連載
posted:2015.6.30 from:東京都港区赤坂 genre:ものづくり
sponsored by 貝印
〈 この連載・企画は… 〉
歴史と伝統のあるものづくり企業こそ、革新=イノベーションが必要な時代。
日本各地で行われている「ものづくり」もそうした変革期を迎えています。
そこで、今シーズンのテーマは、さまざまなイノベーションと出合い、コラボを追求する「つくる」Journal!
writer's profile
Tetra Tanizaki
谷崎テトラ
たにざき・てとら●アースラジオ構成作家。音楽プロデューサー。ワールドシフトネットワークジャパン代表理事。環境・平和・社会貢献・フェアトレードなどをテーマにしたTV、ラジオ番組、出版を企画・構成するかたわら、新しい価値観(パラダイムシフト)や、持続可能な社会の転換(ワールドシフト)の 発信者&コーディネーターとして活動中。リオ+20など国際会議のNGO参加・運営・社会提言に関わるなど、持続可能な社会システムに関して深い知見を持つ。
http://www.kanatamusic.com/tetra/
photographer
Suzu(Fresco)
スズ●フォトグラファー/プロデューサー。2007年、サンフランシスコから東京に拠点を移す。写真、サウンド、グラフィック、と表現の場を選ばず、また国内外でプロジェクトごとにさまざまなチームを組むスタイルで、幅広く活動中。音楽アルバムの総合プロデュースや、Sony BRAVIAの新製品のビジュアルなどを手がけメディアも多岐に渡る。
http://fresco-style.com/blog/
前編【未来をつくるデザインとブランディングの力。HAKUHODO DESIGN 永井一史さん 前編】はこちら
日本を代表するアートディレクターのひとり永井一史さん。
永井さんの考える「デザイン」とは何かお聞きした。
「デザインって『形』のデザインをみなさん意識されると思うんですが、
僕自身デザインをいろいろと経験していくうちに、
『形』の前にある『考え方』というのがとても重要だと思うんです。
『考え』のデザインと『形』のデザイン。そこには相互関係があって、
『形』を生み出す前にまず『考え方のデザイン』が
これからの時代に特に重要じゃないかと思うんですね」
では「考え」と「考え方のデザイン」はどう違うのか?
「デザイナーでなくても、考えることはすると思うんです。
それと『考え方のデザイン』の違いは、最終的には形とどうつなげていくか。
その『考え』自体が社会にどんな意味を持って、何をもたらすのかということを、
ちゃんと考え抜くことが『考えのデザイン』だと思うんです。
ある種、アイデアルというか、デザインが本来的に内在している理想に向かう
ということが思考にビルトインされていること。
それが僕にとっての『考えのデザイン』なんです」
社会にある課題の解決や企業にとってのイノベーション、
シフトを促す「考え方」そのものをまずデザインするという。
「いろいろ山積する課題にも
デザイン自体が役に立てるんじゃないかなと信じているんです。
そういう場面でこそ、どんな形にするかの前に『考えのデザイン』自体が重要で、
これからの時代はデザイナーの役割も
『考えのデザイン』を提案するほうへシフトしていくのではないかなと思うんです」
永井さんのこれまでの数々の仕事のうち、
「考えのデザイン」がよくわかるのが、
博報堂の雑誌「広告」の9代目編集長(2008年〜2012年)としての仕事だ。
永井さんが担当していた時代の「広告」誌は、
「次の社会がどうなっていくのか?」「人々の価値観はどう変わるのか?」を、
一貫して追求してきた。
「我々が望む未来の社会像をできるだけ具体的に描いてみようと考えた」という。
「僕が編集長になったタイミングって、リーマンショックの直後だったんです。
なので、これは本当に世界は変わるなって思って、
じゃあどう変わるのか? を僕の編集テーマにしたんです。
これは会社から言われたことではなく、すべて自分の好きに編集させてもらった。
そこは博報堂のえらいところですよね(笑)」
「リーマンショック以降、資本主義の是非自体が問われ、価値観ががらっと変わった。
働いている人は普段は忙しく業績をあげなければと頑張っていた毎日のなかで、
見過ごしていたり、目に入っていなかったものが一挙に見えてきた。
人の気持ちも変わっていきましたよね」
永井さんは、この変化が
