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連載

飛騨に移住した人たちに聞く
「コミュニティ」
薬草、鮎、野菜、里山。
自然とともにある営みが
つながりを生み、地域資源となる

あなたはなぜ飛騨を好きになったのですか?
vol.010

posted:2017.3.23  from:岐阜県飛騨市/下呂市  genre:暮らしと移住

sponsored by 飛騨地域創生連携協議会

〈 この連載・企画は… 〉  最近、飛騨がちょっとおもしろいという話をよく聞く。
株式会社〈飛騨の森でクマは踊る〉(ヒダクマ)が〈FabCafe Hida〉をオープンし、
〈SATOYAMA EXPERIENCE〉を目指し、外国人旅行者が高山本線に乗る。
森と古いまち並みと自然と豊かな食文化が残るまちに、
暮らしや仕事のクリエイティビティが生まれ、旅する人、暮らし始める人を惹きつける。
「あなたはなぜ飛騨を好きになったのですか?」

writer profile

Tomohiro Okusa

大草朋宏

おおくさ・ともひろ●エディター/ライター。東京生まれ、千葉育ち。自転車ですぐ東京都内に入れる立地に育ったため、青春時代の千葉で培われたものといえば、落花生への愛情でもなく、パワーライスクルーからの影響でもなく、都内への強く激しいコンプレックスのみ。いまだにそれがすべての原動力。

photographer

Daisuke Ishizaka

石阪大輔(HATOS)

飛騨市の畦畑地区に移住し薬草の文化を広めている塚本夫妻、
そして下呂市の馬瀬地区に移住し
「里山ミュージアム」ガイドとして活動する吉永夫妻に、
飛騨でのコミュニティについて聞いた。

飛騨の自然を生かした暮らし方がコミュニティを生む

塚本浩煇さん・東亜子さん夫妻は18年ほど前に
飛騨市古川町の畦畑(うねはた)地区に移住してきた。
そもそも浩煇さんの母親が陶芸を趣味にしており、この地に移住していた。
横浜に住んでいた浩煇さんたちは、母親のもとに遊びに来たときに、
現在の家を見て気に入り、購入することになった。

「買った当時は、徐々に直しながら、別荘のような感覚でした」
しかし何度も訪れているうちに「飛騨のほうがいい」と移住することになる。
「まさか住むことになるなんて」という東亜子さん。

塚本浩煇さんと東亜子さん。

横浜と飛騨を行き来していた期間は約3年間。
その間に、飛騨の人たちとも少しずつ顔見知りになっていく。
そのおかげで、移住時も違和感なく地域に入れたようだ。
助走期間というのは、移住にとって案外いいのかもしれない。

かなり雪深いエリアで、家の前もこの積雪。

「私はバブル時代を経験したから(笑)、野菜の旬も知らないような都会人でした。
だからここへ来たら、まちではできない、都会の人が羨ましがるようなことを
しなくちゃいけないと思っていたんですね」と東亜子さんはいう。
自然の中で暮らしていることで、「四季」というものを強く感じるようになる。
周りは農家が多く、本来、野菜は採れる季節が決まっていることを知る。

リースづくりをしてみたが東亜子さんいわく「すぐ飽きちゃったのよね(笑)」

「あるとき、食べられそうなトマトがたくさん捨ててあったんですよ。
それを見て、“欲しければあげるよ”と農家に言われて。
3ケースも4ケースももらったので、
それでトマトソースやホールトマトをつくったりしていました」

農家は規格外のトマトを捨ててしまう。
利用価値のないものであり、何かに加工しようなんて思わなかったようだ。
しかし「何かやりたい」東亜子さんにとってもらえるトマトは宝の山。
そのうち周りの人もつくり始め、地域の婦人会で一緒につくって売るようになる。

「捨てるようなものとか、その辺にあるもので、
いろいろなものがつくれちゃうことがわかったんです。
スカンポもそう。このあたりでは“イッタンダラケ”ともいいます」

スカンポ(イタドリ)とは、竹に似た見た目で、食用や薬草としても使える植物だ。

商品化された「スカンポジャム」。砂糖とブランデーで煮詰める。

東亜子さんは、以前にルバーブを育てて、ジャムにしたことがあった。
その酸味が野生のスカンポに似ていると感じた。
試しにスカンポでジャムをつくってみると予想通り。
すごくおいしいジャムができた。ルバーブとスカンポのジャムは、
古川のまちにある〈壱之町珈琲店〉で商品化することもできた。
飛騨の山奥に住みながら、そこにあるもので楽しく生活することができているようだ。

