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連載

甲州ワインを世界へ送る
ワイン醸造家・三澤彩奈 
中央葡萄酒株式会社
ミサワワイナリー 前編

貝印 × colocal
「つくる」Journal!
vol.030

posted:2015.12.8   from:山梨県北杜市  genre:食・グルメ

sponsored by 貝印

〈 この連載・企画は… 〉  歴史と伝統のあるものづくり企業こそ、革新=イノベーションが必要な時代。
日本各地で行われている「ものづくり」もそうした変革期を迎えています。
そこで、今シーズンのテーマは、さまざまなイノベーションと出合い、コラボを追求する「つくる」Journal!

writer's profile

Tetra Tanizaki
谷崎テトラ

たにざき・てとら●アースラジオ構成作家。音楽プロデューサー。ワールドシフトネットワークジャパン代表理事。環境・平和・社会貢献・フェアトレードなどをテーマにしたTV、ラジオ番組、出版を企画・構成するかたわら、新しい価値観(パラダイムシフト)や、持続可能な社会の転換(ワールドシフト)の 発信者&コーディネーターとして活動中。リオ+20など国際会議のNGO参加・運営・社会提言に関わるなど、持続可能な社会システムに関して深い知見を持つ。
http://www.kanatamusic.com/tetra/

photo

Suzu(Fresco)

スズ●フォトグラファー/プロデューサー。2007年、サンフランシスコから東京に拠点を移す。写真、サウンド、グラフィック、と表現の場を選ばず、また国内外でプロジェクトごとにさまざまなチームを組むスタイルで、幅広く活動中。音楽アルバムの総合プロデュースや、Sony BRAVIAの新製品のビジュアルなどを手がけメディアも多岐に渡る。
http://fresco-style.com/blog/

日照時間日本一を誇る山梨県北杜市明野町。
茅ヶ岳の麓、標高680メートルの高地に
日本を代表するワインの数々を生み出す
〈ミサワワイナリー〉と〈三澤農場〉がある。

高地であるので、昼夜の寒暖差が大きい。
緩やかな西向き傾斜による水捌けの良さを含め、
ワインづくりの世界の名醸地に匹敵するレベルにあるといわれる。

ここに世界で最も権威のあるワインコンクールで
金賞を受賞した女性醸造家がいる。
明野・ミサワワイナリーに醸造家の三澤彩奈さんを訪ねた。

ミサワワイナリーから臨む富士山。

ワイナリーの近くには、自社農場〈明野・三澤農場〉がある。総面積約12ヘクタール、垣根式農場の広大なブドウ畑。日本を代表するワインの数々を生み出している。

彩奈さんは1980年生まれの35才。
中央葡萄酒株式会社の4代目のオーナー三澤茂計さんの長女として生まれた。
「子どものころからワインに親しみを持っていました」と彩奈さん。
一番、好きなワインは? と聞くと、
「甲州ですね」と言う。
〈甲州〉はワイン用のブドウの品種。
そこから造られるワインも〈甲州〉と呼ばれる。
山梨県勝沼に生まれ育った彩奈さんにとって〈甲州〉は特別な思い入れのあるブドウだ。

2005年、単身で渡仏、ボルドー大学ワイン醸造学部を卒業。
その後、フランス・ブルゴーニュ地方にて研修、
翌年にはフランス栽培醸造上級技術者という資格を取得した。
2007年には、南アフリカ・ステレンボッシュ大学大学院へ留学。
世界のトップレベルのワイン醸造の技術を学んだ。
それは日本の誇る〈甲州ブドウ〉を世界へ広げたいという気持ちからだという。

「世界のワイン市場を見て、
〈甲州〉はこのままではいずれ淘汰されてしまうかもしれないと感じたんです。
ワインは特にボーダーレスな飲みものだと思います。
地元の居酒屋だけで飲んでいただける地酒のような存在でずっといることは、
イメージできませんでした。
世界を回り、〈甲州〉の繊細な味わいは、ほかのワインにはない個性だと感じました。
〈甲州ワイン〉がどこまでいけるか確証があったわけではありませんが、
誰もやっていないことにチャレンジしたいと思う気持ちもありました」

ワインづくりは収穫時期の3か月がとくに忙しい。
毎年、自分のワイナリーでのワイン醸造が一段落すると、
南半球のワイン産地へ出向き、世界のワイン醸造の現場の技術を習得しようと、
研鑽してきたという。

