連載
posted:2015.12.28 from:愛媛県松山市 genre:食・グルメ / 活性化と創生
sponsored by 愛媛県
〈 この連載・企画は… 〉
愛媛のフルーツ、おいしいのは柑橘だけではないんです!
イチゴ、柿、栗、キウイなども実は愛媛の銘産です。
愛媛県産フルーツの生産者さんたちを訪ね、愛情をたっぷり注がれて育つフルーツを見てきました。
さらに、秋から冬にかけてぐっとおいしくなる愛媛県産フルーツを使った、
松山市と東京のスイーツ店もご紹介します。
writer's profile
Miki Hayashi
林 みき
はやし・みき●フリーランスのライター/エディター。東京都生まれ、幼年期をアメリカで過ごす。女性向けファッション・カルチャー誌の編集を創刊から7年間手掛けた後、フリーランスに。生粋の食いしん坊のせいか、飲料メーカーや食に関連した仕事を受けることが多い。『コロカル商店』では主に甘いものを担当。
credit
撮影:小川 聡
supported by 愛媛県
2016年の没後100周年、2017年の生誕150周年に向けて再び脚光をあびている夏目漱石。
そんな夏目漱石の代表作のひとつが、愛媛県を舞台に描かれた『坊っちゃん』。
この作品においてキーパーソンとなるのが
「色の白い、ハイカラ頭の、背の高い美人」であるヒロインのマドンナ。
数々の男性が憧れる人物として描かれたマドンナですが、
このヒロインから名づけられた愛媛県オリジナル品種の柑橘〈紅(べに)まどんな〉も
注目されているのをご存知でしょうか?
取材に訪れた10月下旬、既に紅く色づいていた〈紅まどんな〉。この実がもう1か月ほど樹上で成熟すると……。
実も皮も、こんなにビビッドなオレンジ色に。皮と果肉が入った袋が、さらに薄くなっているのもわかりますか?
まろやかな甘みとなめらかな果肉の〈南香(なんこう)〉と、
果汁たっぷりの〈天草(あまくさ)〉をかけあわせて誕生した紅まどんな。
生産されているのは愛媛県内のみ、
さらに出荷されるのが12月のたった1か月という希少な存在でありながらも、
冬の贈答品として人気が高い果実です。
その人気の秘密は、これまでの柑橘類にはなかった、
まるでとろけるゼリーのような柔らかな食感。
真っ赤に色づいた皮も手でむけるほど薄いのですが、
手でむこうとすると果肉に指がささってしまうほど柔らかく、
オレンジのようにカットしていただくことがすすめられているほど。
ちょっと面倒に感じる人もいるかもしれませんが、一度その甘くてみずみずしい、
とろける食感を体験すれば「これは余すところなく、味わいつくしたい…!」
とカットするひと手間すら、食べる前の楽しみに変わってしまうはず。
皮は果肉からするりとむけ、種もほぼない〈紅まどんな〉。果肉が入った袋は口の中にあるのに気付かないほど薄く、食べやすいのもうれしいポイント。
柑橘の新たな味わいをもたらした、まるで洋菓子のように繊細な食感の紅まどんなが
一体どのように育てられているのかを知りに、
松山市で紅まどんなの生産を手がけている田中伸誠さんの園地を訪れました。
紅まどんなを育てている田中さん。以前は伊予柑やポンカンといった柑橘も生産していたのだそう。
「紅まどんなの皮はみかんより薄いんじゃないかな。
手でむけるけど意外とむけないのよ、皮が薄過ぎて。
あとみかんを食べたら、普通は袋が口の中に残るでしょ?
あれがまったくないんですよ」と話しながら、
昭和50年頃に造成されたという山に設けた、南向きの園地を案内してくれた田中さん。
山の勾配を利用したビニールハウスの横には露地栽培の紅まどんなの樹も何本かあり、
そちらには実のひとつひとつに袋掛けがされていました。
しかし愛媛県全体で生産される紅まどんなのうち、
8〜9割がハウス栽培されているものだそう。
ハウスの横で露地栽培されていた紅まどんな。陽当たりの良さもあり、こちらの樹にも大きな実が。
「紅まどんなは皮が薄いのもあるんですが、水分に弱くて」と教えてくれたのが、
取材に同行してくださったJAえひめ中央農業共同組合の髙木真司さん。
「皮に雨が当たったり水分がつくと柔らかくなるというか、溶けてしまうんですよ。
皮が緑の間は大丈夫なんですが、色づいて紅がついてくると果皮全体が弱くなってしまう。
ハウス栽培の場合は雨の心配はないのものの、
朝晩の温度差によって実が結露してしまった場合は、
ハウスの中に風をまわして早く乾かしたりするなどの工夫が必要なんですよ。
でもハウス栽培の方が露地栽培より積算温度が保てるので、
より良い品質のものが育ちますね」
美しく丸く育った実。春先に昼夜の温度差があるとデコポンのようにコブのある実になってしまうので、昼も夜も温度管理が欠かせないのだそう。
そしてハウスの中を案内してもらい驚いたのは、その実が想像していたよりも大きいこと。
「大きくするのには難儀するね。6〜8月が実が一番大きくなる時季で、
特に6〜7月にかけてしっかり摘果しないと、こんな大きな実にならないんだよ。
大体、葉っぱ100枚に対して実を1個生らすんだけど、
