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アーティストのような農家
〈キレド〉の野菜でつくる
フルタヨウコさんの北欧スープ

うまみのくにの、おいしいスープ
umamiのおべんきょう
プロジェクト × colocal
vol.005

posted:2017.8.30   from:千葉県四街道市  genre:食・グルメ

sponsored by やまやコミュニケーションズ

〈 この連載・企画は… 〉  「和食」が無形文化遺産に登録され、世界中から注目されるようになりました。
その理由のひとつが、だしからとるうまみです。日本には、豊かな自然と風土に育まれた
天然の素材がたくさんあります。そのうまみをじっくり感じられるのがスープ。
おいしいものには目のない料理家さんたちに、さまざまな食材をだしにしたスープを教えてもらいました。
この食材からこんなうまみが……? まだ味わったことのない“うまみ”の世界にお連れします。

umamiの
おべんきょう
プロジェクトとは?

いま「umami」という言葉は、世界中に広がっています。甘味、塩味、酸味、苦味に続く、第5の味覚。日本人が発見した「おいしく食べる」ための最大の知恵です。いま「和食」は世界中で注目されていますが、おおもとの日本ではどうでしょう。うまみを楽しんでる? 子どもたちに伝えてる? ということで、さまざまな人や企業が集まって「umamiのおべんきょうプロジェクト」が始まりました。
公式プロジェクトサイト:umamiのくにから

writer profile

Kaori Kai

甲斐かおり

かい・かおり●執筆・編集。長崎県生まれ、東京・熊本の二拠点生活にトライ中。日本各地を取材し、食文化やものづくり、地域コミュニティ、里山・郷土文化、農業をテーマに取材し、雑誌やウェブで紹介。著書に『暮らしをつくる』(技術評論社)。

credit

撮影:服部希代野

アーティストようで、博士のような農家

「これ、ちょっと食べてみてください」
差し出されたのは真っ青な唐辛子。
えっ……おそるおそる口にすると、あ、辛くない。
「スイートハラペーニョです、タネまで食べられるんですよ。甘いでしょう? 
次はこれ、かじってみてください」
割いたナス。生のまま……? なんと、甘くてみずみずしい。
「水ナスの元祖で、生でも食べられる泉州水ナスです。こっちはヒモナス。
もともと中国のもので水分を吸収するので炒めたり、麻婆ナスにぴったりなんですよ」

この日うかがったのは、千葉県四街道市にある農家〈キレド〉の畑。
お洒落な帽子を被った一見農家らしからぬこの男性が、キレドの栗田貴士さん。
1ヘクタールほどの畑で年に150種類もの野菜を育てています。
オーソドックスな野菜から見たこともない西洋野菜やハーブまで、畑にはさまざまな野菜が。

野菜の話をするのが楽しくて仕方ない様子の栗田さん。

栗田さんは美しい野菜をつくるアーティストのようであり、
野菜にとことん詳しい博士のようでもあり……そして何より“くいしんぼう”。
うまいもの好きが高じて農家になったという筋金入りで、畑にいると
「食べてみてください」「かじってみて」の連続。
どの部位をどんな風に食べるのがおいしいか、逐一教えてくれます。

それに負けないくらいおいしいもの好きの料理家、
フルタヨウコさんとともにキレドの畑を訪れ、採れたて野菜でスープをつくっていただきます。
キッチンは畑の一角に建つキレドの小屋。これぞファーマーズキッチンです。

千葉県の四街道駅から歩いて20分ほどの場所にあるキレドの畑。野菜はそのまま丸かじりしてもみずみずしくておいしい。

栗田さんの畑は野菜づくりの実験場

到着早々、畑を見てスープの材料を決めようと一同で畑へ。
夏真っ盛りの畑にはナスにトマト、オクラなど夏野菜が目白押しです。

まず目に入ったのは、黒い粒がつやつやと光っていてきれいなナス。
「これはブラックビューティー」と栗田さん。ナスだけで3種類。
真っ赤な赤オクラに緑のオクラ、巨大なトランペットズッキーニに、
ひょうたんのようなバターナッツ、と珍しい野菜に目を奪われます。

「生で食べてもおいしい」「アクの出ない野菜を」が、栗田さんの野菜づくりの基本。
肥料を与えすぎずミネラルを豊富に与えて野菜の本来の力を最大限に引き出すことを考えます。
手はかけすぎず、目をかけること。ピーマンを丸ごとかじりながら
「生で食べてもエグミがなくタネまで食べられるってすごいですよね」とフルタさん。

さらには「野菜の一生をみる」としてタネからつぼみ、
花も根っこもおいしければ食べる対象に。タネも根っこもそれぞれ、
その野菜本来の味がするのです。
エディブルガーデンならぬ、エディブルファーム。
栗田さんの畑は野菜づくりの実験場のようでもあります。

栗田さんは次々にその場で食べさせてくれる。美しい赤オクラ。生で食べられる。

茂みのようになるまで伸ばして育てる珍しい栽培方法。真っ赤なトマトが実る。

この日スープのために収穫した野菜たち。赤オクラ、ビーツ、水なす、ひもなす、バターナッツかぼちゃ、トランペットズッキーニ、フェンネル、ホーリーバジル、じゃがいも、ルバーブ。

