news
〈 コロカルニュース&この企画は… 〉
全国各地の時事ネタから面白情報まで。
コロカルならではの切り口でお届けする速報ニュースです。
Haruko Sato
佐藤 はるこ
さとう・はるこ●福岡生まれ、福岡育ち。成人してから引っ越した回数は10回以上。日本各地を移動しながら、2010年からフリーランスのライターとして活動。建築、都市、まちづくりに興味あり、音楽やアートの話が好き。人から話を聞くのがとても好き。
日本国内にウイスキーの蒸溜所が誕生したのは、約100年前。
1923年、京都に建設された〈サントリー山崎蒸溜所〉からはじまり、
現在は全国に100か所を超える蒸溜所があります。
ジャパニーズウイスキーは海外での評価も非常に高く、
今では世界の5大ウイスキーに数えられるほど。
ウイスキーの産地といえば「寒冷地」というイメージですが、
温暖な気候の九州にも、実はいくつかの蒸溜所があります。
そのひとつが、大分県竹田市久住町に設立された〈久住蒸溜所〉です。
代表の宇戸田祥自さんは、ご実家である久住町の酒販店を継ぎ、
世界のウイスキーを販売しながら、「自分の生まれ育ったまちでウイスキーをつくりたい」
という夢を叶えた、めずらしい経歴の持ち主。
そんな宇戸田さんに、蒸溜所の誕生についてうかがいました。
久住蒸溜所が設立されたのは、世界がパンデミックの最中にあった2021年。
緊急事態宣言や外出の制限もあり、生活様式も大きく様変わりした時期です。
日々の暮らしさえままならないなかでの事業のスタートは、
いったいどんな状況だったのでしょうか。
「ひと言で『あれが大変だった』といえないほど、困難の連続でした。
すべてつながりがあり、どれかひとつでもピースが外れたら
全部ストップしてしまうので、気が抜けないことばかりでした」
例えば、久住蒸溜所の設備について。
スコットランドの〈フォーサイス〉社に設備を発注し、
いよいよ組み立てというとき、コロナ禍の渡航制限によって
フォーサイス社のエンジニアの来日が叶わなくなってしまったのです。
そこで、宇戸田さんは醸造設備を専門とする〈平野商店〉に設備の組み立てを依頼。
地元の大きな焼酎メーカーの設備も手掛ける、大分のエンジニアカンパニーです。
「工場内のフォーサイスが担当する箇所以外の部分は
すべて同社へご依頼するつもりで事前打ち合わせは続けていました。
それがすべてをお願いすることになったということです」
フォーサイス社の担当者から受け取った図面を頼りに、
設備のプロフェッショナルたちが集結。
フォーサイス社からもオンラインで指示を仰ぎながら、
約半年の期間を経て、ついに蒸溜所の設備が完成しました。
「通常の環境でも困難を極めるプロジェクトですが、
パンデミック下でのセットアップとなると
おそらく世界でもレアケースだと思います。
もう一度やれと言われてもできるかどうかわからないほどです」
世界の動きが止まってしまったようなあの数年のうちに、
「蒸溜所の設立」という大きな夢を実現させることが
どんなに難しいことだったか、想像にかたくありません。
多くの人々の協力に支えられながら、
いよいよ久住町でのウイスキーづくりが始まりました。
久住蒸溜所のウイスキーづくりには、大分における
さまざまな「ご縁」が集まっています。
まず、蒸溜所がつくられたのは、宇戸田さんが先々代から
お世話になっていたという清酒蔵〈小早川酒造〉の跡地。
第1熟成庫は、酒蔵時代の貯蔵庫を利用しています。
さらに、ウイスキーの原料となる麦芽の約1割に、
県内の契約農家に委託栽培したローカルバーレイを使用。
生産しているのは、大分県豊後大野市清川村中野地区の農家が集まり設立された
集落営農法人〈農事組合法人グリーン法人中野〉の皆さんです。
「品種選びや栽培方法をすべて提案いただいたり、
こちらからリクエストしたりしながら、
“畑から始まるウイスキーづくり”を一緒に取り組んでいただいています」
記念すべき最初の種まきには、久住蒸溜所の製造メンバーが参加。
そして、初めての収穫では代表の宇戸田さん自らがコンバインを操作し、
原料となる麦の収穫を体験したそう。
ウイスキーづくりにかける情熱はもちろん、地域の未来に対する思いや、
地域への愛が繋いだご縁でもあるのではないでしょうか。
Page 2
ウイスキーづくりの重要な要素のひとつである「水」。
製造工程で粉砕した麦芽に水を加える「仕込み水」に加えて、
ポットスチル(蒸溜器)の冷却にも使用するため、
良質な水を十分な量確保する必要があります。
久住蒸溜所では、「くじゅう連山の恵み」である豊富な地下水を活用。
敷地内にある2か所の井戸は、仕込み水、冷却水の両方に使われています。
さらに、標高およそ500メートルと高い場所にあるため比較的冷涼で、
原酒を穏やかに熟成させる環境が整っています。
久住高原は、宇戸田さんご自身が生まれ育った土地でもありますが、
奇跡的に「ウイスキーづくりに適した土地」だったのです。
「緑の美しい高原、久住山、清冽な水の溢れるすばらしい場所です。
大きな変化がないのがいいところではありますが、
若い方々にとっては刺激に乏しい場所ということかもしれません。
ただ、ウイスキーづくりをするうえでは理想的な場所だと今も確信しています」
緑のパノラマが広がる久住高原は、「野焼き」が有名な場所。
環境省の「かおり風景100選」にも選ばれています。
野山を草地として利用するため数百年にわたって続けられている営みのように、
ウイスキーづくりも、久住町の変わらない風景になるのかもしれません。
これからの具体的な取り組みについて伺うと、
「特にあれこれしようではなく、日々淡々と、愚直に
ウイスキーづくりに向き合うことだけです」と宇戸田さん。
「ジャパニーズウイスキーの現在の人気が高い功績は、
全て先達の長い努力によって培われたものです。
それは彼らに向けられた称賛の声であるということを、
私たちは決して勘違いしてはならないと、
日々諸先輩に学び自らを磨くことしかできないと思います」
10年後、100年後もウイスキーづくりを続けていけるよう
地道にトライアンドエラーを繰り返す日々の中、
目指すものは、“久住らしさ”を持つウイスキーです。
「いつの日にか、“久住らしさ”とはこのような味わいだと
いわれるようなハウススタイルが生まれることを願っています。
理想としては、淡く滋味深い長期熟成のスぺイサイドモルトを
彷彿とさせるような一滴が生まれれば本望です」
※スペイサイドモルト:スコットランドのハイランド地方にある、
スぺイ川周辺にある蒸留所で製造されるモルトウイスキー。
ウイスキーの聖地とも呼ばれている。
最後に、久住蒸溜所のシンボルマークについてうかがいました。
縦と横のラインを組み合わせたシンプルかつモダンなデザインに
込められた思いとは?
「濃紺の横の4本は、久住の水、大麦(を含む原料)、
人(スタッフ、飲み手、これまで応援していただいた人々)、
そして久住の環境の4つを意味しています。
縦の3本は、横の4本の要素を全て合わせて
『醸す(発酵する)・蒸留する・樽で熟成する』
という3つの工程を意味します」
数多くの困難を乗り越えながら、
土地の良さと人の力を生かしてつくられた、久住蒸溜所のウイスキー。
大分の大自然に思いを馳せながら、味わってみませんか?
写真提供:久住蒸溜所
※写真の無断転載・複製はお控えください
information
久住蒸溜所
Feature 特集記事&おすすめ記事