連載
posted:2016.5.4 from:滋賀県長浜市 genre:食・グルメ
sponsored by KIRIN
〈 この連載・企画は… 〉
その土地ならではの風土や気質、食文化など、地域の魅力を生かし
地元の人たちと一緒につくった特別なビール〈47都道府県の一番搾り〉。
コロカルでは、そのビールをおいしく飲める47都道府県のスポットをリサーチしました。
ビールを片手に、しあわせな時間! さあ、ビールのある旅はいかがですか?
writer profile
Chizuru Asahina
朝比奈千鶴
あさひな・ちづる●トラベルライター/編集者。富山県出身。「暮らしの延長線の旅」をテーマに国内外のフィールドで活動中。エコツアーや郷土食など風土に触れる旅のエッセイを書く。各地でワークショップや講演活動も行っている。
photographer profile
Takeshi Abe
阿部 健
あべ・たけし●1980年神奈川県生まれ。日本写真芸術専門学校2部 報道・芸術写真科卒業。写真家平野太呂氏の助手を経て、2009年よりフリーランスに。
www.takeshiabe.com
credit
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47都道府県、各地のビールスポットを訪ねます。
滋賀でコロカルが向かったのは、〈竹生島〉と長浜のまち。
日本一の広さを誇る、滋賀県の琵琶湖には、実は、いくつかの島があるらしい。
なかでもパワースポットとして知られるのが、〈竹生島(ちくぶしま)〉。
今津港や長浜港などからフェリーが出ていて、
湖畔からはフェリーや小船が行き交っている様子が見えました。
そんな湖の風景は、広大でまるで海のようです。
かの柿本人麻呂は
「淡海の海 夕波千鳥汝が鳴けば 情もしのに古(いにしへ)思ほゆ」
(万葉集)
と詠いましたが、なるほど琵琶湖が
“淡海=近江”の海のように見えるという表現は
いまもそのままに当てはまるようです。
朝一番に爽やかな湖風を感じながら、竹生島行きのフェリーへ乗り込みます。
広大な湖をかき分けるように進むフェリーは、デッキで過ごすのが気持ちいい。
紺碧の湖に吹く風はさらりと肌をすり抜けていく。
湖が「琵琶湖」という名称になったのは明治時代。
一説には、湖に浮かぶ竹生島の弁才天が持っている琵琶の形に似ているということから
その名がつけられたと言われています。
竹生島弁才天は神奈川の〈江島神社〉、広島の〈厳島神社〉と並ぶ、
「日本三大弁才天」のひとつ。
神の斎(いつ)く住居(すまい)として竹生島と名づけられた島だけに、
古来より琵琶湖の竜を鎮めた弁天様の棲む
聖なる島と崇められてきた場所でもありました。
そんな神秘の島へ、一歩足を踏み入れたら、土地のパワーを感じられるかも?
そうでなくても、水と風を感じながらきっと清々しい1日が過ごせるはず!
訪れたこの日、早朝から琵琶湖一帯は濃霧だったのが一転、
竹生島に到着した途端にみるみる霧が晴れて、
太陽が燦々と降り注ぐ初夏のような陽気に。
どうやら、弁天様は私たちを歓迎してくれたようです。
寺社に続く長い階段を一段ずつ上がって振り返ると、
静かな琵琶湖と、長くたなびく雲の向こうに山影が連なっていました。
ここは、かつて長浜を含む北近江を治めた浅井氏が信仰していた島のため、
浅井家に関わりの深い石田三成にもゆかりがあります。
戦国時代以前から連綿と続く島のありように、
畏敬の念を持ちつつ一歩一歩踏みしめて歩いてみました。
弁才天を安置する宝厳寺の弁天堂に並んでいたのは、弁天様を模したかわいい姫だるま。
お願いごとを書いて、納めるのだそうです。
続いて、階段を下りて、隣接する都久夫須麻神社の龍神拝所へ。
鳥居に向かって願いごとを書いた土器を投げる“かわらけ投げ”は、
竹生島の名物ともいっていいほど知られた、いわば運だめしのアトラクションのようで
初めて竹生島を訪れたほとんどの人がチャレンジするそうです。
もちろん、筆者もかわらけを投げてみました。
その結果は……!
