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富山市八尾に体験型宿泊施設を。
〈越中八尾ベース OYATSU〉
若女将、原井紗友里さん

PEOPLE
vol.051

posted:2018.12.27  from:富山県富山市  genre:旅行

〈 この連載・企画は… 〉  ローカルにはさまざまな人がいます。地域でユニークな活動をしている人。
地元の人気者。新しい働きかたや暮らしかたを編み出した人。そんな人々に会いにいきます。

writer profile

Masayoshi Sakamoto

坂本正敬

さかもと・まさよし●翻訳家/ライター。1979年東京生まれ、埼玉育ち、富山県在住。成城大学文芸学部芸術学科卒。国内外の紙媒体、WEB媒体の記事を日本語と英語で執筆する。海外プレスツアー参加・取材実績多数。主な訳書に『クールジャパン一般常識』(クールジャパン講師会)。大手出版社の媒体内で月間MVP賞を9回受賞する。

photographer pforile

Yoshiyasu Shiba

柴佳安

しば・よしやす●富山生れ富山育ち。高校生の頃に報道写真やグラビアに魅せられ、写真を独学で始める。富山を拠点に、人をテーマとした写真を各種の媒体で撮影。〈yslab(ワイズラボ)〉 主宰。

仕事柄、国内外の観光地を繰り返し歩いているが、
富山県の八尾(やつお)ほど過小評価されている土地は、少ないと思う。
八尾自体の知名度が高くないうえに、知っている人であっても、
八尾は「毎年9月1~3日に開催される〈越中八尾 おわら風の盆〉のまち」
との認識で終わっているはずだ。

「おわら」とは「おわらまつり」の略称で、秋の季語にもなっている。
まちの若い男女が三味線や胡弓などに合わせて踊り歩く
豊年祈念の行事であり郷土芸能だ。
おわらまつりの3日間で八尾には人口の100倍近い20万人以上の人が訪れる。
一転して普段は一部のイベント開催時を除いて閑散としている様子を見れば、
まちの世間的な評価はおおよそ察しがつく。

しかし、八尾は極端な言い方をすれば、
1年のうち9月1~3日を除く362日が実にいい。
その美しいまちを祭りだけで終わらせず、通年で盛り上げようと、
八尾で体験型宿泊施設を立ち上げた女性がいる。

本人の名刺に印字された通りに記せば、
〈株式会社オズリンクス〉の代表取締役「女将」、原井紗友里さんだ。
今回はその原井さんの挑戦を紹介したい。

風情あるまちに誕生した観光拠点

そもそも八尾という土地は、富山県の県庁所在地である富山市のほぼ外縁部にある。
県内最大のターミナルステーションである富山駅から
JR高山線が岐阜県高山市方面に延びており、その沿線に越中八尾駅がある。
富山駅から越中八尾駅は普通列車で30分ほど。
さらに駅から徒歩25分ほどの高台に、「八尾」と言われる古いまち並みが広がる。

浄土真宗本願寺派の聞名寺(もんみょうじ)。

浄土真宗本願寺派の聞名寺(もんみょうじ)。

井田川と八尾丘陵に挟まれる河岸段丘で、
江戸から明治に絶頂を迎えた聞名寺の門前町・八尾は、
まち全体が地形と地形の境界(エッジ)にあるため、高低差に富み、
景観の変化が豊かだ。街路も丁字路や鍵状路が多く、散策が実に楽しい。

家並みも完全ではないが修景が進んでおり、車の速度では確実に見落とすが、
徒歩でこそ気づく味わい深い路地や狭路があちらこちらに延びていて、
旅情を大いにかきたててくれる。
平日でも夜になれば、祭りに向けて稽古をする人たちの胡弓(こきゅう)や
三味線の音色が民家からもれ聞こえてくる。風情が極まる瞬間だ。

この八尾の魅力を伝えるべく、体験型宿泊施設
〈越中八尾ベース OYATSU〉を立ち上げた「若女将」が、原井紗友里さんだ。

〈越中八尾ベース OYATSU〉。旧商家を生かした八尾の観光拠点。

〈越中八尾ベース OYATSU〉。旧商家を生かした八尾の観光拠点。

富山市出身の原井さんは、ユニークな経歴を持つ。
東京学芸大学に進学後、中国の青島にある日本人学校で4年間、教師を務めた。
帰国後は中国と富山をつなげる仕事がしたいと、
中国にも拠点を持つ県内の経営コンサルティング会社に入社する。

しかし、久々に帰ってきた富山は原井さんの目にとても美しく見えたそうで、
その良さが本当に「旅の人」たちに伝わっているのか疑問に感じ、
自分でも何かを始めたいと考えるようになった。
そこで1年間の就労を経てコンサルティング会社を退職し、
〈とやま観光未来創造塾〉グローバルコースの門を叩いた。

同コースは県内で外国人旅行者向けにツーリズム事業を立ち上げたいと考える人材に、
県が教育と訓練の機会を提供する場だ。
入塾に際して、希望者には厳格な選考が行われる。
原井さんは1期生として狭き門に合格し、半年間の集中的な教育と訓練を受け、
2016年に八尾の地で観光拠点を立ち上げた。

