連載
posted:2017.9.14 from:東京都品川区 genre:ものづくり
sponsored by 貝印
〈 この連載・企画は… 〉
〈貝印 × コロカル〉第6シーズンは、貝印株式会社の商品開発・デザインスタッフが、
コロカル編集チームとともに未来志向のクリエイターを訪ね、
クリエイターのフィロソフィーやビジネススキームを学びます。
未来的なクリエイティブとは何か? という問いへの「解体新書」を目指す企画です。
writer profile
Tomohiro Okusa
大草朋宏
おおくさ・ともひろ●エディター/ライター。東京生まれ、千葉育ち。自転車ですぐ東京都内に入れる立地に育ったため、青春時代の千葉で培われたものといえば、落花生への愛情でもなく、パワーライスクルーからの影響でもなく、都内への強く激しいコンプレックスのみ。いまだにそれがすべての原動力。
credit
撮影:岩本良介
2010年に発売された〈DRESS〉というカトラリーのシリーズがある。
スプーンやフォーク、ナイフなど、
全体にデザイン柄が施された斬新なデザインで人気となっている。
この〈DRESS〉は〈ヨシオグッドリッチデザイン〉の吉冨寛基さんが手がけたものだ。
カトラリーは〈貝印〉でも展開している商品。
特に〈貝印〉の根幹である金属加工で
ユニークな商品を生み出しているアイデアの源泉を探るために、
〈貝印〉商品本部デザイン室チーフマネージャーの大塚 淳さんとともに吉冨さんを訪ねた。
「特に既存のカトラリーに不満があったわけではありません。
しかしもっと選択肢があってもいいのではないかと思っていました」と
〈DRESS〉誕生のきっかけについて語る吉富さん。
それまでもプリントや彫刻が施されたカトラリーはあったが、
すべて持ち手だけのデザインで、全体に施されているものはなかった。
「たしかに口に入れる先端部分にデザイン柄があるのは
なんとなくイヤという声はありました。でもやってみないとわからないので。
実際にやってみると一体感が出て、
ひとつの商品として溶け込んでいると思います」(吉冨さん)
もちろん微細なレーザー加工なので、口に入れても違和感はない。
しかし“それまでになかった”という理由を打破するには、つくってみるしかない。
すると店頭で「キャッチーでかわいい」という反応がみられることがわかった。
この点は、大塚さんも感心していた。
「貝印でも、たくさんスプーンをつくっています。
女性をターゲットにしようとすると、ピンクにしてみたり、わかりやすくしがちです。
でもそうではなく、醸し出すかわいさも必要ですね。
狙ってない感じを表現するのは難しい」(貝印・大塚さん)
「デザイナー的に考えると、
白バックでバシッと撮るとかっこいいというイメージがありますよね。
でも世の中でそんなシーンはめったにない。だから使われ方も考えないといけません。
ライフスタイルのワンシーンを演出する。
そこまでユーザーに寄った提案もアリですよね」(吉冨さん)
「たしかに弊社ではカトラリーも包丁もある。
でもそれぞれ単体のイメージ出しが強いかもしれません。
統一したブランディングでシーンを見せるようなやりかたをしていけば、
次世代の商品を提案していけるかもしれません」(大塚さん)
ライフスタイルを想定してもらうのは有効な手法。
実際に〈DRESS〉は飲食店でも採用され、
プレートと合わせたイメージをつくることにも成功している。
どれだけデザインにこだわっていたとしても、使ってこそカトラリーだから。
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最近では〈reddotデザインアワード2017〉のbest of bestや
〈iFデザインアワード2017〉のゴールドアワードを受賞した聴診器〈U scope〉も
吉冨さんがデザインを手がけている。とても高級感にあふれ、洗練された製品だ。
聴診器をデザインすることは、プロダクトデザイナーとしてもなかなかない体験だろう。
「依頼元の〈クラシコ〉さんは、もともと白衣のメーカーです。
昔ながらのスモッグのような白衣ではなく、スーツのようにパリッとしたものが特徴。
医者のモチベーションを上げることで、医療行為の質も向上する。
そんなテーマで取り組んでいる企業です」(吉冨さん)
聴診器の依頼を受けたとき、まずはどんなことを意識してデザインするのだろうか。
「患者への配慮がもちろん一番大切なんですが、
