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豊岡市×演劇×平田オリザさん
いま、全国で注目の教育法を
東京で体験

Local Action
vol.097

posted:2017.3.27   from:兵庫県豊岡市  genre:暮らしと移住 / 活性化と創生

PR 兵庫県豊岡市

〈 この連載・企画は… 〉  ひとつのまちの、ささやかな動きかもしれないけれど、創造性や楽しさに富んだ、
注目したい試みがあります。コロカルが見つけた、新しいローカルアクションのかたち。

writer profile

Yu Miyakoshi

宮越裕生

みやこし・ゆう●神奈川県出身。大学で絵を学んだ後、ギャラリーや事務の仕事をへて2011年よりライターに。アートや旅、食などについて書いています。音楽好きだけど音痴。リリカルに生きるべく精進するまいにちです。

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撮影:水野昭子

「飛んでるローカル」で、子どもも羽ばたく。
豊岡市の最先端のコミュニケーション教育が東京にやってきた!

兵庫県北部にある豊岡市には、子どもたちが楽しみにしている保育や授業がある。
脳や心の発達を促す「運動遊び」(幼稚園・保育園・こども園児対象)、
幼児期から英語に触れる「英語遊び」(幼稚園・保育園・こども園児対象)、
そして、演出家・劇作家の平田オリザさんが監修する
コミュニケーション教育の授業(小・中学生対象)。
これらは市内すべての幼稚園、保育園、こども園、小・中学校で行われる。
豊かな自然の中でコウノトリが羽ばたくまちとして知られる豊岡は、
実は子どもが羽ばたく準備を教育面から支える、教育先進都市でもあるのだ。

2017年3月、東京都内にて、豊岡市の教育を体験できるワークショップが行われた。
先生は平田オリザさんや、全国の舞台を中心に活躍する現役の演出家、俳優、
普段豊岡で運動遊びを実践している豊岡市教育委員会の指導員たちだ。

子どもたちは2〜3歳児、4〜6歳児、10〜12歳児クラスに分かれ、
それぞれ30分ほどのワークショップを体験する。
東京の子どもたちが、たったの数十分でどこまで変われるのだろう?
かくしてワークショップが始まると、
子どもたちの変化に驚かされることになった。

いよいよ運動遊びを体験!

当日の朝、9時半。会場のノアスタジオ 学芸大スタジオの一室に近づくと、
子どもたちの嬉々とした声が聞こえてきた。
広いフロアーに解放された子どもたちが、床の上を走りまわっている。
今日のひとコマ目は、2〜3歳児を対象とした運動遊びのクラス。
先生は、豊岡市教育委員会こども育成課の仲義 健(なかぎたける)さん。
颯爽とした体操のお兄さんといった雰囲気だ。
まずは教室の真ん中に集まり、レクチャーを受ける。

豊岡市教育委員会 こども育成課 仲義 健さん。

「昔は子どもが空き地で遊んでいて、
子ども同士の遊びのなかで身につけていたものがたくさんありました。
今の遊びは、ほとんどがゲームですよね。
このままではイカンということで、豊岡ではこんな取り組みをしています」

ここで仲義さんは、簡単な運動を教えてくれた。
右手は右へ回し、左手は左へ回し、交差するところで拍手。
それを数回繰り返したら、今度は逆回し。
単純な動きだけど、逆回しに戸惑ってしまった。

「体には400の筋肉があり、この筋肉を動かすのが、脳です。
その脳と筋肉をつないでいく作業、これが10歳までに完了します。
なので、この動きがすぐにできる人は10歳までにたくさん遊んだ人です」

運動遊びでは、こうした簡単な動きにはじまり、
楽しみながら運動をしていくうちに「動ける身体」をつくり、脳と心の成長を促していく。
松本短期大学教授の柳沢秋孝さんが考案しているプログラムをアレンジしている。
でも、なかには今日体験する運動遊びの動きをすぐにできない子もいるでしょう、と仲義さん。
そんなときの対処法も教えてくれた。

「子どもさんができなかったときは、見ているだけでいいです。
『なんでできないんだ』というのはNGです。
脳は人の動きを見ているだけでも、実際に体を動かすときと、同じところが活性化しています。
もし、家に帰ってから同じ動きをしたら、その時は思い切りほめてあげてください。
僕は11年間この仕事をしていますけれど、
笑顔、ほめる、触れあう。この3つが揃えば、子どもは間違いなく健やかに育つ、そう実感しています」

遊んでいる間に、スキンシップが生まれる

この後は、いよいよ実践。
手をつないで、部屋のなかをぐるぐるまわったり、
オムレツに見立てた子どもを床の上で揺すったり、軽くほうり投げて受けとめたり。
子どもたちのテンションはみるみる上がっていき、
親御さんたちも童心にかえったような顔をしている。

