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連載

〈界 加賀〉から足を伸ばして。
我谷盆の故郷を訪ねて
ダム沿いのトレイルを歩く

星野リゾートの温泉旅館〈界〉で
感じる日本各地の魅力
vol.010

posted:2025.8.26   from:石川県加賀市  genre:旅行

PR 星野リゾート

〈 この連載・企画は… 〉  「王道なのに、あたらしい。」をコンセプトとした星野リゾートの温泉旅館〈界〉。
それぞれの旅館で楽しめる温泉やその地の贅沢食材をその地の調理法を使用した会席料理、
個性あふれるご当地部屋の魅力はもちろん、〈界〉施設周辺地域の風土や歴史を紹介していきます。

writer profile

Toshiya Muraoka

村岡俊也

むらおか・としや/ノンフィクション・ライター。1978年生まれ。鎌倉市出身、同市在住。著書に『穏やかなゴースト 画家・中園孔二を追って』(新潮社)、『新橋パラダイス 名物ビル残日録』(文藝春秋)、『熊を彫る人』(小学館 写真家との共著)など。

photographer

Masanori Kaneshita

兼下昌典

かねした・まさのり/写真家。1987年広島生まれ。日本大学芸術学部写真学科卒業。広告制作会社、イイノスタジオを経て2014年より木寺紀雄氏に師事し、2017年独立。広告・雑誌などにおいて様々な分野で活躍中。
https://www.kanegonphoto.com/

ノミの跡が美しく、素朴な盆

木端葺き(こばぶき)に用いる栗の端材を使い、雪に閉ざされる農閑期に、自分たちが使うための盆として作り始めた。江戸後期から明治時代にかけて盛んに彫られ、物々交換や温泉街で売られたこともあったという。我谷村(わがたにむら)で作られていたから、我谷盆(わがたぼん)。ノミの跡がそのまま残された繊細と無骨の同居するさまに、不思議な魅力の宿った盆はしかし、時代が進むにつれ、木端葺きが瓦葺きへと変わり、次第に彫られなくなっていく。消えつつあった伝統は、1959年の県営我谷ダムの建設によって完全に絶えることになった。我谷村はダムに沈み、我谷盆は「幻の盆」となった。

人間国宝でもある木漆工芸家・黒田辰秋によって我谷盆は「発見」され、その後に幾人かの作家の手によって復興されている。現在もその系譜は繋げられているが、私はむしろ失われてしまったものを見たかった。山中温泉の賑わいから分け入った山深い谷間で、今も人を惹きつける盆が生まれた。ただ使うだけならば、揃えられたノミ跡も必要ない。その盆の美しさは、里山の豊かさから来るような気がしていた。

虫がいて、渓流があり、人の営みは続いていく

ダム湖にかかった長い吊橋を渡り、湖畔のトレイルを上流へと歩く。今でも山菜狩りのために歩く人がいるのかもしれない。ほとんど倒木もない。足元には蕗の葉が繁り、春には蕗の薹がたくさん採れるだろう。しばらく歩くとダム湖へと流れ込んでいる渓流があった。重なった丸石を辿って水辺に降りて振り返ると、先ほど立っていたのは、苔むした橋の上だとわかった。この橋は、果たしてダムができる以前からあったろうか? あるいはダムの整備のために作られたものかもしれない。渓流はダム以前からあったはずで、積み重ねられた丸石は、水辺に降りるために人が積んだもののように感じられる。渓流沿いには草を倒した踏み跡が少しあり、今でも釣り人が沢を登っているはずだった。

帰り道、道端に目を凝らしながら歩いていると、緑色に輝くゾウムシを見つけて写真を撮った。虫好きの友人に画像を送ると、リンゴヒゲボソゾウムシだとすぐに返信が来た。彼と地元の山を散策するうちに、自然の中へ入ると虫を探す癖がついてしまった。虫は、その土地の豊かさを表すバロメーターのようなもの。虫がいると不思議と安心する。

山中温泉にある「芭蕉の館」で我谷盆を見せてもらうため、我谷ダムから車を走らせていると、遠くからでもわかる、巨大な杉があった。菅原神社の境内にあるその大木は、栢野大杉と呼ばれ、なんと樹齢2300年を超えるという。根を守るためのボードウォークの上から、そっと巨木に触れながら頭を垂れる。ダムよりも、そして我谷村よりも、はるか昔から土地に根ざした杉の大木の表面は、うねるような筋が均等に並んで、はるか上部まで続いていた。

information

界 加賀map

KAI Kaga 
界 加賀

住所:石川県加賀市山代温泉18-47

TEL:050-3134-8092(界予約センター)

https://hoshinoresorts.com/ja/hotels/kaikaga/

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