連載
〈 この連載・企画は… 〉
ローカルで暮らすことや移住することを選択し、独自のライフスタイルを切り開いている人がいます。
地域で暮らすことで見えてくる、日本のローカルのおもしろさと上質な生活について。
writer profile
Taeko Ishii
石井妙子
いしい・たえこ●長野県生まれのライター、編集者。建築系出版社勤務を経て2015年にUターンし、フリーランスに。雑誌やwebを中心に、住宅とライフスタイル分野を中心に執筆。現在は長野県上田市の平屋をプチリノベして暮らす。ビールとワインが好き。趣味はBリーグ観戦で、遠征ついでにご当地の酒とおいしいものを味わうことが喜び。
photographer profile
Wataru Oshiro
大城亘
おおしろ・わたる●沖縄県出身。フォトグラファーとして様々な媒体で活動中。趣味はバスケットボール鑑賞。
沖縄本島のほぼ中央、サンセットが美しい西海岸に位置する恩納村。
ダイビングスポット〈青の洞窟〉やビュースポット〈万座毛〉で知られる、
旅行者に人気の地域だ。
リゾートホテルが立ち並ぶ海岸沿いから離れて、高台の静かなエリアへ。
坂道の先に、青空に映える真っ白なフラットハウスが立っている。
〈The Guava Shack〉は、1日1組限定の貸し切り型ホテルだ。
室内にはリビングとベッドルーム、バスルーム、キッチンやランドリーも揃い、
長期滞在するゲストが多い。
敷地の奥に広がるのは、ココヤシにバナナ、ハイビスカスといった
南国植物にぐるりと彩られたプライベートガーデン。
沖縄の太陽と風の下、誰の目も気にせず、自宅のようにリラックスできる。
予定を詰め込んであちこち観光するのではなく、
「ここで過ごして、“何もしない豊かさ”を感じられる場所を目指しました」と、
オーナーの望月亮さん、真希さん夫妻は話す。
日差しから守られる屋根つきテラスでビールを飲んだり、
地元商店で買ってきた食材で料理をしたり。
徒歩圏内のビーチで泳いで帰ったら、テラスで昼寝が気持ちいい。
小さな子どもがいるファミリーなら、庭のプールで思う存分遊ぶのも最高だ。
いつもの暮らしも沖縄の太陽と風のなかで過ごすと非日常で、
土地の魅力がじんわり伝わってくる。
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〈The Guava Shack〉のオープンは2022年。
2018年に横浜から沖縄へ移住した望月さん夫妻が、
セルフビルドで4年をかけて完成させた。
横浜では、亮さんは祖父の代から続く家業の建設会社代表、
真希さんはフリーランスのウェブデザイナーとして働いていた。
転機は2016年、ふたりでハワイを旅したときのこと。
「泊まったホテルの目の前が海だったんです。
その眺めがすごくきれいで、どれだけ見ていても飽きなくて。
自分自身にそんな感覚があったことに驚いたし、
観光に出かけなくても、
ホテルにいるだけで気持ちが満たされたのも初めてでした」
ハワイに惚れ込んだふたりは、以来、半年に1度のペースで旅するように。
南国の鮮やかな植物、フラダンスやサーフィンといった
ローカルの文化にも心を引かれたという。
いつしか「海の近くで暮らしたい」と考えるようになり、
国内の海をいろいろ見て回ったが、ハワイで得た感動には程遠い。
ならば日本で一番海がきれいな場所を見ようと出かけた沖縄が、
2度目の転機をもたらした。
「びっくりしました。沖縄の海は、ハワイよりもきれいだったから。
レンタカーで海岸沿いを走って、毎日違う地域に泊まりながら夕陽を眺めて、
滞在2日目には、沖縄に住もうと心が決まっていました」
デザイナーの真希さんは場所を選ばず仕事ができる。
亮さんはというと、当時建設業を取り巻く状況が悪くなっていたことから、
会社を畳もうと家族で相談していた頃合いだった。
「仕事を変えられるのなら、沖縄に移住できる」
決意を固めて移住を果たしたのは、初めて沖縄を訪れたわずか3か月後のことだ。
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子どもの頃からものづくりが好きな亮さんと、インテリア愛が深い真希さん。
沖縄で最終的に叶えたい夢は、
「セルフビルドで自分たちの家を建てること」だという。
建設業の経験がある亮さんは、重機を操ることはひと通りできる。
とはいえ専門は道路や水道など土木分野だったため、
建物づくりはゼロからのスタートだ。
そこで考えたのが、小さなホテルを建設して自分たちで営むこと。
「沖縄で何の仕事をしようか考えたとき、まず思い浮かんだのが宿泊業。
自分で建物をつくれば経験になるし、
ホテルの収益を将来の自宅建設費にと考えました」
移住1年目は、ひたすら土地探しの日々。
夕陽がきれいな西海岸を巡り、見つけたのが別荘地の一角にあるこの土地だ。
海が見える土地は予算的に手が届かなかったが、
徒歩圏内に美しい小さなビーチがあることが決め手になった。
南国植物に囲まれたガーデンやプールのある、
「出かけなくても楽しめるホテル」という現在のコンセプトを据えた。
建築士免許を持たない亮さんは、通常なら建物の設計はできない。
しかし恩納村は地域の用途区分上、
木造平屋建てなら免許を持っていなくても建設可能なことがわかり、
背中を押された。
けれど台風が多い沖縄は、鉄筋コンクリート造の建物が大半。
木造建築は珍しく、
個人が建築用木材を購入するルートは皆無であることが判明する。
「困り果てていたとき、
木造のアメリカンハウスを多く手がける建築家が沖縄にいると知って。
ダメもとでメールで相談したら、話を聞いてくれたんです」
聞けば、建築家の彼もまた移住者だという。