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プログラマーからの転身

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「生で食べてもおいしい」野菜に目覚めて

金沢でプログラマーの仕事をしていた栗田さんが農家になろうと思ったのは、
ある西洋野菜との出会いがきっかけでした。
石川県の西洋野菜栽培のパイオニア、中野禧代美さんという方がつくったもの。
中野さんは、多くのシェフから絶大な信頼を得ている、もう70代になるベテラン農家です。

「中野さんの大根を生でかじった時、本当にびっくりして。梨みたいな味がしたんです。
その味は一生忘れられません」

中野さんに野菜づくりを教わりたい一心で会社勤めをしながら家庭菜園を始めます。
出勤前に畑でひと仕事、朝食後に会社へ行き、午後は中野さんのところへ……なんて日も。

「中野さんは自分のところから一切配送はしない、
欲しいなら取りに(買いに)来いという方針の方で(笑)、
忙しいシェフたちが絶えず畑に出入りしているんです。
近所のおばちゃんたちもお茶飲みに来たりして、
畑の脇の東屋でこの野菜はどう食べたらおいしいかなんてみんなで談義していたり。
その中にいるのがすごく楽しかった」

ただひとつだけ、栗田さんは不満に思っていたことがありました。

「中野さんの野菜は事業者向けにしか販売していないので、
飲食店の人やシェフしか買うことができないんです。
僕自身、どんなに欲しくても買えない(笑)。
かじるだけでおいしい野菜ということは簡単な料理で充分おいしいってこと。
これこそ一般家庭に広まるべきだと勝手に思っていました」

その後、生まれ育った千葉へ戻ることになり、そのタイミングで農家になることを決意。
千葉では西洋野菜の栽培で有名なエコファームアサノの
浅野悦男さんのもとで研修しました。
浅野さんの野菜も日々一流のシェフがこぞって買いにくるクオリティながら
一般の人は買えません。

「どうして販売しないのか」としつこく問う栗田さんに、
ある日浅野さんは畑に線を引いてこう言ったのだそう。
「ここから先の畑は好きにしていいから、そこまで言うなら自分でやりなさい」
これがキレドの始まりになりました。

研修期間中にキレドを立上げ、2012年に独立。
個人向けの野菜宅配のサービスを始め、
クラフトマーケットやマルシェなどのイベントに出展しながら
少しずつお客さんを増やしてきました。
今では売り先の8〜9割が個人のお客さん。「まだまだ」と言う栗田さんですが初志貫徹です。

おいしい野菜だからこそ、ファストフードに

料理家のフルタヨウコさんもやっぱり食べるのが大好きで、料理の仕事を始めた方。
そのふたりが口をそろえるのは「おいしい野菜だからこそ、ファストフードに向いている」
ということ。

「素材がいいと、味付けもシンプルで充分おいしいので、ゆでるだけ、焼くだけでも、
生でもいいので実は家庭向きだと思うんです。反対に味の薄い野菜を使うほうが、
料理の味を決めるのが難しい」とフルタさん。

子どもの頃、長野の果物農家である父の実家に収穫の手伝いに行っていたというフルタさん。野菜や果物のもぎたての味を幼い頃から身につけていたのだそう。

この「おいしい野菜をファストフードに」という発想から、
キレドオリジナルのピタサンドが生まれました。
フルタさんがキレドの野菜を初めて味わったのも、このピタサンドを通してのこと。
10種類近くの野菜をぎっしり挟んだキレドのピタサンドは
個性的な野菜の味が一度に味わえます。

「もとは妻がパリのファラフェルサンドにヒントを得てつくり始めたものなんですけど、
これこそ野菜の味を生かすためのファストフードじゃないかと思っているんです。
向こうの人たちはピタをお皿のようにしてフォークですくって
豪快に野菜を食べるんですよ」(栗田さん)

野菜を使った、2種類の北欧スープ

今回のスープも、できるだけ調味料を使わず、野菜のうまみを生かしてつくります。
まずは北欧で「ケサイット」と言われる野菜スープ。ケサは夏、イットはスープの意。

まずは野菜をざくざくひと口大に。
その後フルタさんいわく「汗を出す」(つまり炒める)ひと手間で、
スープの味がぐんと変わるのだそう。
炒めたら野菜がひたひたになるくらいの水を加えて10分ほどクツクツ。
シンプルな味付けなので炒める際のオリーブオイルは少し質のいいものを。
ほんの少し塩コショウで味付けるだけでいろんな野菜の味が溶け出した、
うまみの濃いスープができます。

味付けを薄めにして大量につくっておけばスープストックに。
後からグリルしたソーセージを入れたり、カレー味にしたり、
トマトスープにするなどいろんなバリエーションが楽しめます。

野菜の歯ごたえやおいしさを味わうため少し大きめにカット。

もうひと皿は、ビーツとルバーブとじゃがいものスープ。
ビーツは切っても真っ赤なサトウダイコンの一種で、北欧でよく食べられる野菜のひとつ。
じゃがいもは皮つきのまま、野菜を切って炒めます。

