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名古屋市有松で、受け継がれ、
更新されていく。
伝統の〈有松・鳴海絞〉と
まちの進化

Local Action
vol.096

posted:2017.3.26  from:愛知県名古屋市  genre:ものづくり / 活性化と創生

PR 名古屋市

〈 この連載・企画は… 〉  ひとつのまちの、ささやかな動きかもしれないけれど、創造性や楽しさに富んだ、
注目したい試みがあります。コロカルが見つけた、新しいローカルアクションのかたち。

editor’s profile

Takatoshi Takebe

武部敬俊

たけべ・たかとし●岐阜出身。名古屋在住。出版/編集職に従事した後、ひとりで雑誌『THISIS(NOT)MAGAZINE』を制作・出版。多数のイベントを企画制作しつつ、現在は『LIVERARY』というウェブマガジンを日々更新/精進しています。押忍!
http://liverary-mag.com

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撮影:太田昌宏

〈有松・鳴海絞〉が今もなお残っているという奇跡

JR名古屋駅から、電車で約20分で行くことができる名古屋市緑区有松。
旧東海道の両脇に当時の豪壮な旧家が今も残された有松のまち並みは、
2016年7月に重要伝統的建造物群保存地区に選定され、
2017年1月、新たに2か所の観光案内処がオープンしました。

観光案内処は2か所つくられ、いずれも古い建物を利活用したリノベーション物件。

まるでタイムスリップしたかのような雰囲気を味わうことができる
古き良き景観だけがこのまちの魅力ではありません。

〈有松・鳴海絞〉と呼ばれる、400年の歴史を持つ染物産業が
今もなお、受け継がれ、日々進化を遂げているのです。

有松の歴史は江戸時代にまで遡ります。
もともと平地が少ない丘陵地帯であったこの土地は
耕作に向かず、農業は発展することがなかったため、
この地に住む人々は、名古屋城築城の際に九州から来た職人たちから、
絞りの技法を学び、伝承・工夫を重ね、
東海道を往来する旅人の土産物として手ぬぐいなどをつくり、商売を始めます。
そして、尾張藩の庇護のもと絞染の産地として発展を遂げたのです。

絞染の工程はいくつかに分かれます。
大まかな工程は、まず図版をつくる職人が下絵を描き、
括り職人が布に糸をきつく巻き付け、染色専門の職人が染め付け、その後糸を抜き、
広げると下絵のとおりの模様の布ができあがり。

有松・鳴海絞を使用した着物。

この有松・鳴海絞の最大の特徴は、下絵通りに染め上がるよう布に糸を巻き付ける
括り職人たちの技術力と、技法の豊富さにあると言われています。
括り方はなんと約100種類。そのうち75種類ほどが
現在でもこの有松地区には残っているというから驚きです。

多種多様な模様を生み出す技術力こそが、有松・鳴海絞の特筆すべき点。

全国各地に新興の絞産地が出現し、
その大半が時代の移ろいとともに昭和初期までに消えてしまいました。
有松・鳴海絞もまたそれぞれの時代において訪れる苦難を乗り越え、
今日までその伝統は守り抜かれてきました。

そこには、有松ならではの伝統を守り抜くための創意工夫の精神があったのです。
ほかでは真似ることができない数々の技法を生み出し、
現在では世界の絞研究者から注目を浴びている有松・鳴海絞。
そのキーパーソンたちを紹介していきましょう。

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浴衣がメインだった有松・鳴海絞が、時代の流れとともに変わってきた

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守るだけではない、常に新たな挑戦をし続ける有松

これまで有松・鳴海絞が使われるメイン商品は、浴衣でした。
しかしながら、時代の変遷によって浴衣を着るという文化が先細りとなった昨今、
各工程専門だった職人たちは、従来のスタイルを変えながら伝統産業を守り続けてきました。

それぞれが自社ブランドや絞りの技法から新たに発展させた技術革新を行い、
有松・鳴海絞のすばらしさを世界へと広げています。

もともと各工程の職人と職人の間に入って生産管理をし、
絞り染商品を取り扱ってきた老舗〈山上商店〉もそのひとつ。

〈山上商店〉の代表取締役社長・山上正晃さん。

〈山上商店〉はこれまで浴衣、日傘、小物雑貨など
和物を中心に販売してきましたが、
絞りの技法を使ったまったく新しいデザイナーズ・ファッションブランド
〈cucuri(くくり)〉を立ち上げることに成功しました。