「これは使えそうだというものを見つけるために行くんです。
ピンポイントにこの醸造技術を取り入れるということよりも、
投資力や設備が大きい海外のメーカーと
投資力が小さい私たちのようなワイナリーでは違います。国によっても違います。
それぞれのワイン産地で、ワイナリー独自の知恵を知ることで、
日本でのワイン造りにフィードバックさせていました」

明野は南アルプス、八ヶ岳、茅ヶ岳、富士山を四方に臨む。標高680メートルの高地。

たとえば“垣根栽培”。ぶどう畑は“垣根栽培”と“棚栽培”がある。
甲州ブドウにおいては棚栽培が一般的だが、
世界のワイン産地の多くは垣根栽培である。

甲州ブドウの“垣根栽培”は1本の木から10房〜20房程度と収量は少ないが、
一房にいく養分が多いので甘くなる。
また剪定や収穫の作業効率が良く、世界ではこの垣根栽培が一般的だ。
棚栽培よりも葉と葉が重なり合わないので、光合成効率が高く、
実の糖分が増えるとされる。

これまでのやり方を変えるのは大変だが、
垣根栽培のほうがより凝縮したブドウが栽培できる。
彩奈さんの父、茂計さんも20年以上前“垣根栽培”に挑戦して、失敗したという。
樹のバランスがとれず、花が咲かなかったという。

彩奈さんは、この“垣根栽培”にこだわりたかったのだ。
翌2005年に再度チャレンジした。実がつくまで3年。2007年に結実した。

「2009年のときにブドウがあきらかにそれまでのものと違っていた。
すごい凝縮感があって、甘さがあって、酸味がしっかりしていた。
明らかに味に違いが出ていたんです」

いいブドウができた。そこからいよいよ醸造が始まった。

「ブドウがこれだけ違うのだから、ワインにしてどうなるか。
なるべくブドウのよさを生かしたい。
日本の酒造りは日本酒の伝統があるから、酵母など、醸造に力を入れるんです。
しかし私は栽培に立ち戻りたかった。
たとえば〈甲州〉は糖度が上がりにくいので、
アルコール度数を上げるために補糖をするのですが、補糖はせず、
ブドウのありのままの姿で勝負したかった」

ワインとして明らかに違うものができたと感じたのは2012年。

「絞った途中の果汁を飲んだりして、〈甲州〉ってこんな味もあったのか、
と、自分のなかで気づかされることがありました」

〈甲州〉はすごい! と心から思ったという。
そうした彩奈さんのこだわりが実を結び、
2014年に世界的なコンテストでの評価へとつながった。

樽で熟成させる。これは赤ワイン用。繊細な〈甲州〉はこれとは別のタンクで熟成させるという。

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国際コンクール金賞の味とは!?

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〈キュヴェ三澤 明野甲州 2013〉が金賞受賞

2014年に、彩奈さんが手がけた甲州のワイン〈キュヴェ三澤 明野甲州 2013〉が
ワインの業界で最も権威のあると言われる
〈デカンタ・ワールド・ワイン・アワーズ(ロンドン)〉で
金賞・地域最高賞を受賞した。

メールで第一報がきた。

「デカンタというのは世界で最も販売数の多いワイン専門誌。
出品数が世界最大級。金賞がとりにくい、審査の厳しい、
最も信頼されているワインコンクールのひとつなんです。
帰国してからは10年近く試行錯誤の毎日だったので、
この味ができたこと、認められたことで、ほっとした気持ちがあります」

それから毎週のようにテレビ、ラジオの取材がきた。

「昔は〈甲州〉って悪いイメージがあって、甘すぎるとか、酸化してるとか、
お土産ワインとか。そういうイメージがありました。
それが今回の受賞によって変わったと思います」

〈甲州〉が世界の市場で認められた瞬間だった。

「世界では日本でワインを造っていること自体知らない人が多いと思います。
甲州はすごい品種なんだけど、醸造家がまだ花開かせていない部分もあった。
この賞によって、〈甲州〉を知った人がたくさん出てきたと思います」

まさに「〈甲州ワイン〉を世界へ」という彩奈さんの想いがかたちになった。

デカンタ・ワールド・ワイン・アワーズで金賞を受賞した〈キュヴェ三澤 明野甲州 2013〉を試飲する。

〈キュヴェ三澤 明野甲州 2013〉を試飲してみる

〈キュヴェ三澤 明野甲州 2013〉を試飲させていただいた。
引き締まった酸味と爽やかな香りが特徴。口当たりはなめらかで緻密。
彩奈さんの愛情がこめられた究極の〈甲州〉だ。