お父さん、お母さんに背負われておもいっきりダッシュ! 仲義さんはフェイントをかけて笑いを誘い、緊張を解きほぐしていく。

フライパンを揺すってオムレツをつくるように、子どもの足を持ってゆ〜らゆ〜ら。

最後はオムレツを腕の中で成形して……かぶりつく! 子どもたちのキャッキャと甲高い声が響く。

一番盛り上がったのは、動物に変身するゲーム。
四つん這いで歩くクマさん歩きや、ほふく前進のように進むワニさん歩き、
お父さんたちの腕に子どもがぶら下がる象さん歩き。
これらの運動が、自分の腕で体を支える力や、ジャンプ力、ぶら下がる力を身につけ、
「動ける身体」をつくっていくという。

象さん歩きは、支えるほうの体力も必要! お父さんお母さんにとってもいい運動になったようだ。

小さい子どもも少しずつ、一歩ずつ。できなくても注意せず、笑顔で楽しもうとすることがポイント。

ワニさん歩き。大人も子どもも楽しそうに床を這う。

楽しんでいるうちに逆上がりができた!

4〜6歳児クラスでは、もう少し難易度の高い運動が行われた。
感動的だったのは、懸垂の練習から始めた女の子が、逆上がりができるようになったこと。

「腕と脇の下に接着剤を塗ります。ペタペタ」と、逆上がりの一番のコツである、腕と胴体を離さないためのおまじないをかける仲義さん。

おまじないが効いた!? 簡単な補助で、逆上がりができた!

「懸垂とひっくり返る動きができれば、逆上がりができるようになります。
体重が30キロを超えると難しくなるので、小さいときから始めることが大事ですよ。
今日やった動きができるようになれば、跳び箱や側転もできるようになります。
親子でにこにこ遊んでいれば、できるようになるんです。
運動が脳の発達を促すというと、スポーツを強制しようとする親御さんがいるんですけれど、
大事なのは子どもが進んで遊ぶことです。
大人の役割はスポーツクラブに強制的に行かせるということではなく、
まずは一緒に遊んであげること。
豊岡では、そんな『運動遊び』を推進しています」

ワークショップの最中には、ぐずりだした子もいた。
でもその子は、最後までお父さんの膝に座って、みんなが遊んでいる様子を見ていて、
仲義さんにポンと頭を撫でられ帰っていった。
仲義さんはそういう子がいても、決してガミガミいわない雰囲気を大事にしているという。

「最初は消極的だった子も、続けていくうちに化けますよ。
そういう子がいかに『やってやろう』となれるか。
そういう機会をつくれるのが、運動遊びのいいところ。
幼稚園・保育園・こども園で行う運動遊びの時間だけではなく、
家に帰ってからも大事です」

こんなアクロバティックな動きも……!

豊岡では、現在37の幼稚園、保育園、認定こども園で、この運動遊びを取り入れている。
また、0〜15歳を一元的にとらえる施策も進められており、
幼稚園の子たちと小学生が一緒に遊ぶ試みなどが行われている。

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演劇的手法を用いたコミュニケーション教育を体験!

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演劇の要素を教育に生かすとは?

午後は、コミュニケーション教育のワークショップと平田オリザさんのレクチャー。
こちらは10〜12歳の子どもが対象だ。
平田さんは2014年に豊岡市城崎町にオープンしたアーティスト・イン・レジデンス
〈城崎国際アートセンター〉の芸術監督を2015年から務めている。
また、同時に芸術文化参与として豊岡市の文化事業に携わり、
演劇的手法を用いたコミュニケーション教育の授業を行ってきた。

左から俳優の村田牧子さん、演出家のわたなべなおこさん。

ワークショップの指導にあたったのは、
演出家のわたなべなおこさんと俳優の村田牧子さん。
最初はあいさつ代わりのじゃんけんゲームから始まった。
相手を見つけてはじゃんけんをして、5回勝った人から抜けていくというルールだ。
始めはちょっと表情がこわばっていた子どもたちだったが、
じゃんけんをしながら混ざり合うと、あっという間に緊張が解けていった。

初めて会う子とじゃんけんをするということで、恥ずかしがる子も。でも打ち解けるのも早い。

続いて、エビのポーズをしてからじゃんけんをする、
2人組になって相手を操る動きをするなど、
徐々に動きが難しいゲーム、相手のことをよく観察するゲームに挑戦していく。

相手の意のままに操られてみるゲーム。意地悪をすると交代後の仕返しが怖い。

わずか10分で生まれた寸劇に感動!

