連載
posted:2022.3.4 from:埼玉県熊谷市 genre:活性化と創生 / アート・デザイン・建築
〈 この連載・企画は… 〉
地方都市には数多く、使われなくなった家や店があって、
そうした建物をカスタマイズして、なにかを始める人々がいます。
日本各地から、物件を手がけたその人自身が綴る、リノベーションの可能性。
profile
Kazuhiro Hakuta
白田和裕
はくた・かずひろ●1981年埼玉県草加市出身。熊谷にて〈設計事務所ハクワークス〉〈まちづくり団体A.A.O〉、草加にて〈キッチンスタジオアオイエ〉で活動中。大学卒業後、ドイツ・ケルンの設計事務所にて研修し、古いものを生かしたリノベーションの虜に。2016年よりハクワークスとして独立。「空き家にチャンスを。空き家でチャンスを」をテーマに活動中。空き家をシェアキッチン〈デンクマル〉に、空きビルをシェアカフェ〈シェアカフェ★エイエイオー〉に、空きビルの区画をシェアサロン〈みかんビル〉にするなど、“空き家を開き屋“に。建築士が空き家を妄想する不動産サイト『空き家妄想バンク』も展開。まちの旗振り役として地域を巻き込み、“ おもしろい妄想”を繰り広げる。
https://www.denkmal.work/hakuworks
credit
編集:中島彩
埼玉県熊谷市にて、空き家を使った設計、事業の立ち上げや場の運営も行うなど、
“空き家建築士”として活動する、〈ハクワークス〉の白田和裕さんの連載です。
今回のテーマは、熊谷市中心市街地の目抜き通りにある築40年のビル。
外壁工事の依頼からビルの運営にまで発展し、
女性が集うシェアサロンとなった経緯を振り返っていきます。
とある日、1本の連絡がきました。
「市役所通りにあるビルで、タイルの改修の見積もりが欲しいんですけど」
そこでお会いしたのがオーナーの荒井広美さん。
相続したビルのタイルが劣化し、剥落する可能性があるので改修したいとのこと。
熊谷の目抜き通りである市役所通り(僕は“シャンゼリゼ通り”と呼んでいる)にある、
築40年の3階建てのレトロビル。タイルの具合も見ながら、
ビル内も見学させてもらいました。ワクワク!
レトロなクロス、アンティークな家具に時代を感じさせる照明。
窓の向こうからは、市役所通りのケヤキの新緑が飛び込んできます。
このビルの魅力をビシビシと感じました。
先代は1階で薬局を経営し、2階は住居、
3階は倉庫と趣味のカラオケ教室だったそうです。
それが現在では1階にフレンチのお店が入居するのみで、
2~3階は当時のまま空き家となっていました。
タイルの改修の見積もりは200万円となりました。
オーナーさんは別の場所に居住し、子育てをしています。
このビルを所有しているだけで固定資産税がかかり、
今回は改修費用も重なるしんどい事態。
またこの先どのタイミングで解体するのか、
どう引き継いでいくのかといった不安も出てくるはず。
僕自身、空き家建築士の名にかけて、この萌ゆるビルの行末に伴走したいと、
2~3階を借りて運営させてもらえないかと願い出ることにしました。
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このビルの2~3階をリノベーションするにあたり、さまざまな条件を整理しました。
環境的な条件
・熊谷のシャンゼリゼ通りであり、カフェ、ベーカリー、名物かき氷、
アパレル、惣菜のテイクアウトなど、熊谷で一番いい店が揃う立地。
・市役所や郵便局の近くで、ここで働くのは超便利。
・緑が豊かで、ゆとりのある通り。
・ビル専用の駐車場がない。
建物の状況
・路面ではなく、2階と3階というハードルが高い物件。
・でも窓から見える街路樹の感じはGOOD。
・内装はハクワークス負担、外部に関する部分はオーナー負担。
潜在利用者の設定
・ほかのスペースを運営するなかで、フリーランス女子と知り合うことが多かった。
・子育てが落ち着いた主婦層が、新規に学んで
自宅でサロンなどをオープンしている方も多い。
つまり、この通りには暮らしを豊かにするすてきな店が揃っており、
女性が活躍できる場としてもうひとつアクセントになるスポットが生まれたら、
さらに豊かな日常になりそうだということ。
考えた結果、時間貸しのシェアサロンの案が浮かびました。
2階はネイル、マッサージ、占いなどできるシェアサロン、
3階はヨガ、ダンス、ワークショップができるレンタルスタジオ、という構成です。
契約としては、6年間賃貸してシェアサロンを運営。
6年後には、内装をそのまま返却する。
ただし、オーナーさんの負担が少ない分、家賃は相場より抑えて賃貸させてもらう。
といった感じです。
事業収支も組み立て、オーナーさんとの打ち合わせに臨みました。
結果的に「とりあえずやってみよう」とOKをもらい、
シェアサロンプロジェクトがスタート。
その後「実はあのとき、さまざまな不安があった」と教えてくれました(笑)。
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まずは名前を考えるところから。名前が決まれば、70%は完成だと思っています。
この場所を〈みかんビル〉と名づけました。
未完の小さな粒でも、集まれば大きな実となる。
緑豊かな通りで、緑のタイルのビルにて、地域に根差して
大きな木のように育ってほしい、そんな思いを込めて。
“抜け感”のある響きも狙っていたりします。
コンセプトは「働く人も訪れる人もきれいになるビル」。
女性たちのこれからの働き方を考えたとき、仲間がいることで切磋琢磨し、
情報交換でき、拠り所になる場所が必要。
まずは、ここで事業をする方々が一番最初に輝ける場所になることを目指します。
空調やWi-fiだけでなく、ベッドやソファなど、サロンの専門的なアイテムも設置。
フリーランスの方が好きな時間に利用できたり、
独立を希望する人が充実した設備のなか、
ローリスクで気軽にビジネスを始められるようにしました。
無事に工事が終了し、2021年2月にオープンしました!
