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そんな母が、大切に守り続けてきた「ぬか床」があります。
そのぬか床で漬けるきゅうりは
自分が幼少の頃から親しんできた味でもあり、
母が下田に来てからは、
よくわが家の食卓にものぼることになったこともあり、
娘の好物にもなりました。
ある日母から、
「ぬか床を維持していくのが難しい。捨てちゃおうか」
と話がありました。
ぬか床というのは、毎日毎日混ぜ続けなければならないのですが、
もう体力的に、混ぜ続けることができないというのです。
母が守ってきたぬか床とともに育ってきた息子としては、
寂しい思いとともに、
それを続けることができなくなった母のほうが寂しいはずだ、
とも考えて。
「じゃあ、ぬか床、ウチで継ぐよ」
と決めて、母の88歳の誕生日に
そのぬか床がわが家にやってくることになったのです。
実は、過去に何度か分けてもらったぬか床を
ダメにしてしまったことがあって、
ぬか床をちゃんと維持することの難しさは知っています。
ダメにしてあらためて、
それをずっと当たり前にやっていた母の地道な継続力に
頭が下がる思いを持ったりもしたのですが、
これまではダメにしても
母のつくる「本家?」のぬか床があったので
その味が絶たれることはありませんでした。
でも、今度はこれが本家になるのです。
受け継いだぬか床、
その味を絶やさないように毎日毎日、混ぜています。
もっとも管理の難しいといわれる夏も無事に乗り切りました。
温度が高く菌が活発になる夏は、日に2度は混ぜないと腐敗してしまうこともあるとのことで、せっせと混ぜました。仕事柄、出張に行くことが多い妻は当初から「申し訳ないけど私は無理、手伝えないよ」と。ということで、すっかり手がぬか漬け臭いオジサンとなりました。
先日、自分が漬けたぬか漬けを母親に食べてもらうと、
「うん、おいしく漬かってる」
と、ちょっと得意げに、とてもうれしそうにしていました。
もともとはお酒が大好きだった母ですが、最近はほとんど飲まなくなってきました。体調がいいときには少しだけ嗜なみます。この日は僕が漬けたぬか漬けをアテに。
ついつい、今の暮らしがずっと続いていくと思ってしまい、
日々をなんとなく過ごしてしまいます。
でも、そんなことはなく、今の暮らしのカタチは、今しかない。
最近はそう痛感し、一日一日を大切に過ごしていこうと、
あらためて感じています。
猫のコロンさんもかなりの高齢で、16歳。人間の年齢でいうと80歳以上だそうです。夏に元気がなくなってしまい本当に心配したのですが、最近では元気を取り戻し、日々気持ちよさそうに日向ぼっこしています。
さてさて、わが家の下田暮らし、
これからどうなっていくのか?
そのときそのときに必死に考えて、
そのときそのとき自分ができる精一杯をやっていきたいと思います。
夕食はわが家に来て食事をすることも多いです。食後に、妻と娘がなにやらデザートをつくってくれるという。待っている間に猫のコロンとの戯れを楽しむ母。施設に入っていたら持つことのできなかった時間です。
P.S.
母を施設に入れないことを決めたとき、
「まだ施設に入れないで、もう少し自分が面倒みてやろうと思う」
と、妻に伝えたら、
「このまま施設に入れてしまったら後悔するのでは?
と心配していたよ」
そう言って、一緒になって母の世話を
これまで以上にしてくれる妻には感謝しかありません。