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連載

〈富士山ゲストハウス掬水〉
富士山の麓、眠った名所を世界へ開く
リノベーション

リノベのススメ
vol.203

posted:2020.9.29  from:静岡県富士宮市  genre:旅行 / アート・デザイン・建築

〈 この連載・企画は… 〉  地方都市には数多く、使われなくなった家や店があって、
そうした建物をカスタマイズして、なにかを始める人々がいます。
日本各地から、物件を手がけたその人自身が綴る、リノベーションの可能性。

writer profile

Yusuke Katsumata

勝亦優祐

かつまた・ゆうすけ●〈勝亦丸山建築計画〉代表取締役。1987年静岡県富士市生まれ。工学院大学大学院工学研究科(木下庸子研究室)修了。静岡県富士市と東京都北区の2拠点で、建築、インテリア、家具、プロダクトデザイン、都市リサーチ、地域資源を生かした事業開発等の活動を行っている。
http://katsumaru-arc.com/

撮影:甲田和久

勝亦丸山建築計画 vol.7

静岡・東京の2拠点で、建築設計、自治体との取り組み、
都内のシェアハウスの運営などの活動をする
〈勝亦丸山建築計画〉の勝亦優祐さんの連載です。

最終回は、築70年以上の廃業した旅館をゲストハウスとして再生した、
富士宮市の〈富士山ゲストハウス掬水〉をテーマにお届けします。

マイ・ローカル・アドベンチャー

僕は静岡県富士市で育った。
幼少期は近くの山や沢に秘密基地をつくり、友だちとキャンプをした。
自転車に安い釣竿と道具一式をくくりつけて真夜中に海まで走った。
遊びは無限だった。

大人になって設計事務所を始めてから、
仕事と遊び、生活が密接に関わり合うようになった。

家から徒歩30分圏内について、僕はどれほど知っているのか? 
Uターンして数年間は車を持たず、自転車、徒歩、スケボーで移動してみたところ、
そこは未知の可能性にあふれていた。まるで冒険のような毎日。
そのなかで見つけた「場所」と「誰と」「何をするか」を組み合わせると、
さらに未知の世界が広がっていく。それらを実験していくことが、僕の趣味となった。

富士には多くの友人が訪ねて来てくれるので、季節ごとに遊びを考え、
自分が設計として関わった建築にも立ち寄りながら一緒にエリアを巡る。

〈富士山ゲストハウス掬水(きくすい)〉(以降、掬水)は
僕の遊びの主要拠点になっている。2019年3月、富士宮にオープンした宿だ。

撮影:甲田和久

撮影:甲田和久

富士市から車で30分ほど北上した富士宮市に位置する、
僕らが初めて手がけた宿泊施設。
富士市と富士宮市は同じ経済圏で、日常的に行き来がある。
掬水には遠方からの友人とだけでなく、地元の友人と宿泊して
お酒を呑むこともしばしば。
僕の日常圏内にありながら、“非日常”を感じる場所である。

築70年以上、割烹旅館〈掬水〉を継承する

富士宮の富士山本宮浅間大社には、特別天然記念物に指定される
「湧玉池(わくたまいけ)」があり、
富士山の湧き水が滾々(こんこん)と流れ込んでいる。
昔から富士登山者は、この湧玉池で身を清めてから霊峰に挑んだ。

湧玉池に浮かぶように見える建物は、かつて割烹旅館〈掬水〉として営業していた。
1952年時点で旅館であったことは確認できたが、創業時期はわかっていない。
40年ほど前に旅館の営業は終了し、その後、個人宅として使われたあと、
空き家となっていた。

そんな歴史を継承し、ゲストハウスとして再生させたのが、
静岡県三島市に本社を置く〈加和太建設株式会社〉だ。

国指定特別天然記念物の湧玉池を〈掬水〉から望む。水面に触れるくらい、近い。(撮影:甲田和久)

国指定特別天然記念物の湧玉池を〈掬水〉から望む。水面に触れるくらい、近い。(撮影:甲田和久)

大社の境内、湧玉池から掬水を見る。写真中央の池に突き出している部屋が「水の間」だ。(撮影:甲田和久)

大社の境内、湧玉池から掬水を見る。写真中央の池に突き出している部屋が「水の間」だ。(撮影:甲田和久)

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改修費を抑えるためには…?

