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空き家を、落ち着く、懐かしい、
おしゃれな空間にリノベーション。
富山県内川のカフェ〈六角堂〉秘話

リノベのススメ
vol.160

posted:2018.8.6  from:富山県射水市  genre:アート・デザイン・建築

〈 この連載・企画は… 〉  地方都市には数多く、使われなくなった家や店があって、
そうした建物をカスタマイズして、なにかを始める人々がいます。
日本各地から、物件を手がけたその人自身が綴る、リノベーションの可能性。

writer profile

Hiroyuki Akashi

明石博之

あかし・ひろゆき●1971年広島県尾道市(旧因島市)生まれ。多摩美術大学でプロダクトデザインを学ぶ。大学を卒業後、まちづくりコンサル会社に入社。全国各地を飛び回るうちに自らがローカルプレイヤーになることに憧れ、2010年に妻の故郷である富山県へ移住。漁師町で出会った古民家をカフェにリノベした経験をキッカケに秘密基地的な「場」をつくるおもしろさに目覚める。その後〈マチザイノオト〉プロジェクトを立ち上げ、まちの価値を拡大する「場」のプロデュース・空間デザインを仕事の軸として、富山のまちづくりに取り組んでいる。

マチザイノオトvol.2

前回は、富山県に移住して、情緒ある漁師町と
そこを流れる内川の昭和レトロな風景に出会い、
空き家だった「六角の家」をリノベーションしようと思った経緯について
お話させていただきました。

今回は、実際にリノベーションに着手して経験したいろいろなこと、
そして建築素人だった僕が学んだ数々の知識や技術的なことについて、
ご紹介していきます。

三叉路と橋でまちとつながるロケーション

当時の僕は、建築的な知識がほぼなく、この六角の家は
「古い木造の家」というくらいの認識でした。
古民家の定義もさることながら、町家と長屋の違いもわからないし、
現代的な木造住宅と伝統的な木造住宅がどう違うのかも知りませんでした。

その一方、ロケーションという観点では、全国各地の超過疎地を巡り、
地域活性化のお手伝いをしてきたときの感覚や自分なりの方程式があって、
それが大変役に立ちました。
人通りがあるか、駅に近いか、近くにランドマークがあるか、
などの見方は僕のものさしの中にはありません。

人知れず、毎年春になったらきれいな花を咲かせる山桜のごとく、
当たり前のように日々の暮らしや仕事などの営みを繰り返し、
継承されてきた素朴な生活風景に魅力を感じてしまいます。

僕は、リノベーションという行為が、
地域やそこに暮らす人々との関係にまで影響を及ぼすプロジェクトになってこそ
「リノベーション」なんじゃないかと思い、
当初から建築行為をプロジェクトの中心に置かないようにしようと考えました。
建築にあまり詳しくなかったのが結果的に良かったのだと思います。

前回、この六角の家が建っている三叉路が曳山祭りの見せ場のひとつになっていて、
曳山が角を曲がりやすいように交差点の角が切られているとお伝えしましたが、
これこそが地域との大事な接点だと思いました。

もし六角の家が取り壊されてしまったら、長年続いてきた
「曳山であそこを曲がるのは大変なんだ」という語りぐさがひとつ消えてしまいます。

ここがカフェとして再利用され、毎年、曳山がこの角を曲がるのに苦労する、
曳手は緊張する。そういう様子をカフェの店内から見守る。
そんな場所として地域の営みとつながることができれば最高です。

もうひとつは、ベンガラ色に塗装された屋根つきの木造橋、
「東橋(あづまばし)」が六角の家のすぐ近くにあるというロケーション。

この橋は歩行者専用の小さな橋です。
いまのように改築される以前は、屋根のないシンプルな木造橋でした。
この地域はいまでも銭湯が数軒ありますが、その昔は、
お風呂のある家が少なかったため、もっとたくさんの銭湯があったそうです。

この橋は、銭湯を利用する人が風呂桶を抱えて行き来し、
すれ違いざまに他愛のない会話が繰り広げられた日常使いの通路です。
人の往来は極端に少なくなりましたが、この建物が畳屋だった頃の様子を
語ってくれる先輩方とお会いできるのは、この東橋があるおかげです。

内川には直接面していないけど、三叉路と東橋によって
六角の家がまちとつながっている、そんなロケーションに魅力を感じました。

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次から次へと問題が……

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次々と立ちはだかる、建築の課題

約70年前に建てられたこの建物に図面というものは存在せず、
作業はまず、建築士の濱田修さんが建物の採寸をして
現況図面を描き起こすところから始まりました。

現況図面ができ上がると建物のサイズが理解できるため、
間取りや動線のイメージが一気に広がっていきました。
濱田さんがいることで、建築素人の僕が無茶なことを考えても、
しっかりとフォローしてくれます。なんとも頼もしい存在です。

