odekake
posted:2016.3.18 from:静岡県西伊豆町 genre:旅行 / 食・グルメ
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〈 おでかけコロカルとは… 〉
一人旅や家族旅行のプラン立てに。ローカルネタ満載の観光ガイドブックとして。
エリアごとに、おすすめのおでかけ情報をまとめました。ぜひ、あれこれお役立てください。
editor’s profile
Tomohiro Okusa
大草朋宏
おおくさ・ともひろ●エディター/ライター。東京生まれ、千葉育ち。自転車ですぐ東京都内に入れる立地に育ったため、青春時代の千葉で培われたものといえば、落花生への愛情でもなく、パワーライスクルーからの影響でもなく、都内への強く激しいコンプレックスのみ。いまだにそれがすべての原動力。
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撮影:斉藤有美
supported by 西伊豆町
西伊豆の田子漁港は、昭和10〜20年代に、カツオ漁が盛んだった。
しかし当時は40隻ほどあったカツオ漁船が、
平成12年を最後に、1隻もなくなってしまった。
カツオとともに暮らしてきた田子地区には、
鰹節業者もまた40軒ほどあったが、現在では3軒を残すのみ。
創業1882年の〈カネサ鰹節商店〉は、今も鰹節をつくっている店のひとつ。
鰹節の歴史は650年ほどといわれている。
そのなかで、カネサ鰹節商店が手がける製法である、
薪を使った焙乾法が生まれたのが350年ほど前。
以来、当時とほとんど変わらない製法でつくっている。
なかでも、伊豆でつくられる伊豆節は、〈手火山式焙乾法〉を確立した地だ。
もっともおいしいと言われるが、一方でもっとも危険でもっとも効率が悪い。
鰹節の製法は大きく4段階。
1.切る、2.煮込む、3.焙乾する、4.カビ付けする。
そのなかで手火山式焙乾法が特徴的なのは、強い火をカツオに当てること。
高温で一気に焼くことで表面をコーティングし、
うまみを中に閉じこめることができる。
その代わり、ずっと見張っていないと焦げやすく、職人への負担が大きいのだ。
カネサ鰹節商店では潮カツオも製造している。
切って塩か塩水に漬けるという簡単なカツオの保存食だが、
実は出汁の起源とも言われており、1000年以上の歴史がある。
これをつくっているのは、全国でも唯一このエリアを残すのみ。
なぜ田子地域にだけ残ったか。
カツオとの関わりが深い田子では、この潮カツオにワラ飾りをして、
お正月に神棚に供えたり、玄関先に飾ったりしていた。
カツオで生計を立てていたので、信仰と深く紐づいていたのだ。
かつてカツオ漁船の船長は、潮カツオを神社に奉納し、
その“お下がり”を、最初の漁のときに、船員に食べさせた。
それが契約の証となる。神様も媒介しているので、それは強い絆になった。
こうした文化があったことで、潮カツオは田子に奇跡的に残ったのだ。
単なる保存方法に過ぎなかったほかの地域では、
冷凍技術やほかのモノに代替され、潮カツオは無用のものとなってしまった。
文化を残していくには、食べていかなければならない。
それには料理が必要だ。
そこでカネサ鰹節商店の5代目・芹沢安久さんが立ち上げたのが
〈西伊豆しおかつお研究会〉だ。
研究会が商品開発した〈しおかつおうどん〉は、
うどんに潮カツオの切り身と鰹節、
さらに温泉卵などと合わせていただくまぜうどん。
とてもしょっぱい潮カツオを、現代的に食べやすくアレンジしている。
ほかには小学生・中学生に対する食育などの活動もしている。
すでに西伊豆の小学生でも大半が潮カツオを食べたことがないという。
だからまずは小学校の学校給食で〈しおかつおうどん〉を食べてもらうことから始まり、
中学校になると、文化の勉強や、一緒にレシピをつくったりもしてきた。
「自信を持ってどこへでも発表できる文化だし、日本の伝統的な保存食です。
しかもここにしかない。だから正しく残していきたい」と芹沢さん。
田子に残る、手火山式焙乾法の鰹節と潮カツオ。
カネサ鰹節商店では、製造工程を見学できるので、
ぜひカツオを彩るすばらしい文化を体感してほしい。
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カネサ鰹節商店
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