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〈THE FASCINATED〉と
『GOOD ERROR MAGAZINE』
横江亮介さんが静岡から発信する
唯一無二のサボテンとWEBマガジン

PEOPLE
vol.072

posted:2023.11.15   from:静岡県静岡市  genre:ものづくり

〈 この連載・企画は… 〉  ローカルにはさまざまな人がいます。地域でユニークな活動をしている人。
地元の人気者。新しい働きかたや暮らしかたを編み出した人。そんな人々に会いにいきます。

writer profile

Rihei Hiraki

平木理平

ひらき・りへい●静岡県出身。カルチャー誌の編集部で編集・広告営業として働いた後、2023年よりフリーランスの編集・ライターとして独立。1994年度生まれの同い年にインタビューするプロジェクト「1994-1995」を個人で行っている。@rihei_hiraki

photographer profile

SYUNTA

10代の頃から趣味としてカメラに触れ、コンテスト初入賞を果たしたことを機に一瞬を切り取る奥深さに更に魅了される。日常に紛れた温もりを見た人の心に宿す一枚を形に残すことを心掛け、10月には同世代のクリエイターたちとのグループ展を静岡県浜松市で開催予定。@syvnta

“突然変異”のサボテンを携え、全国をめぐる

全国各地でサボテンの巡回展を行うプロジェクト〈THE FASCINATED〉を主宰する
横江亮介さんに、その取り組みに求めるものを尋ねるとこう返ってきた。

「サボテンを『人と出会うためのツール』にしているんだよ」

静岡市街から車で20分ほど。青々とした山々に囲まれ、
すぐ近くには清流として名高い安倍川が流れている自然豊かな地域にある畑の一角に
小さなビニールハウスが設けられている。
そこで横江さんはサボテンを育てていた。
もともとは横江さんの奥さんの父親が借りていた畑を、
サボテンを育てる場所として使わせてもらっているとのことだ。

「ロケーションも最高だからね、ここは」

サボテンを育てるハウス

ビニールハウスの中には、不思議な形をしたサボテンがたくさん並んでいる。
あらゆる方向に曲がりくねったものや扇が波打つように広がった形のもの、
小さなサボテンの集合体のようなものもある。
これらの形はサボテンの成長の途中で突然変異が生じたことで成るもの。
横江さんによると、サボテンの突然変異には大きく分けて2種類あるらしい。

「綴化(てっか)とモンストローサ。
綴化というのは、普通サボテンのてっぺんにひとつある成長点が側面にできてしまって
帯状に成長していくこと。
モンストローサはあらゆるところに成長点ができることで、予想ができない。
意外と原形をとどめながら成長していくのもあるし、
本当にグチャグチャになってしまうものもある。
今あるもので自分的に形やバランスも良くて、かっこいいと思うのがこれかな」

横江さんがお気に入りのサボテンとして挙げてくれた「菊水モンストローサ」。

横江さんがお気に入りのサボテンとして挙げてくれた「菊水モンストローサ」。

横江さんにとって「良いサボテン」とは何なのか尋ねると、
イケてるサボテンのいくつかの基準を教えてくれた。

「このサボテンにはまだらに色が入っているでしょ、これを『斑入り』と呼ぶ。
サボテンの名前に『〜錦』と書いてあったら、
それはこんなふうに色が入っているということ。
きれいな色がまだらに入っているほど価値が上がる。
これくらい、迷彩っぽく色が入るといいんだよね。
あとはトゲが太いほどいい。基本はその2点が注目するポイントだけど、
トゲの密集度とか“肌”の感じとか、人によって大切にしているところはそれぞれだね」

色の入り方、トゲの太さもいいと横江さんが語るサボテン「綾波錦」。

色の入り方、トゲの太さもいいと横江さんが語るサボテン「綾波錦」。

横江さんのビニールハウスではこうした“奇形”に育った
さまざまなサボテンを管理しているほか、自分たちでもサボテンを育てている。
種から育てる実生もあれば、接木で増やすものもある。
しかし、突然変異は人為的にコントロールできるものではないため、
根気強く一個一個の可能性を確認していく。

そうして、立派に育て上げたサボテンを全国のショップやギャラリーに持ち込み、
展示を行う。その活動を〈THE FASCINATED〉と名づけた。
でも、冒頭の言葉通り、
それはサボテンを売り歩くためのものではない。
“人と出会うため”のものなのだ。

