連載
posted:2018.12.12 from:神奈川県鎌倉市 genre:ものづくり
〈 この連載・企画は… 〉
豊かな歴史と文化を持ち、関東でも屈指の観光地、鎌倉。
この土地に惹かれ移り住む人や、新しい仕事を始める人もいます。
暮らし、仕事、コミュニティなどを見つめ、鎌倉から考える、ローカルの未来。
writer profile
Yuki Harada
原田優輝
はらだ・ゆうき●編集者/ライター。千葉県生まれ、神奈川県育ち。『DAZED&CONFUSED JAPAN』『TOKION』編集部、『PUBLIC-IMAGE.ORG』編集長などを経て、2012年よりインタビューサイト『Qonversations』を運営。2016年には、活動拠点である鎌倉とさまざまな地域をつなぐインターローカル・プロジェクト『◯◯と鎌倉』をスタート。
Photographer Profile
Yumi Saito
斉藤有美
さいとう・ゆみ●神奈川県出身。谷内俊文に師事した後、フリーランスフォトグラファーとして活動中。雑誌、Web、書籍などで生活の風景や食べ物、旅、人物を中心に日々写真撮影を行う。年に2、3回移動式記念写真館〈PHOTO CARNIVAL〉を出店して4年目となる。
yumisaitophoto.com
長い歴史と独自の文化を持ち、豊かな自然にも恵まれた日本を代表する観光地・鎌倉。
年間2000万人を超える観光客から、鎌倉生まれ鎌倉育ちの地元民、
そして、この土地や人の魅力に惹かれ、移り住んできた人たちが
交差するこのまちにじっくり目を向けてみると、
ほかのどこにもないユニークなコミュニティや暮らしのカタチが見えてくる。
東京と鎌倉を行き来しながら働き、暮らす人、
移動販売からスタートし、自らのお店を構えるに至った飲食店のオーナー、
都市生活から田舎暮らしへの中継地点として、この地に居を移す人etc……。
その暮らし方、働き方は千差万別でも、彼らに共通するのは、
いまある暮らしや仕事をより豊かなものにするために、
あるいは、持続可能なライフスタイルやコミュニティを実現するために、
自分たちなりの模索を続ける、貪欲でありマイペースな姿勢だ。
そんな鎌倉の人たちのしなやかなライフスタイル、ワークスタイルにフォーカスし、
これからの地域との関わり方を考えるためのヒントを探していく。
ものづくり・プログラミング体験講座〈カマクラビットラボ〉が開催されている〈ファブラボ鎌倉〉は、秋田県から移築された酒蔵を改装した実験工房。レーザーカッターや3Dプリンタなどの機材が揃う。
東京から電車で約1時間の距離にある鎌倉は、
多くの人たちが訪れる観光地としてだけでなく、
首都圏の企業に務める会社員たちのベッドタウンとしての側面も持つ。
ライフスタイル/ワークスタイルが多様化している昨今、
この連載で紹介してきた面々のように、
さまざまなかたちで鎌倉のまちと関わるプレイヤーは年々増えているが、
一方、平日は東京や横浜などで忙しく働き、
地域と関わる時間がつくれない市民が多いことも事実だ。
小学生の頃からこのまちで暮らし、今年で66歳になる山本修さんも、
東京のエレクトロニクスメーカーで開発の仕事に携わっていた会社員時代の
およそ30年間は、鎌倉の自宅は寝に帰るだけの場所だったという。
カマクラビットラボでは、全5〜6回の講座を通して、親子で一緒にプログラミングやものづくりを学んでいく。
そんな山本さんは3年前に退職してから〈ファブラボ鎌倉〉に通い始め、
やがてスタッフとして運営にも関わるようになった。
そして今年、同じくすでにリタイアした鎌倉在住の知人を含む、
20代から60代という幅広い世代のメンバーたちとともに、
親子向けのものづくり・プログラミング体験講座〈カマクラビットラボ〉を立ち上げた。
会社員時代、ほとんど顧みることができなかった地元・鎌倉への恩返しとして、
自らのキャリアを通して培った知識や技術を、
地域の子どもたちに伝えていく場をつくり、
世代を超えたまちのつながりを生み出す活動を始めた山本さんを訪ね、
ファブラボ鎌倉に足を運んだ。
取材時に開催されていたのは、春コースの「入門編」を終えた親子に向けた秋コース「初級編」の最終回。これまでの講座で学んだことをベースに、各自がオリジナル作品の制作に取り組んでいた。
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1952年生まれの山本修さんは、横浜市戸塚で幼少期を過ごし、
小学校入学を機に鎌倉に引っ越してきた。
父親がエンジニアで、家には常に電機関係の本や
パーツが転がっているような環境だったことから、
すでに小学校4年生の頃には、ハンダゴテを片手にものづくりを始めていたという。
仙台の大学を経て、東京のエレクトロニクスメーカーに就職した山本さんは、