ちょっと欲張りすると実が小さくなってしまうんだな」と田中さん。
「10個の実を生らして、最後に1個にするくらいは摘果しているんですよ」
と補足してくれたのが髙木さん。
「この1本の樹だったら、500個くらい生っていた実を
最後に50個だけ残した状態ですね」
選りすぐられた紅まどんなたち。長い期間をかけて、じっくりと樹上熟成されていきます。
まさに選りすぐられた実だけが育てられる、紅まどんな。
その選りすぐりは、4月下旬から5月上旬にかけて花が咲くころから始まるのだそう。
「枝先に芽が出て、その先に花がつくんだけど、紅まどんなはだいぶつく品種で。
花をつけすぎると摘果に手間がかかるし、細かい葉しか育たないから
つぼみの剪定をしていかないといけない。
でも、これが思うようになかなかいかないんだな」と田中さん。
園地を奥さんとふたりで管理している田中さん。かつて習っていた生け花によって、枝振りを見極める目が養われていたという奥さんいわく「剪定の作業が一番好きですね。結果がついてくるから楽しいんですよ」
「葉の大きさで大体はわかるけど、これはもう経験しないとできないことだね。
今はJAえひめ中央の指導体制がしっかりできていて、指導員が講習をしてくれる。
でも樹、園、土がそれぞれ違うし、その年のお天気もある。
なかなか教科書通りにはいかないけど、それがまたおもしろいところでもあるんですよ」
この春先の時季も、かたちのよい実が生るように温度管理が欠かせない紅まどんな。
夏にかけて実が肥ったら、あとは皮に水分がつかないように気をつけながら、
完熟するのを待つだけ……とはいかず、温室育ちの紅まどんなたちに
手塩をかける期間は、まだまだ続きます。
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夏に大きな実が生った後に始まるのが、田中さんが一番気を使うという8月末からの節水管理。水をたっぷりと与えたほうが、より元気でおいしい実になりそうなイメージがありますが、
柑橘に関しては違うのだそう。
「実の糖度を上げるのに一番効果があるのが節水、水を与えないことなんです」と髙木さん。
「実として十分に大きくなっている状態で温度と水があると肥大してしまうんですよ。
大きい方が階級的には見た目が良いかもしれないけど、
味がのらなくなってしまう。そこで水を与えずに樹にストレスを与える。
柑橘はストレスを与えると、ギュッと果実に糖度を貯える習性があるんですよ」
「煮物でいう仕上げに味を加えるようなものじゃないかな。
例えば、しょうゆをひと匙入れて、みたいな加減は土の乾き具合を調整することで。
これは経験していかないとできないことだね」と田中さん。
節水すれば糖度が上がるとはいえ、水が不足しすぎると樹が弱りすぎてしまい、
次の年に実を生らす体力がなくなってしまうので、
絶妙なバランスを保つことが必要なのだそう。
ハウスの上の方から眺めた様子。斜面になっているのがわかるでしょうか?
ハウスの下の方の土。サラサラに乾いているものの、中の方を触るとひんやり湿っていて、樹が枯れないだけの水分が保持されていることがわかります。
「糖度に関しては、おおよそこれくらいにはなっているだろうというのはわかるけど、
酸味とのバランスは収穫するまで本当にわからないね。
紅まどんなは成長期間が長い分おいしく実ってくれるかの心配はあるけど、
育てる面白みもある。若い頃はしんどいと思ったけど、
ある程度自分が思うようにできだすと楽しみになるんですよ」
そして3か月近くの時間をかけて樹上完熟し、11月下旬〜12月に収穫される紅まどんな。
落としただけでパチンと割れてしまうほどに繊細な実は、
ひとつずつ味覚センサーで糖度が計られたのち、
フルーツキャップをかぶせられたりフルーツトレーに乗せられ、
最後の最後まで温室育ちのヒロインにふさわしい
手厚い扱いを受けて全国へと出荷されていきます。
取材した10月下旬の時点で薄くなっていた皮。「皮は干したら紙みたいにペラペラになりますね」と奥さん。「皮ごとざく切りにしてマーマレード用に煮込むと、皮がわからないほど残らないんですよ」
2015年の紅まどんなの出荷予想量は路地栽培のもので262トン、
ハウス栽培のもので1881トン。しかし、その人気には生産が追いついておらず、
紅まどんなを手に入れられるのは果物専門店などに今は限られてしまうのだそう。
「紅まどんなは苗木を植えてから4〜5年で、人間でいう成人になるかな。
それまでは味の安定したものは穫れないね」と田中さん。
「樹が古くなればなるほど、安定したおいしい実が生るから、それまで大切に育てないと。
本当に気の長い話やけどな」
まだ当分は『坊っちゃん』のマドンナのように、
フルーツ好きにとっての憧れの存在であり続けるであろう紅まどんな。
もしこの冬、運良くお店に並んでいるのを見かけたら、ぜひそのおいしさを味わってみて。
夏目漱石の作品のように、ずっと記憶に残る体験となるはずです。
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