2階はネイル、脳洗浄、女性向けマッサージ、ワークショップ、イベントなど、
3階はヨガ、ピラティス、ベリーダンス、タヒチアンダンス、
キッズダンスなどで利用してくれています。
オープンしてから、こんなに利用してくれる潜在プレイヤーがいるのかと驚いています。
また、2階にはレンタルボックスを設置し、
「女性がきれいになる」をコンセプトとした商材や
アクセサリーを販売できるようにしました。
クラフト作家さんとここで接点を持てるようになっています。
3階のスタジオはギャラリーのように真っ白な内装なので、
たくさんのアーティストさんに作品で彩ってもらい、
アートを日常的に購入できるようにしました。
ここでもアーティストさんとの接点をつくることが狙いです。
このビルでの懸念点は、人と人をどのようにつなぐかということ。
コミュニティマネージャーが必要だと思ったのですが、
美容とはかけ離れた男の僕では……ということで、今回は女性を対象に募集しました。
3人の女性が手を挙げてくれて、一緒に運営をお願いすることに。
施設での雑務やフォロー、いろいろな人の相談役、
人と人をつなげて新たな化学反応を生み出してくれることを期待していたのですが、
3名の個性と能力によってそれ以上の効果があり、
うれしい誤算どころかこの施設の特色になっていきます。
3人の女将は、カメラマンとネイリストのふたり。
コミュニティ特化型、ストイックSNS強化型、聞き上手型と三者三様です。
独立した方の宣材写真を撮ったり、初期のインスタ講座を行ったり、
みんなの思いやビジョンをまとめるイベントをしたりしてくれました。
そういった活動がコミュニティづくりのきっかけになり、
そこから徐々につながりが生まれていきます。
ひとりでは不安な起業も誰かと一緒なら踏み出せるし、
本気の人と人を結んで、寄り添ってくれる、
そんなコミュニティマネージメントをする最高の女将たちなんです。
私は彼女たちに足を向けて寝られないほど、本当にお世話になっています。
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みかんビルがオープンして1年が経過し、懇親会を開催しました。
多数の方に参加いただき、
「この場所があって起業しました」とか
「地元でも教室ができて良かった」と言われ、本当にうれしかったです。
そして、みなさんは場所だけでなくつながりを求めているのだ、とも感じました。
懇親会では、以下のことが決定しました。
・グループチャットや定期の懇親会を開いて、チームビルディングをしていく。
・みんなでいろんな方の講座を体験し、口コミや拡散をする「みんなで広告作戦」。
・自己紹介カードをデザインしたものをつくり、
見えるところに掲示する「顔見える化作戦」。
・誰でも来られるオープンデーを開く。
みんなの意見を聴取し、みんなの活動をみんなで応援し、
みんなでプロモーションしていき、またみんながつながり、
みんなが輝ける場所にしていきたいと思っています。
残り5年でみかんビルをもっと育てていきますよ!
みかんビルのオープンを経て、最近ではもうひとつ新たな取り組みを始めました。
これまで数々の空き家、空き店舗と関わるなかで思ったのは、
オーナーさんが所有の空き物件について、どこになにを相談すればいいのかわからない、
ということ。
問題の種類は、建築、不動産、相続、登記、処分など多岐にわたり、
ワンスルーで解決できるところがないから、
これほど空き家が増えているのだと思います。
迷ってしまう人の受け口として、さらには空き家の利活用を推進するために、
空き家バンクのようなサイトを始めました。
その名も〈熊谷妄想不動産〉。
建築士が空き家の使い方を妄想し、
「ここは飲食店にするとコスパがいい」とか
「こんなふうにシェアスペースにリノベーションできますよ」と紹介し、
内覧まで誘導しています。
ほかにも、空き家、空き店舗を利用しているお店のストーリーを紹介しています。
取材といえば、接点がなかった方でも門戸を開いてくれます。
その人の過去や事業への想いが聞けるので勉強にもなるし、
距離感も近くなれておもしろさを感じています。
また、建築士や不動産と事業承継にまつわるサポートをする人など、
空き家に関する業種の方を“妄想サポーター”として紹介。
お店のオープン前後で継続的に応援できるサイトになっていければと思っています。
空き家建築家として活動を始めてから、空き家、空き店舗を通して
数々の知り合いが増えました。そして、人の魅力を感じることができ、
人こそがまちの魅力だと知ることができました。
建築士として空き家を“舞台”に仕立てることで、
人がアクションを起こすきっかけとなり、その人の歴史が動いたりもしました。
そこに伴走できるいい職業だと思っています。
これからも空き家建築士として活動をしていけたらと思います。
ご愛読ありがとうございました!
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熊谷妄想不動産
Web:熊谷妄想不動産
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