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鈴木輝隆さん

Innovators インタビュー
vol.006

posted:2013.6.22   from:千葉県流山市  genre:活性化と創生

〈 この連載・企画は… 〉  地域を見つめることで新しい日本が見えてくる。
新しい視座で日本の地域を再発見していく人にインタビューする新ローカル論。

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Kanako Tsukahara

塚原加奈子

つかはら・かなこ●エディター/ライター。茨城県鹿嶋市、北浦のほとりでのんびり育つ。幼少のころ嗜んだ「鹿島かるた」はメダル級の強さです。

credit

撮影:白井 亮

地域文化と向き合う人々と出会い、始まったこと。

著名デザイナーや建築家から「みつばち先生」と親しまれる鈴木輝隆さんは、
日本のローカルで、ネットワークをつくりだす達人。
2003年からは「ローカルデザイン研究会」を主宰するなど、
ローカルの人々とクリエイターとをつなげ、
これまで、彼らとともに美しい「ローカルデザイン」を生み出してきた。
現在は、江戸川大学で教鞭をとり、学生たちとフィールドワークを行う一方で、
自らもさまざまな地域プロジェクトのアドバイザーや委員長を務める。
そうして、これまで鈴木さんが携わったプロジェクトのひとつひとつが、
著書『ろーかるでざいんのおと』にも綴られている。
花から花へ、みつばち先生が動けば、日本の地域で実が結ぶ。

鈴木先生の研究室には、さまざまな地域での思い出の品が飾られている。窓辺に飾られた写真はローカルデザイン研究会100回目のときに撮影した原 研哉さんとの写真。撮影は、写真家の砺波周平さん。

今でこそ秘湯の代名詞として名高い秋田県の乳頭温泉「鶴の湯」は、
廃業寸前だった経営をオーナーの佐藤和志さんが資金ゼロから立て直したもの。
佐藤さんの理念に共感した鈴木さんは、
デザイナーの梅原 真さん(innovators#005)を連れて行く。
そして秘湯の趣そのままを語るような素晴らしいポスターが世に送り出された。

まちの景観を修復し、今や全国から訪問者が絶えない、長野県小布施市。
まちのランドマークとも言える小布施堂へ
鈴木さんはデザイナーの原 研哉さんを連れて行った。
そこで、生まれたのは、桝一市村酒造場の「白金」という酒の美しいボトルデザインだ。

新しくつくりだすことで、守ることができる文化がある。
優れた人材を味方につければ、
自分たちだけではなし得なかった大きな発信力となっていく。
鈴木さんは、そのような出会いをいくつも結んできた。
新しい情報が流入することが少ない辺境の土地にとって
ひとつの出会いが、とても重要な意味を持つ。

「僕は、人を通してその土地を見てきました。
“こんな面白い人がいるから、一緒に行かない?”って誘って、会いにいく。
そうすると、“僕も連れていってほしい”って人が増えていって、
自然と、何かが動き出したりします。
僕はみんながやりやすい場をつくるだけで、あとはお任せなんです」
と鈴木さんは、ただ、仲の良い友人と友人を引き合わせたように、楽しそうに話す。
そんな風に、美しいローカルデザインの立役者・鈴木さんは、
かつては地方行政に携わっていたひとり。公務員だった鈴木さんが、
全国に広がるネットワークを、どのように築いてきたのだろう。

10年間続けられたローカルデザイン研究会は、2013年1月の100回目で幕を閉じた。記念すべき最終回のゲストは、門出和紙職人の小林康生さん(写真中央でマイクを持った方)と、荻ノ島自治振興会長春日俊雄氏さん(写真左端着席)。(撮影:砺波周平)

鈴木さんは、大学を卒業後、神戸市役所に勤務するも、
山や自然が大好きだったため、もっと田舎で働きたいと考えた。
そして、縁あって山梨県庁で勤務することに。
しかし、待っていたのは、当時の地方行政が抱えるもどかしい現実だった。
「上が決めたことに対しては、別の意見を言っても、なかなか通らない。
せっかく担当になった仕事も、2〜3年で異動しちゃうでしょ。
そうすると、自分を裏切って仕事をしている気がした。
僕は、ただ、きちっとした仕事をしたかったんです」

そこで、鈴木さんは、月に2回、1年間で20〜30か所、
休みを利用して日本中の地域を見て勉強することに決めた。
今から30年以上前のことだ。
当時は、インターネットなんてものは無く、情報はすべて現地で仕入れた。
喫茶店で地元紙を読み、面白いことをやっている人がいたら、その場で電話。
「そんな風に旅をしている人がいなかったんでしょうね。皆さん快く会ってくれました(笑)」
そして、もちろん旅費は自腹。
「だから、“うちへ泊まって行けばいいよ”なんて親切な方もいました。
そこから、またいろんな人を紹介してもらったりしましたね」

