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橙書店

江口宏志の
あのまちこのまち本屋めぐり。
vol.004

posted:2013.1.31  from:熊本県熊本市  genre:暮らしと移住

〈 この連載・企画は… 〉  知らないまちの駅に降りたら、まずは本屋さんを探します。
そのまちならではの本と、本の魅力を伝えたくてうずうずしている人たちに会えるから。

profile

Hiroshi Eguchi

江口宏志

えぐち・ひろし●表参道のブックショップUTRECHT/NOW IDeA代表。「THE TOKYO ART BOOK FAIR」を企画・運営するZINE’S MATE共同ディレクター。アマゾンにない本だけが集まった仮想ブックショップ、nomazonも運営する。ユトレヒト公式サイト:utrecht.jp 著書『ハンドブック』(学研)が発売されました。

橙に暮れていく本屋でひとり

親しい友人が住んでいることもあって、昨年は何度か熊本を訪れた。
豊かな自然、おいしい食べもの、過ごしやすい気候、
日本一ファッショナブルともいわれる若者たち、そして友人の温かなおもてなし。
行くたびにいつか住んでみたいなんて思いながら帰ってくるのだけど、
そういえば本屋さんには行ったことがなかった。

「熊本で本屋に行こうと思って……」と人に相談すると
必ず名前が挙がるのが橙(だいだい)書店。
ちょっと変わった名前のこの店は、 新市街というアーケード街から一本脇へ入った通りにある。
この通りがとにかく狭くて、両手を伸ばせば両サイドの建物に手が届きそうだ。

大通りへ抜ける手前に、「橙書店」があり、
隣には、橙書店と同じ店主田尻久子さんが営む雑貨&カフェ「orange」がある。

橙書店1階の奥から入口を振り返る。全部見てやろうという気にさせるサイズ感だ。

終戦直後に建てられた建物が今も並ぶこの通りが気に入って空き物件を探したという。
orangeをオープンしたのが 2001年、
その後2008年に隣の物件を橙書店としてオープンさせた。
だからふたつの店は元々違う店だったということもあって、
つくりも違うし、雰囲気も異なる。そんなふたつの店をつなぐのが、
壁に空けられた、かろうじて人が通れるくらいの小さな四角い穴だ。

ドアとも窓とも書いてみたけどどうも違うので「穴」としか表現のしようがない。
田尻さんはカフェのカウンターでお客さんと話をしながらコーヒーを入れていると思えば、
「この本ください」と声がかかれば、穴から橙書店にやってきてお会計をしてくれる。

orangeを外から眺める。カフェのテーブルや壁に作り付けの棚など本がそこかしこに置かれている。

店主の田尻久子さん。左奥に見えるのが橙書店へと続く穴だ。

orangeの店内は白が基調のラフな雰囲気。
元々あったアーチ状の天井が好きで、
天井が低い分カフェのカウンターも低くした。
そのせいでカウンターの中まで丸見えだけど、
それがorangeのフレンドリーな雰囲気と合っている。

一転、橙書店のほうは夕方から夜のイメージ。
元の物件にほとんど手を入れず、床を貼って本棚を付けただけと田尻さんは謙遜するが、
濃い茶色の棚に、濃いグリーンの椅子がとてもシックだ。
入ってすぐの平台には重厚な海外もの、
例えば『獄中からの手紙 ゾフィー・リープクネヒトへ』(ローザ・ルクセンブルク)、
『私はホロコーストを見た』(ヤン・カルスキ)など手強そうな本が並んでいて
一瞬ひるむけれど、隣に並ぶ新潮クレスト・ブックスの背表紙のカラフルさに救われる。

天高がある分、スペースの割に広く感じられる。

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左側は壁一面の本棚。
エッセイ、小説、絵本、料理、写真集などジャンルはさまざま、CDやDVDもある。
本の数は決して多くなくてだいたい1100から1200冊。
出版社30~40社程度と直取引で仕入れているという。
自分の好きな本、読みたい本だけを扱いたいというだけあって、
偏りというか偏愛をとても感じる。

見ていると上田義彦、赤木明登、池澤夏樹、川内倫子……目に飛び込んでくる名前がある。
暮しの手帖社の本、雑誌『Coyote』はバックナンバーもしっかりと。
気づくのは石牟礼道子さんらの熊本出身の作家の本がけっこうあること。

そういえば鎌倉のたらば書房でも勧めてもらった
『逝きし世の面影』の著者、渡辺京二も熊本出身の作家だ。
地元の作家の良さに気づいてほしいと置いている。
大きな本屋だと埋もれてしまいそうだけれどこれくらいの広さでならちょうどいい。

