連載
posted:2022.9.16 from:福岡県北九州市 genre:アート・デザイン・建築
〈 この連載・企画は… 〉
地方都市には数多く、使われなくなった家や店があって、
そうした建物をカスタマイズして、なにかを始める人々がいます。
日本各地から、物件を手がけたその人自身が綴る、リノベーションの可能性。
profile
Seiichiro Tamura
田村晟一朗
たむら・せいいちろう●株式会社タムタムデザイン代表取締役。国立大学法人 九州工業大学 非常勤講師。1978年高知県生まれ北九州市在住。建築設計事務所に勤めつつ商店街で個人活動を広げ2012年タムタムデザインを設立。建築設計監理や飲食店経営、転貸事業を軸とした不動産再生プロジェクトも企画・運営しており、まちづくりや社会問題の解決などに向け活動中。商店街再生のキーマンとして、2021年1月にはテレビ東京『ガイアの夜明け』にとり上げられた。アジフライと鍋が好き。http://tamtamdesign.net/
credit
編集:中島彩
福岡県北九州市で建築設計事務所を営み、転貸事業や飲食店運営を行う
田村晟一朗(たむら せいいちろう)さんによる連載です。
今回は田村さんが独立して2年目に開設したオフィスのお話。
人やスキル、情報がつながりクリエイティブな活動が生まれ、まちに還元していく。
そんな新たなタイプのオフィスが誕生したプロセスを振り返っていきます。
僕は建築設計事務所とインテリアデザイン事務所での勤務を経て、2012年に独立しました。
前回の最後に少し触れた小倉・魚町の〈メルカート三番街〉のなかに拠点を設けて、
グラフィックデザイナーの岡崎友則(おかざき・とものり)くんとルームシェアをしながら
ふたりで〈余白〉というデザインユニットでも活動していました。
例えば店舗設計の場合、僕が店の空間設計をして、ロゴやチラシ、名刺などは
岡崎くんにお願いするなど「建築×グラフィック」の相性は抜群。
これまで数えきれないほどのプロジェクトを一緒にやってきましたが、
僕にもスタッフがついてこの5坪ではさすがに手狭になり、移転を考えたんです。
どうせ移転するなら「建築×グラフィック×〇〇」というように
かけ算をもっと増やそうと思い、シェアオフィスの企画を始めました。
シェアオフィスとは場所をシェアすることを指しますが、
もっと人やコトなどあらゆる関係性が深くなる仕組みがいいなと思い、
コンセプトを固めていきました。
グラフィックデザイナーとコラボしたプロジェクトはどれもクオリティが高く、
スムーズに進んだ経験から、入居するみんながお互いにリンクして
高め合える場を考えました。それが〈Linked Office “LIO”〉です。
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まずは場所探しから。建築士という自分の職業柄、市役所に行くことが多く、
駅も頻繁に使うので、市役所と駅の中心となる距離感で探しました。
あとはやはり家賃をどれだけ押さえられるかが重要なので、
いわゆる「家賃断層(※)」となる物件を探しました。
※家賃断層とは、ひと続きのまちのなかで突然家賃が割安になっているエリア、またはその境目のこと。詳細は地域再生プロデュースを手がける清水義次さんの著書『リノベーションまちづくり』に書かれています。
一般的に家賃断層というと路面店など平面上に広がるエリアの断層を指しますが、
僕はそこからさらに「高さ方向」の断層にも着目して物件を探しました。
エレベーターつきだと管理費も高くなるし、階段で上がれるギリギリは3階かなと思い、
3階の空き物件の家賃断層がどこかを探します。
当時で3階部分の家賃相場が坪5000〜7000円/月でしたが、
なんと3500円台の物件を見つけました。
築古だったからこの値段だったと思うのですが、むしろその古さに魅力を感じたし、
立地も理想的な物件でした。
内覧にいくと東向きの窓で午前中がとても明るく、
朝からエンジンをかけるオフィス用途としては最高だと思い即決しました。
ここから未来予想図を描きました。
vol.1の〈cafe causa〉のときのように、僕が入居してほしいと思う人に
具体的な空間のイメージを持ってもらうためです。
まず個室を4部屋つくり、エントランスの近くに共有スペースを設けます。
なぜ4部屋かというと、3組まではそれぞれつながり(コラボ)が
3つしか発生しないのに対して、4組になると6つになる。
いわゆる化学反応のビックバンは4組から始まるということからです。
ロゴは岡崎くんにつくってもらいました。
コンセプトにぴったりのロゴができて今でも気に入っています。
オフィスを開設するために銀行から融資を受けるつもりでしたが、
独立して1期を過ぎたばかり。
融資に必要な決算資料も十分ではないので、審査に通りにくそう。
そこで事業計画で収益分岐点となる2部屋の入居を決めるべく、営業を開始しました。
一緒に活動していたグラフィクデザイナーの岡崎くんと、
よく店舗デザインで施工を頼んでいたインテリア設計施工の寺井智彦くんに声をかけ、