小さな島なので、30分もあれば一周できますが、
そうやっているうちに気がつけば帰りのフェリーまでの時間。
あっという間に島での時間は過ぎていきました。
帰りのフェリーでは、島での散策の疲れをいやすかのようにビールの缶をプシュッ!
なんだかとっても旅の気分になってきました。
Page 2
長浜港に到着後、フェリーから湖畔に見えた城を目指していくと、
太閤秀吉公が羽柴秀吉時代につくりあげた楽市楽座のまち、長浜があります。
駅から5分も歩くと、風情あるまち並みが続きます。
ちょうどこの日は年に一度の〈長浜曳山祭〉の2日目。
長浜城主であった羽柴秀吉が長浜八幡宮の祭礼を復興して行った
〈太刀渡り〉(武者行列)が始まりとされ、以来400年間続いている
「日本三大山車祭」のひとつとなっています。
歩いている最中、ひとつの曳山で芸達者な子ども役者が狂言を演じていました。
秀吉が奨励した楽市楽座時代から続く碁盤目状のまちには、
大手門通りにある〈黒壁スクエア〉を中心に、
陶芸工房、金物店、喫茶店、魚屋など個人商店が軒を連ねています。
小さな魚屋で名物の「焼きサバ」を売っていたり、
和菓子屋でお団子が売られていたり、おいしそうなものもちらほら。
地図を片手にそぞろ歩き。
軒先で琵琶湖でとれた小鮎の佃煮やてんぷらなどをつまんでいると
ほかのものとは値段がひと桁違う鮒寿司を発見。
さすが琵琶湖を代表する郷土食だけあって結構なお値段です。
地元の人に聞くと、年間約200万人の観光客が訪れるという長浜も、
昭和の時代は人口減少を危惧するシャッター商店街だったと言います。
それがいまでは平成元年に完成した〈黒壁ガラス館〉が
10年以上連続して滋賀県の観光客動員数ナンバー1に。
平成23年には約265万人(滋賀県観光入込客統計調査)の観光客が来館しています。
明治時代に銀行だった建物を、行政と民間が協働した
第三セクターで再生させた黒壁ガラス館の成功によって、
徐々に近隣の個人商店へも経済効果が表れ、
まちに楽市楽座のごときにぎわいが戻ってきたのです。
これも、過去にまちの基礎をつくってくれた秀吉や
長浜出身の石田三成など過去の偉人のお陰さま。
黒壁ガラス館のある黒壁スクエアを中心に、
老若男女、国籍問わずに食べ歩きをしながらにぎわうまちは、
きれいに掃除も行き届き、まちが大切に思われているムードがありました。
「黒壁ガラス館のできる前は特に何もない、寂しいまちでした。
いまは観光客がいつも来てくれる。まちの様子はがらりと変わったね」
とタクシーの運転手さんはにんまり。
よしやるぞ、と地元の有志で始めたまちづくりが
27年経って、いまのかたちになりました。
歴史香る史跡や建物の奥には、商業を盛り上げ、大きな祭りを継承していく、
力強い長浜の人々の暮らしが息づいていました。
戦国時代に思いを馳せながら、いったん足を止めて休憩。
過去と現在を行ったりきたりしたかのような旅を振り返り、
まちを流れる川のほとりで佇んでみると、
さわやかな琵琶湖の風がまちを吹き抜けていきました。
さて、琵琶湖でとれた小鮎のてんぷらでもつまみながら、
ぐいっと1杯飲んでみましょうか。
問合せ/キリンビール お客様相談室 TEL 0120-111-560(9:00~17:00土日祝除く)
ストップ!未成年者飲酒・飲酒運転。
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竹生島クルーズ
長浜港から約6キロ沖合にある神秘の島、竹生島へ向かう船は、1日5便。料金は往復で3070円。チケット購入時に、復路も予約する。
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