連載
posted:2012.11.5 from:岡山県岡山市 genre:暮らしと移住
〈 この連載・企画は… 〉
東京での編集者生活を経て、倉敷市から世界に発信する
伝説のフリーペーパー『Krash japan』編集長をつとめた赤星 豊が、
ひょんなことから岡山市で喫茶店を営むことに!?
カフェ「マチスタ・コーヒー」で始まる、あるローカルビジネスのストーリー。
writer's profile
Yutaka Akahoshi
赤星 豊
あかほし・ゆたか●広島県福山市生まれ。現在、倉敷在住。アジアンビーハイブ代表。フリーマガジン『Krash japan』『風と海とジーンズ。』編集長。
第2回の出張マチスタは野外音楽フェスでの出店だった。
ステージの前に広がる円形の芝生広場を囲むようにして、飲食関連のブースが20ほど。
天気は申し分ない上に音楽が沖縄系というのもあって、
終始、ゆるい雰囲気が漂う和気あいあいとしたイベントだった。
それにしても天気がよすぎた。
気温は汗ばむほどで、ホットコーヒーを売るにはあまりに不向き。
それでも60杯を売り、焼き菓子も含めて売り上げは2万円を超えた。
しかし今回の最大の収穫は、
我が社アジアンビーハイブの才媛・ヒトミちゃんの有能なアシスタントぶりだった。
接客や会計だけでなく、人数分の豆をその都度測って渡してくれたり、
ポットに水を足したり机の上を掃除したりと実にマメで、
デザイン部門のみならずカフェ部門においても
ユーティリティプレイヤーたりえることを証明してくれた。
(これなら児島のオフィスで週末マチスタとかできたりするかも?)
そんな新しい展開のアイデアさえ浮かんできたほど。
でも、実はヒトミちゃんが来年以降も弊社のスタッフとして在籍しているかどうかは
いまのところ不明。彼女、年を明けたらFA権を取得することになっているのだ。
友人の画家・廣中薫さんからの誘いで、
半年間だけ一緒に岡山の専門学校でイラストコースのゼミを受け持ったことがある。
2007年のことだ。そのゼミを選択した生徒のひとりがヒトミちゃんだった。
生徒とはプライベートの付き合いも一切なかったので、
彼女ともろくに話をしたことのないままゼミを終了。
ところが、それから半年以上経って、偶然児島のカフェで再開した。
それを機に彼女の就職相談にのるようになった。
作品集づくりのアドバイスをしたり面接の練習をしたり。
知り合いのデザイン事務所を紹介して面接にも行った。
当時のことを実はそれほど詳しく憶えていないのだが、
ヒトミちゃんの話から察するに、
暮れが押し迫っても就職の展開は鳴かず飛ばずで、先にぼくが業を煮やしたカタチだ。
「じゃあ、うちに来るか?」
うちに来るもなにも、人を雇ったこともないし、
雇って給与を支払えるような仕事もしていなかった。
そこでぼくは彼女に正社員契約の条件をつけた。
卒業直後から1年間アルバイトをし、
毎日アルバイトが終わったらうちの事務所でデザインの勉強をすること。
その1年間でぼくは彼女を社員に迎えられるような態勢づくりを進めることができる。
ヒトミちゃんにとっても、他業種の仕事を経験したことは、
その後の人生において無駄じゃないだろう。
アルバイトには「事務職でない仕事を」という傍若無人なリクエストをしたこともあって、
ハードルを超える確率は五分五分と見ていた。
結局、彼女はお弁当のチェーン店でのアルバイトを見つけ、
毎日朝から午後2時まで割烹着姿で働き、3時からうちの事務所に通いつづけた。
「体力的にもたないのでは」との思いは杞憂だった。
少女マンガから抜け出したような容姿とは裏腹に、根性のすわった女子だった。
ぼくは春まで待つまでもないと判断し、翌年の1月から彼女を正社員とした。
しかし、彼女には早い段階からこう言っていた。
「3年間は社員として面倒をみる。でも、3年後には独立を考えなさい」
それぐらいの緊張感をもって仕事に臨んでほしいというのが言葉の真意だった。
しかし、そんなこともまた不要な配慮だった。
彼女はギネスブック級の頑張り屋さんだった。
いったんパソコンの前に座ったら根をはりめぐらしたかのようで、
おかげで会社の習慣として10時と3時には必ずコーヒータイムをとるようになった。
お昼には弁当持参で山や海に行ったり、夏にはかき氷を食べに行ったり、
結構外にも連れ出した。そうこうしながらも彼女は着々と力をつけ、
3年目に入った今年は、面倒を見ていたはずのぼくが面倒を見られる側に逆転した感がある。
実際、いまではヒトミちゃんなくして、
我が社アジアンビーハイブがいろんなところで支障をきたすのは明々白々。
それでも、「独立を考えなさい」なんてエラそうに言った手前、
正式にFAの交渉の場を持たざるをえなかった。
出張マチスタの翌週の平日、場所は児島の焼肉屋さん「ぽんきっき」。
安くて美味しいと地元で評判のお店である。
「転職して技術を磨くというのも手だし、独立しても十分やっていけると思う。
それだけの力はつけてる。
独立して自分でやっていく面白さも味わってもらいたい————あ、それ焦げてるけど」
ヒトミちゃんは肉のまわりに焦げが目立つぐらいによく焼かないと食べない。
美味しい肉はレアで食べなきゃ美味しさがわからないと思っているぼくは、
ヒトミちゃんの前にある肉の焼き加減が気になって仕方ない。
「でも、いまのアジアンビーハイブはマチスタのこともあって
ずっと苦しい状態が続いている。ヒトミちゃんには会社に残って、
一緒にやっていってほしいというのが正直なところなんだ————あ、これも焼けてるって」
こうしてぼくはヒトミちゃんに残留を提案した。
給与もボーナスもいまのままでは大幅なアップは望めないが、
それでもいてもらいたいと。
「なにが自分にいいのかわからないんです」
ヒトミちゃんは箸を置いて真剣な顔でそう言った。
彼女のたれの受け皿には、炭化しかけた肉の残骸のようなものがふた切れ重なっていた。
「自分がなにをしたいのか、フリーになりたいのかどうかもわからないんです」
「……じっくり考えたらいいよ。オレはヒトミちゃんがどう決断しようと、
それを尊重する。つき合い方が変わることもないから」
こうしてなんら決定のないまま、その日のFA交渉は終わった。
11月中にも次回の交渉の場をもつことになるだろう。その詳細はまたの回に!
Shop Information
マチスタ・コーヒー
住所 岡山県岡山市北区中山下1-7-1
TEL なし
営業時間 月〜金 8:30 ~ 20:00 土・日 11:00 〜 18:00
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