そんな風にさまざまな人と知り合うことができたのも、
「観光地」と整備されてしまった場所を選ばなかったからと鈴木さんは話す。
「大学生の時に読んだ『幻影の時代』という本に、こう書かれていました。
“人はイメージの確認で、旅に出る”と。
確かに旅と言うと、証拠写真のように観光地で記念撮影をして、
満足してしまう人がいますが、それは単にイメージの確認に行っただけ。
しかし、そうやって大衆旅行時代が始まるわけですが、
大量消費の対象として、地方には新しい建物ばかり生み出されてしまった。
何でも新しければいいなんて、全然面白くないですよ。
そこにある文化を理解する。
埃がかぶって手あかがついてきたまちのほうがずっと魅力的です。
そうやって考えて、10年後には、
世界の人が驚くようなまちになると信じている人たちがいました。
そんな方々と出会ううちに、ローカルの面白さにハマってしまったんです」
県庁時代、その後の国の研究機関「総合研究開発機構」へ出向時代と合わせると、
関わってきたプロジェクトは数えきれない。
そのうち、さまざまな大学で講演をしてくれと呼ばれるうち現在の研究職に就いたという。

2012年に松屋銀座7階・デザインギャラリーで開催された「みつばち先生 鈴木輝隆展」の様子。鈴木さんがこれまでに携わった日本の10個のプロジェクトが紹介された。中央にある、シルバーのボトルが原さんデザインの「白金」のボトル。

国土交通省半島振興室のプロジェクト「半島のじかん」。鈴木さんは、コーディネーターとしてこのプロジェクトに参加。若手クリエイターを起用することで、新たな視点で半島への喚起よびかけに(AD・大黒大悟さん、写真家・白井 亮さん)。

地方を歩く一方で、鈴木さんは、さまざまな勉強会にも積極的に参加し、
才能あるデザイナーや建築家と出会い、その縁を大切にしてきた。

デザイナーの原さんと出会ったのも、
資生堂が主催する、日本の職人に関する講座に参加したときだったという。
意気投合して、鈴木さんがこれまで出会った人のもとへ原さんを連れて行く。
そして、小布施堂のように、さまざまなプロジェクトが生まれていった。
知人の紹介で会ったという建築家の隈研吾さんとも、もう15年来の仲だ。
バブル崩壊後の当時、東京に仕事がないという隈さんを連れて、
新潟県・高柳町(現柏崎市)へ。
そして、地元市民の迎賓館として、
門出和紙職人の小林康生さんが手がける、
手すき和紙を駆使した茅葺きの「陽(ひかり)の楽屋」が完成した。

「今思うと、地域を勉強したいと思いながらも
僕は、見たこともないものに出会いたい、生み出したい、
という個人的な知的欲求もあったかもしれません。
それは、そこで生まれる何かもそうだし、そこにあるものもそう。
自然農法でハーブを育てる農家さんだったり、漁師さんだったり、
他にはない、その土地の自然のなかで育まれた彼らの生き方に感動します。
それで、また会いに行ってしまうんです」

鈴木さんが尊敬する偉人のひとりが下河辺淳さん。「彼が“人生は15年以上ひとつのことをやってはいけない。節目が無くなる。人間はだらだら生きちゃいかん”って言うんで、県庁を辞めようと思ったんですよ(笑)」

鈴木さんは、土地で生きる人々を研究するように、
まちからまちへと感動を求めて津々浦々歩いた。
それらの出会いは、もちろん、本拠地・山梨にもあった。
「ギャラリートラックスの木村二郎さんもとても素晴らしい方でした」
家具作家として知られる木村さんは古材を使った家具づくりの先駆者と言われ、
亡くなった今も、木村さんの世界観に魅了される人は多い。
木村さんとのプロジェクトのひとつが、
山梨県北杜市須玉町の津金小学校大正校舎の修繕だ。
木村さんは、慣れない手つきの地元住民と一緒に、壁を塗ったり、
古材でンテリアを制作したり。素晴らしいものに仕上がるも、残念ながら、
建て替えられてしまうことになったというが、
木村さんの理念は、地元住民の心に刻まれている。
古材を活かす柔軟な発想と斬新なデザイン感覚は、地域に生命力を蘇らせ、
土地の歴史、培われてきた技術や暮らしの知恵を継承していけるのだと。
「不思議な魅力を持っている人に対して、行政はなかなか評価しづらい。
だから、僕はその人は、とても面白いよと伝える。
そういう役割も果たしていたかもしれません」

一般社団法人ハウジングコミュニティ財団の事業のひとつ「住まいとコミュニティづくり活動助成」は全国の市民の自発的な住まいづくりやまちづくり地域づくり活動を支援する。選考委員会委員長を務める鈴木さんは毎年選ばれたプロジェクトの報告書を、梅原さんにデザインをお願いし、1冊の小冊子にしている。「こんな風に素敵なかたちで自分たちのプロジェクトをまとめてもらえたら、やっぱりうれしいですよね」

