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連載

島根の古民家が海を渡った!?
日本とエチオピア、
2国の伝統建築改修プロジェクト
伝泊 vol.04

リノベのススメ
vol.155

posted:2017.11.7  from:島根県大田市  genre:活性化と創生 / アート・デザイン・建築

〈 この連載・企画は… 〉  地方都市には数多く、使われなくなった家や店があって、
そうした建物をカスタマイズして、なにかを始める人々がいます。
4つの都市から週替わりでお届けする、リノベーションの可能性。

writer profile

YASUHIRO YAMASHITA

山下保博

1960年鹿児島県奄美大島生まれ。芝浦工業大学大学院修了後、1991年に独立。都市の狭小住宅にてar+d世界新人賞グランプリ、英国LEAF Awards3部門最優秀賞、日本建築家協会賞、日事連建築賞、ARCASIA金賞受賞ほか多数。2013年に「一般社団法人 地域素材利活用協会」を設立し、さまざまな地域の素材や構法を再編集することにより仕事を生み出し、まちづくりに発展させる地域支援活動も行っている。2015年、多様な社会のニーズに応えるための奄美出身建築家のプラットフォームとなる「奄美設計集団」を設立。阪神淡路大震災、東日本大震災の復興を支援するNPO法人理事長、九州大学非常勤講師も務める。

『リノベのススメ』執筆陣はこちら。週替わりで担当していただきます!

こんにちは、建築家の山下保博です。
これまで、3回にわたり、伝泊についてお話してきました。
伝泊とは、僕のつくった造語で、伝統的、伝説的な古民家を探し出して、
改修することで宿泊施設としてよみがえらせ、
旅に物語を求める人のために、地域の人との出会いの場を提供する仕組みのことです。

これまで僕の出身地である奄美大島に3棟(第1回を参照)、
加計呂麻島に2棟(第2回を参照)、
そして佐渡島に1棟(第3回を参照)オープンしました。

加計呂麻島の伝泊・奄美「リリーの家」。

日本全国に、その土地の気候や風土に合った構法や、
材料を使って建てられた民家が、空き家のまま放置されています。
次の世代に伝えていくべき伝統的な建物が、住む人なく荒れ果て、
朽ちていくのを黙って見ていることができずに始めた活動です。

50年から200年前に建てられた民家を、
もとの姿に戻したシンプルな伝泊に滞在して、
集落に暮らすように過ごす島時間。

「一歩足を踏み入れた瞬間のわくわく感が忘れられません」

「3世代7人で泊まれる貴重な宿。泳いだ後に畳に寝そべり、
家族でゆっくりおしゃべりできて良かったです」など、

伝泊に宿泊されたお客さんには、
1棟貸しならではの体験を楽しんでいただいています。

逆に、ひとりでお泊りのお客さんからは、「夜ひとりで怖かったです」とも。
都会と違い、島の夜は本当に暗いですからね。虫もいますし(笑)。

伝泊・佐渡「ぐるり竹とたらい湯の宿」。

家の持ち主や、地域の方からも、

「どうしたらいいか途方に暮れていた空き家がよみがえり、
家族で喜んでいる。親戚が集まる時にぜひ使いたい」

「集落に活気が戻ることを期待している」など、うれしい言葉をいただきました。

よみがえった伝泊の庭で開催された8月踊りの輪を、うれしそうに眺める「高倉のある宿」の持ち主さんとご親戚。

第1回目でも触れたように、伝泊を始めるきっかけとなったのは、
奄美大島で空き家問題の相談を受けていたことでした。
ただ、伝泊を始めるまでにも、全国の古民家に携わるさまざまな機会がありました。
僕は、2007年から2009年頃、慶應義塾大学の講師としてゼミの学生とともに、
島根県の過疎地で空き家となった
古民家の再活用についてのリサーチを行っていました。

戦火を免れた島根県には、地場のクリ、クロマツ、ケヤキを使った
優良な古民家が多く現存しています。
しかし、毎年200棟の古民家が解体・焼却されていると言われ、
これらの実態調査や実測調査などを行い、
貴重な古民家や古材の保存活動を行ってきました。

今回は、伝泊からは少し離れて、日本の伝統建築の特特徴のひとつである、
「移築」をキーワードに建築家らしい活動をご紹介したいと思います。

島根の古民家が、海を渡る!?

