の心意気をブランドのなかに取り入れ、
現代に提案できるものにしていきたい、と永井さんは考えている。
永井さんにとって「粋」とは? と聞いてみた。
「遊びがあるが、ひけらかしすぎないこと。先端で、かっこいいこと。
いさぎがいいこと。江戸の粋という価値観は現代では失われているけれど、
墨田にはまだ残っている気がします」
次回はさらに「未来をつくる」キーワード、
そして今の社会の変化をとらえる
「やさしい革命」についてのお話をお聞きします。
後編【2020年の未来デザイン。マルチプル社会にむけてのやさしい革命。HAKUHODO DESIGN 永井一史さん 後編】はこちら
Information
株式会社HAKUHODO DESIGN
Feature 特集記事&おすすめ記事