次にわたなべさんは「ジェスチャーゲームをします」と言うと、お手本を見せてくれた。
声は発さない。渋い顔で登場すると何か小さなものを床に置き、
遠くを見たり、素振りの練習をしたりしている。
やがて子どもたちが「ゴルフ!」と叫ぶ。
正解だった。わたなべさんの演技の上手さに感心してしまう。

この後子どもたちは6つのグループに分かれ、ジェスチャーゲームに挑戦した。
ルールはいたってシンプル。各チームにひとつずつお題が渡され、
子どもたちだけでジェスチャーを考え、最後に発表をしてお題を当ててもらう。
ジェスチャー中は言葉を出してはいけない。
体の動きのみで伝えるのが、このゲームの難しいところだ。

演劇のプロであるわたなべさんと村田さんは安易には助け舟を出さない。あくまでも子どもたちの自主性に任せる。

配役もストーリーも子どもたちが考える。どうしたら見ている人全員に伝わるか、試行錯誤が続く。

リーダーシップを発揮する子、口数が少ない子、演劇の経験がある子、ない子。みんなが主役でみんなが盛り上げ役だ。

子どもたちが作戦会議を始めると、あちこちで子どもたちのアイデアがぶつかり合い、
テンションが上がっていくのが感じられた。
相談タイムは、わずか10分ほど。その後すぐに発表が行われた。

ジェスチャーの制限時間はなし。演じきったところで回答タイムとなる。

ひとつめのチームの子どもたちは、前に出るとさっとふた手に分かれ、
床にしゃがみこんで何かを丸め、それを投げ合い始めた。
最後まで見終わると、見ていた子どもたちが手をあげ、答えを言い当てる。
このチームの答えは、雪合戦。見ていたみんなは、一発で当てることができた。
「雪玉が当たったときのリアクション、表情、スリリングな様子、必死な様子、
どこをとってもすばらしい!」と、手放しで褒めるわたなべさん。

続いて、餅つき、釣り、スイカ割り、クリスマス、
お花見のジェスチャーがチームごとに行われた。
どのチームのジェスチャーも、そこにはないはずの空間を見せてくれた。
そんな子どもたちの姿を見て、見守る大人たちも感心したり、感嘆の声をあげたり。
大人には、あんなに表現豊かなジェスチャーはできないだろう。
子どもたちの表現力、想像力に圧倒されてしまった。
演技側からは「伝えたい」という気持ちが全面に出ているのを感じ、
観客側は「何をしているのか感じ取りたい」という視線を感じた。
これこそコミュニケーションの根幹であり、
豊岡市の「コミュニケーション教育」の一例なのだ。

「雪合戦」を演じたチーム。

釣りをする様子が、子どもたち、大人たちの笑いを誘う。

ジェスチャーが当たっていたら「正解!」と大きくマル!

演じている子どもたちの創意工夫が随所に見られる。制約のあるなかで「どう伝えるか?」というコミュニケーションの基本を体で学ぶ。

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平田オリザさんのレクチャー「なぜ、地方都市にコミュニケーション教育が必要なのか」

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なぜ、地方都市にコミュニケーション教育が必要なのか

ワークショップのあとは平田さんのレクチャーが行われた。

「豊岡では2017年4月から39の全小中学校で、コミュニケーション教育の授業が実施されます。
今日行ったワークショップは、その入り口ですね」

なぜコミュニケーション能力を育てる必要があるのか?
平田さんは、コミュニケーションスキルや表現力が
就職や受験に直結する時代になってきたと説明する。
日本経済団体連合会の調査によると、近年企業が採用にあたって重視していることは、
コミュニケーション能力がダントツで1位なのだそうだ。
さらに、2020年に大学入試改革があり、一次試験がセンター試験から
より簡単な基礎学力を問う試験に、二次試験は潜在的学習能力を問う試験に変わるという。
そうなると、今までの受験勉強が通用しなくなるかもしれない。

「ただ、だからコミュニケーション能力をつけましょうということではなくて、
コミュニケーション能力とは何だろう? というところから考えなきゃいけないんですよね」

豊岡で始まっていること

「豊岡の教育の3つの柱はふるさと教育、英語教育、コミュニケーション教育です。
英語教育は2017年度からすべての幼稚園、保育園で行われていく予定です。
ふるさと教育というのは、豊岡では野生のコウノトリと共生していくために
無農薬や減農薬でお米を育てる、〈コウノトリ育む農法〉というものが行われているのですが、
子どもたちにそういったことなどを学んでもらう授業です。
コミュニケーション教育は、今日体験してもらったような授業ですね。
これは中1プロブレム(※1)を解消する目的もあって、
小学校6年生と中学1年生を対象に行います」