〈cucuri〉のイメージビジュアル(2016年春夏)。絞の特殊技法で生まれるヒダのような形状を生かした斬新なデザイン。

「デザイン×ものづくりをテーマとした、行政主導のマッチング事業があって、
そこでたまたま組んだのが、今井 歩さんという女性の若手デザイナーでした。
僕らはその機会に発表をして終わりにするのではなく、
せっかくだからってことで、直後に展示会も企画しました。
そしたら、意外なくらいにユーザーの反応がよかったんです」と山上さん。

偶然にも出会ったデザインと伝統工芸。
有松・鳴海絞の技を取り入れつつ、斬新なデザインで表現した〈cucuri〉は、
外部の視点なくしては生まれなかったと言えるでしょう。

〈cucuri〉が掲げるテーマは「手仕事を遊ぶベーシックスタイル」。2016年に発表されたラインナップの一部。

「今後、〈cucuri〉は世界市場を視野に販売展開していきますよ」

有松から遠く海外にまで目を向けている山上さんですが、
まちのお祭の醍醐味のひとつとされている、
大きな山車の保存会にも積極的に参加するなど、
地域貢献を果たす姿勢も決して忘れていません。

有松の秋を彩る〈有松天満社秋季大祭〉。3台の大きな山車が、まちを曳きまわされる。

「有松・鳴海絞で世界へ挑戦することは、
巡り巡ってこのまちの発展につながるはずだから」

そう語る、山上さんのアクションの背景には、
このまちのことを常に念頭に置いた強い信念があるのです。

〈山上商店〉が生み出した新ブランド〈cucuri〉の特徴は
絞染の工程のひとつ、括り技術から派生した立体的なデザインです。
実は、同じ有松の染工場を営む、
久野剛資さんの技術力なくしては成し得ないものでした。

有松の伝統を次世代につなぐ立役者

代々有松・鳴海絞の染めの工程を専門に行ってきた〈久野染工場〉。
その代表取締役であり今もなお、新しい技術に挑戦しているのが久野剛資さん。

写真左から久野剛資さんと息子の久野浩彬さん。背後に見えるのは、剛資さんが手がけた現代歌舞伎の衣裳。

久野剛資さんは形状記憶を応用した絞染の開発に20年ほど前から取り組んでいます。
括り技法から生まれた、特殊な立体加工技術は
世界的にも有名なファッションブランドにも起用されているんです。

国内外から注目を集める技術開発を行う父・剛資さんに対し、
息子の久野浩彬さんは、〈INVITATION PROJECT〉という名のプロジェクトを立ち上げ、
大学生らとともに絞り体験ワークショップを行ったり、
まちのガイドマップを自費でつくったり、
若い世代と共に有松の認知度を高める努力を続けてきました。

さらに、久野さんたちは後継者不足が問題となっている、
有松・鳴海絞継承者のバックアップも行っています。

伊藤木綿さんと村口実梨さんによる、
染物ブランド〈まり木綿〉がそのひとつ。

藍染など落ち着いた色あいが多かった有松・鳴海絞で、これまでにないカラフルな染物に挑戦するファッションブランド〈まり木綿〉。

〈久野染工場〉の一部に彼女たちの作業場を設け、
持ち物件の一角を〈まり木綿〉の実店舗として貸し出しているのです。

自社のブランド開発・研究を続ける父と、若い世代へのアプローチを行う息子。
久野さん親子は有松の伝統を更新しているキーパーソンと言えるでしょう。

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有松の古き良きまち並みに隠れたとある場所で、絞染ワークショップを試みる人物も!

