連載
〈 この連載・企画は… 〉
さまざまなクリエイターがローカルを旅したときの「ある断片」を綴ってもらうリレー連載。
自由に、縛られることなく旅をしているクリエイターが持っている旅の視点は、どんなものなのでしょうか?
独特の角度で見つめているかもしれないし、ちいさなものにギュッとフォーカスしているかもしれません。
そんなローカル旅のカタチもあるのです。
writer profile
Shoichiro Aiba
相場正一郎
イタリア、トスカーナ地方で料理修業後、都内で店長兼シェフを経て、2003年に東京・代々木公園にカジュアルイタリアン〈LIFE〉をオープンする。代々木公園をはじめ、全国に4店舗のレストランを運営。カルチャーをつくるカフェとしても注目を集めている。『30日のパスタ』『山の家のイタリアン』を出版(ミルブックス)し、カナダのポーク会社〈HyLife〉のアンテナショップ〈HyLife Pork TABLE〉を代官山にオープンする。
さまざまなクリエイターによる旅のリレーコラム連載。
第8回は、カジュアルイタリアン〈LIFE〉のオーナーシェフ相場正一郎さんが
千葉の平砂浦を訪れた話。
新型コロナウイルスの影響で、お店の営業も、趣味のマラソンやサーフィンも
自粛せざるを得ない状況が続いていましたが、
久しぶりにサーフトリップをしたことで自分を見つめ直し、前向きになれたようです。
今年3月頃から、新型コロナウイルス禍での自粛が本格的になり、
外出自体に制限がかかり、県をまたいでの遠出はもちろんのこと、
近所での買い物すらままならない状況になってしまいました。
僕は飲食業を営んでいるので、その影響を直接に受けました。
政府の外出自粛要請の影響で、お店のお客さまは激減です。
僕の商売として、「ヤバイ」を超えていました。
4月7日の「緊急事態宣言」後には、お店も営業できない状態になり、
僕は毎日、気づけば溜息ばかり。
雇用のこと、お店の継続のこと、そして僕ら家族の生活のこと。
考えればキリがない。
何が一番怖いかというと、「未来」が霞んだこと。
僕にとって、今までに経験したことのない心境に襲われたことが、
自分でももっとも恐怖なことでした。
何が原因かは、まだはっきりと説明できませんが、
今までに経験をしたことがない失望感でした。
世の中の飲食業が、このコロナで大打撃。それは等しく僕らも一緒です。
渋谷区、代々木公園付近で飲食店を2店舗営んでいることもあって、
代々木公園が封鎖されて、ちょっとしたジョギングもできない状態です。
僕は常日頃から毎朝のマラソンは欠かさず、仕事の合間を見つけて、
月に何度か海にサーフィンに行っていました。
僕の唯一のストレス解消法です。
その当たり前の日常も一気に失われたようでドキドキしました。
その当たり前のルーティンは、自分でお店を始めてから、崩したことはなかったし、
もっといえば、その前の20代の頃からずっと変わっていません。
しかしこのコロナで「未来への期待」と「毎日のルーティン」が
一気に壊されてしまいました。
つい最近までの普通の日常が、一気に様変わりしてしまったのです。
僕は本当に不安な気持ちでいっぱいになりました。
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5月の脅威の“自粛GW”が終わり、
少しだけ自粛要請が緩和されて外出が少しできるようになり、
僕はいてもたってもいられずに、海に行きました。
およそ3か月ぶりの海は、冬の海から一変して、夏の空気に変わっていました。
その場所は千葉の外房。
行くときは人と接触しないように、車でひとり、自分のペースで〈海ほたる〉を越え、
山の中を通り、一般道路で景色を楽しみながら向かいました。
景色はもう新緑の季節を過ぎ、緑でもくもくの景色でした。
自粛が始まった頃は、ちょうど桜の花見時期だったこともあって景色は様変わり。
一番気持ちいい季節の春を飛ばしてしまって、とても残念でしたが、
また来年に期待したいと思います。
日常だったルーティンも久しぶりだと、また少し変わった感覚で、
新しい場所にひとり旅に行くようでした。
持っていく物や休憩する場所をなんとなく再確認しながら、
そして心は平常心を保ちながら、「いつも通りいつも通り」。
まさに早く「いつも通りの日常に戻りますように」と、願いを込めるように。
久しぶりのいつもの海、いつものように数か所、波をチェックして、
人の数と波のコンディンションをチェック。
今回は、波のコンディションより、人の少ないポイントを選びました。
ストレス解消しに来て、人が多く、トラブルが起きてしまっては
本末転倒になってしまうので、そこは慎重に……。
久しぶりのサーフィンを存分に楽しめる場所を念入りにチェックしました。
そう思うといつもより、少し慎重に場所を決めました。
そもそも外房の平砂浦方面は、
コンビニやガソリンスタンドの数もかなり少なく、人が少ないです。
海岸線沿いの長い一本道には、
特に朝は車も少なくて、海の湿気と、緑の匂いが、とても心地よい。
この匂いが僕を特にリラックさせてくれます。
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いつもこの海に来て思うことがあります。
車を停めて、外に出て波をチェックして、ひと息ついて、
またあらためて、この空気を満喫する。
この作業を楽しみに来ているようにも思います。
久しぶりの海に来て、再確認しました。
実はサーフィンというスポーツ以前に、この作業が僕は好きなのです。
やさしい波の音、風の音、鳥の声を感じるために海にいる。
その口実が、きっとサーフィンなんだと思います。
一時はうまく波に乗れるようになりたいと、強く思っていたこともありましたが、
今はそうではありません。
特に今回、その目的よりも、環境をいかに楽しむかが、
サーフィンにも人生にも重要なんだと感じました。
以前から僕は、10年に1度くらいは社会がガラリと変わるようなできごとが起こる、
そんな覚悟をしていました。
だから「コロナのせいで」と言わないようにしないといけない。
こういう状況だからこそ、なんとかアイデアを搾り出してそれをかたちにしていこう。
これを切り抜けたら今後、何があっても対応できるようになるし、経験値が増える。
今は何をやっても儲からない。
だったらいっそのことトライ&エラーの期間と捉えて、
普段できないことを試行錯誤してみよう。
そんな風に前向きに頭を切り替えたら、気持ちもだいぶ楽になりました。
このタイミングで海に来て、精神的にも浄化してもらうことができて、
良いモチベーションに切り替えることができました。
やはり僕にとってのショートサーフトリップは、かけがえのないひとり旅なんです。
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