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縁日でサボテンを売るオジサンから始まった

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同世代のクリエイターの活躍が眩しかった

横江さんがサボテンと出合ったのは、今から15年前、横江さんが30歳の頃だった。
アパレル業界で働いていた横江さんだったが、
当時は焦りにも似た、ある“憧れ”の気持ちが胸のなかにあったという。

「2000年初頭から遊んでいた仲間たちが、写真家とか絵描きとか、
個人でどんどん活躍するようになっていって。
その活躍を側から見ていて、みんなへの憧れがずっとあったんだよね。
別に何かで上り詰めたいわけじゃなかったけど、このままじゃまずいと思った。
何か自分もやらなきゃと思ったけど、もうどの分野もやり尽くされている。
そう思っていたとき、静岡市の縁日でサボテンを売っているおじさんを見かけたんだ」

ハウスで話す横江さん

それは本当に偶然の出会いだった。

「60代のおじさんが綴化のサボテンとかを露店で並べていたんだけど、
珍しいから人が群がっていたんだよね。
自分も当然気になって『これはなんだ?』と思った。
1株が数万円する高価なものだったけど、急いでお金をおろしに行って、
衝動的に買ったんだ」

サボテンを購入したのはいいものの、
育て方がわからなかった横江さんはそのおじさんと連絡先を交換した。
しかし結局、横江さんはおじさんに連絡することなく、
購入したサボテンを枯らしてしまったという。

「日の当たらない所に置いていたから、
サボテンの管理方法としては典型的なダメな例だよね。
当時は理由がわからなくて、そこでようやくおじさんに電話してみた。
事情を説明したら『それじゃ全然ダメだから、とりあえず俺の家に来い』と言われて、
おじさんの家に行ったんだよ。
そこにはサボテンを育てているビニールハウスが4棟あって、
ひとつ目のハウスに入ったとき、『これだ』と思った」

自分が突き詰められるもの、これだと思えるものがようやく見つかった。
横江さんの人生のギアが上がった瞬間だった。
そこからサボテンを収集、育てるようになった。
そして横江さんのサボテンをおもしろがってくれた人から声がかかり、
展示やポップアップなどをときどき行うようになっていく。

今年6〜7月にかけて代々木上原の「and wander OUTDOOR GALLERY with PAPERSKY」で開催されていた展示のDM。

今年6〜7月にかけて代々木上原の「and wander OUTDOOR GALLERY with PAPERSKY」で開催されていた展示のDM。

「僕がサボテンを始めたときは、
同世代でサボテンを育てている人なんてそうそういなかったから、
いろいろな人が珍しがってくれたんだよね。
僕が憧れていた人たちも、サボテンの話を聞きたくてわざわざ来てくれたりして。
そこで話して盛り上がって、一緒に飲みに行って、友だちになる。
サボテンと出合ったことで、人生が豊かになった気がする」

〈THE FASCINATED〉というタイトルを冠するようになったのは、2017年。
サボテンに初めて出合ったときに魅了されたあの感覚を、そのままタイトルにし、
全国を回ってみようと思った。本気でサボテンに取り組むという意志の表れだった。

全国各地の知り合いに連絡し、
ショップやギャラリーでサボテンを展示させてくれないかとお願いしたところ、
みんな快く受け入れてくれた。
現在では3か月に1か所のペースで
その土地の感度の高い人が集まる場所で展示を行っている。

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小松菜奈×サボテンのインパクト!

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仲間との密な関係から築かれる、ユニークでディープなメディア

〈THE FASCINATED〉以外にも、
WEBマガジン『GOOD ERROR MAGAZINE』の編集長を務めている横江さん。
「今まで、そしてこれから出逢う、ヒト、モノ、コトを
独自の視点で発信しながら育てていく」をコンセプトにした“育成型WEBマガジン”だ。

2021年、ローンチと同時に掲載された俳優の小松菜奈さんと
さまざまな形のサボテンがコラージュされたキービジュアル。
その強烈な世界観は一発で引き込まれるものだ。

NANA KOMATSU × THE FASCINATED × MARCOMONK

NANA KOMATSU × THE FASCINATED × MARCOMONK

『GOOD ERROR MAGAZINE』には、さまざまな記事が並ぶ。
俳優やスポーツ選手など著名人が登場する記事もあるが、
コラム記事も魅力的だ。

ヴィンテージショップのオーナーやファッションデザイナー、DJ、本好きの趣味人……。
それは世間一般には広く知られた人ではないかもしれないが、
カルチャーの深い場所でそれぞれの活動をしている人たちが綴る文章は
とても魅力的なものばかりだ。
自身の思い入れのあるカルチャーへの見識の深さを、
その人柄が滲み出た語り口で伝える文章は、
読んでいる者をあっという間にその世界へと引きずり込む。

