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連載

札幌〈COQ〉梶原加奈子さん 
テキスタイルデザイナーが開いた
森の中の複合スペース

PEOPLE
vol.046

posted:2017.11.2  from:北海道札幌市  genre:食・グルメ / アート・デザイン・建築

〈 この連載・企画は… 〉  ローカルにはさまざまな人がいます。地域でユニークな活動をしている人。
地元の人気者。新しい働きかたや暮らしかたを編み出した人。そんな人々に会いにいきます。

writer profile

Michiko Kurushima

來嶋路子

くるしま・みちこ●東京都出身。1994年に美術出版社で働き始め、2001年『みづゑ』の新装刊立ち上げに携わり、編集長となる。2008年『美術手帖』副編集長。2011年に暮らしの拠点を北海道に移す。以後、書籍の編集長として美術出版社に籍をおきつつ在宅勤務というかたちで仕事を続ける。2015年にフリーランスとなり、アートやデザインの本づくりを行う〈ミチクル編集工房〉をつくる。現在、東京と北海道を行き来しながら編集の仕事をしつつ、エコビレッジをつくるという目標に向かって奔走中。ときどき畑仕事も。
http://michikuru.com/

credit

写真提供:COQ

魂を込めて伝えたい。心を和らげるテキスタイルの魅力

札幌の中心地から南へ車で約40分、北海道のアートスポットとしてよく知られた
〈札幌芸術の森〉のほど近くに、この夏〈COQ(こきゅう)〉がオープンした。
ここは北海道出身のテキスタイルデザイナー、
梶原加奈子さんが立ち上げたユニークなスペースで、
「テキスタイルのある暮らしを体感してほしい」という彼女の願いが込められている。

〈COQ〉と書いて「こきゅう」と読む。玄関のたたずまいはさりげないものだが、中に入ると開放感あふれる空間が広がる。

暮らしのさまざまなシーンに“布”は使われている。
しかし、それらがどのようにつくられたのか、
その制作者の想いに意識が向かうことは滅多にない。
しかし、このCOQでは、ショップやダイニング、ゲストハウスという空間を通じて、
テキスタイルの魅力を存分に味わうことができるのだ。

1階には、梶原さんがデザインした数々のテキスタイルと、
布によってつくられた雑貨が並ぶ。
艶やかな色彩のストールや、ほおずりしたくなるような風合いのタオルなど、
テキスタイルとはこれほどまでにさまざまな表情があるのかと驚かされる。

ショップスペースには特徴のあるテキスタイルが使われたストールやバッグが並ぶ。

ダイニングスペース。森の景色が窓いっぱいに広がる。

その奥にはフレンチレストラン〈AKI NAGAO〉のシェフ、長尾彰浩さんと
梶原さん率いるデザインチーム〈KAJIHARA DESIGN STUDIO〉で
共同ディレクションをしたダイニングスペースがある。
大きく開かれた窓には森の景色が広がり、
間仕切り代わりに天井からつり下げられている
半透明のテキスタイルとのコントラストがとても美しい空間だ。

ランチプレートやおまかせコースなど、ダイニングでは、札幌の一つ星レストランのシェフ、長尾さんがディレクションした料理を楽しめる。

「素朴だけれど、全身を歓喜させる力強い味わい」を感じるひと皿を提供したいという長尾さん。北海道の良質な素材と向き合い、隠し味にはフランス料理のエッセンスを加えている。

さらに、2階には100平米という広さの
ワンルームタイプのゲストハウスが設けられている。

ここでは梶原さんがディレクションしている客室リネンのブランド
〈Nokton〉のさまざまなアイテムを通して、日本の伝統技術が生かされた
こだわりの布を身近に体験することできる。
『TODAY’S LINEN』という冊子が置かれ、寝具やタオルなどに使われた
布の産地や製法について詳しく知ることもできるのだ。

ゲストハウスの窓から森の木々が見える。

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タオルの売れ方からわかること

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人の暮らしとは何か。この場が与えてくれるさまざまな気づき

梶原さんは、〈イッセイミヤケ〉のテキスタイル企画を経て、
ロンドンの大学院〈RCA〉で学んだのち、ヨーロッパでデザイナーとして活動を始めた。
海外で活動をするなかで、日本のものづくりの技術のすばらしさに気づき、
帰国後は、全国の繊維メーカーと協働し、伝統技法や最先端の技術を取り入れた、
新しい価値観のテキスタイルを数多く生み出してきた。

