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子育てⅡ(ツツ編)

児島元浜町昼下がり
vol.005

posted:2014.7.4  from:岡山県倉敷市  genre:暮らしと移住

〈 この連載・企画は… 〉  コロカル伝説の連載と言われる『マチスタ・ラプソディー』の赤星豊が連載を再開。
地方都市で暮らすひとりの男が、日々営む暮らしの風景とその実感。
ローカルで生きることの、ささやかだけれど大切ななにかが見えてくる。

writer's profile

Yutaka Akahoshi

赤星 豊

あかほし・ゆたか●広島県福山市生まれ。現在、倉敷在住。アジアンビーハイブ代表。フリーマガジン『Krash japan』『風と海とジーンズ。』編集長。

チコリとふたりでいるときのぼくの姿がまわりの目にどう映っているかは微妙なところだ。
年齢のいったお父さんに見えるのか、それとも若めのおジイさんに見えるのか。
つい先日、早島町のアパートの近所をチコリとふたりで歩いていたときのこと。
あいさつをした初老の男性がのっけにこう切り出した。
「わたしにも孫がひとりいましてね」
もしかしたらオジさんにはそんなつもりはなかったかもしれない。
でも、その顔に浮かんだ笑みに、孫の可愛さを知っている
“同士”のような親しみが見え隠れしているように思えて仕方なかった。
その後、その孫の話を少し聞いただけで別れたので、
彼がぼくをどうとらえていたかはいまも謎だ。

こんな書き出しで始めておきながら、
本人、まわりからどう見られているかはさほど気にしていない。
それよりなにより、気になるのはこれからもっと先のこと。
チコリが二十歳のときにぼくは七十が近い。
その年齢で大学や専門学校の学費を払ったり、
仕送りをしたりできるだけの経済力があるのか。
そんな余裕のある自分というのものが、悲しいかなまったく想像できないのだ。
さらに気になるのはチコリが三十のときだ。
ぼくは平均寿命を迎え、生存の確率が五分。
ぼくだけでなくタカコさんもそのとき亡くなっていたら、
そしてチコリがそのとき未婚で家族もいないとしたら
(その可能性がどうも高いような気がしてならない)、
チコリは三十にして天涯孤独の身となってしまう————。
去年のお正月あたりから、
そんな心配が夏の雨雲のようにむくむくとカタチをはっきりさせてきたのだった。
しかし、二十年後の不安はそのままでも、三十年後のそれはいまや完全に払拭された。
去年の11月、次女のツツが誕生したのである。

乳児期のチコリの子育ては九分九厘が早島町のアパートだった。
田園に囲まれたまこと静かな環境で、大切に、大切に育てられたのが長女のチコリだ。
一方、ツツはというと早島町は五割といったところ。
残りの五割は児島元浜町、元浜倉庫が子育ての場となっている。
ぼくのデスクの横に簡易のベビーベッドが設置されたのは今年の3月だった。
元浜倉庫焙煎所のスタートと同時、ツツが生後4か月のときから
彼女の平日の昼の居場所はそこになった。
ツツは実に手のかからない赤ちゃんだった。
あまりにおとなしくて、いるのを忘れることもよくあった。
たまにぐずっても、抱き上げてちょっとあやすと機嫌はなおって、
なんともいえない笑顔を浮かべる。
仕事の邪魔になることはほとんどなかった。
しかし、そんな孝行はスーパーのオープン記念売り出しみたいなもので2か月と続かず、
5月の連休前後から急速に存在感を増すようになった。
静かにひとりでベッドのなかで遊ぶなんてことはまずない。
手足をバタつかせながら奇声をあげているのが普通だ。
抱き上げて膝の上に乗せるといっとき静かになるが、
パソコンに向かって作業しようものなら、
手にしているマウスをとろうとして暴れつづける。
まったく仕事にならないから、立ってあやしながら
事務所の外で焙煎作業にいそしむタカコさんにヘルプの目を向ける。
すぐに目と目が合って「あ、じゃあ代わろうか」という展開は十回に一回もない。
目と目が合っているのに、完全にスルーされることもままある。
正直、そんなときの心情が晴れた日の瀬戸内海のようにピースフルであるわけがない。
でも、我が子を邪魔なんて絶対思いたくないという気持ちも頑としてあるから、
ネガティブな思いをツツに対する愛で駆逐しようという、
そんな悪魔と天使のバトルみたいなことが胸の内で日に何度も展開しているわけだけれど、
結局どっちが勝つということはないし、仕事が進まないことにはまったく変わりがない。