職場の近くで暮らすようになったが、子どもが幼稚園に入るタイミングで鎌倉に戻り、
実家で2世帯同居を始めた。
「鎌倉に戻ってきてから30年ほど働きましたが、
その間、自宅は寝に帰るための場所でした。
幼少期の鎌倉の思い出は多いのですが、働いている時期のまちのことは
ほとんど思い出せないくらい、地元との関わりはありませんでした。
子どもの運動会に参加した記憶すらあまりなく、
いま思うと、悪いことをしたなと感じます」
そんな山本さんも、60代に差しかかる頃から、
引退後の暮らしに思いを巡らせるようになる。
ちょうどその頃、10歳ほど年上ですでに引退していた会社の先輩から、
70歳を機に小学校で理科の補助教員を始めたという年賀状を受け取った。
「なるほど、こんなやり方があるんだなと思いました。
それなら自分も、これまで培ってきたものを子どもたちの育成のために使い、
地元に恩返しができないかと考えるようになったんです」
やがて、子どもたち向けのものづくりや
プログラミング教育を行うNPOに参加するようになった山本さんは、
3Dプリンタやレーザーカッターなどの機材を揃える実験工房、
ファブラボ鎌倉にも通い始める。
「(ファブラボには)在職中から行きたいと思っていて、
リタイアした翌々日から通うようになりました(笑)。
最初の1年間は利用者として、ファブラボの機材を使って
自分の作品や、NPOのための教材をつくっていました」
ファブラボ鎌倉と〈ファブラボ山口〉が共同で主催し、山口市内の小学校の児童を対象に実施したプログラミング体験教室では、山本さんが講師・メンター役の山口大学の学生を指導。(写真提供:ファブラボ鎌倉)
やがて、山本さんが開発した4足歩行ロボシリーズが総務省のプロジェクトに採用され、
ファブラボ鎌倉とともに、山口、鳥取の学校で実施された
ものづくりプログラミング教室に携わるようになる。
これを機にファブラボ鎌倉の運営に関わるようになった山本さんは、
プログラミングやものづくりの知識や経験を持つ20代から、
自らと同じようにすでにリタイアした60代まで有志のメンバーを募り、
ファボラボの空間や機材を活用した新たな活動をスタートさせる。
それが、子どもたち向けのものづくり・プログラミング体験講座、
カマクラビットラボだ。
「2020年から小学校でプログラミング教育が必修化されるにあたって、
学校でプログラミングに触れ、興味を持った子どもたちを
フォローするような場がもっと必要になると思うんです。
すでにロボットや電子工作に興味を持っている鎌倉の子どもたちに関しても、
近隣の横浜や藤沢の教室までわざわざ通わざるを得ない現状があったので、
それなら自分たちで受け皿をつくっていこうと」
ここに、鎌倉市民の“コンピューターおじちゃん”たちの新たな挑戦がスタートした。
カマクラビットラボでは、ファボラボ鎌倉で開かれる本講座のほかにも、鎌倉市内のイベントや飲食店などに出張し、体験プログラムも開催している。(写真提供:カマクラビットラボ)
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2018年春からスタートしたカマクラビットラボでは、全5~6回のコースを通して、
ものづくりやプログラミングを体験しながら学んでいく。
一般的な子ども向けの体験プログラムや習い事、教室などに比べ、
カマクラビットラボが特徴的なのは、親子での参加を促している点だ。
「子どもがここで学んだことを家に帰って両親に話しても、
おそらく親御さんは把握しきれないですし、そうなると家で復習することも難しくなる。
それなら親御さんにも参加してもらい、要所要所で子どもをフォローしながら、
一緒に学んでもらったほうがいいんじゃないかと。
それによって、子どもにどんなことができるのか、
作品の完成に向けて親子で一緒に考え、手を動かし続ける。
まだ春と秋の2コースを終えたばかりで試行錯誤を重ねている段階だというが、
大人と子どもが同じ目線でものづくりに取り組むカマクラビットラボは、
百戦錬磨の“コンピューターおじちゃん”たちにとっても、
学びの場となっている側面があるようだ。
「我々が教材を用意し、ある程度までは教えていくわけですが、
子どもたちは自分なりに理解できると、どんどん先に進んでいくんですね(笑)。
また、コースの最終回にはそれまでに学んだことをベースに
各自で作品をつくってもらうのですが、我々の想定を超える自由な作品が多く、
それがとても新鮮だし、大きな驚きでもあります」
ぜプログラムがうまく作動しないのか。その原因を一緒に探っていく。
3世代が学び合える場とも言えるカマクラビットラボにおいて、
山本さんは、講座に参加する子どもたちから、「やまもん」の愛称で親しまれている。
「自分にとって子どもたちは孫のような存在です。彼らからしても、