「表層的なものじゃなくて、大きな地殻変動だと思った」という。
「一番大きな地殻変動をとらえて、社会に関心あるテーマを、関心ある人に届けていく。
デザインというものは、より良い暮らし、豊かな暮らしっていう考え方が
一番ベースにある。だから僕の場合、個人的な問題意識だとしても、
そこには常に『デザイン』というキーワードが通底しているんです。
雑誌の編集というより、新しい価値観のデザイン。
そんなことを考えながらやっていました」
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永井さんが編集長だった4年間の「広告」をまとめた集大成ともいえるのが、2012年1月の「やさしい革命」という総力特集。日本の成長期が終わり、人口減少社会、ポスト成長の時代へと入る。そのことを「定常期」という。その「定常期を百年のものさしで考えてみた」特集だ。
「明治維新以降、急速な近代化を達成した日本という国は、長い歴史の中でとらえれば『異常な100年』を通過してきた。そんな成長を終え、定常期をむかえようとしている日本を待っているのは、閉塞や停滞ではなく、むしろ正常な100年なのだ」(「広告」18P)
階級や地縁、血縁が支配する近代以前の封建社会が終わり、
成長期においては近代国家と産業資本がむすびつき、
国富の増大を競い合う上では効率的な20世紀モデルをつくりだした。
しかしリーマンショックのあと、東日本大震災、原発事故が起きた2011年を経て、
その成長の呪縛が解けたあとの社会のイメージを「定常期」と考える。
価値観の変化を、100年単位の大きな時間の流れの中で、図式化したものが以下である。
図版のなかでは成長のパイが増えない現在(2011年)あたりを境目に、
これまでオルタナティブだった潮流がだんだん広がっていく。
「オーガニック」「ローカリティ」「コンサマトリー」「共生」などが
キーワードとして出てくる。
そしてその成長の呪縛から解けたあとの世界のイメージを
「マルチプル社会」というキーワードで提示している。
「無条件に受け入れてしまっている今の『ふつう』を問いなおすための思考実験として、
『未来のふつう』のアイデアを出す作業もしてみました。
そのような試行を繰り返すなか、価値観の多様性を底辺に、従来のコミュニティの変化、
ネットワーク環境の変化の必然のなかで見えてきたのが『マルチプル社会』という世界像です」
と永井さん。
「マルチプル社会」とは「世界」ー「中間組織」ー「個人」が
画期的に結びなおされる社会。
20世紀は「国」や「企業」という大きな中間組織が支配的だったが、
マルチプル社会では、小さな中間組織(コミュニティ)が
ネットワーク的につながった多層性を持った社会構造となる、という。
「要はみんなが今以上にさまざまな生き方を選択しながら生きていく世界。
それによって社会のしくみはさらに複雑になっていくわけで、
そんなことが本当に成立するのかということはあります。(笑)」と永井さん。
だからこそ「革命」が必要。その仕組みづくりをデザインすることが、
まさしく「考え」のデザインということなのだ、という。
そして現在、社会がかかえる問題を整理するためにキーワードの相関図をつくった。
問題を整理して見えてきたのは、
「成長モデルからの脱却が必要」だということだった。
「やさしい革命」というタイトルには、
その未来の社会を実現していくために「自分のマインドセットを変えること」
という思いを込めたという。
少しずつ、楽しみながら創造的に社会を変えていこうというメッセージだ。
『広告』2012年1月号では、これから到来するであろうマルチプル社会のために、
5つの「やさしい革命」を提示している。
1)やさしい革命1 「縁」でつながろう
創縁社会 〜 縁に頼れる社会をつくり直す
2)やさしい革命2 創造的になろう
創造的に生きるためにできること
3)やさしい革命3 今を充実させよう
コンサマトリー。身近な幸せを大切にすることが未来の幸せをつくる
4)やさしい革命4 オープンになろう
他者との「壁」をコントロールできる未来へ
5)やさしい革命5 よりどころをつくろう
自分なりの尺度をよりどころにしよう
革命という意味は、カリスマなヒーローが牽引して
状況を暴力的に変化させることではなく、
時代を見つめながらひとりひとりの心の奥底で起こる変化に耳を傾けて、
自分自身が変化することで社会が変化していくこと、と永井さんは語る。