この建物は、お世辞にも頑丈なつくりだとは言えません。
住宅環境の良さでは全国上位を誇る富山県です。田園地域や山間部に行けば、
太い柱や梁でつくられた大きくて立派な古民家がたくさんあります。

お隣の高岡市には重要伝統的建造物群保存地区があり、
町家と言っても立派な屋敷が通り沿いに建ち並んでいます。

それらに比べると新湊内川の漁師町にある小さな町家は、
なんとも頼りない存在ですし、貧弱な佇まいです。
六角の家も同様に、柱は細いし、開口部も広く、非常にか弱い建物に見えました。
この家が、過去何度かあった豪雪をよく耐え忍んできたなと感心するほどです。

お隣の建物と隙間なく、ぴったりと寄り添いあっているため、
建物が解体されてしまったそのお隣の町家は、必ず傾いています。
その傾きを防ぐために、大きなつっかえ棒を立てているお宅もあるくらいです。

この六角の家の場合は、お隣の建物があるにもかかわらず、それとなく傾いています。
最初の頃は、この傾きが気になって仕方ありませんでしたが、
それを上回る問題が次から次に出てきたのです。

まず、リノベーションには避けては通れない問題がいくつかあることを知りました。

不動産登記上、「居宅」になっている建物を「店舗」に変えるためには、
用途変更が必要だということ。
それには建築確認という面倒な手続きが必要になるということ。

あわせて、総床面積が100平米に満たない建物は
用途変更の申請をする必要性がない、ということも知りました。
幸いなことにこの建物は、わずかに100平米以下でした。

建物単体だけではなく、地域的な規制があることも知りました。
この地域は木造住宅が密集しているため、準防火地域に指定されていて、
それがリノベーションの大きな障壁となります。

建築当時のままの状態で利用すれば、特に問題ありません。
しかし、厳密に言うと、用途を変更する場合は、
窓を防火ガラスに替えたり、排煙窓をつけたり、軒先に天井をつけたりして、
現代の法律に適合させねばなりません。

建築士の立場では、そのように設計する義務がありますが、
実際に設計どおりに工事するかどうかは、
施主の意思と責任に委ねられるということも学びました。

基本的な間取りは、1階に18席の客席、厨房とトイレ、
2階に16席の客席とスタッフルームです。
2階から内川が見えることを最優先してレイアウトを考えました。

階段スペースが十分にとれず、かなり急な階段になってしまうことは
仕方ありませんでした。厨房もかなり狭いし、サービス動線も十分とれない、
かなり無理のあるレイアウトです。

その代わり、お客様にはゆとりを感じてほしいため、席は詰め込まず、
大きめのテーブルや椅子を選んで、トイレは個性的で広い空間にしました。

空間づくりへのこだわりは、非日常の店内から日常のまちの風景を眺めて、
そのギャップを楽しんでもらうこと。
昭和レトロな木製の窓枠がその演出には欠かせませんでした。

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リノベしてから、この建物は何年もつ?

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伝統構法の底力を知る

2012年11月、いよいよ建物の一部解体が始まりました。
1階の水回りがあった場所は、雨漏りを長年放置していたために、
屋根や壁がすっかり朽ちて果てていました。
そういった場所はまるごと解体してしまいます。

残されていた畳製造の機械や材料の一部は再利用することにしました。
ここが畳屋さんだった記憶を残したい、
当時を知る人がそれに気づいて懐かしんでもらいたい、そんなことを考えました。

荷物を処分し、不要な壁や天井、床組みを解体していくと、
細い柱で支えられた頼りない姿があらわになりました。
この姿を目の当たりにすると、急激に心配になってしまい、
大工さんにこっそりと聞いてしまいました。

「この家、リノベしたあと何年もつんですか?」

その質問に大工さんは
「マメに手をかけてやればもう50年はもつでしょ」と教えてくれました。

「もう50年」には驚きでした。予想外の長寿命です。さらに大工さんは
「家は定期点検して傷んだところはすぐ直す、そうすれば長もちする」
と教えてくれました。

実は、六角の家は「木造軸組構法」という伝統的な構法で建てられています。
それは傷んだ材料をパーツごとに入れ替えることができるすぐれた構法なんだそうです。
すごいぞ、伝統構法。

内部解体してみると「軸組構法」という意味がよくわかりました。
スケルトンになった1階から2階の屋根裏を見上げると、
まるで丸太のやぐらを組むかのごとく、木材が立体交差していて、
無数の軸をつくっています。

一番心配だったのは工事期間でした。竣工予定が2013年1月。
費用面と工務店さんのスケジュールとの兼ね合いから、
工事期間は2か月しかありませんでした。

工事を請け負ってくれた地元工務店の社長は、短期決戦に臨むべく、
職人さんをいつもより多く集めてくれました。
狭い建物内で所狭しと職人さんが作業する光景は、
なんだかワクワクするものがありました。

