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奥祖谷めんめ塾では、
中高の修学旅行の宿泊も受け入れている。
どんな様子なのか尋ねてみると、
「おっもしろいよ~、いろんな子がおるでしょ。最初つっぱったりする
子もあるんやけど、もう帰るときには孫みたいになって帰るわ。
もうかわいいよ~、涙落ちるときがある。
子どもたちもわんわん言って泣く子もおるよ」
修学旅行では、そば打ちやこんにゃくづくりの体験、
農業を体験したりもするのだそう。
「クワも握ったことないから、最初はうまく使えんのやな。
『そんなへっぴり腰でどーなりゃ、足をこう踏ん張って力入れてみ!』
って教えたらうまくいくようになって、
それが本人もおもしろうて休まずに耕してたわ。
最初はつっぱってたのに、お腹の底から笑って素直ないい顔してたわ」
その子のことを思い出した都築さんの目には、
うっすらと涙が浮かんでいる。聞いていた私も、胸がいっぱいになる。
「思い出したら涙出てきたわ」
そう都築さんが笑い、一緒に涙をふいた。
今回、都築さんにお願いしていたことがある。
それは、裏山で山菜を一緒に摘むこと。
以前、都築さんにセンブリ茶なるものを飲ませてもらった。
口に入れたことを後悔するほど強烈に苦く、
かといって吐き出すわけにもいかないので、
鼻をつまんで一気に喉に押し込んだ。
このセンブリ茶、胃腸の痛みに即効性がある薬草で、
都築さんは小さい頃から薬代わりに使っている。
飲んだあと、メンソールのようなすーっとした感覚を私も実感した。
日射病になったときには、塩で揉んだタデをおへそと足の裏にあて、
絞り汁をひと口飲んで治すのだそう。
「すぐよくなるで。自分の子どもにもそうしてたけど、
1時間くらい横になっとったらニコニコして起きてくるわ」
天ぷらで食べる春の味覚ユキノシタにも、病気を治す効果があるのだそう。
「中耳炎のときな、汁を搾って耳に入れるんじゃわ。そしたら、すーぐ治る」
こういう暮らしの知恵がある人に、私はとても憧れている。
山の恵みとともに暮らしている都築さんに、
ぜひその山を案内してほしいとお願いをしていた。
「もうこんな時間やね、行こうか」
外へ出ると小雪がちらついている。
2月の山は、やはりしんしんと冷える。
都築さんはひょいひょいと、軽い足どりで山へ上っていく。
「これ冬ワラビやな。扁桃腺が腫れたとき、小豆と炊いて食べるんよ」
初めて聞きました。
「この辺の人は、昔からみんなそうしとるよ」
私もそんな知恵のある人になりたい。
「あ、都築さん! これも冬ワラビじゃないですか?」
どれどれ、と覗き込む都築さん。
「いや、これなんでもない、ただの草」
と笑われた。難しい……、まったく見分けがつかない。
「あ! これノビルですか?」
「いや、これらっきょ」
どうやら、山菜マスターへの道のりは長いようだ。
かなりの急傾斜を上ってきた。
息が切れている私とは裏腹に、都築さんの足取りはどこまでも軽く、
その表情は晴れやかだ。山は、都築さんにとって特別な場所だという。
「嫌なことがあったり仕事に疲れ果てたら、さあ山行こう!って。
そうすると、すぐに生き返ったようになる」
小さい頃からずっと、
山の中で薪を拾ったり山菜を採ったりして過ごしてきた都築さん。
そうした記憶が、体の奥底に染みついているのだろう。
「カッコーが鳴いたり風が吹いたりすると、気持ちがすーっとする。
一面に芍薬が咲くんよ、それはもうすばらしいよ~」
芍薬が咲き乱れるなか、ひとり遠くの山並みを眺めている
都築さんの姿を想像していた。
「戻れる場所やな」そう、小さい声で都築さんがつぶやいた。
都築さんが抱えているかごを覗くと、
かわいらしい山の恵みが折り重なっていた。
これって、どうやって食べるのがおいしいんですか?
「やっぱ、天ぷらやね。天ぷら食べたくなったら、ここに採りにくるんよ」
買いに行くのではなく?
「うん、そう、ここで何でも揃うよ。
田舎は食べるものにお金がかからないからいいよ~」
山奥で暮らしていて、不便と感じることはないですか?
「う~ん、思いあたらないなぁ」
3つくらいはあるだろうと思っていた私にとって、とても意外な答えだった。
「都築さん、欲しいものって何かありますか?」
また、しばらく黙り込む。
「うーん、ないなぁ~。いま健康だから、何もいらんなぁ」
ずっと昔から、当たり前にしてきた暮らし方。
土地の恵みに感謝しながら満たされていく日々。
それを、いまも変わらず続けている人たちがいる。
進み過ぎた生活から一歩戻ってみると、
人は少し変われるのかもしれない。
都築さんと出会ったことで、そんな風に思えた。
にし阿波への旅は、詳しくは〈そらの郷〉へ。
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