成熟化してしまった社会を見直すヒントが、ローカルにはある。

現在、鈴木さんが足しげく通っている場所のひとつに、
北海道の清里町がある。もう10年以上も、通い続けているという。
イギリスのコッツウォルズにも負けないほど美しい景色が広がる、
人口4500人の小さなまちだ。
ここへ、「庭園のまちづくり構想」を進める町のアドバイザーとして、
鈴木さんは気鋭の若手デザイナー3人を連れていった。
パッケージや制服など、まちのなかのものをすべて見直しながら、
まちをまるごとデザインしていこうというのだ。
何と、面白そうなプロジェクト!
しかし、町の3人への支出は交通費だけで、デザイン料は無料。
採用するかどうかも、町が決めることになっている。
「それでも3人はやってみたいって言うんですよ。
でも、僕も何か面白いものが生まれるって思っているんです。
ここは、流行とか景気とかに左右されない、自然が美しくて、
食べ物もおいしくて。何よりここに住んでいる人がみんな素敵だからね」

第一弾として、始まったのは清里産じゃがいもでつくられる、
焼酎のパッケージデザインのリニューアル。2014年4月に完成予定だ。
地元の人との交流を通して生まれたデザイン案に対しては、
高校生、青年団、おじいちゃん、おばあちゃん、
土地のみんなが意見をかわすのだそう。
そんな何気ない小さな意見を汲み取り、コミュニケーションを重ねることで、
新しい価値が生まれていくのだと鈴木さんは言う。

「今は情報が多いでしょ。都市部は特にそうですね。
イメージを持たないで物事を見るほうが大変なくらい。
みんな知らず知らずに埋め込まれてしまったステレオタイプに従って生きている。
そうすると、いろいろな可能性を選択肢から省いているんですね。
成熟化した日本の社会は、ますますステレオタイプなものをつくっていく。
誰かが歩いた道を歩くほうが楽ですから。でも、田舎ではそうはいかないんです」
日本の地域にはそこで培われてきた歴史と風土があり、
その個性を大切に考える以上は、右へ倣えのやり方は通用しない。

「そして、そういった可能性を受け入れる柔軟な土壌もあります。
みな、可能性があるということは楽しいんですね。
新しい価値が生まれれば、両者は生き生きしてきますから」
そう断言できるのも、鈴木さんがこれまでそんな場面にいくつも立ち会ってきたから。
「だから、今、僕らの世代の役割って、さまざまなハードルを低くして、
若い人たちが参加できる場所をつくってあげることが重要だと思う。
そうすれば、みんなが考えている以上に生まれてくるものがあると思いますよ」

デザイナー3人を連れて清里町を訪れ、地元の漬け物工場も訪問。「地元住民と一緒に流氷を見に行ったりもしましたよ。まち全体に流れる空気や風を感じ取りながら、時間の蓄積や時間の包有を味方につけたら、都心では考えつかないような写真やデザインを生み出せるんじゃないかな」(撮影:清里町)

「TAKAO599 MUSEUM」は、旧東京都高尾自然博物館での展示物をベースに高尾山の新たな魅力と活力を創出する場としてつくられる、体験型のミュージアム。鈴木さんはこのプロジェクトの総括座長を務め、ADの大黒大悟さん(日本デザインセンター)と共に写真の報告提案書をまとめた。平成27年に運営開始予定で、完成が待ち遠しい。

Profile

TERUTAKA SUZUKI
鈴木輝隆

1949年愛知県名古屋市生まれ。神戸市役所、山梨県庁、総合研究開発機構を経て、現在は江戸川大学社会学部現代社会学科教授。地域の自立には歴史や伝統を軸に、美意識のある「ローカルデザイン」が必要と考え、「ローカルデザイン研究会」(現在第100回)を主宰している。2012年8月、約1か月、「みつばち先生鈴木輝隆展」(松屋銀座・日本デザインコミティーの主催)が開催された。著書には、『ろーかるでざいんのおと(田舎意匠帳)』(単著)全国林業改良普及協会、『気づきの現代社会学』(共著)梓出版など多数。2013年、『みつばち先生-ローカルデザインと人のつながり(仮)』原研哉編・羽鳥書店より出版予定、『地域開発』(一般財団法人日本地域開発センター)(11月号)で、特集『ローカルデザインとは何か』を企画編集している。
http://www.edogawa-u.ac.jp/~tsuzuki/
【参考】
※ローカルデザイン研究会 http://www.tsugane.jp/bunka/event/ld.html
※鶴の湯 http://www.tsurunoyu.com
※桝一市村酒造場 http://www.masuichi.com
※半島のじかん http://hanto.jp
※津金学校 http://tsugane.jp/meiji/

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