普通の住宅とは違い、2階に大勢のお客さんが入ることを想定して、
柱と梁の数を増やし、かなりの補強をしました。
もしも2階の床が抜けてしまったら洒落になりません。

また、壁の補強についても大事なことを学びました。
軸組構法の壁の中には、「貫(ぬき)」という細長い木材が隠れていて、
それが柱に開いた穴の中を通って壁の中を横断しているのです。
この木材は、大事な構造体の一部になっていて、
大地震で建物が完全倒壊しないよう粘ってくれる装置なんだそうです。
すごいぞ、伝統構法。

地域とのコミュニケーションを大切に

このリノベーションプロジェクトに対する地域の反応も気になるところでした。

僕が率直に肌で感じた印象は、不安とか、迷惑とか、
どちらかというとマイナスの印象でした。
実際のところ、人通りのない場所にカフェができることを深読みして、
きっと変わった人たちが集うに決まっている、
近所迷惑になることをするんじゃないか、などの噂が飛び交っていました。

でも、そう思われるのは仕方がないことです。
せめて、ご近所の方にだけでも僕がやろうとしていることを伝えたいと思い、
どんなカフェなのか、僕がどんな人間なのかをPRするチラシをつくり、配りました。

田舎の漁師町はあっという間に噂が広がります。いい意味でも悪い意味でも。
きっとご近所の方が広めてくれたのだと思うのですが、
徐々に応援の声が耳に届くようになりました。
工事現場の前を通る人から「楽しみにしとっちゃ!」と声をかけられたり、
畳屋だった頃の昔話をしてくれたりと、地元の人との交流も徐々に増えていきました。

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「畳屋の記憶」がトイレに!?

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モダンながら親しみが持てる空間デザイン

今回は、モダンな感じのカフェにしたいと思い、
柱や土壁が見える伝統的な「真壁」というスタイルをやめて、
傷んだ既存の土壁をそのままに、構造用合板で覆ってしまうことにしました。
耐震にも貢献します。また、濱田さんからの提案により、
耐震補強のために窓などの開口部を潰して、壁を数か所増やしました。

ほぼ毎日のように工事現場に足を運び、写真を撮り、SNSにアップしていきました。
施主が現場を見にくるというのは、職人さんにとっては迷惑な話だと思っていました。
が、後日談として、職人さんによってはそれがうれしいことだったと知りました。

工事が完了してしまうと、職人の苦労をうかがい知ることは難しいです。
でも、作業をしている姿を見て、職人さんに声をかけ、
わからないことを質問攻めにすることが結果的に良かったようです。
僕自身も、職人さんから直接いろいろな話を聞いて、多くを学ぶことができました。

空間デザインと呼べる仕事を今回初めてやってみたのですが、
山にこもって秘密基地をつくっていた少年時代を思い出し、
そのときのクリエイティブな感性が蘇ってきたことを覚えています。
ああしたい、こうしたい、というアイデアが次から次へと湧き出してきます。

いまあるものを最大限に生かしながらも和風にはしたくないし、
モダンでおしゃれすぎても落ち着かない、
そのちょうどいい塩梅をどうコントロールするかにもっとも気を配りました。
おばあちゃんは「落ち着く」と思い、
お母さんは「懐かしい」と思い、
娘は「おしゃれ!」と思う、そんなイメージの空間を目指しました。

空間デザインでもっとも力を入れた場所はトイレです。
畳の縁を縫いつける機械を工務店の倉庫に預けていましたが、
この機械をトイレから見える極小の坪庭に設置しました。
「畳屋の記憶」と題したオブジェ的な見せ方で、お客さんを驚かせようと思いました。

微妙に傾斜させたステンレスの天板が、手洗いボウルの代わりとして機能します。
いろいろな場面で楽しんでもらえる仕掛けをいくつもつくりたいと思いました。

2013年1月初旬、たった2か月で工事は完了。
これがプロの仕事なんだと感心しました。

先ほど「非日常の店内から日常のまちの風景を眺める」というお話をしましたが、
実際にできあがったビジュアルはこれです。

古民家の店内を「額縁」に見立てると、外の風景は「絵画の作品」です。
額があるから作品が引き立つ、意味を持つ、それを多くの人の伝えたいと思いました。
リノベーションの醍醐味はここにあると言っても過言ではありません。

工事の最後の大仕事は、畳の機械をトイレの中庭に入れることです。
中庭の開口部に余裕がなく、クレーンで機械を吊りながら
地道に方向や位置を調整しながら作業を進めました。

こうして無事にリノベーションを完成させることができました。

「本当に完成してしまった……」これが当時正直に思ったことです。
ここから経営という大変な仕事が待っています。

ついに、自分が憧れてきた「地域のプレイヤー」になる日が来たのだと思ったのです。
これからどんなドラマが待っているかと思うと、
不安をすべて飲み込んでしまうほどの大きなワクワクが僕を支配しました。

次回は、〈カフェuchikawa六角堂〉オープン後のお話です。
店の運営や地域との関わり、店で行うイベント活動などについてご紹介します。

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