約10年前に在エチオピアの日本大使館より、
日本とエチオピアの架け橋となる「日本文化会館」をプレゼントしたいという
建築設計の依頼をいただきました。
エチオピア歴2000年のミレニアムに合わせた
〈エチオピア・ミレニアム・パビリオン〉というプロジェクトで、
日本館とエチオピア館をつくります。

日本文化会館をつくることになったエチオピア第2の都市、ゴンダール市は、
17〜18世紀にゴンダール朝の都として栄え、
まちの中心部にある宮殿〈ファジル・ゲビ〉が、
世界遺産に登録されている古都です。

世界遺産ファシル・ゲビ宮殿。ゴンダール様式と呼ばれる独特の建築様式には、ポルトガルやインド、ムーア建築の影響もみられる。

僕はよくあるようなコンクリート造りの建物にはしたくないと思いました。
せっかくのプロジェクトがお仕着せになってしまうと意味がない。
ただお金を出す、施設をつくるというだけじゃ一方通行になってしまいます。
ですから、エチオピアの人々の視点に立ち、
彼らが本当に求めているものを渡せるよう、知恵を出したいと考えました。

日本文化会館を建設する敷地周辺の風景と人々。近くにはスラム地区もあり、貧しい様子だった。

ふたつの国の伝統的な建築とは?

日本とエチオピアの架け橋になる建物。
僕は両国の伝統的な住居に着目しました。
エチオピアの伝統的な円形住居はシンプルな石積みの壁と、
梁は木を渡しただけのシンプルな木造の屋根組みで構成されます。

ファジル・ゲビ周辺には歴史地区がひろがり、現在でも伝統的な石積みの円形住居が残っている。

一方で日本の伝統的な民家は、金物を使わない精緻な木造構築物です。
これらの伝統住居をそれぞれの地で解体、
輸送して敷地で再構築するとおもしろいんじゃないか?
日本で朽ち果てそうになっていた古民家と、
エチオピアの現地で捨てられていた石積みの円形の住居を移築して、
それぞれ日本館、エチオピア館として建て直したら、
新たな価値を見出せるのではないか?
ひと言でいうならば、「価値の再編成」です。

日本とエチオピアの古民家を移築して再利用したら新たな価値が生まれるか?

日本からは当時フィールドワークを行っていた島根県大田市の古民家を
ゴンダールへ移築し、エチオピアの伝統的な円形住居と合わせ再利用し、
地域資源のリサイクルモデルとなるような建築をつくりたいと考えました。

住み手を失い長い間空き家となっていた古民家を解体、移築することになった。

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まずは島根で古民家を解体……!

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日本の建築には、伝統的な工法として、移築の技術があります。
そのために、木材同士の組み合わせには、
金物を使わない工法が1000年以上にわたり構築されてきました。
構造部材である柱や梁、桁など、部材を組み合わせ、接合する方法が発達し、
木造建築が長い年月を経ることができているのです。
それを応用することが、日本の文化を伝えることにもなると考えました。

百年近く建っている古民家からとれる古材は、自然乾燥がよく進んでおり、新材よりも強度が増すといわれている。現在ではなかなか手に入らない無垢の巨大な木材などが使われていて、建材としても充分に価値がある。

古民家のもつ美しい加工やそこに使われている伝統的技術は、ただ廃棄するにはもったいないばかりだ。

大田市の古民家には時間が止まったかのように、多くの古民具がそのまま残っていた。

築100年以上経過した古民家を、1週間かけて解体した。

きれいに解体されて、陸路、海路で遠くエチオピアへ旅立つ。

日本館の建物は、島根県大田市から寄贈された古民家を1週間かけて解体した後、
柱や梁、障子などの躯体をコンテナへ積み、
浜田港から釜山経由でエチオピアの港へ海上輸送、
港からゴンダールへトラックで輸送しました。

移築は、エネルギー負荷が少ない?

輸送は順調に進んだが、現地の港で検疫などの手続きに手間取り、2か月半足止めをくらってゴンダールへ到着。

日本の建築をアフリカへ移送する。ものすごいエネルギーの消費だと思いますか?
地域資源の再利用は、すばらしいことですが、
遠距離輸送で環境に負荷をかけては本末転倒ですよね。
しかし、使われない古民家の多くは、解体されて焼却される運命が待っています。
そこで、古民家を解体・焼却した場合と、
移築した場合のCO₂の排出量を試算してみました。

約17坪の古民家を解体して生じた木材6453キロを焼却した場合は、
約10.6トンのCO₂が発生するのに対して、
移築のために木材をトラックと船舶で太田市からゴンダールへ輸送した場合は、
約2.2トンのCO₂発生量にとどまります。
つまり、今回のプロジェクトにより、
約8.4トンのCO₂排出量を削減できることがわかりました。
(森林総合研究所、国土交通省、商船三井のCO₂排出量算出方法を参考)

