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迫田 司さん

PEOPLE
vol.008

posted:2012.8.31   from:高知県四万十市  genre:ものづくり / アート・デザイン・建築

〈 この連載・企画は… 〉  ローカルにはさまざまな人がいます。地域でユニークな活動をしている人。
地元の人気者。新しい働きかたや暮らしかたを編み出した人。そんな人々に会いにいきます。

writer's profile

Kaori Kai

甲斐かおり

かい・かおり●フリーランスライター。長崎県生まれ、東京在住。日本の地域、地産品など、ヒト、モノの取材を重ねるうちにローカルの面白さに目覚める。ガイドブックに載っていない場所をひたすら歩く地味旅が好き。でもハイカラな長崎が秘かな誇りでもある。お祭りを見ると血がさわぐ。

credit

撮影:ただ(ゆかい)

地元のデザインは地元でやるのがいい。

深い山々と雄大な四万十川の流れを擁する高知県の北西部。
支流沿いの小さな集落、西土佐地区に住むデザイナーの迫田司さんは、
地元の農産物や加工品のパッケージや、鮎市場のチラシづくりなど、
四万十川中流域でつくられるモノのデザインを数多く手がけてきた。
迫田さんのデザインは都会的でお洒落というより、
どこか土着的で土地の香りのするものが多い。

一見何もないように見える田舎にこそ、かけがえのない豊かさがある。
その良さをいかに引き出して伝えるか。
それが迫田さんのデザインの根っこにある。

「デザインというと、まず色やレイアウトなどテクニカルな面に目が向きますが、
大切なのは、生産者がどんな思いでものづくりをして、
どう世の中に届けたいと思っているか。
デザイナーはそれを引き出して、整理して、表現する人。
だから自分たちの地域のことは、遠方にいるデザイナーに頼むのではなく、
同じ目線で見られる、地元のデザイナーがやるのがいちばんいいと思うんです」

大手印刷会社の中国支局でデザインの仕事をしていた迫田さんが
この地へ移り住んだのは20年前。
趣味が高じて始めたカヌーのインストラクターを2年間ほどやっていたが、
少しずつデザインの仕事を再開する。

いまのデザインをカタチづくるきっかけとなったのは、
ある役場の女性から米のパッケージデザインを頼まれたこと。

「西土佐でつくられる米は、水がきれいで寒暖の差も激しいので
東北に負けないくらい旨い。でも手がかかるせいで、生産者が減っています。
依頼主のユミさんは、地元の米を廃れさせたくないという強い思いを持っていました。
そこでまずはふたりで、生産者がどんな米づくりをしているのかを知るところから
始めたんです。スーパーに米袋を見に行ったり、生産現場に通って、
1年かけていまのパッケージができました」

商品につけた名前は「山間米」。
このパッケージデザインは、グッドデザイン賞をはじめ、いくつもの賞を受賞する。
つくり手に寄り添うデザインの方法は、迫田さんの指針となる。

山間米のパッケージは、枡をモデルにデザインされた。2合、3合の食べきりサイズも。

「最初は下手でもいいやん、地元でやろうよ」

そんな迫田さんが、いま力を入れているのが
「地(ジ)デザイナー」をネットワーク化する活動だ。
「地デザイナー」とは、地元に住みデザインをする人のこと。

「いま、青森の下北半島や能登半島など全国20人ほどの地デザイナーとつながっていて、
各地でデザインについて話す機会をつくっています。それぞれ頑張っていますが、
周囲にその価値を認めてもらえずに、くすぶっている人も多い」

たしかに、田舎でデザインの仕事一本で生活していくのは難しい。
デザインとは何か、がまだ浸透していなくて、相応のデザイン料を得にくいためだ。
迫田さんもはじめのうちは、デザイン料のほとんどが米や卵などの現物支給だったという。

「地元に面白いデザイナーがいても、
行政などは東京の有名デザイナーに依頼していることも多い。
それが果たして地域にとって幸せなことかな、と思うんです。
何百万円もの予算があるなら、地元のデザイナー10人に
10万円ずつ渡してコンペするほうが、よほど地元のためになる。
だから、最初は下手でもいいやん、地元でやろうよって言うんです」