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旧商家の圧巻の内部

Page 2

蔵でライブを、奥座敷をゲストルームに

越中八尾ベース OYATSUは、明治5年に建造され、
後に現在の場所に移築された商家〈数納邸〉を再利用した体験型宿泊施設。
建物自体は富山市が保有し、イベント会場などに利用されてきた歴史を持つが、
原井さんが活用に名乗りを挙げ、地元商工会の仲介を経て、現在のかたちになった。

八尾は歴史あるまちらしく、景観まちづくり推進区域として
景観形成基準が定められている。
ほかの多くの建物と同じく、旧数納邸も切妻屋根の平入りの外観だ。

しかし、土蔵を囲うように土間や廊下、縁側などの
居住空間が設けられたユニークなこの元商家は、
建物の骨格を成す蔵の2階部分が、外から見ると入り母屋のように見える。
そのためか、どこか周囲の建物よりも通りに開かれた印象を受ける。
国道に面した開口部には格子が設置され、周囲との景観の連続も演出している。

圧巻は内部だ。平入りの格子戸から中に入ると、天井が高くとられた土間があり、
目の前には重厚な扉を開け放った蔵が内部をさらけ出している。
筆者が初めて取材で訪れた日は蔵でジャズライブが開かれるとかで、
その準備が進められていた。

蔵の部分はレンタルスペースとして、ライブだけでなく
寄席や茶会などさまざまなイベントが開催されている。
もちろん、三味線体験など体験プログラムや、カフェスペースにも活用される。

蔵の奥座敷にあたる和室は通常ゲストルームとして使用されており、
和室からは縁側を挟んで、池泉式の庭園も見える。
原井さんによれば、庭を挟んで向かいに建つ民家は
三味線や胡弓など楽器の練習場になっており、
土日になると朝から練習する音が聞こえてくるのだとか。

「3日間の祭りの期間だけではなく、このまちに流れている、
おわらの息づかいというか、普段からの八尾の人たちの
祭りとの向き合い方を感じてもらえるはずです」と、原井さんは語る。

蔵の前の土間に隣接した別棟のようなスペースにはカフェ&バーもあり、
その2階にもゲストルームが用意されている。
こちらは大通りに面しているため、9月の越中八尾 おわら風の盆の開催期間中は、
部屋から眼下に踊りを眺められる絶好のロケーションになっているのだとか。

旅慣れた外国人旅行者も訪れる越中八尾ベース OYATSU

旧数納邸は観光拠点として申し分のない物件だ。
建物の格もおもしろさも十分で、立地もまちの中心部にあり、
近所には商店も軒を連ねている。この建物とはどういう出会いだったのだろう。

「数納邸自体は前から知っていましたが、起業の地を八尾にしようと決めて、
具体的に物件を探しているときに再会しました。信じてもらえないかもしれませんが、
物件の候補のひとつとしてこの建物に入ったときに、
この建物が何か助けを求めているような気がしました」

再生が求められる地方のまちには、
決まって数納邸のような価値ある古民家が眠っている。
どの建物も原井さんのような人物の到来を待ち望み、
しかるべきタイミングで何事かの意志を伝えてくるのだろうか。

原井さんによれば、数納邸は紙問屋などの商いをしていた商家で、
主人は蔵の奥座敷で商売に励み、2階に住むといった使い方をしていたという。
ほかにもいくつか物件の候補があったというが、
原井さんは「ここほど立派な場所はない」と起業を決意した。

「もともと八尾は交易地点で、この場所も人と物が行き交う場所でした。
そのご縁も感じて、新しいかたちで人や物の交わる場所を
つくれればいいなと思いました」

蔵の内部。一部が吹き抜けになっている。

蔵の内部。一部が吹き抜けになっている。

いまではその願いの通り、八尾の新たな拠点として県内外での知名度も高まっている。
地元の新聞や雑誌にも露出は多い。
日本人7に対して3の割合で、外国人旅行者の利用もあるという。

台湾、香港、マレーシア、タイなどアジア圏が多いというが、
最近は外国人観光客が多い飛騨高山ではなく、
高山の近場でもっと素朴な日本の暮らしが楽しめる
八尾を選ぶフランス人旅行者も目立つのだとか。

しかも外国人旅行者の多くは旅慣れた人たちで、
レンタカーを自分たちで運転して来泊するという。
筆者が越中八尾ベース OYATSUを再訪したときには、
シンガポールからの観光客が三味線の演奏体験に興じていた。

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若女将が見据える先は?

