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二度目のマチスタ番

マチスタ・ラプソディー
vol.034

posted:2012.12.25   from:岡山県岡山市  genre:暮らしと移住

〈 この連載・企画は… 〉  東京での編集者生活を経て、倉敷市から世界に発信する
伝説のフリーペーパー『Krash japan』編集長をつとめた赤星 豊が、
ひょんなことから岡山市で喫茶店を営むことに!? 
カフェ「マチスタ・コーヒー」で始まる、あるローカルビジネスのストーリー。

writer's profile

Yutaka Akahoshi

赤星 豊

あかほし・ゆたか●広島県福山市生まれ。現在、倉敷在住。アジアンビーハイブ代表。フリーマガジン『Krash japan』『風と海とジーンズ。』編集長。

散々な一日を振り返る。

クリスマス直前の3連休、初日の土曜日に二度目のマチスタ番が回ってきた。
今回は準備からしてちょっと違った。前日に事務所にあるCDをセレクトし、
トッド・ラングレンやホール&オーツ、ボズ・スキャッグス、ジェッツなどを
用意していた(お題は「アメリカの80’s 」です)。
2週間前の土曜日はまったくそんな余裕はなかったのだけど、
やはり二度目となると少しは心に余裕ができるものらしい。
かくして土曜日の当日—————午前10時、マチスタに到着。
開店準備の手順はだいたい頭に入っている。
まずはガスの元栓を開けて、ポットにかかっているお湯を沸かす。
それからおつりをレジに移し替え、冷蔵庫のなかをチェック。
店内はしんと静かで、お湯が沸くと、途端にコーヒーの予感のようなものも店に漂う。
(ぼくはすでに開店前のこの時間が好きになっている)
さて冷蔵庫のチェックが終わったら次は掃除という順番だけど、
今日はもってきたCDを数枚、試しにかけてみた。
ちなみにマチスタでかけているのは、もっぱらジャズやボサノバ。
そのわりに80年代の商売っけたっぷりの音楽もそんなに違和感がなかった。
なかでも抜群によかったのがホール&オーツだ。
マチスタではきっとソウル系の音楽もアリなんだと思う。

午前11時。看板とホットドッグのポップを表に出し、
かかっていたホール&オーツのCDを1曲目の『Sara Smile』に戻して準備は万端。
ところが、最初のお客さんがやって来たのは11時を30分以上過ぎた頃だった。
「ストロングの豆を100グラムと、持ち帰りでカフェオレのアイス。
豆は曳いてください」
アイスカフェオレは作ったことがない。豆も曳いて売ったことがない。
なにからどう手をつければもっとも効率がいいか、さっぱりわからなかった。
でも、さっぱりわからないでいると悟られてはまずいので、
とりあえずカラダを動かして、豆を曳くところから始めた。計量器で100グラムを計り、
ミルに豆を半分ほど入れてスイッチオン。
マチスタのコーヒーミルは、見栄えはいいんだけど、
どちらかというと家庭用で、100グラムを一気に処理する容量がない。
したがって2回に分けて豆を曳くことになる。これ、結構面倒だ。
さて、曳いた豆を専用の袋に入れた後は、アイスカフェオレ。
早速やってしまった。
あらかじめ容器に氷を入れてから牛乳と抽出したコーヒーを注ぐのが手順なのに、
最後に氷を入れることになってしまった。
おかげで氷を入れる瞬間に、ちゃぽん、ちゃぽんとカフェオレがはねる。
マチスタが恐ろしいのは、作業台がぼくの腰よりもさらに低い位置にあって、
向こう側にいるお客さんに制作過程のすべてが露見してしまうこと。
つまり、この「ちゃぽん、ちゃぽん」も
かなり高い確率で見られてしまった可能性があるのだが、
「それがどうしました?」的なすました態度でいることがぼくの精一杯の頑張りだった。