階段の途中から壁いっぱいの本棚を眺める。上のストックはどうやって取るんだろう。

置いてある本も昼か夜かと分けるなら圧倒的に夜型だ。
入って右側には壁に沿って階段がある。
急な階段を登るとロフトのような小さな部屋があって、ガラリと世界が変わる。
古本を売っているけれど、古本屋というよりは、
本が好きな誰かの部屋をうっかり覗いてしまったって感じだ。

イベントも積極的に行っていて、本に関係するイベントは
orangeではなくほとんど橙書店で行う。
上と下を上手に使えばけっこう人も入るし、
肉声、生音でできるのでやっているほうも楽しい。
常連が多い印象だけれど、近くに住んでしょっちゅう寄ってくれる人だけが常連ではない。
帰省すると寄ってくれる常連もいるし、熊本に来る時に必ず寄ってくれる人ももちろん常連だ。

石垣りん、長田弘、蜂飼耳、石牟礼道子……、静かで確かな言葉を紡ぐ詩集の棚。

さっきまで誰かがいたかのような2階の部屋。つい声を潜めてしまう。

田尻さんは、orangeのカウンターにいることが多いので、
2階もそうだけど1階にいても他にお客さんがいない時は、
完全に橙書店の中に自分ひとりきりになる。
手を伸ばしても届かない高さまである本棚にただただ本が並ぶこの部屋にひとりでいると、
田尻さんが橙書店でやりたいことがじんわりと伝わってくる。
開店の時に作ったという挨拶文がテーブルに置かれていて、一部を抜粋すると、

大切に売りたいので、たくさんは置いてありません。
不便な本屋かもしれません。
探している本は見つからないかもしれません。
でも、旅先でふと出会う人や風景のように
本と出会える本屋でありたいと思います。

「本を読むのってひとりだけど、でもそれがいいんだよなあ」って、
いつの間にか『孤独のグルメ』(*1)口調になりながら、
細い道を通って賑わうアーケード街に戻る。
今の通り本当にあったんだろうかって思わず振り返った。

*1 一応解説すると原作・久住昌之、作画・谷口ジローによるひとり飯漫画。

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橙書店で買った4冊

  • 1. 伊勢英子著『旅する絵描き パリからの手紙』

    (平凡社)

    パリの小さなアパルトマンに滞在する画家が出会ったのは、サン・ミッシェル広場から1本入った路地に建つ建物で、手作りで製本、造本を行う、ルリユールという職業の老人。数百年前に作られてすっかり傷んでしまった本を、一度解体し、紙を補強し、カバーの装飾の ためのレリーフを作って……、と何十もの工程を経て、1冊1冊をまた生き返らせていくルリユールおじさんの仕事。絵本『ルリユールおじさん』の元になった画家と職人との交流が、旅先から届く絵はがきのように描かれる。橙書店で買えたのがうれしい。

  • 2. 武田泰淳著
    『ニセ札つかいの手記-武田泰淳異色短篇集』

    (中央公論新社)

    2012年に生誕100年を迎えた、第一次戦後派を代表する作家のひとり、武田泰淳。一方で数多くの映画にまつわるエッセイも書いている。この本は「グロテスクにしてロマンティック」な、映画的武田泰淳作品にフォーカスした短篇集。大島渚監督による同名映画の原作になった「白昼の通り魔」や、ゴジラが上陸することになった東京を舞台にしたSF『「ゴジラ」の来る夜』、ニセ札が「ニセ」じゃなかったとしたら、という展開の『ニセ札つかいの手記』など、ダークでお洒落、まさに異色、変化球な7作が収められる。これも夜の本。

  • 3. 早川茉莉著『玉子 ふわふわ』

    (ちくま文庫)

    37人の作家による玉子、卵について書かれた短編、エッセイを編んだアンソロジー。『巴里の空の下、オムレツのにおいは流れる』というタイトルで書いたエッセイ集が大ヒットしたばかりに、オムレツの研究家のように扱われ、東京の店を巡り5日間続けてオムレツを食べることになった石井好子。子どもはふたりでひとつの卵を分けあうのがルールだった向田邦子家の卵かけごはんなど、卵にまつわるバラエティ豊かな思い出が書かれる。共通するのは幸せの味わい。

  • 4. 吉田篤弘著『圏外へ』

    (小学館)

    2階の古本コーナーで見つけた500ページもあるのに思ったよりずっと軽い1冊。登場するのは冒頭でいきなり行き詰まった「カタリテ」なる小説家。小説を書くこと自体が小説になっているという内容と、地の文章と「カタリテ」の書く小説が入り交じる構造にフラフラする。こんな小説の舞台になりそうなのが橙書店だったりする。

information

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橙書店

住所:熊本県熊本市中央区新市街6-22

TEL:096-355-1276

営業時間:11:30〜21:30

定休日:不定休(電話にてご確認下さい)

http://www.zakkacafe-orange.com/

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