※1 中1プロブレム:子どもが小学校から中学校へ進学する際、環境の変化に対応しきれずさまざまな困難が生じること。具体的には学力の低下や不登校などが挙げられる。

修学旅行で豊岡をアピール! 小・中連携のユニークなプラン

いま豊岡市が力を入れているのが、小・中学校を一貫でとらえる教育プランだ。
コミュニケーション教育では小学校1〜4年生までを前期とし、
個別のコミュニケーション能力を育む。
この期間には挨拶をする、人の話を聞く、嫌なことは嫌と言う、
といったことを徹底的に鍛える。
中期は小学校5年生〜中学校1年生まで。
ここで実施されるのが、この日行われたワークショップのような授業だ。
集団で取り組むことでパフォーマンスが上がる経験をし、協同性などを育む。
後期は、中学校2〜3年生。
ここでは「誰に伝えるか」ということを意識しながら表現していく。
このプログラムが非常にユニークで、
たとえば豊岡市東部にある但東中学校の生徒たちは
東京で豊岡をアピールするという。

「但東中学校は山間部にあり、ひと学年に二十数人しかいない学校なんですけれど、
そこの生徒たちが修学旅行で東京にいったときに、
有楽町にある豊岡のアンテナショップで豊岡の宣伝をします。
このプログラムはふるさと教育と連動していて、
生徒たちは約1年かけ、誰に伝えるかということを意識しながら
自分たちの地域をアピールする方法を考えていきます」

いま日本では、経済や教育の地域間格差が心配されている。
そんななか、平田さんは「文化」の地域格差に注目する。
たとえば、東京には舞台芸術に触れる機会がたくさんあるけれど、
地方には圧倒的に少ない。

「教育格差は発見されやすいのですが、
文化の格差というものは見過ごされてしまいがちなので、深刻です。
たとえばその家庭に美術館やコンサートに行く習慣がなかったら、
子どもだけで行くということは考えられないので、
スパイラル状に負の連鎖が広がっていく。
文化と所得の地域間格差によって、子どもひとりひとりの
文化資本(※2)の格差が広がってしまうんです。
この文化資本を育むには、本物に触れるしかないといわれています。
いまは、文化や教育の格差が大学進学や就職に直結する時代です。
これを解消しなければ、東京一極集中は解消できない。
少なくとも豊岡市では、野村萬斎さんや、
京都の茂山家の狂言が見られる出石永楽館狂言鑑賞教室や、
劇団青年団『サンタクロース会議』の公演など、
子どもたちが世界水準の芸術に触れられる機会をふんだんに提供しています。
その文化施策の核となってきたのが城崎国際アートセンターです。
また、都会に比べると児童の数が少ないので、
劇を見るときも体育館に押し込めるなんてことはしません。
人数を分けて、全員に劇場で見せます」

世界中から訪れるアーティストの活動拠点となる〈城崎国際アートセンター(KIAC)〉。撮影:西山円茄

だが、豊岡には短大がひとつあるだけなので、ほとんどの若者が高校卒業後はまちを出ていく。
日本のどこの地方でも、避けられない問題だ。

平田さんはその時を見据え、東京標準ではなく、世界標準の教育を考えていきたいと語る。

「高校を卒業したら一旦外へ出ていくのはしょうがないんですね。
ただその時に、理由があってニューヨークやパリへ行くのはいいけれど、
憧れだけで東京には行かせない。
そのために、18歳までに世界水準のアートやさまざまなものに触れてもらって、
自分で人生設計ができる子どもに育てていく。
そのために、小さい時から少しずつ今日体験してもらったような教育を
とり入れていって、自立した信念を育てる。それが豊岡の教育です」

地方創生と子育ての核に「文化」を

こうした施策を続けていくためには、
もっと子育て世代の人たちにIターンやUターンで来てもらう必要がある。

「子育て世代の女性に聞くと、地方には雇用がないといいますが、
豊岡では、3大産業であるカバン、農業、観光で人材不足と言われています。
そして地方に移住できない理由として教育、医療、文化の不安が挙げられますが、
豊岡にはその3つとも高い水準で揃っています。
今日はそのうちの『教育』を体験してもらいました。どうもありがとうございました」

文化の火を灯す人たちがいれば、そのまちの未来はずっと明るくなる。
人口不足が生む問題はいろいろとあるけれど、
子どもたちが本物の芸術や自然に触れて、
ゆっくりと感性を養っていけるということはすばらしい。
豊岡でいま保育園、幼稚園に通っている子たちが
どんな大人になるのか、見続けていきたいと思った。

※2 文化資本:社会学用語。文化的素養や言葉づかい、学歴などの文化的所産を指す。経済資本に対して使われる言葉。

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