南伊豆で行われた迫田さんの「地デザイン講座」には、地元のデザイナーをはじめ、
米農家、加工品製造者、和菓子屋など、製造業に関わる人々が集まった。

南伊豆役場で行われた「地デザイン講座」。製造者とデザイナーの交流の場にも。

迫田さんが手がけたパッケージの数々。

パッケージデザインや販売戦略などさまざまな悩みを訴える彼らに、
迫田さんはこうアドバイスする。

「タイトルや色など細かいデザインも大事ですが、まず考えたほうがいいのは、
皆さんがこの商品を世に送りだして、社会をどうしたいかということ。
誰をどんな風に喜ばせたいのか。
商品そのものより、その周囲を考えることにヒントがある。
それを一緒にかたちにしてくれるのがデザイナーです」

南伊豆の地デザイナー鈴木美智子さんはこう話す。
「地元でデザインの仕事をしていると、都会とは違って
なかなか価値をわかってもらえなかったり、薄謝でへこむことも多い。
そのたびに道を見失いそうになりますが、迫田さんの話を聞くと、
自分の進んでいる方向が間違ってないって再確認できるんです」

地元の製造業に関わる人々にとって、パッケージデザインは大切な要素のひとつ。

全国津々浦々で行われる「地デザイン講座」は、昨年11月に始まり今回が9回目。

商店街にひとりデザイン屋がいれば、地域はもっと豊かになる。

さらに、迫田さんが手がけた仕事のうち、代表的なものが
高知県佐川町の吉本牛乳「地乳(ぢちち)」だろう。

吉本乳業は、大正時代から佐川町で牛乳をつくってきた地元の牛乳屋。
毎日近隣の酪農農家で絞られた生乳を集めて加工し地元で販売している。
学校給食にも使われていて、このまちの人たちは
皆この牛乳で育ったと言っても過言ではない。

「吉本牛乳の話を役場の人から聞いた時、それってぢちちやん! と思ったんです。
地元のための地元の牛乳。地酒ならぬ、ぢちちです。
パッケージには、佐川の地乳と入れて、
飲食業界ではあまり使われていなかった白と黒を使いました」

はじめは関係者全員がこのネーミングとパッケージで大丈夫かと不安を覚えたという。
そんな心配をよそに、売上は予想をはるかに超えて2倍に。
メディアでも取り上げられ、地乳を使った「地乳パン」や「地乳アイス」などもできて、
まちの地産ブランドとして着実に広がっている。

高知県高岡郡佐川町でつくられた吉本牛乳「さかわの地乳」。

地乳をつかった「地乳パン」。「地乳アイス」も人気。

「デザインの仕事が地域社会で認められるのはまだまだこれから。
商店街にひとりデザイナーがいて、土地のいいものを引き出して発信したら
地域はもっと豊かになる。デザイナーが横文字のかっこいい職業と思われているうちは、
田舎の社会の中では市民権を得ていないに等しいです。
魚屋やパン屋とデザイン屋が並んで初めて、地域のなかでもやっていけるようになる」

全国に地デザイナーを増やすべく
「地デジ構想」(地・デザイン・ジャパン構想の略)を掲げて、日々奔走中だ。

profile

TSUKASA SAKODA
迫田 司

1966年生まれ。93年、高知県幡多郡西土佐村(現・四万十市)に移住し、2年後「サコダデザイン」を設立。休耕田だった棚田で米をつくりながらデザインに取り組む。自称「百姓デザイナー」。全国から仲間が集う現代の木賃宿「木賃(きちん)ハウス」を主宰。米袋では初となるグッドデザイン賞を受賞(2004年)。四万十中流域を活動の拠点にし、地元を愛し地元で活動する各地のデザイナーたちを結ぶネットワーク「地(ジ)デジ」(地・デザイン・ジャパン)の立ち上げを標榜。全国でさまざまなプロジェクトに関わっている。著書に『四万十日用百貨店』(羽鳥書店)。

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