未来予想図を見てもらい、僕の想いを伝えたらふたりとも即答で快諾してくれました。
その時点で融資を申請し、無事に内定をもらって着工。
工事はもちろん寺井くんにお願いしました。
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2014年にLinked Office “LIO”が完成。
僕は植物が好きなので、あっちこっちにカポック等の観葉植物を置いて、
日当たりのよさを最大に生かせるよう、白を基調とした空間にしました。
できた空間はとても居心地がよくて、植物も気持ちよさそうです。
最後の1部屋はフォトグラファーがいいなとずっと思っていたので、
いい人に出会えるまで急ぐことはなく、半年くらいはじっと待っていました(笑)。
そうしているとご縁をいただき、フォトグラファーの吉永真利江さんが入居。
こうして「建築×グラフィック×インテリア×フォト」の
4組からなるLinked Officeになりました。
通常なら「来週の◯日、◯時に打合せをしよう」みたいなやりとりになりますが、
この距離感でクリエイターが集まると「ちょっと今、相談いい?」みたいに、
気軽にコミュニケーションが生まれ、とてもスピーディーにディスカッションができます。
その後、4人で取り組んだプロジェクトや、僕が知らない間に
ほかのふたりや3人が取り組んでいたプロジェクトなどなど(笑)、
クリエイティブな仕事が生まれ、まちへたくさん寄与していきました。
なかでも特に評価をいただいたプロジェクトが、再販マンションのリノベーションです。
僕が設計し、寺井くんが施工、吉永さんが広報用写真の撮影を担当したプロジェクトで、
『黒川記章への手紙』として『リノベーション・オブ・ザ・イヤー2018年』の
総合グランプリを受賞し、日本一を獲得しました。
そのほかにも同じくマンションのリノベーション
『100+∞(無限大)』でベストデザイン賞、
木材の流通にも関わった店舗リノベーション『林地残材とシニア団地』で
部門別最優秀賞を受賞しました。
よく「神は細部に宿る」といいますが、寺井くんの施工はとてもきれいで
ガラスの納まりは特に目を見張るものがあります。
吉永さんの写真もコンセプト通りの仕上がりで、いつも一発納品でした。
「お互いがリンクしあい、クオリティの高いプロジェクトでまちに寄与していく」
というコンセプトのLinked Office “LIO”。
そのコンセプト通りに、協働し合い、いくつもの結果を残していきました。
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「いつもこの仲間で組む」というわけではなく、
地域内のほかのクリエイターと組むこともあります。
決して“仲よしこよし”ではなく、お互いがプロとして意識し合い、
高めあっていった関係性がよかったんだと思います。
そのなかで生まれた空きビル再生プロジェクト〈室町シュトラッセ〉も
北九州ではセンセーショナルなプロジェクトになりましたが、それはまた別の機会に。
2022年9月現在、岡崎くんと吉永さんはそれぞれ独立し、
事務所やスタジオを新設して活躍の場を広げています。
ふたりが退居したあとも何社か入れ替わりながら、
それぞれと協働していろんな新しい展開もありました。
飲食店のコンサル事業者が入居してくれて、
弊社が運営する飲食店のアドバイスをもらうなど、
現在でも入居者とよき関係が築けています。
寺井くんも超がつくほどの人気者。
県外プロジェクトも含めて多数同時進行中で、
ずーーーっと忙しく、ほぼLIOに居ません(笑)。
そんな寺井くんも今年10月にはLIOを退居し、さらなる活躍の場を広げようとしています。
かつてのスターティングメンバーはLIOにほとんど残っていませんが、
岡崎くんも寺井くんも吉永さんも、今も変わらず一緒に仕事をすることもあり、
阿吽の呼吸でやりとりできているのはいうまでもなく。
オープン時に置いていた観葉植物のカポックはもう樹木のように成長しています(笑)。
独立したての“苗木”だった僕らは、“寄せ植え”のように華やかに魅せつつも、
時間と経験を経て、それぞれの幹が太くなり、枝葉が広がった今は
独立した鉢に移植していきました。
そして今も各々はさらにどんどんたくましく成長しています。
今のカポックを見ながら、ふとそんなふうに感じたLinked Office “LIO”の物語。
寺井くんが退居したら1部屋空くので、興味のある方は
ぜひお気軽にお問い合わせください。
Linked Office “LIO”の第2章。
これから一緒に活動してみませんか。
information
株式会社岡崎デザイン(岡崎友則)
Web:株式会社岡崎デザイン
information
株式会社ヴィリオ(寺井 智彦)
Web: 株式会社ヴィリオ
information
uruphoto(吉永 真利江)
Web:uruphoto
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