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横手の梵天 前編

Local Action
vol.036

posted:2014.3.25  from:秋田県横手市  genre:暮らしと移住

〈 この連載・企画は… 〉  ひとつのまちの、ささやかな動きかもしれないけれど、創造性や楽しさに富んだ、
注目したい試みがあります。コロカルが見つけた、新しいローカルアクションのかたち。

text&photograph

Atsushi Okuyama

奥山淳志

おくやま・あつし●写真家 1972年大阪生まれ。 出版社に勤務後、東京より岩手に移住し、写真家として活動を開始。以後、雑誌媒体を中心に東北の風土や文化を発表。 撮影のほか執筆も積極的に手がけ、近年は祭りや年中行事からみる東北に暮らす人の「今」とそこに宿る「思考」の表現を写真と言葉で行っている。
また、写真展の場では、人間の生き方を表現するフォトドキュメンタリーの制作を続けている。
著書=「いわて旅街道」「とうほく旅街道」「手のひらの仕事」(岩手日報社)、「かなしみはちからに」(朝日新聞出版)ほか。
個展=「Country Songs 彼の生活」「明日をつくる人」(Nikonサロン)ほか。
http://atsushi-okuyama.com

credit

取材協力:秋田県、横手市

雪の朝 梵天奉納のはじまり

横手市役所前に集まった梵天に雪が降りしきる。
大人の梵天のほか、子供梵天も集合する。
「ジョヤサー、ジョヤサー」
ほとんど視界がきかないほどの吹雪のなか、
祭り衣装に身を包んだ男たちが大声で叫ぶと、
横手市役所前にずらりと並んだ30本を超す梵天が
全体に大きくゆらりと揺れた。
と、同時に、先頭で隊列を組んでいた町内が、
梵天を高々と抱え、なだれ込むようにして走り出した。
観衆の喝采を浴びて、そのほかの町内もすぐさま後に続く。
目の前を色とりどりの梵天と白い息を吐く半纏(はんてん)姿の男衆が勢いよく通過していく。
梵天の隊列が目指すのは、ここから4km先、
山上峯の山頂に鎮座する旭岡山神社。
五穀豊穣、商売繁盛、家内安全、それぞれが祈りを抱え、
梵天とともに凍てつく雪の山を目指すのだ。
2014年2月17日。毎年恒例の梵天奉納の始まりは、厳寒期の横手らしく、
人もまちも、そして梵天も雪で真っ白に染まっていた。

狼煙を合図に、旭岡山神社を目指して出発する。男衆の熱気が一気に膨らむ瞬間だ。

勇壮で華やかな横手の梵天

梵天は秋田を代表する祭り習俗のひとつだ。
大曲(大仙市)の「川を渡る梵天」や太平山(秋田市)の「三吉梵天祭」など、
県外にも広く知られる梵天行事も多い。
横手の梵天も行事の意味合いとしては他のものと同じだ。
町内会や仕事仲間で作った梵天を
五穀豊穣や家内安全などの祈りを込めて奉納するもので、
小正月行事のひとつとして約300年の伝統を持つ。
そもそも「梵天」という言葉は仏教語に由来し、
淫欲を離れた清浄な天を意味することから、
掲げた梵天で邪気が払われ、浄化されると信じられてきた。
また、神が降りる祭場を標示するため、
高く茂った樹木や竿に御幣をつけたことが、
梵天の形状の原型になったとも言われている。

しかし、横手の梵天については、
弘化2年(1845年)横手城主である戸村十太夫が行った
全町あげての巻き狩りがその始まりだという。
約300年前の2月16日夜から始まった巻き狩りは、
全町あげての催しだったため、
町民はもちろん、町の防火、火消し組も参加した。
巻き狩り終了を告げられた17日の夜明けに、この町の火消し、
火防組が、「まとい」を高々と掲げ、装いも勇ましく旭岡山神社へ参り、
無火災祈願する姿が、梵天奉納の原型となったというのだ。
当時の人々の目に映った火消し、防火組の勇ましさと「まとい」の美しさ。
それが今に見る横手梵天の優美さと勇ましさに受け継がれているのである。