5つの「やさしい革命」を簡単に説明するとこんな感じだ。
最初の項目は創縁社会。縁に頼れる社会をつくり直すということ。
東日本大震災が起きた時、「絆」という言葉が流行となった。
しかし社会学者の鈴木謙介さんは「絆」より「縁」の必要性を訴える。
たまたま関わり合った他人に何かをしてあげるという姿勢が大切だという。
コミュニティエンパワーメントという発想やコミュニティデザインという考え方、
そんな縁に頼れる社会をつくり直すということを
「やさしい革命」の最初の項としてあげている。
個の自立ではなく、縁に頼り、頼られる縁立社会だ。
2つ目は「創造的になるためにできること」。
社会学者 広井良典さんの言葉、
「定常期だという言葉だと変化のない退屈な社会というイメージになりがちですが、
定常期こそ創造的な時代です」(『広告』2012年1月号より)。
「なにかをつくりたい」「よりよく生きたい」という人間本来の気持ちが
形やデザインとして表れ始めている。
たとえば「手仕事」への注目の高まりや
「クリエイティブカタリスト(創造的な触媒)」となる仕組みなどがあげられる。
これは世界同時多発的に起きているという。
3つ目に「コンサマトリー」。
身近な幸せを大切にすることが未来の幸せをつくる、という言葉を挙げている。
コンサマトリーとは「自己充足的」。
アメリカの社会学者タルコット・パーソンズの言葉だ。
目的のために努力するのではなく、その場その場で楽しむこと。
これを否定的にとらえるのではなく、肯定的な価値観、
前向きな生き方と見ることにヒントがある、という。
4つ目は「オープン」。
オープンになるということを、他者との「壁」をコントロールできること、と定義する。
たとえば著作権の領域のクリエイティブコモンズ、
オープンソースの他領域への展開、
たとえば311の安否領域での「パーソンファインダー」、
あるいは農業においてのユーザーを共同クリエイター(ベータ版)と見なす
「β農業」などがあげられている。
最後に「新しいよりどころ」をやさしい革命の5番目にあげている。
社会学者の広井良典さんは
江戸時代までの日本は「神・仏・儒」をうまく組み合わせてきたと指摘する。
人間と自然とのつながり、精神やこころに関すること、そして社会規範。
それはフェリックス・ガタリの3つのエコロジー
(自然のエコロジー、精神のエコロジー、社会のエコロジー)とも符合する。
この「神・仏・儒」に「個人」と「地球倫理」という
現代的なファクターが加わると広井良典さんは語る。
永井さんは「やさしい革命」の背景には
「幸せの尺度」が変わってきたことがあるという。
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「幸せとかの考え方は変わりますよね。
ものとか所有とかコレクションではなく、本当の豊かさへ。
社会が成熟してきて、いまの若い人たちって所有欲とかないじゃないですか。
社会の中で自分のステージをあげていくことより、
自分のやりたいことを、つきつめていくっていう価値観。
所有するっていうこと自体には興味なくて、むしろ自分の時間を豊かにするとか、
自分の人生を豊かにするとか。そのようにシフトしているのかなと思います。
そして幸せって具体的な生活のなかにある。
たとえば食べることは生きることの基本。おいしいお米が食べられるということや、
それが満たされることで初めて思いやれる」
みんなが未来に対して意識していく契機をつくったりするのがデザインの仕事。
今の社会、デザインのやれることが大きくなっていく、と永井さんは語る。
最後にデザインとは何かを改めて聞いてみた。
「デザインの本来って、アーツ&クラフト運動みたいに、
産業革命で社会が工業化してひととしての暮らしに
生き生きとした潤いがなくなっていったとき、
豊かな暮らしをしようということがベースにあるんです。
だからデザインという言葉のなかに「ソーシャル」の要素はすでに入っているんです。
デザインはもっともっといろんなことができる。
課題に対して答えることもできるし、
理想に向かってヴィジョン設定することもできる。
それを実現していくための具体的なこともできる」
だからデザイナー本人、自身がどういうことに関心を持つのか、
なにを感じるか、そして自分自身でなんとかしたいという気持ちを持てるか、
ということが重要だという。
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