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連載

御殿場のおいしい食を伝える料理人
〈農 minori〉池田洋一さん

PEOPLE
vol.034

posted:2015.12.12  from:静岡県御殿場市  genre:食・グルメ

〈 この連載・企画は… 〉  ローカルにはさまざまな人がいます。地域でユニークな活動をしている人。
地元の人気者。新しい働きかたや暮らしかたを編み出した人。そんな人々に会いにいきます。

writer profile

Nagai Rieko

永井理恵子

ながい・りえこ●静岡県御殿場市出身。食いしん坊で呑んべえ。15年の東京暮らしを経て知ったのは、生まれ育った静岡県と御殿場市が案外ステキなところだったということ! 現在、その良さを発信すべく鋭意活動中。

御殿場のおいしいものを知ってほしい

富士山と箱根山に囲まれた静岡県御殿場市に、
〈旬彩食 農 minori〉という小さな和食の店が開店したのは、2014年11月のこと。
この店の店主である池田洋一さんは、〈旬の会〉改め
〈Toretaみくりや〉を主宰する和食の料理人。
みくりやとは漢字で“御厨”と書き、御殿場市と裾野市須山、
駿東郡小山町の一帯を指す地名。
この地名は、荘園時代から使われてきた古いものだ。

「御殿場のおいしいものを、みんな、知らなさすぎ」
これは、池田さんの口ぐせ。
そして、おそらくこれは、地場産の野菜を使って料理を作ってきた
御殿場の料理人たちがずっと心の中でつぶやいてきた言葉なのではないだろうか。

御殿場の特産品といえば、わさびが真っ先に思い浮かぶ。
それから、冬に旬を迎える水かけ菜も。
近ごろは、〈ごてんばこしひかり〉も広く知られるようになってきた。
では、芹澤バラ園のロメインレタスやプチトマト〈あっこひめ〉は? 
かつまたファームの〈健太トマト〉や山芋は? 
天野醤油の搾り粕を肥料にして育つ〈御殿場メロン〉は? トウモロコシは?

かつまたファームの山芋で作った、やまかけご飯。

御殿場で生まれ育った私。
祖父母もそのまた両親も御殿場生まれという生粋の御殿場っ子の私も
知らないことがいっぱいで、悔しいけれど、
三島市出身の池田さんのほうが、よほど御殿場のおいしいものを知っている……。
御殿場に生まれ育った人のなかで、農 minoriでの食事をきっかけに
これらを知った、という人も少なくないはずだ。

「わさびも水かけ菜もそもそも仕入れ価格が高いから、
外食で味わおうと思うと高級店に行くしかない。
でも、御殿場で生産されている野菜はそれだけじゃないんですよ。
日常的に食べられる価格で買えるおいしい野菜がたくさんあるのに、
誰に聞いても“知らない”とつれない返事。
僕は、食は最終的に各家庭の食卓につながっているものだと考えています。
最初はそんな野菜があることを知らなくても、
飲食店で食べてもらえれば実際に味わってもらえる。
実際口にしてよさが伝われば、購入につながり、知名度も上がって、
各家庭で食べられるようになる。
お母さんが料理して子どもがそれを食べておいしいと思ってくれれば
次世代へつながっていく。そんな風にして、御殿場のなかで、
御殿場産の野菜の知名度が上がり、伝わっていけばいいなと考えているんです」

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あるトマト生産者との出会い

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ご当地フェアでの後悔が現在の糧に

農 minoriを開店する前、池田さんは、御殿場市内にあるホテルの
調理部の板長として、和食部門を切り盛りしていた。

いまから15年近く前のこと。
そのホテルで、地元産の食材を使った料理を提供する
ご当地フェアを催す、という企画が浮上した。
思いついた御殿場のご当地野菜は、わさび、水かけ菜、ごてんばこしひかり……。
いかんせん、数が少ない。おまけに、知名度が著しく低い。

