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実は養殖には中山間地が適していた!?
〈森のうなぎ〉が目指す
サステナブルなうなぎとは?

KAI 先端研究所
vol.4(Season7)

posted:2018.12.8   from:岡山県英田郡西粟倉村  genre:食・グルメ / 活性化と創生

sponsored by 貝印

〈 この連載・企画は… 〉  創業110周年を迎えた貝印。歴史ある企業こそ革新を怠らぬことが肝心。
7シーズン目となるKAI×colocalは、未来的な思考、仕組み、技術(ソリューション)を持つ
新進スタートアップ事業者を訪ねます。

writer profile

Tomohiro Okusa

大草朋宏

おおくさ・ともひろ●エディター/ライター。東京生まれ、千葉育ち。自転車ですぐ東京都内に入れる立地に育ったため、青春時代の千葉で培われたものといえば、落花生への愛情でもなく、パワーライスクルーからの影響でもなく、都内への強く激しいコンプレックスのみ。いまだにそれがすべての原動力。

credit

撮影:石阪大輔(hatos)

実は謎多き、うなぎの生態

〈森のうなぎ〉は養殖うなぎのブランド。
岡山県・西粟倉村でローカルベンチャー育成事業を行う〈エーゼロ〉が昨年5月に始めた事業だ。
里山にある廃校を利用し、体育館に設置した水槽でうなぎを育てている。
なぜうなぎの産地でもないこの場所なのだろうか。
それは西粟倉が林業の村ということと深く関係している。

「村の製材業で木の端材がたくさん出てくるので、
それを使って新しい事業や産業をつくっています。
うなぎの養殖には温かい水の環境が必要で、その熱源に端材が利用できるのです」
と教えてくれたのは、
〈エーゼロ〉自然資本事業部として〈森のうなぎ〉に携わっている岡野 豊さん。

会社が入っているのは旧影石小学校。黒板に書かれている校内マップを使って案内してくれた〈エーゼロ〉の岡野 豊さん。

会社が入っているのは旧影石小学校。黒板に書かれている校内マップを使って案内してくれた〈エーゼロ〉の岡野 豊さん。

世の中に出ているうなぎは99%が養殖。
しかしうなぎは一般的に完全養殖ではなく、「蓄養」に近い。
つまり卵から育てることはできず、稚魚を海からとってきて育てているのだ。
すべてが天然由来なので、稚魚をとればとるだけ、
うなぎの数は少なくなっていくのである。
現在は絶滅危惧種に認定されており、
このままだと数十年後には絶滅してしまうともいわれている。

日本で食べられているニホンウナギの稚魚はグアム沖からやってきて、
日本や東アジアの川を上っていく。
グアム沖で生まれていると判明したのも2006年と最近のことだ。
どのくらいのうなぎが日本に来ていて、
どのくらいのうなぎがグアム沖に戻っているのか、という数字はわかっていない。
ちなみに昔から日本には「うなぎは山芋が化けている」という言い伝えがあり、
アリストテレスは「生き物には3種類いる。卵を産む生き物、子どもを産む生き物、
そしてうなぎという生き物だ」と言い、「泥から自然発生する」と考えていたという。
うなぎはこんなにたくさん愛され、消費されているのに、
そもそも謎に包まれた部分が多い生き物なのだ。

1尾ずつ手焼きしている〈森のうなぎ〉の〈手焼き蒲焼き 蒸しあり〉。

1尾ずつ手焼きしている〈森のうなぎ〉の〈手焼き蒲焼き 蒸しあり〉。

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端材を使ったボイラーが活躍

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地域資源を使いながら、お金も物資も循環する養殖システム

こうして〈エーゼロ〉は、持続可能かつ利益が出るような
うなぎのビジネスモデルを目指して動き出した。
旧影石小学校の体育館に設置された水槽の中には、
サイズによって水槽が分けられ、数百~1000尾のうなぎが泳いでいる。
1月に稚魚を買ってきて7月の土用の丑の日を目指して出荷する
「単年養殖」を採用する業者も多いが、
〈森のうなぎ〉では一律に期間で区切っているわけではない。
1年以上育てたうなぎを、1尾ずつ成長の個体差を見極めながら、
サイズが大きくなったら出荷するようにしている。

〈森のうなぎ〉では無投薬にこだわっている。

〈森のうなぎ〉では無投薬にこだわっている。

大きく育ったうなぎ

水槽を設置してある体育館の中に入ると、かなり暖かい。端材を使ってボイラーを焚き、
25〜30度に保った温水を循環。その温度を保つために断熱をしているからだ。 

水を温めているボイラーを見せてもらった。
思ったよりも小さく、少し大きめの暖炉くらいの印象。
脇には、燃料となる割りばしに“なり損ねたもの”など大小の端材。
これだけですべての熱源を賄うことができる仕組みがある。

ボイラーは思いのほかコンパクト。

ボイラーは思いのほかコンパクト。

節があり、割りばしにできない端材をバイオマスとして燃やす。

節があり、割りばしにできない端材をバイオマスとして燃やす。

「うなぎ養殖に使用した水は、捨てずに閉鎖循環させています。
養殖に使ったあとは、砂ろ過槽でろ過して、
ビニールハウスで野菜を育てる水にも利用します。
そしてまた、体育館でうなぎを育てる水に戻ってくるのです。
新しい冷たい水をどんどん使っているわけではありません。
だからこのくらいの小さなボイラーでも大丈夫なんですよ」

奥のろ過装置では元気にトマトが育っている。

奥のろ過装置では元気にトマトが育っている。

燃料に使うようなヒノキ端材は、使う前に皮をはがして、
村内にある染め物屋さんが使うこともある。ヒノキの皮はいい色が出るようだ。
染めた後の搾りかすはまた戻ってきて燃料として使い、最後に残った灰は畑の肥料に使用。
すべてが循環している。

