連載
posted:2023.7.11 from:福井県三方郡美浜町 genre:暮らしと移住 / アート・デザイン・建築
〈 この連載・企画は… 〉
さまざまな分野の第一線で活躍するクリエイターの視点から、
ローカルならではの価値や可能性を捉えます。
writer profile
Tomohiro Okusa
大草朋宏
おおくさ・ともひろ●エディター/ライター。東京生まれ、千葉育ち。自転車ですぐ東京都内に入れる立地に育ったため、青春時代の千葉で培われたものといえば、落花生への愛情でもなく、パワーライスクルーからの影響でもなく、都内への強く激しいコンプレックスのみ。いまだにそれがすべての原動力。
photographer profile
Rui Izuchi
出地瑠以
いずち・るい●写真家。1983年福井生まれ。東京とハワイでの活動を経て、現在は大阪・福井を拠点に活動中。〈Flat〉という文化創造塾の運営メンバー。
http://www.cocoon-photo.com/
海まで歩いて50歩。
水着を着たまま家を飛び出して、そのまま家に帰ってこられる。
海の目の前にある築100年を超える古民家のリノベーション住宅。
ここを生活拠点のひとつにしているのは、イラストレーターの松尾たいこさんだ。
「拠点のひとつ」というのは、ここが3つめだからである。
東日本大震災、そしてコロナ禍の影響で、2拠点生活を始める人が増えた。
東京からわりと近い長野、山梨、静岡あたりに移住、
もしくは拠点を構えることが人気だ。
ただ、もうひとつ拠点を増やし、
松尾さんのように3拠点生活をする人はまだそう多くはないだろう。
東京で長く暮らしていた松尾さんは、
まず2011年の東日本大震災後に、軽井沢との2拠点生活を始める。
避難の意味やすべての機能が東京へ集中していることへのリスク分散のためだ。
「当時は、軽井沢ということもあり、
2拠点というより別荘を借りた、くらいに見られていたと思います」
実際には、どちらでも仕事をできるようにして、生活の一部として機能させていた。
どちらも日常だ。
そして2015年、新拠点として選んだのは福井県だった。
「その頃、絵を描くことに自分のなかで少し行き詰まりを感じていて、
水墨画や日本画をやってみました。
そのひとつで陶芸にも挑戦してみたら、
自分の手でそのまま形をつくることにおもしろさを感じたんです」
こうして陶芸に興味を持ち、周囲にそんな話をしていたところ、
偶然、福井県に窯を持っている友だちがいて、そこへ通うようになった。
そのうちにもっと本格的にやってみたいと思うようになり、
〈越前陶芸村〉のなかに作業場がついた部屋を借りた。
すると、夫でジャーナリストの佐々木俊尚さんも福井に興味を持ち始め、
それならと、ふたりで拠点をつくることになる。
協力してくれたのは
NPO法人〈ふるさと福井サポートセンター〉理事長の北山大志郎さんだ。
美浜町にあり、築100年を超えるがリノベーション済みの古民家を紹介してくれた。
そもそも福井への接点もあった。
2006年頃から夫の佐々木さんが福井の企業などを取材したことがあり、
知り合いもいた。
それをきっかけにカニを食べに行ったり、鯖江にメガネをつくりに行ったり、
年1回程度は訪れるような土地だった。多少なりとも土地勘はあったという。
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東京、軽井沢、福井の美浜町。
どの拠点でも生活と仕事の両方ができる機能を持たせているが、
それぞれの役割はしっかりと分かれている。
かつては1か月のうち、2週間は東京、1週間は軽井沢、
1週間は美浜町という割合だった。
コロナ禍によりそのペースは乱れてしまったが、これからまた戻していきたいという。
「東京では絵を描きます。
それ以外にも打ち合わせや会食など、人に会う機会が多いですね。
軽井沢では集中して絵を描き、美浜町では陶芸をやります」
各土地の「性格」に沿っていくことで、
結果的にその地でできる作業を集中してこなすことができる。
絵を描くことも、陶芸をすることも、
それ自体は物理的な環境さえ整えればどこでも可能なはずだ。
それをあえてローカルで行うことには意図がある。
「基本的に家にこもって仕事をしているので、
アイデアが枯渇してきたり、頭が固まってきたりする。