御殿場市は、箱根山麓の北西に位置し、箱根山と富士山に挟まれた盆地。
そして、同じ箱根山麓の南西に、静岡県三島市がある。
東海道新幹線三島駅がある、御殿場市よりもはるかに人口の多いまちだ。
三島市内にある箱根山の斜面は南向き。
この斜面で栽培されているのが、箱根西麓野菜と呼ばれる野菜だ。
どの畑も、標高50メートル以上。日当たりと水はけがよく冷涼な気候のなか、
ミネラル豊富な土で育てられる露地栽培の野菜は、味も品質もいいと評判。
馬鈴薯や大根、白菜や甘藷など、種類も豊富で首都圏へ多く出荷されている。

「知名度と価格。この2点で箱根西麓野菜を越えることができず、
結局、このときのフェアでは箱根西麓野菜を使うことになったんです。
御殿場で料理を作っているのに、御殿場の食材を使えない。
品質がいいのに、使えない。地元にいながら
地元のいいものを使えないということが、とにかくショックでしたね」
三島市出身の池田さんが御殿場の食材にこだわり、
御殿場に店を出したのには、このときの気持ちが根底にある。
そして、その後の数々の出会いが、その気持ちを揺さぶり続ける。

静岡県産の食材を積極的に使い、そのすばらしさを伝えていることが評価され、2013年「ふじのくに食の都づくり仕事人」として県から表彰された。

〈健太トマト〉との出会いが農 minoriの原点

御殿場は兼業農家の多いまちだ。
平日は会社勤め。ゴールデンウイークに田植えをし、
9月、10月にある3連休で稲を刈る。
出勤前の時間や土日に畑を耕し、野菜を収穫する。
そんな風に、会社勤めと農業を両立させて営む家は少なくない。
「御殿場で農業だけでごはんを食べられている専業農家は
10軒ないかもしれません」と池田さんは言う。
そのうちの1軒が〈健太トマト〉の生産者であるかつまたファームの勝亦健太さんだ。

池田さんと健太さんが出会うきっかけとなったのは、ある農協の職員の方だった。
「健太くんのトマトのことを話すためだけに、
その方がしょっちゅう僕のもとにやってくる。
変な言い方ですけど、一介の農協の職員さんがこれほどまでに
情熱を傾けるのだからきっと何かあるに違いない、
そう思って、会ってみることにしたんです。
そこで聞いたのは、新たに始めたトマト栽培が軌道に乗ったのに、
知名度がないから売りたくても売れないこと。
販路拡大のため、生産者である健太くん自らがあちこちへ営業に出向いていること。
それでも売れなくて、食べごろの真っ赤なトマトを、
健太くん自らの手で畑の片隅に掘った穴に捨てて埋めていること。
彼の話を聞いて、なんとかならないのかって思ったんです」

とはいえ、当時の池田さんはホテルの和食部門の板長で、
自分の考えだけで食材を選べる立場ではない。
だからこそ、もしも自分が店を持つのなら、
地元食材をふんだんに使った料理を出す店にしたいと強く思った。
その思いばかりが募り、悶々と過ごす日々……。

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口コミで広がった〈旬の会〉とは

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口コミで広がり大人気となった月イチのイベント〈旬の会〉

2014年11月、準備を整えて独立。
健太さんと出会ってから4年もの歳月が過ぎていた。

店が軌道に乗り始めたある日のこと。
「お客さんと接するうちに、気づいたことがあるんです。
それは、ランチタイムに来てくれるお客さんのほとんどが女性で、
その口コミに力があるということ。その口コミ力を
御殿場の野菜を広めるのに役に立てられないかと考えたときに
〈旬の会〉を思いついたんです」

旬の会とは、その時期に御殿場市内の専業農家が収穫する旬の野菜1種類を使用し、
新たに考案した料理をいただくランチの会。
そこには野菜の生産者が同席し、質問をしたり、感想を伝えたり、
収穫までのストーリーを聞いたりすることができる。
この会の存在は、池田さんの目論見通り口コミで広がっていき、
予約が取りづらいほどの人気のイベントに成長した。
「当初、旬の会は、農 minoriだけで実施していたんですよ。
それがいまでは当店含めて3店舗に増え、毎月順番に実施しています。
少しずつですけれど、着実に輪は広がっています」