月に2〜3回訪れては長居しているという〈壱之町珈琲店〉。店主の森本純子さんとのトークに花が咲く。

みんなで薬草を学び、料理し、広めていく

飛騨の山には薬草がたくさんあるという。
あるとき、薬草の権威である村上光太郎先生が、薬草を調べに飛騨にやってきた。
そのときの拠点として塚本邸に寝泊まりすることになったのだ。
当然その間に、村上先生から薬草のことを初めて学ぶことになる。
それ以来、塚本夫婦は薬草にはまっていった。

浩煇さんが山に入り、薬草を摘んでくる。それをふたりで処理していく。
クズの花、烏梅(うばい)、ドクダミ、キハダ、メナモミ、野ブドウなどは
毎年手がけているものだ。

キハダを見せてくれた。8月20日頃じゃないと、この皮はうまく剥けないという。

烏梅は痛み止めになる。毎年5月に40度をキープしながら
煙で青梅を燻し続け、全工程で1週間以上かかる。これを煎じて飲む。
クズは、花びらだけを丁寧に分けて、乾燥させて粉にする。
その後ハチミツを使って丸薬にする。
肝臓にいいので、塚本家でお酒を飲むときは、まずこちらが供されるらしい。
野ブドウは焼酎につけて、蚊に刺されたら塗るかゆみ止め用。
コブシのつぼみを焼酎につけたものはボケ防止にいいという。
その代わり、雪山を分け入って採ってこなくてはならない。

「こういうことをやっていると1年が楽しいですね」

梅を燻してつくった烏梅。

クズの花を粉にし、丸薬に。肝臓にいい。

ほかにもたくさんの薬草を加工している。しかしこれらは販売用ではない。

「自分たちのためなので、実際に使ってみていいと思ったものしかつくりません。
自分で飲んだり、人にあげたり」と浩煇さん。

「良かったものは材料やつくり方の知識などをみんなと共有しています」
と言う東亜子さんは、女性の薬草の会である
〈山水女(さんすいめ)〉というグループに入っている。
おもなメンバーは古川の農家たちだ。
みんなで薬草を使った料理を研究したり、ケーキをつくったり。

「せっかく山に囲まれた地域に住んでいるので、
暮らしのなかに薬草を取り入れる生活を自然体で楽しめればと思っています。
そういった暮らしを、みんなで一緒に楽しめればなと」

ナツメ、山ブドウ、マタタビ、コブシなどをお酒に漬けている。

〈薬草で飛騨を元気にする会〉というNPO法人も発足している。
〈山水女〉としても、薬草を広める活動ならばと協力を惜しまない。
飛騨市で薬草事業に力を入れていくほどに、
「学びたい人がいて、そこで人とつながる」と薬草を介するコミュニティは
どんどん広がっていくようだ。

■『グッとくる飛騨』では、こちらのインタビューも↓

生活に薬草を。より良い暮らしを紡ぐ
飛騨のローカルデザイン

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住民たちでつくったコミュニティスペース

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馬瀬のコミュニティをそのまま体感してもらう

昨年、農林水産省が進める「食と農の景勝地」に、
全国5か所のうちのひとつとして認定された下呂市馬瀬地区。
インバウンドの観光需要増加を目的として、ますます注目されるエリアになっている。
そんな馬瀬に2011年に移住してきた吉永秀美さんと眞知子さん夫妻。
秀美さんは岐阜市で公務員をしていたが、定年を待たずに移住してきた。

「中学生ぐらいのときに、よく馬瀬に釣りに連れてきてもらっていて、
ずっといいところだなと思っていました。
子育ても落ち着いたので、自然豊かな場所で暮らしたいと、
思いきって移住してきました」

囲炉裏のあるステキなお宅はリノベーションしたばかり。

地方移住の二大不安要素は、仕事とコミュニティだ。
仕事は、何でもやるという覚悟ですぐに見つけた。
地域コミュニティへは「自分から積極的に入っていけばいい」と考えていた。

「それほど抵抗はなかったです。わからないことは人に聞くことですね。
それによって少しずつコミュニケーションがとれると思う。
地元の人にとっては“そんなことも知らないのか”という感じだけど、
まちの人にとってはわからないもの。でも聞けばちゃんと教えてくれます」

まだそれほど馬瀬に慣れていなかったときに、
仕事の関係で出会った〈南飛騨馬瀬川観光協会〉の理事に、
観光協会を手伝ってくれと誘われた。

外からの視点を持っている秀美さんの考え方は観光の刺激になるだろう。
そして観光協会の業務を通して馬瀬のことを理解していけるし、
人間関係のネットワークを広げていくことができるだろう。
そんなお互いの思いが一致したようだ。

