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室戸の黒糖の物語

Local Action
vol.064

posted:2016.2.14  from:高知県室戸市  genre:食・グルメ

〈 この連載・企画は… 〉  ひとつのまちの、ささやかな動きかもしれないけれど、創造性や楽しさに富んだ、
注目したい試みがあります。コロカルが見つけた、新しいローカルアクションのかたち。

writer profile

Ikuno Fujii

藤井郁乃

外資系OLを退職し、本州で一番人口の少ない市・室戸へ移住。普段はなかなか見えにくい生産者の想いや生産現場など、モノの背景にある物語を届けるべく活動中。地場産カフェの立ち上げや、地元食材を使った商品の開発の合間、畑仕事や自宅である古民家リノベにのんびり勤しみ中。

室戸で丹精込めてつくられる黒糖は、夫婦の愛の結晶

備長炭や、歴史的なまち並みで知られる室戸市吉良川町。
吉良川にはふたつの川が流れている。
西の川と東の川と呼ばれ、名前の通りそれぞれが吉良川の西と東を走り海へ行く。
かつて台風の時には氾濫をし、道路を寸断して孤立集落をつくったこともあるという
やんちゃな川だが、その美しい水質は、室戸の豊かな生態系と農業を始めとした
基幹産業を支えている。

その東の川の再奥にあるのが日南(ひなた)集落。携帯の電波も入らない秘境である。
荒々しい波が打ち寄せる沿岸部とはまったく違って、山の裾野でのどかな田園風景が広がる。
このあたりはシキビ(シキミ・墓前に供える木)の組合があるそうで、
言われてみるとそこここにシキビの木が植わっているのが見える。
東の川のほとりにポツポツと立つ民家と、果てしない田園風景。
“ひなた”という名前にふさわしい、穏やかであたたかな雰囲気が集落全体から伝わって来る。

その日南で、伝統的な製法で黒糖をつくっているのが山川ご夫妻だ。
ベニヤでつくられた手づくり感のある製糖小屋に入ると、
朝の日の光と、小屋の中に6つある巨大な桶から立ち上る湯気が、
それはそれは幻想的な雰囲気をつくり出していた。

山川ご夫妻の製糖小屋。旦那さんであるテツオさんが材料を集めてご自身でつくった。

2メートルはあろうかというひしゃくを動かす手を止めて出迎えてくれたのがテツオさん。
奥さんのユリエさんと共に、毎年サトウキビを植え、収穫し、そしてこの製糖の日を迎える。
笑顔に人柄が滲み出るおふたりに、黒糖のつくり方を教わった。

妻のユリコさん。後ろにあるサトウキビはすべてふたりが種まきから収穫までを担ったもの。

ユリエさんの後ろに並ぶサトウキビは、すべて自分の手で植え、収穫したものだ。
よく見ると、長いサトウキビと短いサトウキビがある。

「長いのは海岸沿いの、高岡っちゅう集落に植えたやつ。あそこは日が昇ってから、
夕日が沈むまでずっと日が照っちゅうでしょう。
おかげに潮風も強いき、サトウキビが強くなろうとして太るのんかしら。
日南は奥やきね、日が短い分、あんまり長くならんのよ」

サトウキビを絞る。時には地域おこし協力隊など地元の人が手伝ってくれる。

バボボボボボ、と煙を上げだしたのが、数十年前の動力エンジン。
このエンジンの力で、サトウキビの圧搾機を動かす。
左側から機械にサトウキビを押し込む。
そうすると、強い力でプレスされてぺっちゃんこにされたサトウキビが右側から出てくる。
押し潰して絞り汁を下からジャージャー出すという仕組みだ。

動力エンジン。「もう古いき、気分屋さんでねえ。なかなか動いてくれんときもあるがよ」とユリエさんは言う。

この作業、簡単そうに見えて、意外と骨が折れる。
サトウキビ1本は、重いものだと2キロほどある。
加えて、圧搾機への入り口はなかなか狭く、力を入れて押し込まなければいけない。
サトウキビを押し込むテツオさんとユリエさんの口からは、
力んだ時に出る「ムッ」という息が漏れる。

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いよいよ煮詰めの作業に

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サトウキビの絞り汁を釜で煮出し、浮いてきた不純物をさらしでこす。

サトウキビを絞り終えると、いよいよ煮詰めの作業に入る。
小屋の中には6つの釜がある。最初に使うのはひとつ目の釜。
絞ったサトウキビ汁から不純物を取り除くために、薪を炊いて火をあてる。
温度が100℃くらいになると不純物が浮いてくるのだそう。
それを丁寧にあみですくって、さらしでこす。
テツオさんのこだわりは細部にまで及んでいて、
さらしの上にはしぼりかすとなったサトウキビが敷き詰めてある。
こうすることでさらしにゴミが詰まりにくくなるそうだ。
すくった不純物はきっとそのまま捨ててしまった方が楽なのだろうが、
テツオさんとユリエさんは絞り汁一滴、砂糖一欠片も無駄にしない。

薪もすべてテツオさんが揃えたものだ。

浮き上がってきた不純物をあらかた取り除いたら、黒糖の味を決める重要な作業が待っている。
石灰を加えるのだ。
これにはふたつ意味がある。ひとつはサトウキビの絞り汁の酸性を中和すること。
もうひとつは、先の工程で掬いきれなかった不純物を沈殿させること。
「この指先のちっとばの石灰で味が変わってしまうきね。
色を見て調整するんだけども、それが難しいがやき」