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銭湯を使った、絞染ワークショップという試み

廃業した銭湯〈旧・東湯〉を利活用し、絞りのワークショップを行うのは、
もともと有松・鳴海絞の工程の中で図案を担当する職人であった
〈株式会社スズサン〉の村瀬裕(ひろし)さん。

写真右が村瀬裕さん。丁寧にひとりひとり指導していきます。

十数名の参加者が集まった、この日のワークショップでは、
2016年11月にメキシコで行われた国際絞り会議の一環で、
珍しいメキシコ産の染料・コチニールを使った染色が行われていました。

コチニールとは乾燥した貝殻虫を煮出したもので、
中米では古代から行われてきた染色法なのだそうです。

大きな寸胴に入れた布とコチニールを混ぜながら煮出していきます。

100度に熱した酢で15分を目安に煮出していくと、鮮やかな赤に染め上がりました。

布を煮出し、干す作業まですべての作業はこの銭湯内で完結します。
「脱衣所は作業場に。浴槽には、水場があるので染料の煮出しができて、
乾燥作業までできます。意外にも銭湯という場所は、
絞染にとって、ちょうどいいワークスペースになったんです」と村瀬さん。

村瀬さんの息子さんは現在、ドイツに支社を構え、
〈suzusan〉というブランドを立ち上げ、メイド・イン・ジャパンの
有松・鳴海絞を世界20か国以上に広める活動を行っているそうです。
「将来的には、銭湯上階の空きスペースを宿舎に改装して
海外客も見越した絞染の合宿所にしていきたいです」
と、有松と世界をつなぐ展望について楽しげに語ってくれました。

ワークショップの助手を務めた〈株式会社スズサン〉の若手スタッフふたりと、村瀬 裕さん(写真中央)。

伝統文化に挑戦する、新しい動き

古くからこの有松に住む、職人や業者だけでなく、
新規参入の若手クリエイターたちが育ってきていることは有松において魅力的なトピックです。

なかでも貴重な存在なのが、
布を括る括り職人としての道を選んだ、大須賀 彩さん。

手筋絞では「括り台」と呼ばれる大きな木製器具を使う。

大須賀さんは、大学時代に有松で行われたファッションショーのモデルとしてこのまちに訪れ、以来有松・鳴海絞の奥深さに魅了されてしまったそうです。

現在、手筋絞り職人の道を邁進中の大須賀さんは、
若くして伝統工芸士の資格を目指しています。

「この道すでに10年の私ですが、実務経験年数12年が必須条件なんです。
だから、有松にも伝統工芸士はいるんですが、皆さん高齢で
若手と言われる方でも50代なので、30歳の私は超若手ってことになります(笑)」

大須賀さんは、現在〈Yohji Yamamoto〉、〈COMME CA ISM〉といった
ファッションブランドの商品の制作に携わったり、
さまざまな催しに呼ばれ〈手筋絞り〉の実演を行ったりしています。

「もともと有松って閉鎖的な面があったんです。
私のような若い人が有松で絞りを習いたいと思っても、
なかなか受け入れる態勢がなかったと言えます。
私の場合、たまたま弟子入りしたところに外国人留学生が習いに来ていて
ふたりも3人も変わらないからどうぞ、という感じで運良く入れてもらえたんです。
だんだんと有松は若い人を受け入れる方向に変わってきていますね」
と当時の有松を振り返る大須賀さん。

そんな大須賀さんと同じく、
有松に新しい風を吹かせる人物が現れました。

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有松で始まった新しいビジネス、新しいつながり

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有松に新しい風を吹かせる開けた場づくり

もともと有松で生まれ育ち、東京や中国でのアパレル商社勤務を経て、
10数年ぶりに故郷に戻ってきたという、大島一浩さんは
このまちで町家をリノベーションしたゲストハウス〈MADO〉を運営しています。

ゲストハウス〈MADO〉の内観。

「すでに有松・鳴海絞という強力なコンテンツがある有松で、
絞り以外で新しい商売を始めることはなかなか難しいというイメージがありましたが、
若い人たちがこのまちに入ってきていることが、
昔気質の職人のまち・有松にとって、大きな変化の兆しだと感じました」

大島さんにとって、若者たちの新規参入は、
故郷で新しいことを始めるうえで後押しになったようです。

若手職人・大須賀 彩さん(左)と談笑する、ゲストハウス〈MADO〉オーナー・大島一浩さん(右)。

まちとの交流を図ったマルシェでの出会い

大島さんが始めた店の一角を使ったマルシェイベントが
このまちに新しいアクションを生み出しました。

現在、この店の料理メニューもマルシェで知り合った自然農法の農家さんが生産する新鮮野菜が使用されています。プレートランチ(1100円)。

大須賀さんは〈MADO〉のマルシェがきっかけとなり、
同じ職人の道を進む、同志たちと出会ったのだそうです。
そして、まだまだ閉塞的な有松・鳴海絞の業界に「一石を投じたい」
という思いのもと、先述の〈まり木綿〉の伊藤木綿さん、村口実梨さん、
同じく有松で働く若手職人・藤井祥二さんとともに
〈ist(イスト)〉というグループをつくりました。