囲炉裏の上ではイワナを燻していた。

こうして秀美さんは観光協会での活動に従事していくことになる。
馬瀬で一番人気のある観光コンテンツは鮎。
特に夏に行われる「火ぶり漁」は、
たいまつの火で追い込んで鮎をとる、馬瀬に伝わる伝統漁だ。
2012年に地域の〈清流馬瀬川鮎とり隊〉の手によって復活した。

「かつてより鮎釣りをする人が少なくなってしまいました。
特に友釣りにもっと興味を持ってもらいたいです。
観光協会でも、友釣りを教えてほしいという人を
なるべくフォローするようにしています。
ほかにもテンカラ、フライ、ルアーなど、釣りを楽しんでほしいですね」

最近は英会話の勉強に熱心なふたり。眞知子さんはジャズシンガーとしての活動も。

集落の営みを感じられる里山ミュージアム

鮎や夏の花火大会など強いコンテンツもあるが、
地元の暮らしぶりをじんわりと感じられるのが〈里山ミュージアム〉だ。
馬瀬のなかでも西村地区をまるごと「自然のミュージアム」として、
集落、川、自然、家々、そして暮らしを巡ることができるグリーンツーリズムだ。
中心を流れる馬瀬川を見下ろすように集落が広がっていて、
朴葉の木やイチイの生け垣、山水を引いた水屋など、
西村集落の営みを感じることができる。
西村集落に住んでいる秀美さんは、このガイドも担当している。

小さな集落であることがわかる馬瀬の西村地区。

「集落をのんびりと歩きながら案内しています。
でもここはアップダウンが激しいから、お客さんも歩いているとすぐに疲れちゃう。
だから休憩スポットをたくさん用意していて、
山水を引いている水屋でトマトを冷やしておいたり。
採れたてを食べてもらうとすごくおいしいので喜ばれますよ」

地元の人と雑談のようなかたちで会話しながら歩くことが、
観光客にとって人気のようだ。馬瀬はとにかく歩くのがいい。
馬瀬時間には歩きのペースが合っている。

「水屋」や「水舟」では谷水の勢いを利用して、籠の中の芋を洗ったという。

味のある旧道は〈彦ちゃんハウス〉への近道。

〈里山ミュージアム〉ツアーの休憩所や食事場所となっているのが〈彦ちゃんハウス〉。
ツアー時は、ここで花餅をつくったり、ピザ窯があるのでピザを焼くこともある。
実はここは二村彦美さんという個人の所有物。しかし建設当初から、
「みんなで使う場所をつくろう」という目的のもとで建てられたものだ。
プロの大工などもいないなか、周辺の住民だけで手探りで組み上げていった。
しかも増築を繰り返し、かなり味のある建物に。
住民の憩いの場所にもなり、みんなでお酒を飲むこともしばしば。

炭焼き窯やピザ窯もある。

「平均したら月に1回くらい“飲み会”が開催されていますね。
誰かが呼びかけて、みんなで持ち寄って。
車で家に帰ってくると〈彦ちゃんハウス〉の前を通るので、
電話で呼び出されますよ」と笑う眞知子さん。

「たまにオープンする居酒屋みたいなもの。そんなにシャレたものはつくりません。
蒸した里芋をごろっと焼いて、生姜を摺って醤油つけて食べたり。
でも、そういうのが都会の人にとってはごちそうなんですよね」と秀美さん。

イベントとして仕込まれているわけではなく、
そのときの思いつきなどでいろいろな企画が行われる。
タイミングがあえば、旅行者も地域住民の飲み会に参加することもできる。

下呂市馬瀬地域自治会連合会 西村区長の小池澄雄さん(左)と二村彦美さん(右)。

観光側の目線でいうと、地元の人が食べているものを一緒に食べられるのはうれしい。
体験型といっても、特別なアクティビティを行うわけでもない。
しかし、地域のコミュニティを肌で感じられる仕組みはうれしいものだ。

「私たちも外からの目線で馬瀬が好きになって移住してきたわけです。
自分たちがこんなに好きだということをみんなにもわかってほしいし、
近所の人たちは私たちが入り込みやすいようにいろいろと誘ってくれたんです。
だから今度は私たちの番。外から来る人たちに『馬瀬にどうぞ』って言いたい」
という眞知子さん。

外国人観光客が来たときに、名前を漢字で書いてみた。

地域住民のコミュニティスポットが、
そのまま旅行者のコミュニティスポットとしても共有されている。
地元の人たちが本当にそこを利用しているから、
食材が置いてあったり、イベントでつくったものが残されていたりする。
馬瀬の西村地区のコミュニティが、観光資源として都会の人の心を癒している。

information

南飛騨馬瀬川観光協会

■『グッとくる飛騨』では、こちらのインタビューも↓

日本で最も美しい村の中にある桃源郷。
住民たちが心地よく暮らす、
西村地区のコミュニティとは

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