石灰を加える。汁の色を見ながら、この竹杓子一杯分の石灰を入れるか否かを判断する。

ひとつ目の釜で浮かんできた不純物は、このアナログな加圧器で絞れるだけ搾る。
右側は箱になっていて、そこにさらしで巻いた不純物を入れて、上から板をかぶせる。
左側に紐でくくった石をかけると、板の上から均等に重さがかかるという仕組みだ。
石も一気にかけるのではなく、最初は軽い石を、徐々に大きくて重い石を足していく。
「いきなり重い石をかけてしまうと、箱からごみが溢れて絞り汁がとれんきね」

サトウキビの絞り汁を漉すアナログな加圧器。石もテツオさんが拾ってきた。

テツオさんが絞り汁を次の釜に移す間、ユリエさんはふたつの釜を2本の竹竿でかき混ぜ続ける。

何段階にもしっかりと濾した絞り汁を、6つの釜で順々に煮詰める。
ひとつ目の釜に絞り汁を入れてから、6つ目の釜で黒糖ができるまでは約7時間。
その間、絶やすことなく薪を焚き続ける。
5つ目と6つ目の釜は、薪を絶やことなくくべ、
強火で水分を飛ばす最終工程になるのだが、焦げつかないように
約2メートルの竹竿で素早くかき混ぜ続ける。
少し目を離すと、熱せられた絞り汁がじゅわじゅわじゅわっと釜の淵まで上がってきてしまう。
それを、ホイップクリームを泡立てるように、竹竿で手早くカシャカシャと混ぜると、
冷たい空気と混ざって絞り汁の温度が下がり、沸騰が落ち着くのだ。

竹竿で混ぜるだけ。見ると言うのは簡単でも、やってみると全然違う。
まず、竹竿がなかなか重い。
しかもかき回すとなると、遠心力も加わってさらに重くなる。
加えて、ただかき回すのではなく、手早く混ぜるのだ。
卵かけご飯をイメージするとわかりやすいかもしれない。
卵を割って、黄身を箸でプツっと刺し、お茶碗を左手に持つ。
そして右手の箸で、卵を宙で箸の上を転がすように空気を混ぜ込む人は多いと思う。
そのテンポで、2メートルの竹竿を回し続けるのだ。
3分もやれば汗が湧き出す。
基本はひとり1釜。どちらかが別の作業をするときは、どちらかが竹竿を二刀流で持って、
かき混ぜをつづける。
その作業を、朝5時から22時まで、ユリエさんとテツオさんは休みなく続ける。

「ボカが来ちゅうね」
釜をかき混ぜる私に、ユリエさんが言った。
ボカとは、煮詰めが終局にさしかかった時にボコボコと黒糖が沸騰する状態を指す。
ボカがくると、10分ほど竹竿を休みなく混ぜ続けねばならない。

「こっからはプロの仕事ー!」
そう言って、竹竿の作業をユリエさんとテツオさんが代わってくれた。
夫婦、あうんの呼吸で混ぜ続ける。
ひとりが混ぜ続け、疲れてくると、合図がなくてももうひとりがパッと竹竿を受け継ぐ。

黒糖の音も、最初液体を混ぜていた時はジャブジャブと鳴っていたのだが、
この段階になるとトプントプンという音に変わってきた。
もうひと息で、煮詰めが終わる。

煮詰め終わった黒糖は、大きなひしゃくで1杯ずつ、素焼きの鉢に移す。
冷ますのに絶妙なのが素焼きの鉢だそうだ。
急激に温度が下がると、黒糖がカチカチになってしまう。
その点、素焼きの熱伝導率は、このあたりで言うところの
「ぼっちり(ぴったりの最上級)」らしく、これ以外は使えないそうだ。
しかし、今ではこんな大きな素焼きの鉢を作ってくれる業者が見つからないようで、
「今あるものを大事に使うしかないきね」とのこと。

空気を混ぜて少し冷ました黒糖を、いよいよ型に入れる。
冷ましたと言っても、触ったら火傷する熱さだ。

テツオさんは太ももにタオルを巻き、40キロ近くになる鉢を両腕と太ももで支える。
テツオさんが少しずつ鉢を傾けると、とろりとした黒糖が、静かに型の中に入っていく。
ぼっちりのタイミングでユリエさんが「よし」と言う。
そのよしの合図で、テツオさんは次の型に黒糖を流し込む。
ユリエさんは時折ヘラで鉢から黒糖を掻き出し、
目分量とは思えないくらい正確な量の黒糖を、ふたりでひとつずつ型に入れる。

でき上がった黒糖。7時間の煮詰め作業でできるのは容器約30個分。

小屋の中には、ユリエさんの「よし」という声と、
天井についた水蒸気が時たま落ちたときの、ポツン、ポツンという音だけが響く。

小屋に来てすぐに、「みんな辞めちゃったきねー」と言うユリエさんに、
どうして続けられるのかを聞いてみた。
ユリエさんは、「テッちゃんが製糖が好きやきね。
私は製糖をしているテッちゃんが好きやきね!」とあっけらかんと笑った。

ふたりの作業を見て、ユリエさんとテツオさんが製糖を続ける理由がわかった気がする。
この製糖は、ふたりにしかできないのだ。
お互いの作業を重ね合わせねば、この作業はできないのだ。
ユリエさんは、テツオさんと、テツオさんとしかできない
ふたりの黒糖作りを愛しているのだと思う。
「もう腰が痛くて痛くて。体が動けばなあ。あと何年できるかなあ」
休憩中、ユリエさんはポツリと言った。
ふたりにとって、この製糖は、夫婦生活そのものなのだと思う。
伝統だとか、収益にならないだとか、大変だとか、後継者を育てるだとか、
まわりが言うそんなことは、ふたりにとってきっと重要じゃない。
大事なのは、ふたりで毎年12月にこの作業をすること、そのものなのだと思う。
ふたりが一緒に生きてきた数十年で育まれてきた夫婦の愛が、
この黒糖づくりには結晶となって表れている。

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