「GOOD ERROR MAGAZINEのチームの周りには、
それぞれの“おもしろさ”を持った人たちがたくさんいる。
そういう人たちが本当におもしろいと思うことがコラムには詰まっている。
多少、誤字脱字があったり、若い人にはわからないようなディープなテーマでもよくて、
その人にしか書けない、
その人だけが伝えられるものをあそこでは書いてもらっているんだ」

GOOD ERROR MAGAZINEのロゴ。

GOOD ERROR MAGAZINEのロゴ。

独自のスタイルを貫くGOOD ERROR MAGAZINE。
その強みは、GOOD ERROR MAGAZINEに携わるメンバーとの関係性だと答える。

「このチームはみんながめちゃくちゃ密な関係。
シンプルに友だちなんだよ。
それぞれのメンバーが遠慮なく言い合うし、笑いのツボも一緒だし、
カッコよくふざけ倒そうよってみんなが思っている」

そのチームの関係性が、
純粋に自分たちがおもしろいと思うことを突き詰める記事のスタイルにつながっている。
この稀有なWEBマガジンはローンチ以降注目を集めているが、
GOOD ERROR MAGAZINEの価値を
もっと上げていくことを目指しているという。
さらに、WEBマガジンの枠を超えたさまざまなプロジェクトも今後予定されている。
今後も目が離せない媒体だ。

次のページ
静岡でも東京でも同じこととは?

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変わらぬサボテンへの思いと

〈THE FASCINATED〉と『GOOD ERROR MAGAZINE』以外にも、
横江さんは静岡市のセレクトショップ「doodle & haptic」のオーナーを務めていたり、
企業ロゴのデザインも手がけている。
さまざまな領域で活動している横江さんだが、
そのなかでもやはりサボテンには特別な思いがあるという。

「やっぱりサボテンと出合わなかったら今の僕はいないと思っているから。
絶対に無くしちゃいけないアイデンティティなんだよね。
いまだにサボテンを見ると驚きがあるよ。
『何これ、超カッコいいじゃん』とか『やばい成長の仕方してる!』とか。
これは多分、毎日サボテンを見ていても変わらない。
今いろんなことやっているけど、やっぱり僕はサボテンが好きなんだよね」

サボテンの様子を見る横江さん

サボテンに対する熱い思いを語ってくれた横江さんに、
「静岡」という土地への思いを聞くと、なんともそっけない答えが返ってきた。

「まちから車で10分で海に行けて、20分で山に行ける静岡市の環境は
とてもいいと思っているけど、それだけかな。
別に静岡でなければいけないとも思わないし、
東京でなければダメだともまったく思わない。
どこに住んでいようと関係ないと思うんだよね。
その人に会いたかったら僕は会いに行くし、
僕に会いたいと思ったら会いに来てくれるでしょう。
それがコミュニケーションの当然のかたちだから」

 オーナーを務めるセレクトショップ「doodle & haptic」にて。

オーナーを務めるセレクトショップ「doodle & haptic」にて。

このスタンスも、ローカルで暮らすひとつの在り方だろう。
しかし横江さんが今やっていることは
静岡にとどまるものとは思えない可能性を秘めている。
最終的なゴールの計画も既に立てているという。
これからどのような軌跡をたどり、何を成し遂げていくのか。
今後の展開に、期待せずにはいられない。

「サボテンに出合う前の自分が抱いていた、
何かひとつのことに特化している人への憧れはいまだにあるけど、
今の僕には逆にいろんな肩書きがある。
何をしているか聞かれたときに、
ひとつだけじゃない強みがある。そう自分に言い聞かせている(笑)。
そうした自分の武器をすべて駆使して、
今後もいろいろな人たちを巻き込みながら楽しくやっていきたいと思っているよ」

profile

RYOSUKE YOKOE
横江亮介

よこえりょうすけ●静岡県出身。〈THE FASCINATED〉というサボテンの巡回展を全国各地で開催。あわせてサボテンをグラフィックに落とし込んだアパレルやポスターも制作・販売している。静岡市のセレクトショップ「doodle & haptic」のオーナーで、ウェブマガジン『GOOD ERROR MAGAZINE』の編集長を務める。

Instagram:@the_fascinated_good_error

WEB:GOOD ERROR MAGAZINE

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