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〈富士山ゲストハウス掬水〉のはじまり

「水の間を、地域のみなさんに開きたいんです」

ゲストハウス立ち上げの担当者で加和太建設の事業企画室の本多大典さんは、
最初にお会いしたときにそう言っていた。
池から見える水の間は、地元の人も大社の一部だと勘違いするほどで、
「池の向こう側のあそこに行ってみたい」と思わせる場所。
そんな人々の願望に答えようとする気持ちがすてきだと思った。

本多大典さん(左)と勝亦(右)。E-Bike(電動アシストバイク)で湧玉池から富士山五合目を目指した。

本多大典さん(左)と勝亦(右)。E-Bike(電動アシストバイク)で湧玉池から富士山五合目を目指した。

しかし、富士宮のまちなかは空き店舗が増え、
商売を始めるのは少し躊躇してしまうエリア。
ゲストハウスの需要もわからない。

掬水の敷地は広く、600平方メートル近くの大きな古い建物だ。
敷地内には母屋と増築、改築を繰り返された既存建物5棟があり、
すべての設備を修繕すると多額の改修費用がかかる。
さらに、敷地が特別天然記念物保護区(建物や土地の現状の保全が決められている)で、
変更するには文化庁の許可が必要。そんな困難な道に挑むこととなった。

富士山頂の日の出。

富士山頂の日の出。

初期の改修費を抑え、段階的に改修していく、デザイン・オペレーション

まずは費用について。工事を2期に分け、
第1期では施工範囲を限定し初期費用を抑えて開業し、
事業の成長に合わせて段階的にリノベーションする計画を提案。
古くなったインフラや設備の修繕交換を行い、
ラウンジ、水の間、風呂棟、女性用サニタリールーム、客室7室と、
全体面積の約半分の面積を改修した。

第2期ではさらなる新規事業の拠点、宿泊室の増加、
テナント誘致などの成長の選択肢に対応できるよう、
敷地内の道路に近い部分を2期工事の範囲として残した。

法規については、文化庁の手続きなどを経て、建築基準法、旅館業法、
消防法の適合について行政との協議を重ねて許可を取得した。

地域の素材と自然光が感じられる空間を目指して

この土地の歴史や素材、特徴を感じられる空間とするため、
エントランスの位置を変更し、中庭を歩くアプローチに。
外構は既存樹木を剪定し、砂利を撤去し土を見せた。

暖簾がかかる門をくぐったところにある中庭。湧き水を利用した滝が庭に水を流している。(撮影:甲田和久)

暖簾がかかる門をくぐったところにある中庭。湧き水を利用した滝が庭に水を流している。(撮影:甲田和久)

この土地の特徴は、湧き水とその音、そして溶岩石だ。
ラウンジ横の倉庫を取り壊し、吹き抜け空間をつくった。
それによって湧玉池から風が抜ける流れをつくり、
湿気溜まりになっていた元の空間は、自然な換気が可能に。
その吹き抜けは湧玉池に浮かぶ水の間へ続くアプローチとなり、
溶岩石などのマテリアルを感じながら地形の断面を下る体験をつくった。

赤い部分は初期改修時に追加した部分。ラウンジに採光するために吹き抜けをつくった。

赤い部分は初期改修時に追加した部分。ラウンジに採光するために吹き抜けをつくった。

ラウンジは、自然光がほぼ入らない空間だった。
ラウンジに接する吹き抜け、廊下、縁側の屋根を
透明のアクリルにすることで自然光を誘導し、
明るい空間でラウンジを包むように計画した。

こうして無事に第1期が終了し、開業を迎えた。

改修前のラウンジ。改修設計しながら、構造や壁の位置など現状の図面をつくっていく。自然光がほぼ入らない空間だった。

改修前のラウンジ。改修設計しながら、構造や壁の位置など現状の図面をつくっていく。自然光がほぼ入らない空間だった。

改修後のラウンジ。自然光がラウンジを包み込む空間に。(撮影:甲田和久)

改修後のラウンジ。自然光がラウンジを包み込む空間に。(撮影:甲田和久)

右側の室内窓の内側がラウンジで、間接的に自然光を取り入れる。最初、塗装屋さんによって壁がピカピカに仕上げられたが、あえてムラを出すために僕と塗装屋さんで塗り直した。すばらしい職人の技の上に塗り直すことは、現場では賛否両論あった。(撮影:甲田和久)

右側の室内窓の内側がラウンジで、間接的に自然光を取り入れる。最初、塗装屋さんによって壁がピカピカに仕上げられたが、あえてムラを出すために僕と塗装屋さんで塗り直した。すばらしい職人の技の上に塗り直すことは、現場では賛否両論あった。(撮影:甲田和久)

客室の「朝霧」。窓からは浅間大社の森が見える。(撮影:甲田和久)

客室の「朝霧」。窓からは浅間大社の森が見える。(撮影:甲田和久)

ドミトリーの「きよ水」。奥の窓際には湧玉池を2階から望むことができるソファ席がある。

ドミトリーの「きよ水」。奥の窓際には湧玉池を2階から望むことができるソファ席がある。

水の間から湧玉池を見る。今回は部分補修にとどめ、現在は来場者に開放されている。(撮影:甲田和久)

水の間から湧玉池を見る。今回は部分補修にとどめ、現在は来場者に開放されている。(撮影:甲田和久)

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「ここで宿をやりたい」という思い

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本多さんとプロジェクトを振り返って

本多さんは都内で大規模開発を手がけるディベロッパー、
千葉でのまちおこしの仕事を経て、ゼネコンである加和太建設に入社した。
人が楽しそうにしている場が好きで、さまざまなゲストハウスを渡り歩いた本多さんは、
面接にて「宿をつくりたい」と会社に伝えたらしい。

