連載
posted:2014.10.31 from:山形県上山市 genre:ものづくり
〈 この連載・企画は… 〉
日本の面積のうち、約7割が森林。そのうちの4割は、林業家が育てたスギやヒノキなどの森です。
とはいえ、木材輸入の増加にともない、林業や木工業、日本の伝統工芸がサスティナブルでなくなっているのも事実。
いま日本の「木を使う」時かもしれません。日本の森から、実はさまざまなグッドデザインが生まれています。
Life with Wood。コロカルが考える、日本の森と、木のある暮らし。
writer profile
Kanako Tsukahara
塚原加奈子
つかはら・かなこ●エディター/ライター。茨城県鹿嶋市、北浦のほとりでのんびり育つ。幼少のころ嗜んだ「鹿島かるた」はメダル級の強さです。
credit
撮影:志鎌康平(akaoni Design)
くだものうつわからつながる山形の森のはなし
山形県の総面積の約7割は、森林が占めており、
水、木材、食料、信仰など昔から山の恵みと人々は密接に関わってきた。
出羽三山、奥羽山脈などの高峰を有する山地は、
ブナやナラなど広葉樹が多い天然林で、
なかでも日本の山の原風景と言われるブナの天然林面積は日本一だ。
かつては、人里に近い雑木林ではコナラやミズナラが
薪や整炭など人々の暮らしの燃料源として多く活用されていた。
一方、人工林のなかで8割以上を占めるのがスギ。
まっすぐ生長するので寺社、家などの建材に向く。金山町の「金山杉」、
西村山地域(大江町、朝日町、西川町)の「西山杉」などの産地をはじめ、
多く植林されているがどこでも木材需要が減少しているのが現状だ。
森林組合、工務店、建築家、職人が連携し、
地域材を使った住宅づくりが推進されている。
果物王国の資源を生かして
山形県上山市に工房を構える果樹木工の「くだものうつわ」は、
可愛らしいその名の通り、果実の木で製品をつくっている。
ピンクのような少し赤みがかかったさくらんぼや、
ナチュラルな木肌の色をしたラ・フランスなど、樹種によって色もさまざま。
くだものうつわでは、必ず使われた果樹の名前が裏に刻印されているので、
どの果物の木がどんな色をしているのか、選ぶのもとても面白い。
ボウル、お椀、カトラリー、スツールなど、かたちは20種以上。
工房に併設されたギャラリーにはたくさんの木工品が展示販売されている。
山形県が、日本有数の「果物王国」と知られるように、
上山市にもたくさんの果樹園がある。
果物を育てるためには定期的に果樹の剪定や間伐が必要。
さらに、果樹の寿命は30~40年だと言われていて、
くだものうつわでは、役目を終えた木や伐採された枝、幹を活用しているのだ。
地元の農家から原木のまま提供してもらい、工房で製材。
さくらんぼ、ラ・フランス、柿、りんご、すもも、くるみなど
およそ8~10種を扱う。
取材に訪れた日も届いたばかりのさくらんぼの原木が
小さく伐り分けられ、積まれていた。
本来なら廃棄されてしまう木材が、魅力的な器に生まれ変わっていく。
「果樹の間伐材を使うことになったのは、
ある先生との出会いがきっかけなんです」
とくだものうつわの代表を務める鈴木正芳さんが教えてくれた。
長年建具職人として腕をふるっていた鈴木さんが、
果物の木を使って器をつくり始めたのは今から約8年前のこと。
当時、建築様式の変化とともに建具の受注は減っていくばかり。
「このままじゃいけない。なんとかしないといけないなと考えていたんです」
そんなとき、大分にある「アトリエときデザイン研究所」を主宰する、
工芸デザイナーの時松辰夫さんに出会った鈴木さん。
時松さんのつくる木の器に惹かれ、彼の指導を受けることになった。
その際、剪定した果樹を生かした器づくりを提案されたのだという。
「時松先生が視察に来られたときはちょうど3月の果樹の剪定の時期。
畑には、伐採された木がごろごろ転がっていて、
それを見て“山形は宝の山ですね”と言われたんです。
考えたこともなかったですが、地元の特徴を出せるし面白いなと思いました」
Page 2
「直線的に仕上げていく建具に対して、
器は丸く削っていくものだから、それまでの技術とは違います」
と鈴木さん。さらに当時、新しい技術を習得する上で、困ったのはかさむ経費。
「講師費や新しい機材費など、最初は資金繰りが大変でしたね。
建具の受注もないのに、売り物になる器もないわけですから」
助成なども受けながら、鈴木さんは自身が代表を務める「上山まちづくり塾」の塾生と
その支援者とともに、なんとか「くだものうつわ」をスタートさせた。
約5年間、指導を受けながら少しずつ技術を磨いていったという。
くだものうつわの最大の特徴である果樹だが、これは加工技術が難しい。
「果物の木ってね、くるいがひどいんですよ。
乾燥させているあいだに曲がってしまうんです。
加工にも気を使いますが、歩留まりも非常に悪い」
つまり、仕入れた材料から、売り物になる割合はそのときどきで異なり、
さらに加工する時間も手間もかかるわけだ。
「だから、果物の木なんて誰も使わないんでしょうね(笑)。
でも、つくっているうちに木によってコツが掴めてくるんですよ」
と鈴木さんは言うが、その技術を支えたのはゆるぎない信念と
積み重ねてきた努力にほかならない。
2010年には、「食育のためにも地元でとれた木を食器にしたい」
とオファーがあり、上山市内の3つの保育園の給食食器を制作した。
地元産のラ・フランスと、上山市の特産品でもある紅柿(べにがき)を使用。
紅柿は干し柿にするととてもおいしい品種で、上山市にしかない木なのだそう。
初めての大量注文で苦戦したというが、
手間ひまかけてつくられた愛情たっぷりの可愛い木の器。
園児にとっても軽くて落としても割れないと、
「先生や給食スタッフなどみなさんに喜ばれました」
と鈴木さんはうれしそうに話す。
大人も子どもも使いやすいサイズ感や、
手づくりならではの味わいで、確実にファンが増えている。
今年はこれまでにない大量注文が続き、工房は忙しく稼働中だという。
「ようやくですね」と鈴木さんは目を細める。
現在は、鈴木さんと創業メンバーに加え、息子の亮さんが中心的な戦力。
さらに春から大学を卒業したばかりの五十嵐 遼さんが入ったところだ。
「私を含め創業メンバーは60歳を超えているので、教えられるうちに
技術を継承していかなければ、長くは続けられない」
と鈴木さんは、今後は技術の継承にも力を入れていきたいと話す。
ギャラリーに掲げられた山形ならではの「果樹木工」という技術は、
これからも大切に受け継がれ、
その技術は時代を超えてまた新たな器を生み出していくに違いない。
Page 3
木のある暮らし 山形・くだものうつわのいいもの
information
くだものうつわ
Feature 特集記事&おすすめ記事
Tags この記事のタグ