水と少しだけコンソメを足して火にかけ、煮えたらブレンダーで撹拌して牛乳でのばすだけ。
甘くてコクのあるポタージュながら、野菜のみずみずしさが伝わってきます。
どちらも簡単で栄養たっぷりのスープです。

小屋から畑の緑を眺めながらいただくスープは格別。

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畑で育てた野菜をすぐに味わえる場をつくる

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畑の野菜を、近くで味わう

見て、ふれて、嗅いで、食する。
栗田さんの畑にいると感性が研ぎ澄まされて、野性の味がすっと体に入ってきます。

「住宅街の中に畑があるのって景観的にも貴重だし、散歩の途中に立ち寄ったり、
自由にハーブを摘んでもらえるようなことができたらいいなと思うんです」と栗田さん。

石川県の中野さんのところで感じた畑を通したコミュニティへの強い憧れ。
いつかはそんな場をつくりたいと願う栗田さんは、
まずは車で15分ほどの場所に〈キレドベジタブルアトリエ〉というキッチンを始めました。
畑で育てた野菜をすぐに味わえる場として、
ピタサンドなどが食べられるだけでなくクラフトなども置く飲食店。
こちらを切り盛りしているのは、奥さんの恵子さんです。

作家ものの展示も行われている。

奥さんの恵子さん。栗田さんが会社を辞めて農家になりたいと相談したとき「やるなら早くしてくれない?」と即答したというツワモノ。

「料理している私たち自身、食材が畑で育つのを見られるのって幸せだなって思うんです。
こういう風に野菜ってできるんだって見ながら、味うのってすごくすてきなこと。
だから今は少し距離があるけど、
できたら将来お客さんにも畑を見ながら食事してもらえるような環境をつくれたらいいな
と思うんです」(恵子さん)

いつか野菜や料理についてご近所さんに伝える教室も開催したいと話す栗田さん。

「例えばこの辺りのおばあちゃんたちだけ、
なぜかコールラビについてすごく詳しいとか(笑)。
若い人から年輩の方まで、気軽に立ち寄れる畑になったらいいなと思います」

畑の野菜を使った加工品もつくっている。ピューレやドレッシングなどいつもの料理がひと味違うものに。

これからキレドの畑がどう進化していくのか。今からとても楽しみなのです。

キレド栗田さんの野菜の話は、こちらでも!

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うまみのレシピ公開!

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夏野菜のスープ(ケサイット)

◎材料(4人分)

ズッキーニ 適量

バターナッツかぼちゃ 適量

茄子 適量

島オクラ 4本

ホーリーバジル(なければ普通のバジル) 1本

オリーブオイル 大さじ2

塩 小さじ2

胡椒 適量

◎つくり方

 ズッキーニと茄子はヘタをカットする。かぼちゃは皮と種を取り除く。これらをすべて食べやすい大きさにカットし、オリーブオイルをいれた22cmの鍋の7分目くらいまで入れ、中火にかけて野菜の水分がでてくるまで炒める。島オクラはヘタをとり、2mmの輪切りにしておく(新鮮なオクラでない場合はさっとゆがいてからカットする)。バジルは茎から葉をとっておく。

 に野菜が隠れる程度の水と塩、バジルの茎を入れ、沸騰したら弱火にして野菜に火が通るまで15分ほど煮こむ。

 味見をして塩味を調え、胡椒をひいたらバジルの茎を取り除き、器にもり、島オクラとバジルをトッピングする。

ビーツのポタージュ

◎材料(4人分)

ビーツ 1個

じゃがいも 4個

ルバーブ 1本

フェンネル 適量

顆粒コンソメ 小さじ2分の1

塩 小さじ2

牛乳 400ml

サワークリーム 適量

オリーブオイル 適量

◎つくり方

 ビーツの皮と固い部分をむく。じゃがいもは芽とかたくなった皮(新じゃがなどの薄い皮はそのまま)をむく。ルバーブは茶色くなった部分を削る。野菜はすべてざく切りにする。フェンネルは茎から葉や花をとっておく。

 鍋にビーツ、じゃがいも、ルバーブ、フェンネルの茎、コンソメを入れ、水を具材がひたひたになるくらいまで加えて中火にかけ、沸騰したら塩を加えて弱火にして野菜に火が通るまで15分ほど蓋をして煮こむ。

 の粗熱がとれたらブレンダーでピューレ状にし、好みのとろみになるまで牛乳を加えていく。色をより鮮やかにしたい場合は牛乳を少し減らし、かわりに水を加える。味見をして塩味を調える。

 を器によそい、サワークリームとフェンネルの葉や花をトッピングし、オリーブオイルをまわしかける。

information

YOKO FURUTA 
フルタヨウコ

料理家。デザイン関係の企画編集、執筆、写真を手がける一方で、ケータリングを開始。オリジナルジャム制作のほかに社食作りやイベント出店なども行う。著書に『北欧のおいしいスープ』(新星出版社)『果物のごはん、果物のおかず』(誠文堂新光社)など。

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