「物質も回りますし、お金も回ります。
熱源をすべて灯油で賄おうとすると、年間で数百万円かかります。
それより端材を使えばコストを抑えられるし、森にも手が入ってきれいになります。
ちなみに森の間伐が進めば、日光が入るようになり、山椒が育ってくるんです。
それを摘んできてうなぎを食べるときに使いますよ」

箸袋には循環とは何かを考えさせる案内が。

箸袋には循環とは何かを考えさせる案内が。

一方、水の循環のひとつとなっている畑。
うなぎのフンやエサの食べかすなど、窒素やリンが大量に含まれている
養殖水を使用しているので、野菜にとってはいい養分になるのだ。

こうして育てた野菜は販売されている。
そこには中山間地におけるうなぎ養殖のビジネスモデルをつくりたいという思いがあった。

「うなぎの持続可能性を目指すには、そもそもの消費量を減らさなければなりません。
すると事業としては厳しくなっていく。
その減少分は、野菜などを育てて副収入を得るというサイクルを示したいのです」

「寒い西粟倉村の冬でもホッとできる場所になるように」バラも育てているという。

「寒い西粟倉村の冬でもホッとできる場所になるように」バラも育てているという。

すべてを含めて「うなぎビジネス」のワンパッケージとしての提案になっている。
それには西粟倉のような地域が適しているのかもしれない。

「水がきれいで、間伐材というバイオマスもあって、廃校という広いスペースもある。
実は中山間地にはうなぎ養殖の条件は整っていますよ」

校舎の背後に迫る裏山では、山椒がとれる。うなぎ業者にとってはこれ以上ない贅沢。

校舎の背後に迫る裏山では、山椒がとれる。うなぎ業者にとってはこれ以上ない贅沢。

「少しずつ応援してくれる人が増えてきました」と語る岡野さん。
発売を始めて1年ちょっと。
今年の春ごろから、東京の老舗うなぎ屋さんが使ってくれたり、
京都の大手百貨店などでも販売してくれるようになってきた。

生で出荷する以外は、この場所で加工まで行っている。
以前は機械焼きができる業者に外注していたらしいが、納得のいく品質には至らなかった。
そこで自社スタッフによる1枚1枚の手焼きに切り替えたという。

加工場では焼き、刻み、パッケージ、瞬間冷凍まで行っている。

加工場では焼き、刻み、パッケージ、瞬間冷凍まで行っている。

「スタッフがうなぎ屋さんに修業に出向きました。うなぎは“脂で焼く”というのですが、
1尾1尾、脂のノリが違うので、
様子をみながら個体に合わせて焼くとおいしくなります」

真空パックされた蒲焼き。

真空パックされた蒲焼き。

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持続可能なうなぎ養殖にするために

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買ってきた稚魚をわざわざ放流する!?

〈森のうなぎ〉では買ってきた稚魚の半分近くを、わざわざ川に放流している。
中央大学と組んで、放流後のうなぎの生態調査に乗り出している。
養殖ではなくそんなことをする理由は、前述の通り、うなぎの生態に不明な点が多いから。

「“ニホンウナギの稚魚が川に定着するかどうか”、という調査自体が世界初です。
誰もやらなくてデータがないのなら、自分たちでやるしかない。
そして最適な養殖方法自体を研究していくしかありません」

うなぎの稚魚は、うなぎ業者しか買うことができないという。
環境団体などが試験のために買うことはできない。
だから岡野さんは「川に戻せるのは自分たちにしかできない」と意義を感じている。

この調査で一定のデータが取れれば、持続可能なうなぎ養殖に発展していくだろう。
まずは西粟倉を流れる吉野川流域で実現したいという。
そしてゆくゆくは全国の川に展開していきたい。

「うなぎに限らず、川に魚が減っている事実は同様です。
うなぎは川の生態系のなかでも食物連鎖のトップにいます。
だからうなぎが元気な川は、そのエサとなるほかの魚も元気ということ」

川がきれいになるには、これまで西粟倉村が手がけてきた
森の間伐も大事だと考えられている。
間伐により森が明るくなると、下層植生が豊かになり、土砂の流出が抑えられる。
森が豊かだと川もきれいになる。
だから「森」から「川」に視野を広げたのは当然の結果かもしれない。

「自然資本事業部」という部署名には、そんな未来への思いが込められている。

「さまざまな自然と関わりながら、きちんとお金を回して、
持続可能なビジネスと社会をつくりたい」

〈エーゼロ〉自然資本事業部のみなさん。

〈エーゼロ〉自然資本事業部のみなさん。

うなぎはそのシンボル。多くの人が知っていて、愛好家も多い。
グルメな食文化を代表するようなキャッチーさもある。

買った稚魚を放流しないですべて育てれば、単純計算で売り上げは2倍になるはず。
しかし〈森のうなぎ〉が目指しているのは、そこではない。

「取り組みに共感し、お金を出していただいて資源を守りながら進めていくビジネス。
そのほうがうまくいくということを実現したいし、その価値を伝えていきたいです」

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森のうなぎ

住所:岡山県英田郡西粟倉村大字影石895(エーゼロ株式会社)

http://gurugurumeguru.jp/

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貝印株式会社

1908年、刀鍛冶の町・岐阜県関市で生まれた貝印は、刃物を中心に、調理器具、化粧小物、生活用品、医療器具まで、生活のさまざまなシーンに密着した多彩なアイテムを製造・販売。現在は、日本だけでなく、欧米やアジア諸国など世界中に製造・販売拠点を持つグローバル企業に発展しています。
http://www.kai-group.com/

貝印が発行する小冊子『FACT MAGAZINE』

http://www.kai-group.com/factmagazine/ja/issue/3/

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