いつになく仕事が進んだと思うと、
次の瞬間にはツツがおとなしくしてくれたおかげだと気づく。
同時に「あまりにおとなしすぎやしないか?」と思って隣のベッドに目をやる。
いない、ツツがそこにいない……。
(ツツ! どこだ、ツツ!)
2秒で発見。ツツは同じ事務所内でパソコンに向かっているユウコさんの膝の上にいる。
眠ってはいないが、ぼくの膝の上にいるときよりも数倍おだやかな表情で。
と、こんなことが元浜倉庫では日に二、三度繰り返されている。
昼間、タカコさんとぼくとの間でパスを回すようにツツを世話しているわけではなく、
実はそこにユウコさんというスーパーボランチがいて、
立派なトライアングル態勢が形成されているのだ。
彼女にはどれだけ助けられているかわからない。
あやしている時間もぼくよりも長いくらい。
しかも、だ。彼女だってあやしている間はデザインの仕事がほとんど進んでいないはずなのに、
誰にヘルプの目を向けるでもなく、
慈愛たっぷりのおだやかな笑顔でツツをあやしてくれるのである。
そんなユウコさんをツツが愛さないわけがなく、
「ツツはオレよりユウコさんの方が好きなんだよね」
というぼくの冗談はまったく冗談に聞こえない。
ここ最近何度かあったのが、
<あ、ツツがいない> → <ベッドにいない>
→ <あれ、ユウコさんのところにもいない>
→ <リュウくんが膝に乗せてパソコンに向かっている!>
というパターンだ。
子どもが3人もいるわりに生活感が希薄で、
子どもをあやしたりしているイメージのないクールなリュウくん。
じっと動かず真顔でパソコンに向かう彼の膝の上で
ツツがぐずぐず暴れているという光景はおなじみになりつつある。
こうして元浜倉庫ではツツを巡る態勢はトライアングルからスクエアへ。
さらにはお昼にほとんど毎日やって来る縫い子のフジタくんも面倒をみてくれるし、
元浜倉庫焙煎所のお客さんまでがコーヒーを飲みながらツツを抱いてあやしていたりする。
この一丸態勢のおかげだと思う。
ツツにはいまのところ人見知りの傾向が見られないでいるし、
これからも人見知りするようになるとは思えない。

昼間母親とマンツーマンで静かに日々を暮らしていたチコリとはあまりに違いすぎる環境に、
ツツに対しては常に申し訳ないという気持ちがある。
眠りたいときに眠れるだけ眠らせてやりたい、
はいはいしたければ疲れて動けなくなるまではいはいさせてやりたい。
それが親の心情だし、チコリにはそれができていたのだ。
だから、ツツには満足な子育てができていないと痛いぐらいに感じていて、
実際ツツに対して「ごめんな」と口に出して毎日何回も謝っていた。
しかし、数年ぶりに会った写真家の友人とチコリの話をしたことをきっかけに、
ぼくの考え方は少し変わってきた。
2週間ほど前のことだ。丸亀にやって来た彼女に家族を連れて会いに行った。
その帰り際、彼女にチコリの日々のわがままや振る舞いのひどさを話し、
「こんな子になるような育て方はしてこなかったんだけどね」とこぼしたときだ。
「そんなの、この子がもって生まれたものに決まってるじゃん」
竹に鉈を入れたような切れ味で彼女はそう言った。
そして、目の前でなにかのエクササイズかのように
両手を大きく振りながら歩くチコリを見ながら、
「手、振って歩きたいもんなあ。元気だよね、チコリは」
と笑いながら言ったのだった。
これだけのやりとりだとなにがなんだかわからないかもしれない。
でも、実際ほぼこれだけのやりとりで、ぼくは目から鱗が落ちるような思いがして、
さらには肩にのしかかっていた20kgぐらいの負荷がすっと消えたのだった。

そのときのやりとりを後に何度も反芻して感じたことを
いまはこんな言葉で表現することができる。

子どもは育てるのではなく育つということ。

親も子どももイーブンで受け入れるということ。

最後に子どもたちの名前について。チコリとかツツとか、
名前に意味がないと思われるかもしれない。
チコリについてはその通りで、響きのもつ愛らしさだけでつけた名前だ。
しかしツツには、父親の切なる願いが託されている。
我が家では母親のタカコさんは「ターちゃん」、チコリは「チーちゃん」。
ツツの名前は「ツーちゃん」の愛称ありきで考えられたというわけだ。
つまりその願いとは、「ター・チー・ツー」の女子3人が長く仲良くいてほしいな、と。
いまのところ3人の関係はすこぶる良好だ。
彼女たち女子3人がキャーキャーはしゃいで、というのは
日に何度もあって我が家ではありきたりな光景になっている。
まさに願ったり叶ったりの絵図が目の前にあるわけだが、
ぼくはというと、その光景を微妙な心的距離をもって眺めている。
女系家族のなかでの父親を絵に描いたような、
嬉しいんだけど一抹の淋しさもないではない、みたいな。
しかし、この一角の溝も「トーちゃん」だから仕方ないか。

ツツに対して「申し訳ない」という気持ちはちょっと薄らいだ。でも、焙煎しているタカコさんの背中でおんぶされているツツを目にすると、やっぱり申し訳なく思ってしまう。そして心のなかでつぶやく。「ツツ、すまん! でも、その分おまえは逞しくなるぞ!」

事務所の簡易ベッドのなかで。ぼくも人並みに親だ、暴れようが大声をあげようがツツがもうかわいくって仕方ない。ちなみに表面でキラキラしているのは畑の野菜用防護ネット。蚊帳代わりにベッドにかけてます。

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