優雅さと優美さで知られる横手の梵天。頭飾りは干支や時局ものが多い。また最近は、仕掛けものも見られる。

色とりどりの梵天。町内ごとに伝統があり、それを踏襲しながら新しい飾り付けがなされる。飾りによって、重さが大きく変わってくる。

原始宗教に見る梵天

こうした横手の梵天について、詳しく説明してくれたのが、
横手市観光協会・梵天委員長の若松明さんだ。
75歳を迎えた若松さんは現在、運営側にたって、梵天を指揮しているが、
かつては22年間にわたって“梵天をあげてきた”大ベテランだ
(横手では、梵天奉納のことを「梵天をあげる」という)。
若松さんによると、横手の梵天は他地域の梵天同様、
いわゆる幣束(神祭用具)のひとつなのだが、
優美さや豪快さで抜きん出た存在だという。
まず、特徴となるのは、竿の長さで、全長は4.3mもの杉の木を使う。
この竿先に円筒形の竹籠に頭飾り、鉢巻、紙垂、さがりなど、
町内ごとに意匠をこらした色とりどり、美しい飾りが付くことになる。
これによって、全体の長さは5mを軽く超え、
総重量も重いものになると40kgを超すという。
「これを両手でバランスを取りながら担ぎ持ち、山を駆け登るんだから、
並大抵の腕力じゃできませんよ」と若松さんが語るのももっともである。

また、梵天は幣束であると同時に男性器の暗喩でもあるため、
寝かしたり、倒したりしては縁起が悪いとされてきた。
秋田の梵天は、仏教や修験道に由来すると言われる一方、
原始宗教にその源流を見いだすこともできるという。
男性器をモチーフとするという説は、まさにそういったところだろうか。
縄文へと続く東北の風土の奥行きを感じさせるエピソードのひとつだろう。
なお、梵天は旭岡山神社に奉納するため、基本的には毎年新たに作り替える。

作業は正月明けから始まり、
町内ごとに受け継がれる伝統のスタイルを踏襲しつつ、
頭飾りや細部を作り込んでいく。
祭りのぎりぎりまで、夜な夜な作業場に集まり、
美しい梵天を作り上げるのだ。
こうして各町内が趣向をこらした梵天の細部や美しさは、
本梵天(奉納行事)でも眺めることはできるが、
梵天そのものを見たいのであれば、
本梵天の前日に行われる「ぼんでんコンクール」もおすすめだ。
会場となる横手市庁前に勢揃いした各町内の自慢の梵天の美しさを
じっくりと楽しむことができる。

18歳のときより、22年間にわたって梵天奉納を行ったという梵天委員長の若松明さん。「梵天をやらないことには一年が始まらない」と笑う。

ほら貝を吹くなど梵天には修験道の影響を感じさせるシーンもある。

荒々しく町中を駆け抜ける

神社を目指して駆け出した梵天と男衆は
まず四日町、鍛冶町、旭川町、本郷町などを抜けて、町外れを目指す。
この道のり、梵天を担ぐ男衆はもちろん、応援にかけつけた者も楽ではない。
古いまち並みの狭い道の両脇には雪が高く積まれ、
ますます道幅は狭くなっている。
ここに梵天を抱え、殺気だった男衆が雪崩のごとく駆け込んでくるのだ。
梵天の美しい飾りを暢気と楽しんでいようものなら、
いつ男衆に吹っ飛ばされてもおかしくない状況が続く。
事実、運悪く衝突事故が各所で発生しているのも見受けられる。
とはいえ、怪我がないのも梵天の特徴。
ケンカ山車など、荒っぽい祭りにはある程度の怪我がつきものだが、
「梵天は不思議と怪我はない。神様が守ってくれるんでしょうな」
と若松さんの教え通り、転んでも笑顔で立ち上がって、
梵天を追いかけていく観衆の姿が印象的だった。

道幅の狭い旧市街へとなだれ込んでくる梵天。皆、小走りで駆け抜けて行く。

重い梵天を両手で掲げ、腰を落として運んで行く。腕力はもちろんのこと、バランス感覚が不可欠だ。

旭岡山神社を目指し、進んで行く梵天一行。半纏姿の男たちで長蛇の列となる。

舞台は旭岡山神社へ。
そして圧巻のクライマックス。後編へ続く。

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