連載
posted:2015.3.3 from:岡山県倉敷市 genre:暮らしと移住
〈 この連載・企画は… 〉
コロカル伝説の連載と言われる『マチスタ・ラプソディー』の赤星豊が連載を再開。
地方都市で暮らすひとりの男が、日々営む暮らしの風景とその実感。
ローカルで生きることの、ささやかだけれど大切ななにかが見えてくる。
writer's profile
Yutaka Akahoshi
赤星 豊
あかほし・ゆたか●広島県福山市生まれ。現在、倉敷在住。アジアンビーハイブ代表。フリーマガジン『Krash japan』『風と海とジーンズ。』編集長。
銀行から融資を見送られ、備前の古民家暮らしをあきらめたのが前々回の話。
常識的に考えて、1000万円の融資も受けられないのであれば、
普通はマイホームの購入自体をあきらめると思う。元来が淡白な性格で、
モノに対しては周囲が驚くほど執着のないぼくの場合はなおさらのこと。
しかし一方で、周囲があきれるほどのポジティブさももちあわせている。
「800万円あたりなら大丈夫なのでは?」
そして見つけたのである。深夜のネットで、まさしく800万円の物件。
場所は浅口市鴨方町。倉敷市の西に隣接する人口約1万8千人の町。
岡山のなかにあってもかなり地味なところなんだけど、
この半年で身につけたぼくの嗅覚が
その物件の放つオーラのようなものをかぎつけたのだった。
早速、不動産屋さんに電話を入れて、週末に見学の予約をした。
しかし、慎重には慎重を期すべし。
「物件を見て舞い上がって即決しないこと」と最近読んだ本に書いてあったし。
不動産屋さんには本のアドバイスにあった通り、
たとえ気に入ったにしてもすぐには決められないと伝えていた。
そんなことをわざわざ伝えなくてもいいことなんだけど、
たまたまそのときは「初めて物件を見るような素人じゃないんですよ」的な
見栄を張りたい気分だったのだ。そして見学日当日。
物件を見た帰りに立ち寄った不動産事務所。線の細い女性担当のMさんが
ぼくに感想を求めた。
「あ、あれ、買います、買うことにします」
絶対やっちゃいけないと本にあった「即決」をしたのだった。
そこはまさに『となりのトトロ』の世界だった。
のどかな村の小高い丘の上に築50年の母屋と蔵があり、
さらには客間として充分に使える古民家の離れまであった。
東側には地続きにぽつぽつと柿の木を植えた広大な畑、
そして家の北側には雑木林が控えている。
家と畑がそれぞれ300坪、裏の山林が400坪で敷地はしめて約1000坪。
ぼくが見ていたのは、『となりのトトロ』のさつきとメイのように、
裏山や野原のような畑でチコリとツツがはしゃぎまわる光景だった。
幼い子どもをもつ親として望むべくもない環境。
これを買わずして、オレ、なにを買うのだ?
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問題はいつもお金である。例によって自己資金はゼロに等しく、
購入代金の800万円はまるまるどこかから調達せねばならない。
備前の古民家では、銀行に融資をお願いして失敗した。
今回はというと、ぼくは再度銀行にお願いすることにした。
しかも前回と同じT銀行、担当者も同じSクン。
なぜかと問われたら理由はない。彼に義理があるわけでもなんでもない。
しいて言うなら、勘だ。
Sクンは相変わらずクールな態度で、リベンジに奮い立ったような様子もなく、
初回は淡々と話を聞いて、若干の資料を手にして帰って行った。
それから数日して、融資の審査への申し込みの書類を持ってきた。
その際、彼はこんなことを言った。
「社長、最悪、住宅ローンでなくてもいいですか?」
「というと?」
「普通の個人ローンで借りるという手はあります」
「利率はどれぐらいなの?」
「住宅ローンと比べたらかなり高いです、5パーセントとか……」
ぼくはそんなのは話にならないと突き返した。
「あのね、今度融資を断られたら、さすがに3回目はないよ。
ほかの銀行にお願いに行くまでだよ。そこが受けてくれたら、
うちの会社の口座は当然そっちに移すことになるから」
年間億を超えるような取引のある会社の社長のモノ言いである。
ベテランの行員にもなれば「ごもっともで」と言いながら、
「こいつ本物のアホだ」と思ったかもしれない。
なんせ、口座は残高が2000円ぐらいになることもしょっちゅうなのである。
でも、Sクンはぼくの言葉が効いたのか、はなからそのつもりだったのか、
審査の書類を作成する頃には融資を成功させようとする熱意を強く感じた。
書類の作成を終えた後も、追加提出すると言って、
ぼくの会社の将来性やらなんやらを聞きに元浜倉庫までわざわざ出向いて来る。
そろそろ融資の合否が出るという頃になっても、しつこく電話がかかってくる。
「社長、会社の明るい話ってほかにないですか?」
この期に及んでそんなことを何度も聞いてくるということは、
行内では敗戦の気配が濃厚なのだろう。上司やら先輩やらから言われているのだ。
「おいおい、あの会社は大丈夫なのか?」と。
「あまりうまくないわけだね」
「……そういうわけじゃないんですが」
「そんなに無理しなくてもいいよ。
だいたいうちの会社がこの先大丈夫かなんて、そんなのわからないんだから。
大丈夫かもしれないし、もしかしたら来年にはつぶれてるかもしれない。
そう言ってるって、正直に伝えてくれていいよ」
12月下旬、週の半ばには出ると言っていた審査の結果は、
結局週末になっても出なかった。その翌週、月曜日の午後に母が亡くなった。
病院に駆けつけたタカコさんから、
ぼくの外出中にSクンが元浜倉庫にやって来たことを教えられた。
ぼくは母のもとを初めて離れた際、詰め所前のロビーでSクンに電話を入れた。
「今日来てくれたんだってね。いなくてごめん」
「審査の結果が出ました」
「ああ、そう」
「社長、やりました。融資の内定が出ました!」
「ああ、そう……そうか。それを言いに来てくれたんだ」
そのときは感覚が麻痺していた。喜びを喜びとして感じられなかった。
「直接伝えたくてお邪魔したんです」
「ちょっと用事でね、まだしばらく戻れないんだけど。Sクン、ありがとう。
キミのおかげだよ。どれだけ頑張ってくれたかはわかってるつもりだよ」
嘘を言ったわけじゃないんだけど、自分でもその言葉は空々しく、
フィルターを通して他人の言葉を聞いているかのようだった。
しかし、あのクールなSクンは電話口で泣きそうになっていた。
そのときだった。Sクンとの温度差に若干の戸惑いを感じていたぼくの頭に、
母がこの結果をもたらしてくれたのではという思いがよぎった。
(そうか、オカンか……)
こうしてSクンの頑張りによってもたらされたものが、
偶然タイミングが重なったというだけの理由で、
母からの「最後のプレゼント」的な扱いでおさまりを得たのだった。
その後、1月中旬に売り主さんと件の不動産屋で面会し、
正式な売買契約を結ぶに至ったが、書類の作成に手間取ったこともあって、
いまだ融資の本審査にも入っておらず、
当然、決済(売り主への支払い)も終わっていない。
果たして、トトロの家は無事ぼくのものになるのか?
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