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連載

“つくる人”を増やすための
発酵デザインワークショップ
小倉ヒラク 後編

貝印 × colocal
「つくる」Journal!
vol.037

posted:2016.2.2   from:東京都武蔵野市  genre:食・グルメ / 活性化と創生

sponsored by 貝印

〈 この連載・企画は… 〉  歴史と伝統のあるものづくり企業こそ、革新=イノベーションが必要な時代。
日本各地で行われている「ものづくり」もそうした変革期を迎えています。
そこで、今シーズンのテーマは、さまざまなイノベーションと出合い、コラボを追求する「つくる」Journal!

writer's profile

Tomohiro Okusa
大草朋宏

おおくさ・ともひろ●エディター/ライター。東京生まれ、千葉育ち。自転車ですぐ東京都内に入れる立地に育ったため、青春時代の千葉で培われたものといえば、落花生への愛情でもなく、パワーライスクルーからの影響でもなく、都内への強く激しいコンプレックスのみ。いまだにそれがすべての原動力。

photographer

Suzu(Fresco)

スズ●フォトグラファー/プロデューサー。2007年、サンフランシスコから東京に拠点を移す。写真、サウンド、グラフィック、と表現の場を選ばず、また国内外でプロジェクトごとにさまざまなチームを組むスタイルで、幅広く活動中。音楽アルバムの総合プロデュースや、Sony BRAVIAの新製品のビジュアルなどを手がけメディアも多岐に渡る。
http://fresco-style.com/blog//

前編【ブームからムーブメントへ。 発酵デザイナーがデザインする社会 小倉ヒラク 前編】はこちら

温度管理が重要な麹づくりワークショップ

東京・吉祥寺にある〈タイヒバン〉という飲食店に、エプロンをした人たちが集まっている。
そこに登場した発酵デザイナーの小倉ヒラクさん。
いきなり「みなさんエプロンとかしてきてくれるんですけど、
ホントはいらないんですよね(笑)」と冗談を言って場を和ます。
ここはヒラクさんが定期的に開催している「こうじづくりワークショップ」。
各地で似たようなワークショップは開催されているが、
ヒラクさんのワークショップの特徴として、
都心向けで、座学がしっかりしていることが挙げられる。

「“中目黒あたりのひとり暮らしの人が、キッチンの冷蔵庫にしまえる”
というコンセプトでやっています。
この場でつくれたとしても、再現性がないと意味がないので、
“麹菌とは?” という座学もしっかりとやります。
あとは、味。味噌にしか使えないのではもったいない。
僕が教える麹は、甘みを引き出しているので
甘酒、パンなどにも使えるおいしくて万能な麹です」

発酵デザイナーの小倉ヒラクさん。お酒はワインが好き。

ワークショップは、まずは『こうじのうた』のアニメーションを見て、
お勉強からスタート。
ヒラクさんがプロデュースした麹のことがわかる歌である。いわば麹のPV。

次に実際の麹づくりにとりかかる。まずはお米を蒸すところから。
木の蒸し器にお米を敷き詰めていきながら、
作業における具体的な細かい注意点なども教えてくれる。
40分後に蒸しあがる。失敗の原因は、この段階が多いという。

「お米は炊くのではなく、蒸しているのです。
一粒、食べてみてください。思ったよりかたいでしょ。
普段のお米を炊いたつもりでかたいと思ってしまって、
ここで蒸しを延長してしまう人が多いんです。
ベストは、芯が残っていないけど、最大にかたい状態です」

米を蒸し器に入れていく。端もきっちり入れ込むことが大切だ。写真:編集部

蒸し上がりまで40分、お待ちあれ。写真:編集部

これは「ひねりもち」と呼ばれる作業。
指先でお米をつぶして、おもちみたいにべたっと伸ばしてみる。
芯が残っていないことを確認。
その蒸したお米を、布巾の上にあけてお米をほぐしていく。
目指すのは、一粒一粒が切り離されている状態だ。
その上に種菌をヒラクさんがかけていく。

蒸しあがったお米をほぐしていく。写真:編集部

種菌をかけるヒラクさん。写真:編集部

そしてお米は発泡スチロールの中へ。
一緒に70℃のお湯が入ったペットボトルを入れて、保温する。

「発泡スチロール内部の温度をデザインすることが重要です」

約48時間後に麹は完成する。
ヒラクさんがこれから48時間のうち、12時間ごとの目安の温度を教えてくれた。
だんだんと温度は上がっていくようだ。
最初の24時間が重要で、そこでうまく温度を保つことができれば、
後半は、麹が発酵していって自然に温度は上がっていくはずだという。