エチオピアで、古民家を組み立て直す

ゴンダールでは、躯体と障子の桟以外の材料はすべて現地で調達、僕の監修のもとで、日本館を現地の職人が組み立てた。

土台をつくる際には、「石場建て」の工法を指導した。石場建てとは、建物を基礎に緊結せずに、基礎石の上に柱を乗せるだけの日本独自の伝統構法だ。

石積みの工法に慣れている現地の職人たちにとって、柱や梁を組み上げていく木造軸組みは初めての経験だ。

屋根は、竹シートの上に防水のためにトタンを葺き、その上からパピルスを葺いた。

障子には、和紙の代わりに地元特産の薄い布を貼り、畳の代わりに現地素材のござを敷いた。

エントランスには、石積みの塀とユーカリの木の柵で囲い、地面には石を敷き、建物と庭が融合する日本建築の空間に見立てた。

完成間近の日本館。向こうに見えるのが建築中のエチオピア館。

こうして、みすてられていた島根県の古民家が、エチオピアのゴンダールによみがえった。

みすてられた建築に、新たな価値を

一方のエチオピア館は、ゴンダールで同じく空き家だった
石積みの円形住居の壊れていたものを移築して、
現地の構法で建て直し、少しだけ僕が手を加えました。

エチオピアは、石油や鉱物などの資源が採れないため、
世界で最も貧しい国のひとつですが、人々は少し豊かになると、
コンクリート造りの家に移り住みます。
簡素な石積み住居が、古くみすぼらしいものと考えられ、
多く捨てられていたんですね。

エチオピア館をつくるにあたって、僕がデザインしたのは3つの要素のみ。
ガラスのレンガをはめ込み、シンプルな梁を架け、天井をデザインしただけです。
伝統的なものにリスペクトを払い7割は古来のものを継承し、
3割だけ新しいものを加える。できるだけ元の姿に戻し、
少し機能性を加えるだけで、現地の人々に
「みすてられたもの」の価値を再認識してもらえたら、という思いからです。

石積みの壁の上に、日本製のガラスブロックを積んで、ハイサイドライトの窓とし、自然光を採り込む。

屋根を支持するシンプルな梁に、1本の束柱を立てた。天井は、世界遺産である500年前の古い教会を参考に、再編集した。

3つの簡単なデザインの編集によって、室内の空間が大きく変化した。

僕は2回ほど現地へ赴きましたが、それ以外は僕のスタッフが3か月はりついて、
現地の職人と作業を進めてくれました。

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大変! 工事が、間に合わない。

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ハプニングの連続でしたが、特におもしろいエピソードがあるんですよ。
完成予定日の直前に、最後の確認に僕が現場へ行ってみると、
数日後にはオープニングイベントと、
国際会議に合わせてお披露目が予定されているというのに、
まだ9割しか完成していない。このままでは、予定日に間に合いません。

エチオピア館施工中の現地の職人さん。

実はこの時、日本人が変わった建物をつくっているというので、
常に現場では100人ほどの野次馬が見物しているという状況だったのです。
そこで、ぼくは手持ちのお金をすべて現地の貨幣に換金し、
人だかりに向かって「手を貸してくれる人、いませんか」と声をあげました。
するとあっという間に何十人もの即席作業員が集まり、
壁塗り、掃除、仕上げなどを手伝ってくれ、数日はかかると思われた作業が、
なんと1日で完了しました。

無事にでき上がったエチオピア館。

完成したエチオピア館と日本館を外から見たところ。

左がエチオピア館、右が日本館。

〈エチオピア・ミレニアム・パビリオン〉は、
ふたつの文化が出会い、新しいことが生まれる場所となりました。
両国の交流事業や音楽、舞踏などの芸能、
それらに関連する展示・販売などを行う社会・文化施設として運営されています。

オープニングイベントでは、日本館でエチオピアの歌や踊りが披露された。近所の人たちも好奇心を抑えられない様子。

エチオピアコーヒーのおもてなしと、日本の茶道も行われた。

エチオピア館は、民芸品を展示、販売している。

建築は、ハードの構築だけではなく、
ソフト(文化)の組み立てを考える必要もあるんです。
移築という手法を用いながら、日本とエチオピアの文化の融合と、
新たな価値の創出を試みて、新しい建築のあり方を実現したプロジェクトでした。

みすてられたものにも価値がある、
地域の人がすでにもっているものの大切さに気づいてほしいという思いは、
後の僕の伝泊の活動につながっています。

information

伝泊・奄美

TEL:0997-63-2117(奄美設計集団内※平日10:00~18:00)

メール:amami@den-paku.com

Web: http://den-paku.com/amami/

information

伝泊・佐渡

住所:03-6439-5540(アトリエ・天工人内※平日10:00~18:00)

メール:sado@den-paku.com

Web:http://den-paku.com/sado/

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