「〈甲州〉というのは穏やかな品種で、アルコールも低いんです。
普通、賞をとるワインは樽が強いなど、
インパクトのある香りのものが多いです。
だから〈甲州〉が金賞をとるとは誰も思っていなかったんですよ」

彩奈さんはどんな味のワインが好きなのだろう。

「日本人って酸味が苦手なんですけど、酸味がしっかりしたワインが好きですね。
酸味のないワインはやっぱりダレている。
もたっとしたものよりは、シャープなほうが好きですね。
あとは冷やしすぎないこととか。醸造家の人はあまり冷やさず飲みますね。
冷やしすぎると味がわからなくなる。割と温度が上がってきたものを好みますね。
ソムリエの方はまた別ですが」

〈キュヴェ三澤 明野甲州 2013〉は、ブドウ栽培からこだわった〈甲州〉の特別限定醸造フラグシップワイン。

和食と甲州ワイン

彩奈さんの〈甲州〉の楽しみ方を聞いてみた。

「〈甲州〉って和食とよく合うんですよ。
私たちの世界ではよく知られていることなんですが、
消費者の方にはまだ驚かれますね」と彩奈さん。

「お寿司と甲州、昆布だしとも品よくマッチします。
日本の野菜ともいいですよね。
樽の効いたパンチのあるシャルドネと日本料理って
合わせようという気がしないじゃないですか。
そんなときに〈甲州〉はすっと入って行くんです」

実は、“和食とワイン”っていうフレーズは、
海外のワインメーカーがよく使っているんですよね。世界で和食はブームなので。
たとえばロンドンなどで、オーストリアやドイツのワイナリーが、
自分たちのワインと和食が合いますとプロモーションしているのを見かけました。
だから “和食とワイン”ってもう当たり前になってきているんです」

彩奈さんは何と合わせて飲みますか?

「春だったらこのあたりで採れる山菜を天ぷらとか、秋ならキノコとか。
お刺身も合いますね」

ミサワワイナリーの醸造責任者(ワインメーカー)として、ぶどう栽培から、ワイン醸造までを行っている。

山梨ワインを世界へ

山梨県は日本のワインの発祥の地であり、
約80社のワイナリーが国内の約3割のワインを生産している。
2013年7月、ワインにおける地理的表示〈山梨〉が国税庁告示により指定された。

「〈薩摩焼酎〉のように、〈山梨ワイン〉という表示ができるようになったんです」

地理的表示は、たんなる産地表示として捉えられることがあるが、実は全く異なる。

「山梨県産のブドウを使っていれば〈山梨ワイン〉を名乗れるわけではないんです。
地理的表示は、ある一定の品質のワインのみが山梨県産として表示できる仕組みです。
たとえば、ワイン造りに向いていない〈巨峰〉のようなブドウ品種は除外されていますし、
糖度の低いブドウを使ったワインも同様です。
これはフランスのように原産地呼称する前段階として、とてもいいことだと思います」

日本のワイナリー250件のうち80件は山梨にある。
「山梨がワイン産地として生き残っていくためには大切なこと」だと彩奈さんは考える。

世界で勝負していくためのワインを造るためには、
ワイン用ブドウを使ったものでなければならない。
世界の醸造の現場を見てきた彩奈さんだからこそ言えることだ。

「〈甲州〉に関しては祖父や父が積み上げてきたことに
自分が乗っかっている部分もある。伝統と革新の両方ですね。
伝統に沿っている部分と、このままではダメだと私が感じた部分の両方があります。
それで〈甲州ブドウ〉の“垣根栽培”という革新に挑戦したんです」

次回はこの味を造る、醸造の現場をリポート。醸造家としてのこだわりをお聞きします。

後編【甲州ワイン、こだわりづくしの醸造 ワイン醸造家・三澤彩奈さん ミサワワイナリー 後編】はこちら


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ミサワワイナリー/中央葡萄酒株式会社

住所:山梨県北杜市明野町上手11984-1

http://www.grace-wine.com/our_winery/akeno/

ワインメーカー(三澤彩奈さん)のブログ
http://grace1923.blog.so-net.ne.jp

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