それにしても医者の使い心地が二の次になっていたんです。
『これで問題ないから』『こういうものでしょ』と、
疑うことなくここまできてしまった歴史があります」(吉冨さん)
一番苦労したのは、イヤーピースを耳にホールドさせるためのバネの強度。
バネが弱いと耳にフィットしないし、強いと耳が痛くなってしまう。
こうして使い勝手を考えることで、耳への圧力も通常より30%低減できているという。
また医者は聴診器を耳から外して首にかけることもある。
しかしその状態は“聴診器としての機能”とは別問題だから、
それを想定したデザインになっていなかった。
「デコルテラインに沿わせるようにして美しくラウンドさせました。
装飾と機能面を、ずっとトルソーとにらめっこしながら考えました」(吉冨さん)
聴診器のデザイン自体は、ここ200年くらい、ほとんど変わっていないという。
実は検討の余地は存分にある。
「ハサミも同様に何百年も基本的なデザインは変わっていません。
機能自体はシンプルなものでいいので、
同じようなアプローチで美しくつくるということも必要かもしれません。
医療器でいえば、弊社ではメスもつくっていますが、
医者の品格をあげるようなアプローチもいいアイデアですね」(大塚さん)
当たり前を疑うことで、新しいものが生まれる。
長い歴史でかたちづくられた意味があっても、一度疑ってみることは必要なのだ。
吉冨さんは、もともと美術大学でインテリアを専攻していたが、
勉強していくうちにプロダクトデザインに興味を持ち始めた。
「大きな空間よりも、手に収まるものづくりが性に合っていると思いました。
空間における人とモノの関わりに興味を持ったんです。
人がモノを使うことで、空間や生活がどう変化するのか」(吉冨さん)
プロダクトも広くとらえて、モノから広がって空間を認識させることが、
現在のものづくりの原点にある。
大学を卒業後、どこへも就職せず、フリーランスデザイナーを目指した。
とはいえ、もちろん仕事なんてなく、友だちの事務所を手伝ったりしながら勉強し、
2009年に〈ヨシオグッドリッチデザイン〉を設立した。
「フリーランスといっても、
結局はプロジェクトごとにその会社のデザイナーのような動きになるので、
大学生の頃に思い描いていたフリーランスとは違いましたね。
でも、第3者の視点で見られるのがおもしろいし、
それが企業からも求められているスペックです」(吉冨さん)
吉冨さんは、メタリックな素材から木の素材、
フォーマルなデザインから遊び心あふれるデザインまで、デザインの幅が広い。
並べてワークスを見てみると、ひとりの仕事とは思えない。
「これからやってみたい仕事は?」と尋ねると、
「最近、VRのゴーグルを買ったんですが、あまりゴーグルの選択肢がないんですよね。
だからVRのようなまだ未成熟のジャンルにも挑戦したいです」と答える。
新たにデジタルガジェットもワークスに加わるかもしれない。
普段の生活でこうだったらいいなというユーザー感覚が
「デザイナー・吉冨さん」には備わっているようだ。
「実はプロダクトデザイナーという肩書きでありながら、
あまりモノを所有したくないんです。
選りすぐったものがほしいですね」という吉冨さん。
「自分がほしいものとデザインしているものが、イコールなわけではありません。
よく『ご自宅でもDRESSの商品を使っているんですか?』と聞かれますが、
僕は使っていません(笑)。
それでガッカリされることもありますが、
デザインには客観性を持たせる必要があるからです」(吉冨さん)
「ユーザー・吉冨」と「デザイナー・吉冨」が、まったくシンクロするとは限らない。
自分の趣味がマーケットに受け入れられるどうかという俯瞰的な視点は忘れない。
ユーザー体験としての接点が近いプロダクトのデザイナーとしては、
特に必要な能力だろう。
information
YOSHIO GOODRICH DESIGN
ヨシオグッドリッチデザイン
住所:東京都品川区西品川1-6-4
information
貝印株式会社
1908年、刀鍛冶の町・岐阜県関市で生まれた貝印は、刃物を中心に、調理器具、化粧小物、生活用品、医療器具まで、生活のさまざまなシーンに密着した多彩なアイテムを製造・販売。現在は、日本だけでなく、欧米やアジア諸国など世界中に製造・販売拠点を持つグローバル企業に発展しています。
http://www.kai-group.com/
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