お店とお店を結びつけたのは、生産者の健太さんだ。
健太さんが個別に取引をしていたお店に会のことを話し、
各店の店主を池田さんに引き合わせた。
「旬の会のランチの料金は、1人前1500円。
正直、利益はほとんどありませんから、続けるべきか悩んだこともありました。
でもそんなとき、同じ思いで旬の会に参加する別の店の店主から
『ここでやめたら、生産者も、後進も育たない』と叱咤されて、ハッとしたんです。
そして、健太くんは『ほかの専業農家に僕と同じような思いをさせたくない』
という一心で、健太トマトのみならず、御殿場の野菜の知名度を上げるべく、
あちこち駆けずり回っていることを思い出しました。
食を通じていまの若い世代を僕らが育てる。
僕らのような飲食店には、そういう役目もあることに気づかされたんです」

利益はなくてもいい。
同じ志を持つ他店の店主たちに支えられ、旬の会は続いてきた。
そのお店の中には、トマトの最盛期に、トマトを使ったメニューを
50種類も打ち出して提供していたお店もある。
「最初に言いだした僕なんかより、ずっとずっと勢いがあって、すごい。
いい刺激になりますし、勉強になる。同じ飲食店同士、
切磋琢磨し合えるお店同士のつながりをつくれたのも、
旬の会を始めてよかったと思うところです」

1冊の本が教えてくれた、御殿場の郷土料理

旬の会で提供するレシピを考えているうち、御殿場の食材を使うだけでなく、
もっと別のアプローチができないかと考え始めた池田さん。
もしかしたらいいヒントになるかもしれないと気になっていたのが
『みくりやの味』という本だ。
この本は、御殿場市の高根地区に暮らす
お母さんたちによって再現された、郷土料理のレシピ本。
お客さんから聞いてその存在を知ってはいたものの、
市立図書館の蔵書にはなく、池田さんにとっては長らく幻の本だった。
旬の会のメニューづくりに生かすことができるかもしれないこの本を、
一度は見てみたい。そんな好奇心からFacebookを通じて
「『みくりやの味』という本を探しています」と呼びかけてみたところ……
「時々見えるお客さんが、その本を持ってすぐ来店してくれたんです」
それは2015年6月のことだった。

レシピの中から最初に選んで作ったのは“さんま飯”。
これは、頭とはらわたを除いて一口大に切ったサンマと
ささがきにしたにんじんとごぼう、米、醤油、塩、酒とショウガを入れて炊いたものだ。
秋の農作業といえば、稲刈り。
かつての御殿場では、その作業がひとつ終わるごとに、
使用した道具や神棚に料理を作ってお供えをしていたそう。
稲の“刈り上げ”が終われば、ぼたもちを鎌の上に、
米を茎からはずす“こき上げ”が終われば、赤飯を脱穀機の上に、
そして、臼を使った精米“ひき上げ”が終われば、さんま飯をカラ臼の上にお供えして、
感謝の気持ちを伝えていたのだ。

農 minoriのランチの主食は、白米または発酵玄米から選ぶことができる。
自店で開催する旬の会がひと段落した9月。
稲刈りの時期に、さんま飯をプラスし、3種類から選べるようにしたところ、
お客さんのほとんどがさんま飯を選んだそうだ。
70代、80代のお客さんは「懐かしい」「昔食べた」
もっと下の世代のお客さんは「知らなかった」「食べたことない」
これが、お客さんたちがさんま飯を選んだ理由だったそう。

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郷土料理“箱寿司”ってどんな寿司?

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さんま飯の反響から、御殿場の郷土料理に手応えを感じた池田さん。
ならば! と次に作る一品に選んだのは、本の表紙を飾る“箱寿司”だった。

箱寿司とは、6月の“馬鍬(まぐわ)洗い”の時期に食べられていた寿司のこと。
かつて養蚕が盛んだった御殿場では、
お蚕さんを飼い始める春先や田植えの終わった頃に、
体を休め、次の農作業に向けて体力をつけるために箱寿司を食べたそう。
田植えに使った農具“馬鍬”を洗って清めるから、馬鍬洗い。
道具を洗うことが季節を表す言葉になるなんて、きちんとしていて、
なんだかとても清々しい!
とはいえ、試みたのは秋。本来食べる時期とは大幅にずれている。
「本にも食べる時期は6月と書いてあったけれど、材料自体は通年手に入るものばかり。
取りかかりやすいと感じたので作ってみることにしたんです」