「旨みが出る温度と、甘みがでる温度は違うんです。
僕は両方を最大限に引き出すことができる温度をデザインしているので、
すごくおいしい麹ができますよ」

そのためには4〜5時間に一度、
ペットボトルのお湯を温かいものに交換する必要がある。

「麹は生き物だから、すべてが同じではなく、少しずつ違うんです。
それぞれ家などの麹を育てる環境も違うし、
今回も、失敗する人たちが数人は出てくると思います。でもしょうがない。
麹づくりとは、料理のワークショップではなく、
生き物を育てるワークショップですから」

麹は生きている。だから自分の目で見て、肌で感じて、手をかけるということ。
ポイントさえ押さえれば、難しいことは何もないように感じた。
むしろ、このワークショップを終えて、家に持ち帰ってからが本番。
忘れずに、面倒くさがらずに、きちんと麹に向き合うことができるか。
会社に持っていって机の下で育てている人もいれば、
たまたま旅行の予定があって、麹を持って旅立った人もいるという。
愛情をこめて、手をかけた分、“いい子”に成長するのだ。

「ヒモがついているのでハンドバッグのように持ち歩いて」とヒラクさん。

ひとりひとりの発泡スチロール箱にコメントを書きながら、当日の感想を聞く。

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日本の国菌〈ニホンコウジカビ〉

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ヒラク流、発酵の座学

お米を蒸している時間を利用して、発酵学から麹菌まで、座学もしっかり行われた。
専門家らしく、化学式や表などを駆使して、麹のアカデミックな部分を伝えていく。
すべては書ききれないので、ここではエッセンスだけを以下に抜粋。

・地球上のありとあらゆる生物は、微生物に分解されていくプロセスがある。
そうしないと、世の中がものであふれかえってしまう。
そのなかで、妙に人間に役立つなあというものが発酵。

・ヨーグルトは、乳酸菌が牛乳のなかのグルコースを食べて、乳酸という酸を出したもの。
だから乳酸は、排泄物。でも人間にとっては役立つ。そういう生命の循環。
誰かが出したゴミは、他の人にとって役に立つ。win-winの関係。

・ビールは酵母が出したアルコールと二酸化炭素。
僕たちは酵母のおしっことおならを飲んで喜んでいるというハッピーな人たち。

・ワインという、何十年も前のぶどう汁がなんで飲めるかというと、
発酵菌が一定数以上増えると雑菌を追い出す拮抗作用があるから。
何十年も菌が生きているわけではなく、菌の出した酵素が腐敗をブロックする。
菌と酵素は、ジョン・レノンと『イマジン』みたいなもの。
ジョン・レノンは死んでも、『イマジン』という曲は受け継がれていく。

・最近、発酵食品の旨みに中毒性があるということがわかってきた。
ほかに中毒性があるものは糖分と脂質と言われている。
海外旅行に行くと最初はチーズやワインがうまいけど、
1週間もすると、味噌汁が飲みたくなる。日本人はみんな揃ってジャンキーだ(笑)。

・醸造とは、麹カビを使った発酵のことで、
東アジアのある地域にしか広がっていないユニークな技術。
日本は醸造においては世界トップクラスである。
麹が生み出す旨みによって、僕たちは和食をつくってきた。
〈ニホンコウジカビ〉は日本の国菌だ。

ヒラクさんのかわいいイラストと「おいしくなーれ!」のメッセージ。

当日の教科書でもある『おうちでかんたん こうじづくり』。

例え話がユニークで、難しい話もすんなり理解できる。
こうして授業を受けていると、
発酵が、特に日本の食生活において重要な役割を果たしてきたことがわかる。

このワークショップの内容は、すべてオープンソース。
習ったことを、自分のホームページなどで公開しても構わない。
また、自分で麹づくりを3回成功させることができたら、
自分のメソッドとして教室などで教えても構わないという。
なぜなら、ヒラクさんの目的は、麹をつくる人が増えることだから。
ヒラクさんひとりが教えているよりも、
つくれる人/教えられる人が、麹のようにモコモコ増えていくほうがいい。

「暮らしと発酵が遠くなってしまいました。
だからすべてをオープンにして、誰でもつくれるような環境にしていきたい。
それに自分でつくれるようになると、プロのすごさがわかるようになるんです。
プロへのリスペクトを込めて麹を使った食品を買うようになりますよ」

そうやって“いいもの”がきちんと評価されて売れていくと、いい経済の循環が生まれる。
今、発酵がブームになっている。でもそれは、昔から日本にあった技術であり伝統。
囲い込むようなことではない。
つくる人が増えれば、また発酵が当たり前のことになるのだ。
それが小倉ヒラクさんが考える発酵デザイン。

ワークショップは食事つき。会場となった〈タイヒバン〉の発酵プレート。

information

HIRAKU OGURA 
小倉ヒラク

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