だから環境を変えて作品をつくる・仕事をすることに意味があります。
福井だと鳥の鳴き声が聞こえたり、海を散歩したり、座って考えごとしたり。
軽井沢は森なので『この葉っぱはこんな形しているんだ』
『日が当たるとこんなふうに見えるんだ』などの物理的な発見もあります。
頭のスイッチを切り替えるだけでなく、
実際に描きたいもののイメージが増えることもありますね」
3拠点あっても、どこかが仕事場、どこかがリフレッシュというわけではない。
ゆえに別荘ではない。
「一日中のんびりするという感じではないです」と松尾さんが言うように、
どの拠点にもそれぞれの「生活」がある。
「軽井沢や美浜町では、あえてふたりで夜に映画を見に行ったり、
毎日温泉に行っています」
東京では夜に人に会うことが多いので、
そのバランスはほか2拠点でとることができるようだ。
物理的に場所を分けることは、必然的に時間も配分することになる。
それによりメリハリをつけた働き方や生活も生み出すことができる。
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「基本的にものが少ない」という松尾さん。
かつては洋服を多く持っていたが、それ以外は少なかった。
夫の佐々木さんは、もっと少ないという。
「ふたりとも、ものがスッキリと少ないほうが好きで、
増えてくるとイライラします(笑)」
しかも引っ越しを繰り返すたびに、どんどん減っていくという。
「実は最初に軽井沢の家を借りるときに、
そこで暮らすための家具や家電、台所用品を揃えました。
必要最低限だけです。
すると東京から軽井沢に行ったときに、ものの少なさが気持ち良く感じて。
それで逆に、東京にある、例えばワインセラーとか、
いろいろなものが要らないのではないかと気づいたんです。
それで東京のものも減っていきました」
軽井沢のミニマムな生活から、東京の無駄を知る。その循環は福井にも及んだ。
「福井に来たときには、必要なものがさらに厳選されていました。
ここに引っ越してきた当日にはすべての段ボールを空けて、
すぐその日から暮らせる状態になりましたよ。そのくらい少ないです。
そうしているうちに、3つすべての家からどんどんものが減っていきました」
拠点の数と反比例して、ものの数は減っていく。
移動を繰り返して暮らすことで、ものの本質を知り、
不要なものは削ぎ落とされていった。
生活への眼差しが変化する循環にもなっているようだ。
それぞれの拠点には最低限のものしかないが、それで十分。
必要なもの、そして無駄にしたくないものは持っていけばいい。
「私は犬をリュックに入れて背負って、
〈リモワ〉のいちばん小さいスーツケースにパソコンや化粧品を入れて終わり。
軽井沢に行くときは絵の具も持っていきます。
以前はどちらの拠点にも画材を用意していましたが、
月に1回くらいだと絵の具が固まってしまうので、結局無駄になってしまう。
朝30分くらいで準備は終わりますよ。
ちなみに夫はリュックひとつ。冷蔵庫を空にしていきたいので、
卵ケースに卵を入れて、残っている野菜もリュックに入れて持っていきます」
松尾さんが大好きなファッションについても同様だ。
「以前は、東京で着なくなった服を地方に置いておいたんですけど、
東京で着ない服は地方でも着ないということに気がついて(笑)。
本当に基本的なデニムとTシャツくらいは各拠点に数枚ずつ置いてありますが、
あとは随時持っていきます」
多拠点生活は、軽やかな移動があってこそ成り立つことかもしれない。
移動を億劫に思っているうちは、ちょっと難しいかも。
「多拠点生活を始めたら、移動がまったく苦ではなくなりました。
昔はすごく心配性で、海外旅行に行くときは1か月前から持っていくものを書き出して、
スーツケースを広げてひとつずつ入れていたくらい。
でも今は身も心もすごく身軽です」
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3拠点生活においては、当然、お金がかかる。
単純計算で、交通費がふたりの往復で約6万円になる。
3か所分の家賃も発生するし、それぞれに駐車場代や車もある。
例えばそれらをすべて東京の家賃に充てたら、きっと今よりいい条件の家に住める。
でも、この場合の、松尾さんにとっての「いい条件」とは何だろう?