ホテル建設の計画を話すと「やったらいいじゃない」と亮さんを励まし、
カナダから木材を輸入するコンテナに望月さん夫妻の分も一緒に積んでくれること、
亮さんが書いた図面をチェックすることまで快く引き受けてくれた。
「本当に安心した。道が開けた、と思いました」
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みずから重機を操り、土地の開拓と造成から開始。
敷地の奥に盛り土をして高低差をつくり、
道路からガーデンが見えないレイアウトにすることで非日常感を演出した。
デザインコンセプトは、ハワイのカウアイ島の住まい。
気候も植生も時間の流れも似ている沖縄で、ハワイの魅力を表現したいと考えた。
庭に植えた植物も、ティーリーフ、ハイビスカス、ヘリコニア、バナナ、
トックリヤシ、ココヤシと、ハワイにも自生しているものばかり。
「台風で何度か枝が折れましたが、すぐに再生します。
やっぱり土地に根づく植物の力はすごいなと思いますね」
インテリア担当は真希さん。
木材から水栓、フックひとつに至るまで、ハワイのテイストにこだわった。
「とはいえ日本で手に入らない材料もあるし、
沖縄の気候や法律に合わせなければいけないこともあります。
ハワイのような木製窓は台風に耐えられないし、
旅館法の規定で網戸もつけなければいけない。
いかにデザインを守りながら機能面をクリアするか、工夫を重ねました」
例えばリビングの壁は、ハワイで伝統的な木を使った凹凸のある貼り方。
現地ではパネルの状態で市販されているが、日本では手に入らないことから、
カットした板材を貼りつけて再現した。
屋根はハワイに多いフラットな形状を計画したが、
くだんの建築家から「台風で飛ばされてしまう」と助言を受けて、
ゆるやかな勾配の三角屋根に。
「天井を張らずに梁を見せることでコンパクトな室内が広く見えて、
インテリアとしてもよい雰囲気になりました」
会社時代の習慣で、工程表に沿ってきちんと工事を進めることを目指していた亮さんだが、
何しろ施工担当は自分ひとり。
毎日暗くなるまで必死で作業をしていたところ、
ストレスから帯状疱疹を発症してしまった。
「それからは、無理をしないペースに切り替えました。
そうこうするうちコロナ禍になって、
急いでオープンする必要もないからますますのんびり。
気づいたら、完成まで4年がかかっていましたね。
でも、初めての建物づくりはとても楽しかった。
ホテルをオープンしたいというよりも、ずっとつくっていたかったぐらいです」
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「沖縄固有の感性だと感じるのが、人の目を気にしないこと。
例えば横浜で、隣の住人がいきなり建物をつくり出したら怖がると思うけど、
沖縄ではそれもありというか、
良くも悪くも“やりたいことをやっちゃう”文化がある。
責任さえ自分で取ると決めたら意外と何でもできるんだと、
沖縄に来て思うようになりました」
その背景には、沖縄ローカルの「助け合う文化」がある、とふたりは言う。
移住当時、沖縄に知り合いはゼロだった夫妻。
ある雑貨ショップを訪れたとき、店主との世間話でホテルの計画を話したところ、
「おもしろいね」と移住者仲間を紹介してくれたことをきっかけに、
少しずつ友人が増えていった。
「沖縄は移住者が多いからか、
みんなおもしろそうなことに興味を持って、どんどん関わろうとしてくれるんです。
役に立つ情報をシェアしてくれたり、関わりがありそうな人を紹介してくれたり」
人とのつながりは、不可能を可能に変える。
前述の建築家との縁は言わずもがな、
工事中、人手が必要な生コンクリート打設の工程で応援を頼むと、
友だちの友だちまで声をかけて、平日にもかかわらず7人も集まってくれた。
たまたま隣の敷地で工事をしていた現場監督が、
ひとりで黙々と作業する亮さんに興味を持って話しかけたことをきっかけに、
若き造園家を紹介してもらったことも。
庭を埋め尽くす植物は、彼が格安で販売してくれたものだ。
「移住者はショップや観光業、建築業など、自営で仕事をしている人が多い。
自分が助けられてきたから、もちつもたれつ、
何か始めようとする人を助けることが当たり前なんですよね。
僕たちも建設現場なんかの手伝いによく呼ばれるし、
お金を介さずとも助け合うことが、ここでは日常的にある。
もし横浜で、同じようにゼロからホテルをつくって開業しようとしても、
きっと実現できなかったと思います。
〈The Guava Shack〉を建てる過程で、どんどん友だちが増えて、
40年近く住んだ横浜より、6年住んだ沖縄のほうが断然友だちは多いですね。
逆にうちなんちゅ(沖縄出身の人)はシャイな人が多いから、
あまりぐいぐい行かないほうがいい。
そうしたバランスも、なんとなくわかるようになりました」
人とつながるハブになるのは、移住者が営むショップやレストラン。
「移住前は、知らない人に話しかけるなんてとんでもなかった」と話すが、
沖縄に来て、自分たちも人とのつき合い方が変化した。
居合わせた人と話すことで輪が広がり、今につながったことを実感している。
今後の計画は、〈The Guava Shack〉の庭にアウトドアキッチンをつくること。
「ピザを焼いたりバーベキューをしたり、
私たちが日常で楽しんでいることをゲストにも体験してほしい」
ローカルに溶け込んでいくふたりと
一緒にアップデートしていく〈The Guava Shack〉が楽しみだ。
information
The Guava Shack
*価格はすべて税込です。
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