Page 3

「おわら」とともに生きる人を見つけ、まちを守っていく

観光客の目線で言えば、原井さんは身ぎれいに身辺を装う宿の「若女将」で、
旅先の頼れる案内人といった感じに映るかもしれない。
取材時にカメラマンと靴をぬいで奥座敷に上がったとき、
土間に並んだわれわれの履物を手早く整える原井さんの所作は、女将そのものだった。

しかし、その姿は、彼女のほんの一面を表しているにすぎない。
原井さんが代表取締役を務める株式会社オズリンクスは、
旧数納邸での一棟貸しの宿、あるいはカフェ&バーのサービス提供だけでは終わらず、
「八尾町平面ホテル化構想」という言葉で指揮旗を振り、
まちの回遊性を高めるべく、空き家を利用した宿泊施設などのオープンを
次々と進めている。

〈TERAKOYA820〉という教育・学習支援事業部では学びの場をつくり、
〈tadas〉というアパレルブランドでは、着物のアップサイクルブランドもスタートして、
2018年の〈ベストドレッサー賞〉の式典で受賞者に
同ブランドの小物を贈呈したのだとか。

〈tadas〉で働く従業員。

〈tadas〉で働く従業員。

さらに詳細はまだ伝えられないものの、新たなビジネスを事業化する計画もあるという。
2016年に起業して以来、わずか2年の話である。まさに八面六臂の活躍だ。

この取り組みの向こう側には何を見据えているのか。聞いてみると、
「八尾町平面ホテル化構想もそうですが、事業を起こし、
八尾にお金が落ちてまちが潤う仕組みをつくっていきたいという考えがあります」
と教えてくれた。

「まちが潤えば、地元の事業者さんが事業を拡大したり、
新規の事業者さんが増えたりするはずです。
そうなれば八尾で働く人、暮らす人が増え、おわらの伝統を守る人も残ります。
別に宿を増やしたいだとか、アパレルブランドを持ちたいだとか、
そういうことが重要なのではなくて、このまちに暮らして文化を受け継ぎ、
おわらとともに生きていく人を見つけ、まちを守っていく事業をしたいと思っています」

動機善なりや、私心なかりしか。
原井さんの言葉を聞きながら、ある偉大な経営者の言葉が思い出された。
原井さんは事業を通じて、まちのともしびを守り、文化の発展を願っている。
地元商工会も含め、地域住人が惜しみなく原井さんに手を差し伸べていると
方々で耳にするが、その背景には原井さんの私心と
二心なき動機が大きく影響しているのかもしれない。

八尾の子どもたちの未来

ただ、順風満帆に見える原井さんにも、悩みはある。
「自分よりも人生の大先輩である地域の方が手放しに支えてくださっているなかで、
正直に言葉にしていいのか少し迷いますが、
やはりこのまちに暮らす同年代の仲間が欲しいです。
別に一緒に事業を立ち上げるような関係でなくてもいいのですが、
これからの八尾を担っていく同世代の仲間が、ほとんどいないという孤独があります」

この孤独は、越中八尾ベース OYATSUを立ち上げるときから苦楽を共にしてきた、
地元出身のスタッフ・杉山雄大さんと共有する孤独でもあるという。

越中八尾ベース OYATSUの創業メンバーで、地元出身の杉山雄大さん。コーヒーへの造詣は深い。

越中八尾ベース OYATSUの創業メンバーで、地元出身の杉山雄大さん。コーヒーへの造詣は深い。

「それでも一部には仲間も見つかってきていて、うちのブランドtadasには、
東京出身ながら家族で八尾に移住した30代の若いアクセサリーデザイナーがいます。
その方の娘ふたりは八尾でおわらを踊り、本人もいまでは胡弓を練習しています。
そうやってこちらに移住して、おわらとともに生きる若い世代が増えたら、
すごくいいなと心から思います」

間髪入れず、「だからこそ、移住しませんか」と、
原井さんは筆者にまで笑顔で移住を勧めてくる。
その曇りのないチャーミングさに、思わず「はい」と答えそうになってしまった。

越中八尾ベース OYATSUには、地元の小学生も
500円玉を握りしめて遊びに来てくれるという。
地元の学校で講演をした縁で、小学生たちが訪れるようになったのだ。

「子どもたちはいまは八尾にいますが、一度外に出て、
広い世界を見たうえで帰ってきてくれたらと思います。
それでうちの事業に何らかのかたちで携わってくれれば、
これ以上うれしい話はありません」

筆者も撮影でまちを歩いていると、何かの校外学習なのか、先生引率の下、
まちの電気屋で店主と小学生グループが楽しそうに会話をしている姿を見かけた。
八尾の子どもたちは、お母さんのお腹の中にいるときから、
まち中に響く「おわら」の音色を聞いて育っているという。
そのため地域の赤ちゃんは、生まれるとき「おぎゃー」ではなく、
「おわらー」と泣いて生まれてくるとか。

それほど豊かな文化の中で育った子どもたちだ。
外に出れば、故郷の「特別さ」が自然とわかる。
越中八尾ベース OYATSUに遊びに来る小学生の中で、
将来的に原井さんの仕事に携わる人材が出てきてもおかしくない。

原井さんの挑戦に賛同し、移住をする若者が増えるだけでなく、
追って将来、愛すべき故郷に成長した姿で戻ってくる子どもも増える。
すばらしい未来だ。

そうした仲間たちがまちを盛り上げようと一緒になって動き出すとき、
八尾に往時をしのぐ新しいにぎわいが生まれ、
八尾の世間的な評価も大きく変わっていくのかもしれない。

information

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越中八尾ベース OYATSU

住所:富山県富山市八尾町上新町2701-1

TEL:076-482-6955

http://8-base.chu.jp

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