作り方が詳細に書かれていてわかりやすい。

特徴的なのは、器である“箱”。
長方形の木のお弁当箱のような風情の箱には、
まるで下駄をひっくり返したような蓋がついている。

実はこの箱、底が抜けるようにできている。
押し寿司を作るように酢飯を詰めてその上に材料を乗せたら、
底を抜き、寿司を切り分けることができるようになっているのだ。

まずはこの箱を探そうと八方手を尽くしたが、残念なことに見つからなかった。
そこで、NPO法人〈土に還る木・森づくりの会〉に依頼し、
寿司を入れる木箱を新たにつくってもらうことにした。
材料は無垢のヒノキ。蓋はもちろん、底がきちんと抜けるようにつくってもらった。

シャリに使うのは、もちろん〈ごてんばこしひかり〉。

煮しめた干ししいたけ。

しっかりとした甘味をつけた酢飯の上には、甘辛く味つけたまぐろのフレーク、錦糸卵、別々に煮しめたにんじんと干ししいたけ、マグロの赤身を彩りよく並べる。このほか、タコの刺身やでんぶなど、各家庭によって少しずつ具に違いあり。

箱寿司のできあがり! これは確かにご馳走だ。

箱寿司に魅力がないだけなのか、そもそも存在自体を知らない人ばかりなのか……。
現在、農 minoriのメニューのひとつとして紹介しているが、
注文は数える程度しかないのだそう。
ランチの選択肢のひとつだったさんま飯のようにいかないのはわかっているが、
予想を上回る少なさに落胆の色を隠せない。
「でも、作らなければ忘れられちゃう。
食べてもらわなくちゃ、伝えていくことはできない。
だからこれからも折を見て、郷土の味を発信していこうと考えています」
と池田さんは言う。

「実は、情報発信に躍起になっていた時期には、
市内で催されるさまざまなイベントへの出店もしていたんです。
多いときは月に2回も出店していました。
休み返上で参加して、疲れ果ててクタクタになっているときに、
自分たちがいましていることがとても浅いんじゃないかと思ったんです。
僕の本分は、素材をもっとおいしくすること。
生産者さんの本分は、もっとおいしい野菜をつくること。
アピールして知ってもらうだけではダメだ、実際に食べてもらって
『おいしい』と納得してもらわなくちゃ、ただのお祭りで終わっちゃう。
文化として根づいていかないと気づいたんです」

そのためには、生産者と料理人が互いに切磋琢磨し合うことこそが近道だと考え、
活動を見直すことに。
こうして旬の会は〈Toretaごてんば〉へと生まれ変わった。
生産者が、いま収穫している野菜の情報を流し、
季節ごとにおいしい野菜の情報を消費者へ伝える。
それに料理人が反応し、その野菜を使ったメニューや、おいしい食べ方を紹介する。
これまでの飲食店主体の活動から、生産者から消費者へと
情報が広がっていくコミュニティにしたいと考えているそうだ。
「10年後、20年後、いまの子どもたちが大きくなって、
進学や就職、結婚などで御殿場を離れることがあると思うんです。
真冬は水かけ菜、春はロメインレタス、夏はトマト、秋は山芋……
そんな風に季節の移ろいとともに御殿場の旬の味を思い出せる。
そんな食文化を、ここ御殿場で僕らがつくり出すことができれば、最高ですよね」

池田さんを中心に、このまちの食がどう変化していくのか、楽しみは広がる。

profile

YOICHI IKEDA 
池田洋一

静岡県三島市出身。高校卒業後、鳥取県米子市の皆生温泉にある〈華水亭〉で5年ほど修業し帰郷。伊豆や御殿場で腕を磨き、2014年11月〈旬彩食 農 minori〉をオープン。生産者と消費者をつなぐ〈旬の会〉をスタートし、現在〈Toretaみくりや〉を主宰。御殿場の食の向上に尽力している。

information


map

旬彩食 農 minori

住所:静岡県御殿場市川島田136-1 レジデンスN’s102

TEL:0550-78-7922

営業時間:11:00~LO.13:30、17:30~LO.21:30

定休日:火曜日

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