何十ものメーカーの商品ディレクションを手がけていくなかで、梶原さんは、
自らがスペースを立ち上げる重要性を感じるようになったのだという。

「私はこれまでデザインはしても、その後の営業や販売は
ほかの方におまかせしていました。ですが、これからは、つくったモノについて、
自分からお客様に魂を込めて伝える必要があると感じていました」

梶原さんがデザインしたテキスタイルも店内には並ぶ。気に入った生地でコートやバッグなどをつくることも。

たくさんの商品があふれる時代のなかで、モノの魅力を消費者が納得して
手にとってこそ、つくる側と買う側の“幸せな関係”が生まれるのではないか。
2006年から東京と札幌の二拠点生活を始めていた梶原さんは、
あえて都会ではなく、彼女のデザインのイメージソースとなっている北海道から、
テキスタイルの魅力を伝えていきたいと思ったという。

梶原さんがCOQを立ち上げた決意は並大抵のものではない。
建設や運営のすべてを自己資金でまかない、オープンから数か月間は
KAJIHARA DESIGN STUDIOのデザインチームとともに、あらゆる業務を行っていった。

ゲストハウスのベッドを整えるのも、梶原さんとスタッフとが行っている。

他人まかせにせずに自ら雑務を行うのは、
「ゲストハウスをキレイにすることもデザイン。
かっこいいものをつくるだけじゃなくて、ティッシュをどこに置くのかも
デザインの意識でできるんじゃないか」と考えたから。

しかし、日々たくさんの仕事を抱えながら慣れない作業をするのは、
きっと想像を超える苦労があるのではないだろうか。

「販売や清掃は大変ですが気づくこともいっぱいあります。
デザインですごく大切なのは、人の生活とはどういうものなのかを理解すること。
ここは、私にとって盛りだくさんな研修の場なんです」

ゲストハウスには梶原さんがディレクションした〈Nokton〉のリネンが並ぶ。客の生の声を聞くことができる場。

梶原さんはCOQのショップに立つなかで、バスタオルよりも
フェイスタオルがよく売れることに、あるとき気づいたという。
そのわけを客に聞いてみると「お風呂上がりはフェイスタオルで
体を拭いたほうが洗濯が楽」という答えが返ってきたそうだ。
この体験がタオルメーカーの商品ラインナップを見直すことにつながった。

「私が商品ディレクションの判断を間違ってしまうと、
メーカーに大きな損失を与えてしまいます。
消費者の満足できるものをどういうタイミングで供給できるか。
このスペースを通じて、世の中や人々の意識の流れの全体像をつかんでいきたいですね」

梶原さんが協働するメーカーは全国各地におよぶ。テキスタイルデザインから海外販促までさまざまな仕事を手がける。

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梶原さんのオリジナリティの原点

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自分のオリジナリティとは? 表現の核心部分にある幼い頃の記憶

COQの話を聞いていくうちに、梶原さんは物事に対して
「なぜそうなっているのか?」「根底にはどんな真理があるのか?」を、
常に探る眼差しを持っていることがわかってきた。
その眼差しは、デザインのイメージソースとなっている
北海道の自然にも向けられている。

そして、さらに興味深いのは「なぜ自分が自然に惹かれるのか」を掘り下げ、
その核に自身の幼少体験があると考えていることだった。

「私が自然から影響を受けているのは、四季の移り変わりのなかで
生命が生き続けるという継続性や、朽ちて汚く見える部分も
別の見方をすればすべてが美しいという価値観の広がり、
そして、ずっと未完成であり続ける姿です」

テラス席に佇むと、小川のせせらぎと森の木々の葉音が聞こえる。

なかでも未完成であることは、最も重要であり、そのルーツを彼女はこう分析する。

「同居していた祖母がすごく規律に厳しかったんですね。
大きな声で喜んだりすることすらできない家庭環境でした。
外に感情を出せない代わりに、想像力が育っていきました。
想像の中でずっと遊ぶんです。ひとつのことに対して、
あんなストーリーもある、こんなストーリーもあると、
たくさんの出口をつくっていましたね。

このときから、ひとつしかない出口をとても嫌がっていて、
いまやっていることとすごく関連していると思います。
そして、14歳になって美術の道に進むと決めたんですけれど、
デッサンをやっていても、最後のところで“完璧から引き算”みたいな感じで、
ちょっと崩して余地を残すという癖につながっていったんだと思います」

