連載
posted:2012.1.19 from:沖縄県中頭郡読谷村 genre:食・グルメ
〈 この連載・企画は… 〉
日本全国津々浦々、おいしい食堂を探したい! 食通の方々が注目する店、
ローカルの方々からの情報で、安くて、おいしくて、楽しいデータを蓄積しよう!
editor profile
Kosuke Ide
井出幸亮
いで・こうすけ●編集者。1975年大阪府生まれ。フリーランスとして雑誌『BRUTUS』(マガジンハウス)や「とんぼの本」シリーズ(新潮社)などを中心に編集執筆活動中。旅と文化芸術を好む。
credit
撮影:石塚元太良
沖縄県中頭郡読谷村の海沿い、
大きな民家を改装した店内の大きな縁側を心地よい風が吹き抜ける。
「島やさい食堂 てぃーあんだ」は、
そんな沖縄ならではのゆったりした風景を身近に感じながら、
地元で採れた野菜や魚を中心にした滋味あふれる料理が
心ゆくまで楽しめる食堂。
「てぃーあんだ」とは直訳すれば「手の脂」。
「手間をかける」「愛情をそそぐ」という意味を持つ沖縄の言葉だ。
2006年にお店をオープンした店主の伊波清香さんは生まれも育ちも沖縄。
「子どもの頃、赤瓦の家に庭があって、そこで採れたゴーヤや冬瓜などの野菜が
食卓に上るというのは普通のことだった」
という彼女が、あらためて沖縄の食文化に目を向けるきっかけになったのは、
進学のために沖縄を出て福岡に移り、
そのままアパレル会社に就職した後のことだった。
「ある日体調が悪くなって熱が出たことがあったんです。
沖縄にいた頃はそういう時いつも、黄色い人参と豚肉のレバーを使った
栄養たっぷりのスープを母が作ってくれて、
それを飲むとケロッと治ったんです。それで、いざ作ろう! と思ったら、
スーパーに行っても『黄色い人参』が売ってない。
それまで『当たり前』と思っていた沖縄の野菜が、
特別なものなんだと気づかされたんですね」
そんな気づきを経て、後に沖縄に帰省した時、ふと恩納村の市場を訪れてみた。
そこで目に飛び込んできたのは、見慣れたハンダマやゴーヤといった、
「パッと見『美味しそう』というよりも、
どこかアクが強くてゴツゴツとした、実に沖縄らしい」野菜たち。
「食に興味を持っていたし、
ずっとお店をやりたいと思っていたけど、なかなか考えがまとまらなかった」
という伊波さんだったが、
「この野菜を料理に使って、自分なりの沖縄を表現してみたい」
と素直に決断できたと言う。
“再発見”の驚きは野菜だけではなかった。
高校生の頃まではまったく関心のなかった、
「やちむん(沖縄の方言で「焼き物」の意)」にも、
新たな眼で向きあうことになる。
「ずっとモノを扱う仕事をしていて、モノだらけの日常に
どこかウンザリしていたようなところがあったんですけど、
沖縄の外の世界にある色々なモノをたくさん見てきた眼で、
改めて沖縄の焼き物を見なおしてみて、びっくりしたんです」
これまで一度も行ったことのなかった読谷村の『やちむんの里』を訪れ、
うつわを見て、目が釘づけになった。
「泥臭いけれど力強い、なんでこんな温かいエネルギーが
感じられるんだろう、って。たたずまいだけで沖縄を感じさせる。
これに盛るのは沖縄料理しかないと思った」
この素朴な陶器が生まれた読谷という地で、そのうつわを使いながら、
近郊で採れた野菜を使った料理をできるだけ多くの人に食べてもらう。
伊波さんの中で「てぃーあんだ」のコンセプトが徐々に固まっていった。
とは言え、
「元々料理を仕事にしていたわけではなかったので、不安もあった」
という伊波さん。
食材ひとつとっても、仕入先の農家に足しげく通い、
少しずつ開拓していくしかなかったと振り返る。
「ある日、すごくいい生姜の畑を見つけたんですけど、
いつ行っても誰もいないんですよ。
仕方がないから何度も行って、もうストーカーみたい(笑)。
それでついにある日、生産者のおじさんを見つけて、
やっとのことで譲ってもらったり。あとは、
小さい時によく可愛がってくれた農協のおじさんを頼って、
農家さんを紹介していただいたり。
最初はみんなに“女だてらに何を始めるんだ” “大丈夫か”なんて
言われたりしたんですけど、
だんだん仲良くなると“これ新しく作ったから持って行って”とか、
“これはこんなふうに料理したら美味しいよ”とか教えてもらえるようになって。
人の縁にはすごく恵まれていたと思います」
「てぃーあんだ」で提供する料理は、
伊波さんによれば「決して特別でない、普通のもの」だ。
地元で捕れた魚料理に、
ラフテーやジーマミー豆腐、クーブイリチー、島野菜の漬物……。
昔から沖縄の家庭で食べられてきたもの、だけど、
そこには「ひと手間」の心遣い、
つまり「てぃーあんだ」がたっぷりと込められている。
「マクロビオティックを勉強したこともあって、
『一物全体』というかたちで、
食材をできるだけ使い切るように心がけています。
ラフテーを仕込む時に使う煮汁や、
お吸い物の出汁を取るしいたけを使って佃煮にしたり。
あと、意味なくゴージャスに盛って、
生ゴミが増えるような盛り付けもしたくない。
無駄にお腹いっぱいになるんじゃなくて、
節度ある量で、いろいろな食材をバランスよく食べていただきたいんです。
あとは、ここで過ごす時間や空間の魅力で、お腹いっぱいになってほしい」
料理を提供している「お膳(※1)」もかつての沖縄で盆や正月、
冠婚葬祭の時に、大勢の親戚が集まって食事する際に使用していたものを
独自にアレンジして使っている。
「研ぎ澄まされたセンスの中で、とかいうことでなくて、
日常の中にあるけど、少しだけ特別、という感じがいいなと思っていて。
お客さんも節日(しちび)祝い(※2)や結納などの
イベントの時に来てくださる地元の方々も多いし、
観光客の方々もたくさん来てくださいます。
もちろん県外からの移住者の方々も多いですし。
いろいろな人たちがミックスされているのが嬉しいですね」
滋養たっぷりで優しい「てぃーあんだ」の味が評判となって、
お客さんは当初思い描いていた数をはるかに超えて増え続けている。
「本当にありがたいことですけど、
ちょっと忙しくし過ぎなのかもしれないですよね。
でもまだ始めて5年ですから。
やっとお店らしくなってきたかな、という感じです」
と伊波さんはじっくりと前を見据えている。
その原点にあるのは、小さい頃、
からだを癒してくれた母やひいおばあちゃんの手作りの沖縄料理。
この地で生まれたうつわと食材が表現する、
素朴だけど力強い沖縄のエネルギーなのだ。
※1 厳密にはもう少し足の高いお膳が使われていた。
※2 沖縄で昔から受け継がれてきた年中行事のこと。
Information
島やさい食堂 てぃーあんだ
住所:沖縄県中頭郡読谷村都屋448-1
TEL:098-956-0250
営業時間:12:00〜15:00(L.O. 14:30)、18:00〜21:00(L.O. 20:00)
定休日:木曜休
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