その数か月後の2019年9月、掬水に出会う。
初めて足を踏み入れたとき、その歴史を至るところに感じ、
水の間に通されたとき「ここで宿をやりたい」と確信したという。

本多さんはプロジェクト立ち上げ当初から、
施設の企画・運営である施主(加和太建設)、
設計(勝亦丸山建築計画)、施工(アトリエクラフト)が
一体化したチームをつくりたいと言っていた。

本多さんはディベロッパーを経験しており、
当時は責任や仕事の範囲を契約でしっかりと取り決め、
発注者と受注者の間には明確な壁があったという。

今回、発注者(施主)の本多さんはゼネコンであり、
ゼネコンと施工業者は受発注の関係があるにせよ同じ釜の飯を食うようなもの。
こうした背景から、施主、設計、施工に上下関係はなく、
それぞれの意見を尊重した、三位一体のチームが実現した。

勝亦丸山チーム。僕らは自前の工具を持ち込んで、壁や床など一部解体しながら、図面を書いていた。その働き方がチーム一体の空気感をつくったと、本多さんは言ってくれた。

勝亦丸山チーム。僕らは自前の工具を持ち込んで、壁や床など一部解体しながら、図面を書いていた。その働き方がチーム一体の空気感をつくったと、本多さんは言ってくれた。

〈アトリエクラフト〉の高橋伊佐夫さん。

〈アトリエクラフト〉の高橋伊佐夫さん。

本多さんは施工者・高橋さんのひと言にも励まされたという。
施工費を節約するため、現場で思わず「じゃいいや」と諦めるような発言をしたとき、
「そんな発言はやめてもらえるかな。大工も一生懸命工夫して、
いいものをつくろうとしているのだから」と高橋さんに言われたそうだ。
それぞれが励まし合って現場が進んでいるのだと実感した。

竣工に近づくとゲストハウスのオープンスタッフも工事に加わり、
みんなで空間をつくっていった。

オープンしたあとも、3者は掬水でよく顔を合わせている。

地元の人々に開業の挨拶のため、割烹旅館時代の食器や家具などをシェアするイベント「がらくた市」を企画した。

地元の人々に開業の挨拶のため、割烹旅館時代の食器や家具などをシェアするイベント「がらくた市」を企画した。

富士山ゲストハウス掬水の現在と今後

オープンから1年半が経過した(2020年9月現在)。
創業時、海外に向けた富士山エリアへのエントランスとなる宿を目指し、
次第にヨーロッパや東アジア圏のお客さんが増え、
地元の人と海外観光客が混ざり合うように。
富士山の開山時期は予約がとれないほどだったそうだ。

そこで、1期工事で未着手だったエリアを改修することになった。
レンタサイクルや観光情報を備えた拠点
〈富士山アクティビティセンター〉を開業するため、
クラウドファンディングを立ち上げ、達成。
弊社で設計を行い、1期工事と同じ施工者と掬水スタッフのDIYで完成した。

アクティビティセンターの電動アシストバイクを置くスペース。壁はシルバーの木目に。ここから富士山五合目まで自転車で目指す。

アクティビティセンターの電動アシストバイクを置くスペース。壁はシルバーの木目に。ここから富士山五合目まで自転車で目指す。

掬水オープンスタッフ松本謙三によるDIY。彼は僕の同級生だ。

掬水オープンスタッフ松本謙三によるDIY。彼は僕の同級生だ。

2020年初頭から新型コロナウイルス感染症の影響で海外からのお客さんが減少し、
一時は休業していたものの、その期間で空間の修繕やサービス改良を行い、
業務を振り返るいい機会になったという。

「今後も世界や日本各地からのお客様とローカルの人々をつなぎ、
みなさんそれぞれの“楽しい!”をつくれる場所にしていく、その道半ばです」
とマネジャーの田村彬子さんは言っていた。

これからも僕の“遊びの拠点”である掬水を、サポートしていきたいと思っている。

僕の連載はこれで最終回。
24歳で独立し、イベント「商店街占拠」を発起してから約7年間の生き方、
仕事を振り返る機会をいただいたことを大変うれしく思います。
これまで一緒に仕事をしてくれたみなさん、
執筆のために快くインタビューを受けてくれた方々、
連載を支えてくれた編集の中島彩さん、ありがとうございました。

今後もデザイン・オペレーションという建築家の新たな場所や人との関わり方を追求し、
プロジェクトに主体性を持って関わっていこうと思います。

読んでいただいた皆様、ありがとうございました!

information

map

富士山ゲストハウス掬水

住所:静岡県富士宮市元城町22-3

TEL:0544-26-3456

宿泊料金:1泊2800円~

事業主・運営・企画:加和太建設株式会社

企画コンサルティング・設計・監理:勝亦丸山建築計画

施工:アトリエクラフト(一部施主設計者)

造園:…andgreen

家具:device co., ltd.

Web:富士山ゲストハウス掬水 プロジェクトページ

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