きっと私はやさしいおじいちゃんのような存在になっているはずで(笑)、
自分の親に近い世代の人たちよりも接しやすいところがあるのかもしれません」
とはいえ、子どもたちからすると、山本さんをはじめとする
カマクラビットラボの講師陣は、人生の大先輩と言える存在。
ここで子どもたちが学べるものは、
ものづくりやプログラミングの技術だけではないはずだ。
「子ども向けプログラミング教育の本来の目的は、
プログラムの技術を教えることではなく、
何かをしたいというときに、どんな手段を組み合わせればいいのかを考える力や、
うまくいかなかったときに、なぜできなかったのかと原因を分析できる力を身につけ、
生活を豊かにしていくことだと思っています。
そして、私たちが活動している背景には、
子どもたちになるべく早い段階でいろいろな体験をしてもらい、
自分が進む道を見つけてほしいという思いがあります。
単に良い学校、良い会社に入ることを目指してがんばるよりも、
自分の体験に基づき、興味を持った分野に進める人生のほうが幸せだと思うんです」
山本さんがこうした思いを語る背景には、小学校時代に
自らの進路を見出すことができた人生の経験があるのだろう。
子どもたちが制作したい作品の実現に向け、プログラミングやものづくりのプロフェッショナルである講師陣がさまざまなアイデアを提案してくれる。
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独自の工芸の歴史や文化を持ち、日本で最初にできたファブラボもある鎌倉は、
近年、IT企業のオフィスなども増えており、
ものづくりやプログラミングとは相性が良いまちだと言える。
このまちに長年暮らしてきた山本さんの目には、
現在の鎌倉はどのように映っているのだろうか。
「鎌倉には、東京や横浜で私と同じような仕事をしたり、
地元のIT企業で働く子持ち世代も多く、
自分の子どもにものづくりやプログラミングを学べる機会を
与えたいと思っている人も少なくないはずです。
ただ、いまの鎌倉にはそれを提供できる場が少ないということが課題なので、
これからさらに活動を広げていきたいと思っています」
それぞれがつくった作品について発表をする子どもたち。
すでに山本さんは、カマクラビットラボの講座のほかに、
地元の小学生たちが学校帰りに立ち寄り、
ものづくりやプログラミング体験ができる「アフタースクール」を、
週に1度試験的に行っている。
こうした活動をさらに広げていくために何よりも必要になるのは、まちの人たちの力だ。
「ほかのまちに比べると、鎌倉には子どもたちが見学できるような工場などは少ないし、
大学などの教育機関も多くはありません。
でも、いろいろな仕事をしている人たちはたくさんいるし、
すでにリタイアをして、今後何をしていくべきかを模索している人たちもいます。
そういう人たちが集まって、地元の子どもたちのために、
自分の時間を少しでも使っていけるようになるといいなと思っています。
もちろん、自分の反省も含めてですが(笑)」
「鎌倉独自の歴史や文化を子どもたちに伝えていくということも大切にしていきたい」
と山本さんは続ける。多くの寺社仏閣や瀟洒な洋館など、
鎌倉にはまちの遺産とも言える建築物が点在しているが、
引き継がれてきた歴史や文化を、下の世代に伝えていく役割を担うのもまた、
その土地の「人」をおいてほかにはない。
山本さんをはじめとする講師陣の大人たちも子どもと一緒に頭を悩ませながら、フラットな距離感で制作に取り組む。
カマクラビットラボに通った子どもたちがやがて大人になり、
まちの“コンピューターおじちゃん”たちから学んだことを思い出す日が
いつか来るかもしれない。
こうした小さな体験や記憶の積み重ねが、まちの歴史や文化の継承に
つながっていくとしたら、こんなにすばらしいことはない。
「まさに自分自身にも当てはまるのですが、
最近は一度鎌倉を離れた人たちが、親世代になってから地元に戻り、
2世代、3世代で暮らすようなケースが増えてきているように感じています。
こうしたサイクルがしっかり回っていくようになるとうれしいですし、
少しでもそこにつながるような活動になるといいなと思っています」
秋コース「初級編」のプログラムを修了し、制作した作品を手にする小学校4年生の参加者ふたりと、カマクラビットラボのメンバーたち。
information
カマクラビットラボ
冬コース開催日時:12月2日、12月16日、1月20日、2月3日、2月17日、3月3日 13:30~15:00(午前コースも1月スタートで調整中)
会場:FabLab Kamakura(神奈川県鎌倉市扇ガ谷1-10-6 結の蔵参号室)
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