「自然には整っていない美しさがある」。建物の壁や床はすべてグレーだが、漆喰や漆、金属などさまざまな素材を使ったのは、「整っていない」感覚を表すため。

梶原さんが自分の幼少体験に向き合うきっかけとなったのは、RCAで学んだことだ。
このとき世界のトップレベルで仕事をするデザイナーに接し、
みな強烈なオリジナリティを持っていることを知ったという。

「オリジナリティとは、育った場所とか家族とか
小さい頃からの自分の思想を読み解いていくことでわかるものだと思います。
自分が好きなことと絶対につながっているはずですから」

どんなことをしても失いたくないものがある

幼少体験と深く結びついているのは、色や形をデザインすることだけではない。
「誰にも頼まれていないのに、執着心を持ってやってしまうこと」も、
もとをたどれば、自分の過去が関係していると梶原さんは語る。

いま、彼女が時間の大半を使って取り組んでいる、
各産地の繊維メーカーを活性化しようとする活動がそれにあたる。
ディレクションとともに、人材が足りないと聞けば紹介したり、
自信を失っているスタッフがいたら励ましたり。
それはビジネスから逸脱した行為におよぶこともあるそうだが、
どんなバックアップも惜しまないという。

「倒産や廃業が多くて、これをなんとかしたい。
失われていくものに対して、私はすごく強く反応してしまうんです」

反応のもとにあるという4歳の頃のエピソードを梶原さんは話してくれた。

「雑木林に小川があって、この小川が消えてしまったらすごく嫌だと思っていました。
それで、なくならないように“海に育てよう”としていたんです。
何をしたかというと、誰にも見つからないようにこっそり塩をまいていました」

なんとも微笑ましい少女のエピソードのように思えるが、
その裏には切実な思いが隠されていた。
当時、転校したばかりで、新しい土地になじめずいじめにあっており、
「自分が助けてもらいたい」という願いが、「川を助けたい」という行為に
結びついたのではないかと、梶原さんは考えている。

ゲストハウスの窓越しに広がる景色。

懐かしく美しい思い出だけでなく、辛い想いも含めた「自分の真髄」が北海道にはある。
東京に事務所を持ち、全国の産地を飛び回り、海外へも行く生活だが、
それでも週に3日間は「意地でも北海道に帰る(笑)」そうだ。

「私は昔から札幌に帰ることを『呼吸をしに帰る』と言っていました。
東京にいると、スケジュールがすぐに埋まって、
毎日打ち合わせでしゃべっていると、なんとなく物事が進んだ気になります。
けれど、自分が何に照準を合わせていかなければならないのかが曖昧になってしまう。
だから、原点を忘れないために帰ってくるんです」

スペースの間仕切りに、天井からつり下げられた透き通る布。やわらかな空間をつくり出す。

飛行機に乗り、北海道の大地に降り立った瞬間に、
原点を思考するスイッチがスッと入る。
彼女にとって呼吸とは、過去に立ち返り未来を見つめるクリエイティブな行為なのだ。

COQに一歩足を踏み入れたとき、心の奥底にフワッと風が駆け抜けるような
感覚がわいたのは、森の木々に囲まれているせいばかりではない。
きっと彼女の呼吸と共鳴する“何か”を、私が確かに感じとったからに違いない。

profile

KANAKO KAJIHARA 
梶原加奈子

北海道生まれ。多摩美術大学デザイン学部染織科卒業。(株)イッセイミヤケ、テキスタイル企画を経て渡英。英国の王立芸術大学院RCAにてテキスタイルからのコンセプトディレクションと事業再生におけるデザインの役目を学びMA取得。欧州新人登竜門のデザインコンペTEXPRINT2005でグランプリ受賞。2006年帰国後、KAJIHARA DESIGN STUDIO設立。さまざまな企業と取り組み素材コレクションや製品ブランドのディレクターとして活動する。2013年Premiere Vision Paris 主催の世界テキスタイルコンペPV awardにて日本の企業と共に開発したテキスタイルでグランプリ受賞。2014年よりgoogleのProject Jacquardの開発チームに参加。2015年よりJETRO輸出企画アドバイザー就任。2017年よりJAPAN TEXTILE CONTEST審査員長就任。2017年7月札幌ときわの森にオープンしたCOQのディレクターとして活動中。日本の伝統技術を活用した新しいものづくりや、価値観を創造するブランディングをとおして、テキスタイルの持つ豊かな可能性を暮らしのなかに提案している。

KAJIHARA DESIGN STUDIO

http://www.kajihara-design.com

information

map

COQ(こきゅう) 

住所:北海道札幌市南区常盤5条1丁目1-23

http://coq-textile.jp/

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