「豪邸に住みたいというタイプではありませんし、
お金が出ていくことよりも、次に新しいことができそうとか、
いろいろな人との出会いのほうが大切。それが仕事につながることも多いです」
東京の家賃に使うより、交通費や各拠点の維持代にしたほうが
松尾さんにとって価値が高まる。
3拠点生活にかかるお金は「経費」ではなく、
自分への「投資」に変えていけばいいのだろう。
松尾さんが福井にも暮らすようになってから、福井での仕事が増えた。
これまでに福井銀行の通帳・キャッシュカード・カレンダーのイラスト、
「クリエイターinレジデンス推進事業 町多拠点活動アドバイザー」就任、
福井駅前開発に伴う仮囲いプロジェクト「Fukui Art Gallery」への展示、
「国8空活2021」まちなかギャラリーの展示、
敦賀市デザインマンホールのイラストなどを行っている。
ほかに移住や古民家関連のイベント登壇やメディア取材対応など、
多数の福井関連事業に携わっている。
どれも福井に来たつながりから生まれた仕事だ。
「誰かと誰かが必ずつながっているんですよね。
はじめはただ一緒に遊んだり、ごはんを食べたり、
バーベキューしている感じだったのが、いつの間にか仕事につながっている。
東京ではあまりないことなんですけど、
地方は人づき合いがそのまま仕事につながっていくというのがあるんです」
もちろん、松尾さんに「ウエルカム」の気持ちがあったからだろう。
福井に拠点を持ってから、
福井に貢献したい・福井のいいところを紹介したいという気持ちは強まった。
「先日も、京都にいるいとこと食事をしているときに、
京都のアートディレクターを紹介してくれて、それがすぐに仕事につながったんです。
地方っておもしろいなと思って。
自分がアンテナさえ張っていれば、どんどんつながっていく。
だからやりたいことは、なるべく口に出すようにしています。
口に出さないと、叶っていかないんだなと」
3拠点生活の影響からか、すごく活動的で、
自分の拠点という範囲を遥かに超えている松尾さん。
今では、京都にまでお茶を習いに行っているという。
やりたいと思ったことは、チャンスがあれば積極的に取り入れる。
その行動原理にはある理由があった。
「以前は本当に体が弱くて、ほぼ引きこもって、絵を描くのがやっという暮らしでした。
自宅の掃除も洗濯も、業者にお願いしていたくらいです」
そこから体質改善をして、
今ではご覧の通り、3つの拠点を行き来するようになった。
「今までの分を取り戻したいという気持ちです。
元々、好奇心は旺盛なので、知らないことは知りたいし、
やってみたいことはタイミングが許す限りやってみたい」
身も心も軽やかにしていれば、拠点を増やすことは苦ではないし、
拠点からのフィードバックもある。
移動や拠点を増やすことに労力をとられているというよりは、
むしろ、より柔軟に、活動的になっていくように感じた。
Creator Profile
TAIKO MATUSO
松尾たいこ
まつおたいこ●アーティスト/イラストレーター。広島県呉市生まれ。広島女学院大学短期大学部卒業後、約10年間の自動車メーカー勤務を経て32歳で上京。セツ・モードセミナーに入学、1998年よりイラストレーターに転身。大手企業の広告などにも多く作品を提供、手がけた本の表紙装画は300冊を超える。角田光代や江國香織との共著やエッセイも出版。
イラストエッセイ『出雲IZUMOで幸せ結び』(小学館)『古事記ゆる神様100図鑑』(講談社)を発表するなど、神社や古事記にまつわる仕事も多い。それらの経験を通じ、火・風・水・土など神羅万象に神が宿るという古代日本の概念に共感。そのような世界を、アクリルガッシュを使ってカラフルでフラットでポップな美しさで描くことが強みのひとつ。
現在、東京・軽井沢・福井の3か所を拠点に活動している。
夫はジャーナリスト佐々木俊尚。
Web:TAIKO MATSUO OFFICIAL SITE
Instagram:@taikomatsuo
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