彼女たちは若者ならではの視点で新商品を生み出しました。
そのひとつが、有松・鳴海絞の技法で和紙を染めた折り紙〈ARIGAMI〉です。

有松・鳴海絞の技法で和紙を染めた折り紙〈ARIGAMI〉(5枚1000円)。

「私が手筋絞、あとの3人が巻上絞、山道絞、雪花絞
と4種の絞の技法で染め上げた和紙を集めたのがこの〈ARIGAMI〉です」

マルシェなどでも手に取りやすい価格帯で、
有松・鳴海絞の豊富な技法を伝えるきっかけとなる、
創意と思いが詰まった新商品と言えるでしょう。

〈MADO〉での出会いを経て、
個人発信だけでなく、これまで以上に一致団結した若手クリエイターたちが
伝統のまち・有松で新しい風を吹かせようとしています。

最後に、もうひと組。
現在の有松のあり方について問題意識を持ちながらも、
有松が元来持っていたクリエイティビティを
外へと発信する試みを行う若いチームをご紹介。

有松の一角に自分たちの発信基地を築いた3人組
〈ARIMATSU PORTAL; PROJECT〉です。

有松から創造性の入り口について考える試み

デザインリサーチャーの浅野翔さんと、
グラフィックデザイナーの武村彩加さん。
そして、建築家の松田孝平さんが取り組む
〈ARIMATSU PORTAL; PROJECT〉。

彼らは、これまでにさまざまな企画を立ち上げ、
有松の内外をつなぐ入り口をつくる活動を自発的に行ってきました。

旧・山田薬局へのただならぬ愛を感じさせるオリジナル・パーカーで迎えてくれた浅野翔さん、武村彩加さん(松田孝平さんはお仕事のため欠席)。

彼らがこのまちで惚れ込んだのは、有松の東海道沿いにあった旧・山田薬局。
この場所で展示を行ったことがきっかけに、半年以上大家さんに熱意を伝え、
ついに間借りすることができたのだそう。

旧・山田薬局の土間は浅野さんと武村さんの事務所スペースとして利用している。

「有松・鳴海絞は、このまちで暮らす人々の知恵が見出したもの。
しかし、生活様式や産業構造の変化により、どんどんと身近ではなくなっています。
この閉塞的な状況を乗り越えるためにも、新たな入り口をつくることで、
あらためてこのまちが元来持っていた生きる知恵と創造性を発信したいです」と、浅野さん。

そんな考えのもと、外部からゲストを招いたトークセッションを開催したり、
「あなたが有松でしたいことは何か?」といった問いの答えを投票形式で集めたり、
有松という地名の由来である松の木のありかをピンで指し示すマップを制作したり……。

ユニークな企画を次々と展開し、
訪れた観光客だけでなく、もともとの住人に対しても、
あらためて有松というまちを意識させ、現状を変えていくきっかけを提案してきました。

有松で松を探すプロジェクトのマップ。

有松の目指す、新たなる観光

まちとの関わり方として新しい動き方を模索する若者たちを含め、いずれもこのまちを愛し、
このまちの発展のために自分たちにできることは何か? を模索しつつ、
それぞれの道を進んでいるようです。

世界へ挑戦する技術革新と地域貢献、
若手の育成に勤しむ古くからこのまちに生きる先人たち。
自分たちなりの方法でまちと人をつなごうと試みる
まちの外部からの視点と発想を持った若者たち。

新旧さまざまな人たちの熱い思いと、
クリエイティビティがより深く交流していくことで、
有松・鳴海絞と風情あるまちの景観という
これまで培われた観光だけに留まらない、
有松ならではの新しい観光がつくられていくのではないでしょうか。

information

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観光案内処(西)コミュニケーションラボ 有松 -観光案内&イベントスペース-

住所:愛知県名古屋市緑区有松1811

TEL:090-5005-9042

営業時間:10:00~17:00(金・土・日曜、祝日)

information

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観光案内処(東) 有松・桶狭間めぐり案内処

住所:愛知県名古屋市緑区有松2345

TEL:090-5005-6837

営業時間:10:00〜17:00(金・土・日曜・祝日)

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