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100年続く暮らし方。
おばあの食卓を伝える
沖縄・大宜味村〈笑味の店〉|Page 3

美味しいアルバム
vol.021

Page 3

年か前のこと。撮影の打ち合わせをしていると、
ライターさんがこんな話をしてくれた。

「沖縄におもしろい村があるらしいんですよ」

なになに、どんな? と前のめりに。
彼女はこの連載を読んでいて、私の趣味を周知してくれている。

「テツカさん好きそうなんですよねー」

昨年末、4歳の娘を連れて沖縄をふらりと旅していた。
もしいい題材に出会えたら写真も撮りたい、そんなあてのない旅だった。
沖縄の青い空を眺めていたら、ふと彼女の言葉が思い起こされた。

「おもしろい村があるらしいんですよ」

たしかその場所は沖縄だったような、うっすらとした記憶が残っていた。
彼女にメールをしてみると、

「大宜味村にある、〈笑味の店〉を訪ねてください」

という、なにやら暗号めいた一文が返ってきた。
カーナビで行き先を調べてみると、現在地から20分ほど。
行けるじゃないか。はやる気持ちを抑えながら、車を走らせた。

右側に青々しい山、左側には輝く海を眺めながらひた走る。
大宜味村は沖縄本島北部の「やんばる」と呼ばれる地域にあり、
山と海に挟まれたわずかな平地や山間部に集落が点在している。
赤煉瓦屋根の古民家と目に鮮やかなブーゲンビリア。
その風景はいかにも沖縄らしく、ただのんびりと歩いているだけで楽しい。

“芭蕉布”の里でもある大宜味村。
喜如嘉という集落で訪ねた〈芭蕉布会館〉という施設には、
工房と展示室が併設されている。

芭蕉布というのは、糸芭蕉という植物から取り出した繊維を、
20あまりの工程、半年の年月をかけて反物に仕上げたもの。
実際に目にした芭蕉布は、力強く張りのある手触りでありながら、
なんとも涼しげな艶っぽさがあり、すっかり魅了されてしまった。

海岸沿いを走っていると、〈笑味の店〉と大きく書かれた看板が見えてくる。
車を停めて店の正面へ回ると、シーサーとブーゲンビリアが出迎えてくれた。
ドアは一切なく、庭と店内との境もないような開放的なつくり。
この南国らしい、すーっと風が抜ける店構えがとても好きだ。

テーブルに置かれたメニューに目を通してみると、見慣れない名前が。

「まかちくみそぅれランチ」

「まかちくみそぅれ」というのは
沖縄の言葉で「おまかせください」という意味。
旬の食材を使ったおまかせランチです、という説明書きが添えられている。
お店の一押し、というそのランチをひとつ注文してみた。

料理を待っているあいだ、店内をぐるっと見回してみる。
ライターの彼女がこの店を指示した理由が未だわからないでいた。
ひとまず本でも読みながら待つことにしようと、
店の片隅に置かれた本棚を物色していた。

そしてある1冊を目にしたとき、胸がぎゅっと掴まれた。
おばあ(おばあちゃんの沖縄呼び)が台所で料理をしている写真、
タイトルは『百年の食卓』。

そこには、大宜味村に住むおばあやおじいの暮らしが、
台所の風景とともに収められていた。
その場の温度が伝わってくるような濃厚な写真、おばあたちの生の言葉。
私がいつかかたちにしたいと思っていたものが表現されていたのだ。

90歳になっても、100歳になっても、畑に、海に出る、おばぁやおじぃ。
そんなおばぁたちの家を、笑子さんといっしょに
一軒一軒尋ねることにしました。
いつも食べているようなお昼ごはんを
いっしょに食べさせてほしいとお願いをして。

『百年の食卓』より

そう冒頭には記してあり、その笑子さんというのが、
この笑味の店の女将さんであるとわかった。
「笑味の店を訪ねてください」という暗号の意味が、
いまようやく理解できた。

興奮して呆然とする私の前に、
ほっかむり姿の女性が食事を運んできてくれた。

「はい、おまたせしました~」

しげしげと顔を覗き込む。この方が笑子さんなのか。
すぐにでも話しかけたいという気持で前のめり。
だが、ここはひとつ冷静にならなくては。
まずは目の前の食事をじっくり味わい、心を落ち着かせよう。

「本日のまかちくみそぅれランチ」

・パパイヤイリチー

・クガニ冷麺

・パパイヤの福神漬け

・大根のつけもの

・ゴーヤの卵とじ

・インガナズネー

・シークワーサー青果

・ふだん草とルッコラのおかか和え

・サワーラフテー、タロイモ蒸し・からし菜のおひたし・結び昆布を添えて

・ジューシー

・クロマイと小豆と玄米のおむすび

・ゆし豆腐とハンダマーの味噌汁

・自家製ヨーグルト、ドライすももとタンカンのジャム添え

・シークワーサーのアンダギー

おかずの種類があまりに多く、どれから先に食べようかと箸が迷ってしまう。
「インガナズネー」という耳慣れない島野菜を、まずはひと口含んでみる。

ん?

意外なことに、薫製されたようなスモーキーな香りが口に広がる。
野菜からこんな香りを感じたのは初めてだ。
どの食材からも、沖縄の太陽をいっぱいに浴びた生命力が、
じっくりと体に伝わってくる。

「ごちそうさまでした」

食器を下げにきてくれた先ほどの女性に声をかけてみる。

「あの、笑子さんでしょうか」

「あ、笑子さんね、ちょっと待って」

どうやらあの方は笑子さんではなく、奥にいる女性に声をかけている。
すると、帽子にエプロンドレス姿の女性が台所から顔を出してくれた、
金城笑子さん。初対面のときの、
そのふわーっとして気構えない雰囲気がとても印象的だった。
こちらはやや緊張気味で、お話をうかがえないかと急なお願いをした。

「うん、いいけど、ちょっと待ってて」

落ち着いたらお時間をいただけるとのこと。
ほっとしながらお茶をすすり、笑子さんを待つことにした。