なんとか送り出した最初のお客さんと入れ違いに、
自転車に乗った主婦のお客さんが店に入って来た。
「ブレンドを200グラム、お願いね」
また、豆だ。
「豆のままでよろしいですか?」
「曳いてちょうだい」
もう買おう、業務用のミル。
とりあえずは、100グラムで2回に分けるわけだから、200グラムなら4回。
約50グラムの豆を1回曳くごとに袋につめていった。
袋に入れる際にじょうごの類を使っていないので、
気を緩めるとすぐにボロボロと粉がこぼれてしまう。
「お待たせしてすいません」とか、そんな軽快な言葉をかける余裕はまったくない。
結構気を遣う作業で、結果、結構な時間がかかった。
ようやく作業を終えた頃、知り合いでもあるお客さんがふたり入って来た。
先のお客さんに豆の入った袋を手渡しお礼を言うと、
これからお買い物だろうか、彼女はいそいそと店を出て行った。
「おひさしぶりです。さあ、なににしましょうか?」
言った瞬間、視界の隅にあるそれに気づいた。
豆売りの計量に使っているカップが作業台の上に。
豆は半分ほど入っていて、重さにして50グラムといったところか。
(なんでこんなところに豆が……?)
頭のなかで火花が散った。次の瞬間、ぼくは店を飛び出し、
通りに立ってさっきのお客さんが自転車で向かった方向を見た。
(たぶん、あれか?)
まさに脱兎。
年齢のことも、もう何年も思いっきり走ったことがないというのも完全に忘れ去って、
ただただ自転車に乗った女性の後ろ姿を追った。
ほぼ2ブロックだった。
信号をひとつ過ぎ、ふたつめのところでようやく追いついた。
「すいません!」
はりあげた声に、その女性が振り向いてくれた。
ところが、息が完全にあがって二の句が継げない。
腰を折って両手を膝にやり、「豆を……豆を……」とうわごとのように繰り返した。
「豆を……曳き忘れて……とりあえずお店へ」
やっとの思いでそう言って、女性を促して店へ戻ってもらった。
店に入ると、事の理由がなにもわからないまま、
唐突に店主に店を出て行かれた知り合いのふたりがまだ待ってくれていた。
彼らにお詫びを言って、作業台にあった残りの豆を曳いた。
「次に来たときにでもよかったのに、ホント悪いわ」
「いやいや……そうはいかないです」
「これ、たいしたものじゃないけど、よかったら食べて」
そう言って、彼女はバッグから小さな紙の袋を取り出した。
なかには小豆の餡の入った菓子が3つ入っていた。
「そんな……悪いです。でも、せっかくだからいただきます」
実はこの頃もぼくはまだ十分に酸欠状態で、
唇が青くなっていやしないか、そればっかり気になっていた。
こうして無事というか、もうギリのセーフ、
お客さんに200グラム分の豆をお渡しすることができたのだった。
しかし、午前中に体力を使い切ったその代償は小さくなかった。

その日は知り合いや友人がたくさん来てくれたこともあって、
6時の閉店までかなり慌ただしい一日となった。
でも、スタートがスタートだっただけに、
地に足の着いた接客ができていたとは言いがたく、
ミキサーからジュースをこぼしたり、
レジを打ち間違えて修正不能になってのーちゃんに電話したり。
店のBGMに気を配るような余裕もほとんどなくて、
CDは一度変えたらかけっぱなし、何回リピートしたかわからないぐらいの垂れ流し状態。
はっきり言って初回よりもさらに散々な立ち振る舞いだった。
店を閉めた後はもうぐったりだった。
わざわざ三原から来てくれたヒロシとロラちゃんと、
<ステーキのどん>で250グラムのステーキを食べて一時的に回復を見せたものの、
家に帰るとすぐに泥のように眠ったのだった。

けっして調子にのっているわけじゃないが、
来年から定期的にマチスタに立つことになった。
毎週火曜日から金曜日までの午前中、9時から12時までを担当する
(月曜日を定休にしました)。
しかも、隔週で日曜日も立つ予定。
50歳を迎える来年は、結構ハードな年になるやもしれん。

左はマチスタの焼き菓子コーナー。倉敷のパン屋さん「コンパン」のフロランタン、アマレッティ、コーヒームラングが並びます。右にあるのがくだんのコーヒーミル。アメリカのキッチンエイド社製。

作業台が低いマチスタの厨房。ここまで丸見えだと、コーヒーを淹れるのもマチスタではある種、パフォーマンスです。しかし、手際よくテキパキ立ち回れたら、それはそれでいいわけで。

Shop Information

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マチスタ・コーヒー

住所 岡山県岡山市北区中山下1-7-1
TEL なし
営業時間 火〜金 9:00 ~ 19:00 土・日 11:00 〜 18:00(月曜定休)

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